22 / 100
第22回[生い立ち]
しおりを挟む生まれたとき、祝福されたのかどうかさえ知らない飛英は、礼慈郎や鷹羽の存在をありがたく思っていた。貞操については、ストリップ劇場の芸者となったとき、どうなろうとかまわないと少なからず割り切っていたが、いざ、相手から求められると、尻込みしてしまう自分の感情が女々しく感じた。
何喰わぬ顔で新聞紙へ視線を落とす鷹羽は、独身の成人男性で、職業は作家である。礼慈郎とは旧知の仲で、飛英の身請に協力している人物だった。つい先程、鷹羽の口づけを受け入れた飛英は呼吸が苦しくなり、書斎へ引きこもった。
「な、なぜ急に、こんなに息があがって……、」
まるで首を絞められた直後かのように、うまく呼吸ができず、頭が混乱した。気分が落ちつくまで布団へ躰を横たえていると、時刻は昼を過ぎた。鷹羽は、和室で書き物をしている。水をのみに台所へ向かうと、廊下の途中に新聞紙と灰皿が放置してあった。飛英は、それらを持って台所のテーブルへおくと、コップに水を注いで咽喉をうるおした。いつの間にか、にぎり飯と味噌汁がつくっておいてある。ひと目で、鷹羽が飛英のために用意した昼食だとわかり、その場で食事をすませた。
午后になり、裏庭で手押しポンプのついた井戸と、桶や洗濯板を見つけた飛英は、何か洗うものがないか書斎へ戻った。狩谷家は古い家屋だが、内装の一部に手を入れてあり、造りつけの風呂釜が備わっている。飛英は蛇口をひねって湯を溜めると、鷹羽に声をかけず、入浴した。使用したタオルや下着を持って裏庭へいき、洗濯板で汚れをおとし、竿にほした。
夕刻になると、軍服姿の礼慈郎が羊羹を持参して顔をだし、飛英に包みを手渡した。少しおくれて出迎えた鷹羽は横からのぞきこみ、「さっそく切り分けよう」といって包みを引き受けると、礼慈郎に上がるよう云った。うしろ手に硝子戸をしめて帳場の段差へ腰掛けた礼慈郎は、靴紐を解きながら、眉をひそめた。短く「なんだ?」と訊く。飛英は、軍人の横顔を穴のあくほど見つめていた。一瞬、何を問われたのか理由がわからず、「え?」と目を丸くすると、礼慈郎は鋭い視線を向けてきた。なんとなく気まずい飛英は、
「お勤め、ご苦労さまです。」
と、うっかり口走った。目上の人に対して使うには不適切なことばにつき、礼慈郎だけでなく、口にした飛英も動揺して沈黙した。羊羹を切り分けて皿へ盛りつける鷹羽は、やけに静かな土間を気にして、ようすを見にきた。
「ふたりとも、なにやってんだ? はやく上がってこいよ。」
真顔で見つめ合う飛英と礼慈郎は、鷹羽の介入で、ハッと我に返った。正座をしていた飛英は足が痺れ、立ちあがろうとした瞬間よろめいた。近くにいた鷹羽が咄嗟に腕を摑み、転倒を防いだ。
「ありがとうございます。」
「気をつけろよ。土間から落ちたら怪我するぜ。」
「は、はい、すみません。」
わずかひと晩で馴れ合った者同士のような会話をするふたりを見た礼慈郎は、予定を変更し、帰宅すると告げた。
「せっかくだし、羊羹くらい食べてけよ。」
「またの機会にする。邪魔したな。」
鷹羽は引きとめたが、礼慈郎は紐靴を結び直すと、踵をかえした。
「なんだよ、変なやつだな。」
「わたしのせいかもしれません。」
飛英が失言を打ち明けると、鷹羽は笑い声をたてた。
「あいつの生い立ちと心の内は、べつものなんだ。そんなことで詫びる必要はないし、まったく気にしなくていい。」
飛英は釈然としないまま、鷹羽と和室へ戻ると、老舗和菓子の羊羹を食べた。
✓つづく
1
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる