スーツの下の化けの皮

み馬

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スーツの下の化けの皮

第12話

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[パブ・シャンパーニュにて]


 姫季は襟締ネクタイについて、ピンクマーメイドを飲みながら饒舌に語る。

「そもそも、ネクタイは男の象徴シンボルだと思うね。ただの洋装ではなく、首まわりを飾ることは、古代より、権威のあらわれでもあるのさ。起源と歴史をみても、たんに、首に巻く布なんかじゃない。立派な代物しろものなんだ」

 向かい合って座る幸田のネクタイは、剣先まで幅が同じ、バーシェープドタイである。多くの場合、ワイシャツのえりの下へ通し、咽喉のどの前で結び目をつくり、胸部へさげる。ちなみに、首へ巻くほうを小剣(スモールチップ)、前方へさげる太いほうを大剣(ブレード)という。配色については、紺藍こんあいをベースに選ぶ傾向があった。姫季の視線が襟首えりくびばかりに集中するため、運ばれてきたスープパスタが食べにくい幸田は、会話を続けた。

「本当のきみは、真面目で繊細せんさいで、勤勉きんべんなのだろうな」
「なにそれ、どういう意味?」
「ああ、すまない。今のは個人的な感想だよ。気に障ったのならば、忘れてくれ」

 幸田はブリティッシュスカッシュをひと口だけ飲むと、「冷めないうちに食べよう」と云って、目のまえの皿をすすめた。店内に設置された時計の長針は、20時を過ぎている。残業あがりで空腹だった幸田は、姫季より先に完食した。マンションでの彼は、マロンケーキを手づかみするという雑な食べ方をして見せたが、店での姫季は、行儀よく食事を済ませた。

「すっかり遅くなったね。きみのマンションまで送ろう」

 割勘で会計をしてから外へでると、街灯が少ない遊歩道は真っ暗だった。幸田は、長財布をズボンのポケットへしまうと、姫季の安全確保を優先した。満腹になった学生は、夜空へ背伸びをして深呼吸をする。

「今の科白せりふ、もう1回聞かせて」
「……遅くなったから、きみのマンションまで送るよ」
「……うん、そのことば。いい感じ」
「やけにうれしそうだね」
「だって、なんか恋人同士っぽい会話じゃん」
「そうかな」
「大事にされてるみたいで、ハートにキュンときた」

 まるで、日頃ひごろは孤独だと主張されたような気がした幸田は、無言で姫季の横を歩いた。高層マンションの入口まで送り届けると、ひとりで駅舎へ向かい、帰宅した。


✰つづく
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