ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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あたらしい生活

第13話

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「今朝の献立メニューは、山羊の肉をじゃがいもと煮こんだスープです。冷めないうちにお召しあがりください」

 ジョセフは円卓テーブルに食器を置くと、ベッドの上であぐらをかくリツェルをふり向いた。昨晩、グレリオの説得を聞きいれて逃走を中止したリツェルは、ふたたび邸宅の一室におちついた。雨は降りつづけている。部屋には暖炉があり、薪が焚かれているため肌寒くはないが、リツェルは全裸のままである。ジョセフの視線が泳いだのは最初のうちで、すぐに慣れたようすで歩み寄ってくる。

「怪我の具合はどうです? 少し診せてください」

 ジョセフは黒縁の眼鏡をかけているせいか、まじめな顔つきに見える。リツェルは無言で手足をのばしたが、少しでも不必要な部位にふれる素振りを見せたときは殴り飛ばすつもりだった。タドゥザ伯爵の皺のある太い指が性器をもてあそぶ感触は、ふとしたきっかけでよみがえり、リツェルの嫌悪感をあおった。だが、ジョセフは触診をせず、いくつかの傷痕きずあとを見て、小さくうなずいた。

「だいじょうぶそうですね。どの傷も化膿していません。……少し大きいかもしれませんが、ぼくの服でよければ着ますか?」

「……いらねぇ」

「ですが、裸身はだかで食事をするのも、どうかと……」

 いまさら恥じらっても無意味につき、リツェルは眉を寄せて顔をそむけた。見られたくないものは隠す必要がある。「きみの価値はその肉体にかぎる」というタドゥザのことばを思いだし、枕で急所だけ隠した。男同士とはいえ、たしかに丸出しの状態はよろしくないだろう。

「おれの服……、いつできるんだ……」

 リツェルは寸法をすませている。新調されたものがとどくまで、どれくらい時間がかかるのか、ジョセフにたずねた。

「おそらく、あすの昼までにはご用意できるかと思います」

 辺境伯マルグレイブの邸宅には、針仕事を得意とするものは存在しないため、至急、町の職人へ依頼してあった。リツェルは「ふうん」と気のない返事をして、あたらしい服が到着するまで、裸身のまま過ごすことにした。

 グレリオは高貴な立場の紳士で、声の調子も穏やかな人物である。リツェルのためにどんな衣装をつくらせているのか、なんとなく愉しみだった。

「……グレリオは、どこにいるんだ?」

「執務室ですよ。それから、きみの身分は不明ですが、辺境伯マルグレイブのことは、グレリオさまとお呼びしてください。そのほうが失礼もなく無難でしょう」

「どう呼ぼうと勝手だろ。……あんた、ジョセフって云ったっけ。もしかしたら、おれのほうが身分が上かもよ」

「つまり、きみの家系は貴族ということでしょうか」

「さ、さあね……」

 しゃべりすぎて素性をあきらかにされそうになったリツェルは、円卓についてスープ皿をのぞきこんだ。できたての料理は、おいしそうに見える。しびれ薬の疑惑は捨て切れないが、あまりにも空腹すぎて食べてしまった。即効性の強い毒薬ならば、直後に症状があらわれるはずだ。最後のひと口をのみこんだリツェルは、かたわらのジョセフをにらみつけた。

「そんなにこわい顔をせずとも、毒などはいっていませんよ。それとも、お口に合いませんでしたか?」

「……う、うまかった。……ごちそうさま」

 ついでにコップの水ものみ干してベッドにもぐりこむ。ジョセフはなにも云わず、空いた皿を手にして退出した。廊下へでたところで、グレリオと会話する。

「彼のようすはどうだったかな」

「憎まれ口を叩けるほど元気ですよ。今朝の食事は残さずにたいらげました。……なぜ、ご自身で見にいかれないのです?」

「そこは察してくれたまえよ、ジョセフくん」

 非常事態でもないかぎり、他者の裸身を目にする機会などないグレリオは、きれいな顔と白い肌をしたリツェルを直視できなかった。もっとも、些細な変化を見抜く観察力のあるグレリオは、リツェルの太腿の内側にあるホクロの数を承知していた。

「彼の正体ですが、もしかしたら貴族の子かもしれません。付人のぼくを、揶揄からかうような発言がありました」

「ほう、それは興味深いね。彼が貴族令息ならば、丁重にもてなす必要がある」

「ずいぶん手厚い待遇ですね」

 グレリオは部屋の扉を見つめ、かすかに笑う。跡絶えそうもない雨は、窓ガラスを滝のように流れてゆく。ベルナルド領に迷いこんだ青年は、ベッドのなかで微睡まどろんでいた。


《つづく》
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