ジョセフによる散文『グレリオ辺境伯と追放令息』

み馬下諒

文字の大きさ
21 / 63
追放令息がゆく!

第21話《傷モノ同士》

しおりを挟む

 起床の伝鈴ベルが鳴っている。ゆるゆると目をさましたリツェルは全裸ぜんらだった。

「よう、起きたか」

 知らない声がして、ぎょっとなる。筋肉質な男と、なぜかベッドを共有していた。

「だ、誰だ、おまえはっ!」

 おどろいて反射的に腕を振りあげると、男は「ふわ~ぁ」とあくびをしながらリツェルの手首を軽くひねり、シーツの上に引き倒した。

「なんだよ、ごあいさつだな。きのうは、めでたく結ばれた仲だってのに」

「な、なに? そんなわけあるか! 誰がおまえなんかと……!」

 見れば、男の襯衣シャツは景気よく全開だ。見慣れた白い天井のはずが、うす暗い地下牢で目ざめた気分になる。厚い胸板が重くのしかかってくると、「ジョセフ!」と助けを呼んだ。

「眼鏡の付人つきびとなら来ないぞ。ついさっき、裏庭の鶏舎へ卵を取りにいく姿が窓から見えたからな」

 そういって笑みを浮かべる男の左あごには、筋状の縫合痕がある。長さは数十センチにわたり、鎖骨まで達していた。致命的な怪我を負ったのではと思っていると、「おい、寝ぼけているのか?」と顔を近づけてきた。

「ね、寝ぼけてない。重たいからどけよ! この変態っ!」

 リツェルの枕もとに、髪飾りが置いてある。グレリオからの贈物で、サファイアの宝石をあしらった高価な装飾具アクセサリーである。裸身で抱き合うなら、グレリオのほうがいい。混乱した頭で血迷うリツェルは、男の腕からのがれようと足をバタつかせた。すると、ガチャッと、外側から扉があいた。

 あらわれたのは辺境伯で、身だしなみはいつも完璧だ。

「グ、グレリオ!? なんなんだよ、こいつ! 勝手におれの部屋にはいってきて……(それから、どうなったっけ?)」

 数時間まえの記憶がぬけ落ちているリツェルは、布団で下半身を隠すと、グレリオの背後へ避難した。筋肉質で体格のよい男は指で前髪を掻きあげ、「ごきげんうるわしゅう、辺境伯マルグレイブ」といって身なりをととのえて姿勢を正すと、目鼻立ちはくっきりとして、眉毛の形もよく、男らしい力強さを感じる容姿であることが判明した。

「リツェルくん、彼はデュッセルドルフ男爵のアロンツォ騎士団長だ。きのうも紹介したとおり、きみの後見人だよ」

「デュッセ……? 騎士団?」

「食堂で名乗って握手もかわしたのに、もう忘れたか? おまえはおれの義弟ってことで、手つづきは完了している。領主のたのみだしな。入団を許可する」

「お、おれが、あんたの義弟おとうと?」

 云われてみれば、そんな話をしたような気がする。リュディカ州の国境地帯にあるベルナルド領で暮らすことにきめたリツェルは、領主である辺境伯グレリオに、あたらしい戸籍を用意してもらった。その結果、グレリオと養子縁組をするわけではなく、国境地帯の警備にあたる騎士団長に引き取られることになった。アロンツォが率いる騎士団は少人数で編成されており、王都出身の貴族も含まれている。

 筋書きはこうだ。落ちぶれた門閥の次男として生まれたリツェルは家族に捨てられ、タドゥザ伯爵の宮殿で下働きを始めたが、思わぬ暴力をふるわれて主人を切りつけ、刃傷沙汰でイルシュタット州から追放。途方に暮れて迷いこんだベルナルド領で保護されたのち、相談を受けたグレリオは、騎士団長のアロンツォにリツェルの身元をあずけることにした。

「たとえ問題児であろうと歓迎するぜ。おれとおまえは家族になったんだ。遠慮はいらない。人生いろいろってやつだ」

「だからって、なんで同じベッドで寝ているンだよ!? ふつうに考えておかしいだろ!」

「あのな、服を脱がせたのはジョセフが洗濯をするためだ。夕食の席で話が長引いて眠っちまったおまえをベッドまで運んだのはおれだが、抱きついて離れなかったのは、そっちだぞ」

「夕食の席……?」

 リツェルは「あっ」と叫び、すべて思いだした。別人として生きる決心をうちあけた日、執務室まえの廊下に飾られた絵画へ目をとめたグレリオは、「きみの後見人として、ふさわしい男がいる」といって、早速、騎士団長を邸宅へ招いた。アロンツォは、食堂で緊張ぎみのリツェルと顔を合わせた瞬間、「女?」とつぶやいた。初対面でありながらいくらも質問せずに青年の身元を引き受けた理由は、たんなる好奇心だが、つきあいの長いグレリオのたのみごとを一方的に却下するほど、アロンツォは薄情な男ではなかった。


《つづく》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由

スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。 どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【8話完結】勇者の「便利な恋人」を辞めます。~世界を救うより、自分の幸せを守ることにしました~

キノア9g
BL
「君は便利だ」と笑った勇者を捨てたら、彼は全てを失い、私は伝説の魔導師へ。 あらすじ 勇者パーティーの万能魔術師・エリアスには、秘密があった。 それは、勇者ガウルの恋人でありながら、家事・雑用・魔力供給係として「便利な道具」のように扱われていること。 「お前は後ろで魔法撃ってるだけで楽だよな」 「俺のコンディション管理がお前の役目だろ?」 無神経な言葉と、徹夜で装備を直し自らの生命力を削って結界を維持する日々に疲れ果てたエリアスは、ある日ついに愛想を尽かして書き置きを残す。 『辞めます』 エリアスが去った翌日から、勇者パーティーは地獄に落ちた。 不味い飯、腐るアイテム、機能しない防御。 一方、エリアスは隣国の公爵に見初められ、国宝級の魔導師として華麗に転身し、正当な評価と敬意を与えられていた。 これは、自分の価値に気づいた受けが幸せになり、全てを失った攻めがプライドも聖剣も捨てて「狂犬」のような執着を見せるまでの、再構築の物語。 【勇者×魔導師/クズ勇者の転落劇】 ※攻めへのざまぁ要素(曇らせ)がメインの作品です。 ※糖度低め/精神的充足度高め ※最後の最後に、攻めは受けの忠実な「番犬」になります。 全8話。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...