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第28話 - マリア
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見るに、四人ほどの集団は、自らの顔も布で覆い素性を隠しており――明らかに、表で生きる者ではないことを物語っております。
「……あの時の」
お兄様が、ぼそりと、そう呟きました。……それはきっと、本当のお兄様が襲われて、今のお兄様に入れ替わった時の、刺客のことでしょう。
無論、ずっとあの事件のことは調査を続けていましたが、相手は闇の住人。痕跡の抹消などはお手の物で、有効な手がかりを得ることはできませんでした。
それが今、このタイミングで、襲撃を再開した。
周囲は林が並ぶだけの薄暗い街道。次の集落まではしばらく距離があり、こんな夜中に通りかかる人なども滅多にいない。命を狙うには、これ以上ない絶好の機会でしょう。
彼らは、言葉を発することはなく、じり、とゆっくり距離を詰めてきました。眼光に宿る冷たい光が、明確な殺意を伝えています。
「お前ら、逃げろ。あいつらの狙いは、僕だ」
「……お兄様。それは、どういう意味でしょうか」
「僕が、迂闊だった。早く護衛の人材を見つけるべきだったのに、間に合わなかった。今この状況では、打つ手がない。皆殺しになるより、僕一人が犠牲になったほうが、合理的だ」
「そんなの、ダメです。そんなの、絶対に……!」
「痴話喧嘩してる場合じゃないでしょ~! あたしの魔法じゃどうしようもないんだよ~!」
カイネさんが泣き言を上げ、その間にも、四つの影はひたひたと迫ってきています。
戦闘に活用できるような魔法は無く、背を向けて逃げられるほど甘い相手でもない。だから、お兄様が言う犠牲は、確かに合理的ではありました。
間違っているのは、誰がその役目を負うか、ということ。
私は、笑いそうになる膝を叩いて立ち上がり、精一杯の虚勢で、刺客たちを睨みつけます。
「私が、あの方々とお話いたします」
「……やめろクロシェ。座れ。そんなことをしても」
「皆様は、第七領に、必要な存在です。そして、この中で一番不要なのは、私です。命を賭して、あの四名を押しとどめます。だから、どうか、全力で逃げてください」
「お前如きがどうしようもできないって言ってるんだ! そんな捨て鉢は僕が許さないぞ――」
「クロシェ様は」
その時、口を開いたのは、意外にも、マリアさんでした。
彼女は、あくまでも静かに、なにかを見定めるような声色で、私に問います。
「弱いくせに、私たちを庇う、つもりですか?」
「……はい。何もないからこそ、こういうときくらいは、お役に立ちたいのです」
その答えを、マリアさんはどう受け取ったのでしょうか。目を伏せ「そう」と、短く呟いたのみでした。
「愁嘆場は終いか。今生最後の言葉だ、遠慮無く喚け」
――私たちの抵抗なんて、なにをしようが同じことでした。
この醜いやり取りを見物していた刺客の一人は、冷笑を含んだ侮蔑の言葉を投げます。
そして、隣の黒衣が、くすくすと笑いながら、手をかざします。
「東方魔術【武器庫の扉】」
バチバチ、と雷電が爆ぜるような鋭い音が響いたと思うと、無数の鈍色の刃が虚空に浮かび、私たちを取り囲んでいました。
「ふふ、ふふふ……残念。あなた方が揉めてる間に、包囲を完了させちゃいました……。所有する武具を指定の場所に展開できるこの魔法……もう、どこからも逃れられませぇん」
さながら檻のように、剣や矢の数々が浮かんでおり、それらの切っ先は正確に私たちへと向かっています。
とっくに手遅れの状態でした。悔しそうに、唇を噛み締めるお兄様の横顔が目に映ります。
「ふふふ……それではおさらば、第七王子。一息で殺して差し上げます」
その黒衣が妖しく笑いながら、手を振り下ろすと、凍ったように静止していた武具たちが唸りを上げ、稲妻のような速度で殺到しました。
こんなにもあっさりと、私の命は散るのだと。悔恨を抱えたまま、目の前に迫りくる矢を、ただじっと、見ていました。
「――さっきまでの威勢はどこいったんだ、バカ」
そんな声が聞こえると……いつの間にか、私の目の前に、マリアさんが立っていて。
迫りくる矢は、彼女の腹部に命中しました。
「マリアさ……!」
だけど、本当の驚きは、ここからでした。突き刺さった矢には一切目もくれず、彼女は、どこから取り出したのか、一本の銀色の剣を片手に持っていて、それを地面に突き立て。
「北方魔術【鉄の座に就く――」
その瞬間、私たちを取り囲むようにして、鉄の壁がせり上がってきました。鉄と鉄が激突する甲高い音が雨音のように幾重も鳴り、鼓膜の奥がじんと痺れます。
そして、役目を終えた鉄壁は崩れ去り、再び視界が開けました。と、その瞬間、接近していた黒衣の一人が、崩れる壁を乗り越え、両手のナイフをお兄様に向けていました。
ですが、マリアさんも素早く刺客に接近して、彼女は今度は、両手で持つような長い槍を携え、急襲を仕掛けた黒衣を猛烈に突き上げました。
その黒衣も瞬時に反応し、手のナイフで防御しましたが、その突き上げのあまりの膂力に耐え切れず、向こう側まで吹き飛ばされます。
「北方魔術【霜張る牢獄】」
一人の黒衣がその魔法を発動させると、瞬間、凍てつくような冷気が広がり、見ると、私たちの足元が霜張り、縛り付けるように氷漬けになっていました。
そして、あの武器を射出する魔法を使用した者が、再度陣を展開させ、多数の刃がマリアさんに照準を合わせます。
「もう許さないよ……挽肉になっちゃええええ!」
先ほどとは比べ物にならない密度の刃の数々が、とんでもない勢いでマリアさんに集中して飛来しました。
そして肉が裂かれる鈍い音が響き渡ります。雨のように飛んでくる鈍色の殺意の数々は、その白い肌を蹂躙し、赤黒い肉塊へと変貌させている、はずでした。
その光景を直視することができず、私は思わず目を瞑ったのですが、なにか、様子が変でした。恐る恐る目を開けると、そこには、地面に突き立つ無数の武器と――全くの無傷で立つ、マリアさんの姿があるだけでした。
「……あり得ない」
黒衣が、首を振りながら、声を震わせます。
「僕の【武器庫の扉】は、お、お前を切り裂いた、間違いなく! なのに、お前は、全く、傷一つ、ついていない……耐性……違う、こんなの抗体者じゃなきゃ……!」
「いちいちうるせえなあ、ダボ」
聞き間違いかと思いました。
どんなときも淑やかで、美しく、月花美人と称えられた物静かな美女のマリアさんの口から、嘘のような汚い単語が飛び出したのです。
「お前のナマクラじゃ私は斬れねえ。ただそれだけのことじゃねえかよ」
「な、ナマクラ……」
「よく聞けボンクラ。私は今、機嫌が悪いんだ」
そして彼女は、振り返り、ぎろり、と私を見ました。
「私は――弱い奴と、そんな奴にに庇われることが、大嫌いなんだ」
「マリア、さん」
「だから加減はできそうにねえ。――地獄で悔い改めな」
そして彼女は、天高く手を掲げ、すぅと息を吸い込むと、その魔法の名を口にしました。
「――北方魔術【鉄の座に就く戦乙女】」
「金剛鉄姫だ!」
霜の魔法を行使していた黒衣が、わなわなと震えながら、そう叫びました。
「鉄の北方魔術を使う、あの最悪の冒険者が……こんな、こんなところに……!」
バチン、と粒子が弾けるような音がしたと思えば、マリアさんの全身が青白く輝きます。そして、まるで機械を作る工場のような、鉄と鉄が次々と?み合っていくような鈍重な火花が散ったと思えば、目の前には、巨きな騎士が、立っていたのでした。
その様はさながら神話のようで。鎧は、神秘的に月の光を跳ね返しています。彼女の手には、その巨体に見合うような、大きな鉄の戦槌が握られていました。
それを振りかぶると、槌の機構が変化し、凄まじい勢いで大気を放出しはじめました。
「吹き飛べ、弱虫共ォ!」
地面に叩きつけられたときの、その衝撃波の破壊力たるや。周囲の物体をすべて薙ぎ払い破砕するほどの圧力が広がり、あたり一帯に砂埃が舞いました。
果たして刺客たちがどうなったのかもわからぬ中――お兄様は、三つの月が見降ろす中で、地面にへたりこみながら、その騎士を見上げていました。
「……思い、出した」
絞り出るように出た声はそんな一言で。お兄様は、しばらく、その偉容を、ただただ、見上げるばかりでした。
「……あの時の」
お兄様が、ぼそりと、そう呟きました。……それはきっと、本当のお兄様が襲われて、今のお兄様に入れ替わった時の、刺客のことでしょう。
無論、ずっとあの事件のことは調査を続けていましたが、相手は闇の住人。痕跡の抹消などはお手の物で、有効な手がかりを得ることはできませんでした。
それが今、このタイミングで、襲撃を再開した。
周囲は林が並ぶだけの薄暗い街道。次の集落まではしばらく距離があり、こんな夜中に通りかかる人なども滅多にいない。命を狙うには、これ以上ない絶好の機会でしょう。
彼らは、言葉を発することはなく、じり、とゆっくり距離を詰めてきました。眼光に宿る冷たい光が、明確な殺意を伝えています。
「お前ら、逃げろ。あいつらの狙いは、僕だ」
「……お兄様。それは、どういう意味でしょうか」
「僕が、迂闊だった。早く護衛の人材を見つけるべきだったのに、間に合わなかった。今この状況では、打つ手がない。皆殺しになるより、僕一人が犠牲になったほうが、合理的だ」
「そんなの、ダメです。そんなの、絶対に……!」
「痴話喧嘩してる場合じゃないでしょ~! あたしの魔法じゃどうしようもないんだよ~!」
カイネさんが泣き言を上げ、その間にも、四つの影はひたひたと迫ってきています。
戦闘に活用できるような魔法は無く、背を向けて逃げられるほど甘い相手でもない。だから、お兄様が言う犠牲は、確かに合理的ではありました。
間違っているのは、誰がその役目を負うか、ということ。
私は、笑いそうになる膝を叩いて立ち上がり、精一杯の虚勢で、刺客たちを睨みつけます。
「私が、あの方々とお話いたします」
「……やめろクロシェ。座れ。そんなことをしても」
「皆様は、第七領に、必要な存在です。そして、この中で一番不要なのは、私です。命を賭して、あの四名を押しとどめます。だから、どうか、全力で逃げてください」
「お前如きがどうしようもできないって言ってるんだ! そんな捨て鉢は僕が許さないぞ――」
「クロシェ様は」
その時、口を開いたのは、意外にも、マリアさんでした。
彼女は、あくまでも静かに、なにかを見定めるような声色で、私に問います。
「弱いくせに、私たちを庇う、つもりですか?」
「……はい。何もないからこそ、こういうときくらいは、お役に立ちたいのです」
その答えを、マリアさんはどう受け取ったのでしょうか。目を伏せ「そう」と、短く呟いたのみでした。
「愁嘆場は終いか。今生最後の言葉だ、遠慮無く喚け」
――私たちの抵抗なんて、なにをしようが同じことでした。
この醜いやり取りを見物していた刺客の一人は、冷笑を含んだ侮蔑の言葉を投げます。
そして、隣の黒衣が、くすくすと笑いながら、手をかざします。
「東方魔術【武器庫の扉】」
バチバチ、と雷電が爆ぜるような鋭い音が響いたと思うと、無数の鈍色の刃が虚空に浮かび、私たちを取り囲んでいました。
「ふふ、ふふふ……残念。あなた方が揉めてる間に、包囲を完了させちゃいました……。所有する武具を指定の場所に展開できるこの魔法……もう、どこからも逃れられませぇん」
さながら檻のように、剣や矢の数々が浮かんでおり、それらの切っ先は正確に私たちへと向かっています。
とっくに手遅れの状態でした。悔しそうに、唇を噛み締めるお兄様の横顔が目に映ります。
「ふふふ……それではおさらば、第七王子。一息で殺して差し上げます」
その黒衣が妖しく笑いながら、手を振り下ろすと、凍ったように静止していた武具たちが唸りを上げ、稲妻のような速度で殺到しました。
こんなにもあっさりと、私の命は散るのだと。悔恨を抱えたまま、目の前に迫りくる矢を、ただじっと、見ていました。
「――さっきまでの威勢はどこいったんだ、バカ」
そんな声が聞こえると……いつの間にか、私の目の前に、マリアさんが立っていて。
迫りくる矢は、彼女の腹部に命中しました。
「マリアさ……!」
だけど、本当の驚きは、ここからでした。突き刺さった矢には一切目もくれず、彼女は、どこから取り出したのか、一本の銀色の剣を片手に持っていて、それを地面に突き立て。
「北方魔術【鉄の座に就く――」
その瞬間、私たちを取り囲むようにして、鉄の壁がせり上がってきました。鉄と鉄が激突する甲高い音が雨音のように幾重も鳴り、鼓膜の奥がじんと痺れます。
そして、役目を終えた鉄壁は崩れ去り、再び視界が開けました。と、その瞬間、接近していた黒衣の一人が、崩れる壁を乗り越え、両手のナイフをお兄様に向けていました。
ですが、マリアさんも素早く刺客に接近して、彼女は今度は、両手で持つような長い槍を携え、急襲を仕掛けた黒衣を猛烈に突き上げました。
その黒衣も瞬時に反応し、手のナイフで防御しましたが、その突き上げのあまりの膂力に耐え切れず、向こう側まで吹き飛ばされます。
「北方魔術【霜張る牢獄】」
一人の黒衣がその魔法を発動させると、瞬間、凍てつくような冷気が広がり、見ると、私たちの足元が霜張り、縛り付けるように氷漬けになっていました。
そして、あの武器を射出する魔法を使用した者が、再度陣を展開させ、多数の刃がマリアさんに照準を合わせます。
「もう許さないよ……挽肉になっちゃええええ!」
先ほどとは比べ物にならない密度の刃の数々が、とんでもない勢いでマリアさんに集中して飛来しました。
そして肉が裂かれる鈍い音が響き渡ります。雨のように飛んでくる鈍色の殺意の数々は、その白い肌を蹂躙し、赤黒い肉塊へと変貌させている、はずでした。
その光景を直視することができず、私は思わず目を瞑ったのですが、なにか、様子が変でした。恐る恐る目を開けると、そこには、地面に突き立つ無数の武器と――全くの無傷で立つ、マリアさんの姿があるだけでした。
「……あり得ない」
黒衣が、首を振りながら、声を震わせます。
「僕の【武器庫の扉】は、お、お前を切り裂いた、間違いなく! なのに、お前は、全く、傷一つ、ついていない……耐性……違う、こんなの抗体者じゃなきゃ……!」
「いちいちうるせえなあ、ダボ」
聞き間違いかと思いました。
どんなときも淑やかで、美しく、月花美人と称えられた物静かな美女のマリアさんの口から、嘘のような汚い単語が飛び出したのです。
「お前のナマクラじゃ私は斬れねえ。ただそれだけのことじゃねえかよ」
「な、ナマクラ……」
「よく聞けボンクラ。私は今、機嫌が悪いんだ」
そして彼女は、振り返り、ぎろり、と私を見ました。
「私は――弱い奴と、そんな奴にに庇われることが、大嫌いなんだ」
「マリア、さん」
「だから加減はできそうにねえ。――地獄で悔い改めな」
そして彼女は、天高く手を掲げ、すぅと息を吸い込むと、その魔法の名を口にしました。
「――北方魔術【鉄の座に就く戦乙女】」
「金剛鉄姫だ!」
霜の魔法を行使していた黒衣が、わなわなと震えながら、そう叫びました。
「鉄の北方魔術を使う、あの最悪の冒険者が……こんな、こんなところに……!」
バチン、と粒子が弾けるような音がしたと思えば、マリアさんの全身が青白く輝きます。そして、まるで機械を作る工場のような、鉄と鉄が次々と?み合っていくような鈍重な火花が散ったと思えば、目の前には、巨きな騎士が、立っていたのでした。
その様はさながら神話のようで。鎧は、神秘的に月の光を跳ね返しています。彼女の手には、その巨体に見合うような、大きな鉄の戦槌が握られていました。
それを振りかぶると、槌の機構が変化し、凄まじい勢いで大気を放出しはじめました。
「吹き飛べ、弱虫共ォ!」
地面に叩きつけられたときの、その衝撃波の破壊力たるや。周囲の物体をすべて薙ぎ払い破砕するほどの圧力が広がり、あたり一帯に砂埃が舞いました。
果たして刺客たちがどうなったのかもわからぬ中――お兄様は、三つの月が見降ろす中で、地面にへたりこみながら、その騎士を見上げていました。
「……思い、出した」
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