30 / 100
第30回[新聞社にて]
しおりを挟む思えば、ふしあわせな人生
心の痛手は不治の病
なんとしても忘れがたい
最終の息。
〈狩谷鷹羽『ほくろのある指』より〉
飛英と礼慈郎が旅をするころ、作家の鷹羽は新聞社で調べものをしていた。古い記事を保管する資料室で、地方の文献を選んで棚から抜き取ると、事件性のある内容に目を通していく。資料室の窓辺には、大量の雑誌が積みあげてある。八百万神について記述した書物が目につくのは、日本国民は神の居場所に明確な意識をもっておらず、神格化した存在を日常生活に取り入れるからである。
「狩谷先生じゃないですか、めずらしいですね。こんなところで調べものですか。」
扉の隙間から顔をだした男は、丸眼鏡をかけた彦野虹助である。鷹羽にストリップ劇場の取材記事を書くよう進めた新聞社のひとりで、三十代前半にしては猫背で、色もかたちもぼやけたスーツを着ているため、野暮ったく見えた。
「彦野さんか、その節はどうも。」
鷹羽は書物から顔をあげ、歩み寄ってきた彦野と立ち話におよんだ。
「ずいぶんと、古い記事をお読みになっていますね。もしや、次回作は日本の風土についてお書きになるのですか?」
「まさか、そんな予定はない。だいいち、おれの知ったかぶりは、寝言のようなものだ。」
「ご冗談を。狩谷先生の論考は、人間の理性能力を限界的に示しています。その領域は、自然科学の延長上にあるといえるでしょう。」
彦野は、鷹羽の自説を支持していたが、当の本人は皮肉めいた笑みを浮かべ、そんなたいそうなもんじゃないと否定した。自分の理論が妥当な基準であるかどうかは問題ではない。ただし、実験において確立された真理こそ、疑うべきだと考える鷹羽の命題は、感性的なものに近い。そのナンセンス文学を認める読者は、意外にも多かった。
ボーン、ボーンッと、柱時計が正午の鐘音を鳴らす。朝から資料室に閉じこもる鷹羽は、彦野を昼食に誘うと、新聞社の食堂へ向かった。
「喫むか?」
席につくなり、着物の袖口から煙草を取りだし、彦野へ包みを差しだした。
「ぼくは喫煙者ではありませんよ。」
「そうだったな。」
鷹羽はくすッと笑い、彦野は灰皿を取りに腰をあげた。ふたりの関係は浅いが、彦野は、ほどよい距離を保つのがうまい。鷹羽は発火石で火を点けると、戻ってきた彦野に質問した。
「織原という姓をもつ人間を、知っているか。」
「織原ですか? ……いいえ、聞いたことのない苗字ですね。資料室で調べていた件は、人探しでしたか。」
彦野は定食の惣菜を口に運ぶと、ひとりではたいへんでしょうから、何か手伝いましょうかと訊く。彦野は、探している人物に関心をもたない。あくまで、鷹羽の助けになればといった程度の申し出につき、余計な説明をする必要はなかった。新聞社で働く人間の多くは、身内の話題を掘りさげようとして不必要な雑談におよぶが、彦野は深入りをしてこず、黙々と箸を動かしている。向かいの席で煙草をくゆらせる鷹羽は、ふと、礼慈郎の現状を気にかけた。今頃、飛英の正体に面喰らい、血迷っているのではないか。見境をなくした軍人は、野獣と化す。飛英の細い手足など、簡単に折ってしまうだろう。
「あいつら、本気で殺りあってないだろうな。」
ため息まじりにつぶやく声は、立ちのぼる烟と共に消えていった。
✓つづく
1
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新するかもです。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる