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23.どこまでも続く空を見上げて1
しおりを挟む魔神が空へと還り、国全体――全人類から魔力が失われて一週間が経った。
あっという間に過ぎ去った、慌ただしい日々だった。
たとえば。
大聖堂は連日祈りをする人々で溢れかえり。
城内の復旧作業でトンカン打つ音が昼夜問わずに鳴り響き。
魔力が失われたことで嘆く者や慌てふためく者、怒りだす者と出たが、教皇が『魔力とは神を喰らって得た禁忌の力だった』と秘匿情報の一部を公開したことで少しだけ収まりを見せ。
先代聖女が人々に『隣人を助けましょう、きっと自分に返ってくるのだから。それが助け合うということです。私達は今、共に未来へと生きるのです』と説き、その慈愛あふれる微笑みと心に溶け込むような言葉で――主に男性が――活気づき。
元々は薄れていた魔力ゆえに、生活から消えてもそれほど不便になるようなことにはならなかったが、魔法を使用されていた部分で代替できるような仕組みを誰かが考案し、それを国が買い取る法が打ち出された。
そして国の外を冒険する者。
まだ見ぬ世界を開拓する者たちのため、魔獣討伐隊が行き交う時だけ開いてた門が常に開かれるようになった。
ちなみに、これは全てローウェンから教えてもらったことだ。
わたしはと言えば、あの日尖塔で目覚めてからすぐに眠りに落ちてしまい、目覚めるまで居館の空いている部屋で手厚い看護を受けていた……らしい。
ふかふかの布団で眠っていたせいか、爽快な寝起きを味わえた。
眠るって気持ちいい。だめになりそう。
ローウェンと会えたのは、わたしが目覚めてから次に眠るまでの間だけだった。
次に起きたときにはもういなくて。
次の日、彼の訪れをウキウキしながら待ったけれど、ローウェンは来なかった。むうっとちょっと不機嫌になる。
日々寝るばかりのわたしの部屋に、なぜか逃げるように滞在するようになった聖女は、4日前から来てくれている。
わたしの身体をよく知っているから、ということで管理者数名とシド司教――違った、シド大司教が毎日検査に来るようになったのは、3日前から。
どうせだからと一緒に検査するようになった。
その時に教えてもらったことは、聖女関連で使われた部屋は無期限で封鎖。
わたしがいた塔も、元々は古い時代に国外の重要な捕虜を入れる場所として使われていた、とのことで立入禁止となったらしい。
研究もすべてが停止。聖女に関する情報は教皇、枢機卿の命により秘匿扱いとして封印されることになった。
「心より感謝します。聖女様。私のように思う者も多くいることでしょう、貴方様に救われたと。そしてこれまでの我らの不敬、愚行は謝罪などしても許されぬこと。貴方様がお望みであればいかような処分も受けます故に……せめてどうかご体調が優れるまでは、お側にいさせていただくことをお許し下さい」
ものすごく丁寧に言われて、なんだか居心地が悪い。
シド司教――違った、シド大司教のクマは薄くなって、よく眠れるようになったみたいで良かったと返したら、目を点にした後にはじめて優しい笑顔を向けられた。
血液を調べたいから、と言われ連日注射を取られつつ。
わたしはシドし……シド大司教に3日前から気になっていたことを聞いてみた。
「あの……どうして敬語?」
「ああ、そうか。ご存知ないのですね。真に世界を救った聖女として、貴方様の位は教皇猊下の次となったのです。ならば礼節以て接するのは当然のこと」
「――え」
同じように注射される聖女を見る。
わたしの言いたいことが分かったのか、彼女はあっけらかんと言い放った。
「私は”先代”だから。一応は貴方と同列扱いにはなるけれど、あくまで”先代”だから。あ、今度からレティシアと呼んでね。それが私の名前ですって」
以前よりも明るく人懐っこい笑顔を浮かべる彼女、もといレティシアにあわあわとうまく言葉が出てこない。
「今は貴方様のご体調が優先されておりますが、落ち着きましたら聖女として民の前にお姿を見せて頂きたく存じます。またそのための衣装もご用意致しますので、明日には採寸の者が来るかと。それから教皇猊下と枢機卿がお会いしたいということですので、近々会食の場が設けられます。慣れぬ貴方様に僭越ながらマナーをお伝えするべく、これも明日からご指導致しますのでお願い致します。あ、私めが教育係として任命されましたので、ご不満あればお申し出下さい。そこは遠慮せずに。ぜひとも」
「ひぇ……」
なんか色々言われて頭が混乱する。
待遇がものすごく変わりすぎてついていけない。敬語のシド……大司教も、採寸して作る服も、大勢の前に姿を見せることも、なんだかすごい名前の偉そうな人とご飯食べるのも、教育係もいや……!
「や、やだ……! 聖女返却する!」
「もう無理よ」
やだやだ、と涙目で首を振るわたしに、シドだい――あってた、大司教は、ふふふとにこやかに微笑む。笑うと怖いよ。
「戸惑うのも無理はありません。ですが貴方様は世界を救い、人類救済を成し遂げた聖女……やだやだ、と駄々をこねても現実は変わりません。残念ながら……私の現実も」
「シドし……大司教、でもあの、わたし活動限界が……そういうことに時間を使っていられない……」
限られた時間は、全部ローウェンのために使いたい。
マナーとか採寸とかにかける余裕なんてない。きっともう一ヶ月もないだろう。にしてはとても身体が軽いけど、一ヶ月で終わる。終わるのにローウェンとちっとも会えない。ローウェンはなにをしてるんだろう。どこにいるんだろう。
落ち込むわたしに、「ご安心下さい」と声がかかる。
「魔神の血が無効化されたことで、徐々に本来の血液に戻っていくでしょう。このまま栄養を取り、良質な血液を巡らせることで問題ない体になるかと。内蔵等も目立った損傷もなく衰弱しているだけですので、栄養摂取と薬の投与で回復していくかと思います」
「つまるところ?」
「寿命は伸びました」
「お……おお……」
感動もなにもなく、あっさり言われてしまう。
そうか。全部、良い方向に転がったんだ。
レティシアも幸せそうで、シド大司教もよく眠れるようになって、悲しい聖女の仕組みもなくなって。大地の汚染も魔獣もなくなったから、新しい場所や新しい発見を求めて人は一歩を踏みはじめて。街は活気づいていて、城内にも喧騒の声が聞こえてくる。
空は青くて、いい天気。大変なこともあるけど、みんな幸せ。
しあ、わせ――……。
「……ちっとも幸せじゃ、ない」
むくれるわたしに、レティシアとシド大司教が同じ顔を向けてくる。
「ローウェンがいない。ローウェンに会いたい」
「……」
その言葉に、誰も返してくれない。
変だよ。まるで最初から全部夢で、ローウェンだけがいないみたい。ローウェンはどこにいるの。どうして会いに来てくれないの。
「……エレノア。ローウェンはシ――」
「言うな!」
レティシアの言葉を、シド大司教が声を上げて遮る。
それだけで、なにか異常事態がローウェンの身に降り掛かっているのだと悟った。
「シ」……シなに!? 死!? ざあ、と血の気が引く。
「ローウェンになにがあったの……!? 教えて!」
「……っ」
「シド大司教……!」
シド大司教に詰め寄るが、彼は口を頑なに開かない。
顔が青ざめてもいる。
むしろ滝のように汗をかきはじめてもいる。尋常ではない。
わたしが呑気に朝寝てお昼寝もして夜ぐっすり寝てる間に、大変なことになっているなんて思いもしなかった。
全部終わったと思ったのに――ベッドから飛び降りて、わたしは寝間着姿のまま部屋の扉まで駆け出す。
「エレノア!?」
「ローウェンを探しにいく……! 止めないで、わたしは――、っ!?」
開けようとした扉が突然開いて、ゴンッと顔を打った。痛い。
「聖女様!?」
「だ、大丈夫……額に当たった、だけ……」
痛みにしゃがみこむ。
絶対たんこぶできた。
「――まさかドアの前にいるとは思わなかった。これはすまない」
覗き込んできたのは、知らない男の人だった。
日に焼けた肌に、朱い瞳が印象的だ。痛みに顔をしかめながら、わたしはノックもせずに入ってきた人に問う。
「だれ?」
「げ、猊下……っ」
彼の代わりに答えたのは、シド大司教の後ろ背に隠れたレティシアだった。
「やめろ、僕を盾にするな……! これ以上不興を買ったらどうなるか、」
「動かないで! シド大司教ステイ!」
「僕は犬か!」
小声でなにやら2人が押し問答している。
わたしの横ではす……と冷徹に目を細める教皇猊下。
こっそり抜け出そうかな。
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