ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

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あたらしい生活

第15話

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 執務室でグレリオと対面したリツェルは、ようやく(まともに)相手の容姿を観察した。短くととのえてある灰色がかった滅赤けしあかの髪には渋い香調があり、「おはよう。よくやすめたかい」という穏やかな声は、柔和な印象をあたえる。あらためて正面から向き合って見ると、上品で知的な風貌をした壮年の男だった。

「……(国境地帯を担う辺境伯というより、社交的な紳士って感じだな)それより、この服と髪飾り、無料タダでくれるのか? 革靴もすげぇ高そうだし、あとから払えって云われても、無理なんだけど……」

 見栄みばえのよい恰好をしたリツェルは、若々しく活動的な青年に見える。粗雑な口ぶりをのぞけば、艷やかな雰囲気を持ち合わせていた。グレリオは机のひきだしへ書類をまとめてしまうと、不躾ぶしつけな青年の顔を見すえた。

「それら一式は私からの贈物おくりものだよ。きみは、受けとるだけでかまわない」

「云ったな。聞いたぞ。出世払いもなしだからな」

「ずいぶんうたぐり深いね。きみを本気でどうにかしようと思うなら、どの領地から迷いこんだのか、とうに調べあげているよ」

 まっすぐ投げこまれた球が、リツェルのからだに重く喰いこんだ。グレリオは地方長官につきあなどれない人物だ。辺境伯の立場を利用できないかと考えるリツェルの計らいなど、あっさり見抜かれている。いつのまにか雨はやんでいた。カーテンのすきまから、まぶしいくらいの陽がふりそそいだ。

「お、おれは、罪人なんかじゃない……」

「よく聞こえないな」

「迷惑なら、最初からそう云えよ……。なんで、こんな親切にするんだ……。おれには、なんの値打ちもねぇのに……」

 咽喉のどの奥がふるえてうまく声がだせないリツェルは、うす暗い牢屋へとじこめられ、タドゥザ伯爵に下半身をもてあそばれた事実をうちあけられず、吐き気がした。誰かにすがりつきたくても、逃げだした理由に生理的な嫌悪感がつきまとうため、どうしても説明がむずかしい。

「おれは……あのとき、どうすればよかったんだ……」

 逃げだしたあとも世間は物騒で、リツェルは精神的に追いこまれていった。やみくもに走りつづけた先がリュディカ州のベルナルド領だということも、まったくの偶然である。窓辺にたたずむグレリオは、一歩も動かない。心理的な距離の保ちかたが、リツェルの緊張と不安を少しずつやわらげてゆく。

 朝食の準備をするため、いったん退出していたジョセフが呼びにもどってくると、グレリオが歩み寄ってきた。リツェルの肩へ軽くふれて、「きみもおいで」という。その指さきには、余計な力などいっさいこめられていなかった。邸宅の食堂へ向かうあいだ、グレリオからにおいたつ香水がリツェルの鼻をかすめる。特徴づけられた個性的な香調でいつまでも余韻が残るため、心地よく感じてしまった。

「どうかしたかい」

「……え?」

「ひとりのほうがよければ、きみの部屋まで料理を運ばせよう」

「べ、べつに平気だ。いっしょに食べるよ(……おれ、今、ぼんやりしてた?)」

 ふしぎな感覚にとらわれるリツェルは、辺境伯の誘いを受けて、食堂の席についた。天井は高く、長方形の食卓テーブルには乳白の食器がならぶ。ジョセフは角型の配膳ワゴンを軽く押してくると、グレリオの脇へ立ち、カップへ紅茶をついだ。

「今朝の献立メニューは、上質な生地で焼いたクロワッサンと、オムレツです。蒸し野菜には、ぼくの特製ソースをかけてお召しあがりください」

 採れたての野菜を蒸して盛りつけた皿には、銀色の調味料ポットが添えてある。ジョセフは有能な付人らしく、料理の腕前もすばらしかった。リツェルのために用意された栄養食(玉ねぎのスープと白粥)も、ほどよい塩味えんみがあとを引く。

「それでは、いただこうか」

 グレリオは配膳を終えて席につくジョセフを待ち、斜め横に坐るリツェルへ箸をすすめた(実際にはスプーン)。

「い、いただきます……」

 胃腸の調子は回復しつつあるが、養生することにきめたリツェルは、スプーンを使ってあたたかい料理を口へ運び、じっくり味わった。

「おいしい……」

 なんの悪意もない食事の提供がありがたく、ふいに涙があふれたリツェルは、うるむ目をこらえて立ちあがった。「ごちそうさまでした」といって、駆け足で部屋までもどる。グレリオに泣き顔を見られなくなかった。


《つづく》
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