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第 66 話
しおりを挟む悲しいぜ。と、恭介は思った。3度目の正直とばかり、王立図書館へ向かうため、お馴染みの荷馬車にガタゴトと揺られながら、今朝の出来事を思い返す。
酒に酔ったザイールはキス魔と変わり果て、恭介の口唇を奪った挙句、自己満足を得られた瞬間、ぷつりと意識は途絶え、スヤスヤと眠り込んだ。あまりの出来事に、恭介自身もしばらく茫然とした。気を取り直してから、ザイールを抱きあげて寝室まで運ぶと、一張羅に着替えた。翌日、アミィの配慮で仕事休みをもらっていた恭介は、再び返却期限が迫る書物の延長手続きをするため、王立図書館へ向かうことにした。バッグの中に必要最低限の荷物を詰めていると、寝室からザイールが顔をだした。
「おはようございます。」
と、至ってふつうに挨拶を寄越すため、恭介も下手に動揺せず会話した。
「おはよう。オレは仕事が休みになったから、また王立図書館へ行ってくるけど、夕方までには帰るよ。」
「そうですか。わかりました。気をつけていってらっしゃいませ。」
「ああ。」
ザイールは、ふらふらと歩き、顔を洗うと寝室に戻った。ふたりの日常会話はそれほど多くはないが、「おはよう」「行ってきます」「おやすみ」などの挨拶用語は、ほぼ毎日のように交わしている。ザイールは平然としているため、やはり、キスのことは憶えていないようだった。恭介に、ちゃっかり告白したことも忘れていた。
(いや、あれは絶対に譫言だろ。……ザイールがオレを好きだなんて、あるわけがない。ないナイ。……ない、よな?)
ガタンッと荷馬車が大きく揺れると、右隣りに座っていた利用客と肩がぶつかった。
「すみません。」
と詫びてくるため、恭介も「こっちこそ」と返した。王立図書館まで荷馬車で向かうとなると運賃が高いため、少し手前の中央広場で下車した。
(……こうして改めて見ると、何もかも、なつかしいな)
中央広場には、バシャバシャと水の噴きだす装置や、木製のベンチが設置されている。〔第8話参照〕
(……そうだ、オレはあそこの噴水で顔を洗って、ベンチに腰かけて、そこから、シリルくんを見ていたンだっけ)
コスモポリテスでの生活は、慌ただしく過ぎてゆく。置かれた身の上に慣れてきたとはいえ、変わらない景色がある限り、思い出も色褪せず、初心を忘れることはない。
(……シリルくん、ゼニスさん。やっぱり、会いたいぜ。今すぐにでも、会って話がしたい……)
彼等に胸を張って再会できるよう、己が進む道をまちがえてはならない。ゆえに、恭介は事務内官としての責任を、誰よりも強く感じていた。
(オレなんか無趣味だし、現代じゃ友達も少なかったし、どこにいても人並みていどの生き方しかできないと思ってたけど、今では、王国の執務室に勤務してるンだぜ。よくよく考えると、すごいことだよな。……ジルヴァンの情人に選ばれてなかったら、今ごろ、この町のどこかで働いていたンだろうか……)
広場の周辺には、個人経営の商店が立ち並んでいる。活気にあふれた町は、朝から晩まで交通量も多かった。恭介は、賑わう人々の群れを横目に歩きだす。
「もういちど、同じ書物を借りていきます。」
王立図書館の受付で、世界史を返却した恭介は、2度目の賃借手続きをすませると、館内を見てまわることにした。
(ここに来るのは3度目だし、やっとゆっくりできそうだな……)
基本的に、恭介は単独行動を好む性格につき、きょうばかりは、自由に動きまわることができた。受付近くの壁に案内図が貼りだされていたので、じっくりながめていると、背後から「ねぇねぇ、あれって黒髪じゃない?」「え~、染めてるだけでしょ」と云う、ヒソヒソ話が聞こえてきた。
(……そりゃ、横髪を茶色くしただけじゃ、騙されない人間だっているよな)
そう思いつつ、案内図で本棚の位置を確認した。
恭介が足を運んだ一角は、獣人族に関する書物が並ぶ棚である。コスモポリテス王国の構築に深く由縁する獣人だが、恭介はシリル以外との面識はなかった。あるいは、どこかで見かけても、それと見破れないのは、知識不足が原因だと思われた。彼等の生態を調べる理由は、単純に、興味本位だった。
(気にならないと云えば、嘘になるからな)
読んでみたいと思う表題を見つけ、何冊か手に取った。受付で貸借すると、もう1時間ほど館内で過ごした。町に寄って買い物をしようと思ったが、一張羅の帯にしまっていた長財布がないことに気づいた。
(うん? なんでだ? さっきまでは、確かにあったのに……)
荷馬車の運賃を払ったあと、どこかに落とした記憶はない。
(スリか!?)
その可能性を疑って顔をあげた先に、「何かお困りですか」と訊く、白髪まじりの頭をした猫背な老人が立っていた。
* * * * * *
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