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わたし専属の騎士であるコリンは、自分のことを『私』と言う。『俺』とか『僕』とか言わない。
王女であるわたしの前だから『私』以外の一人称を使わないのかとばかり思っていたけれど、彼の同僚の話によるとどうやら違うらしい。
となると、わたしは五年くらい勘違いしていたことになる。一応主なのに、コリンのことを何も知らなかったんだと少しばかりショックを受けた。
「わたしってあなたのこと、なんにも知らなかったのね」
国王生誕祭の式典が無事に終了し、コリンに私室まで送ってもらっている最中。わたしはつい、ぼやいてしまった。
すると後ろから、面食らった表情が想像できるような声が聞こえてきた。
「……は?」
「あなたの同僚から式典前のヒマな時間に聞いたのよ。あなた、わたしやわたし以外の王族がいないところでも一人称に『私』を使うんですって?」
「左様ですが……それに何か問題が?」
「問題はないわよ。ただね、わたし、あなたってお堅いけどきっとプライベートでは自分のこと『俺』とか『僕』とか言って、砕けた感じになるのだと勝手に思っていたの。でも、そうじゃないと知って――」
「失望されましたか?」
わたしの言葉を遮るようにコリンが質問してきた。
思わず振り返ってみれば、その目は真剣そのものだった。驚きで胸がどきっとしてしまう。
わたしは慌てて否定した。
「しないわよ! ただ、そんなことも今まで知らなかったんだなって、わたしが勝手にショックを受けただけだから」
「ショック、ですか?」
不思議そうにまたたきをされる。
「そうよ。だってコリンがわたしの騎士になってくれて、たぶん五年は経つのに――」
「四年九ヵ月と十五日です、姫様」
即座に訂正が入った。そんなにきちんと覚えてるんだ……。思わず目をしばたたかせてしまう。
「そ、そう。四年九ヵ月と十五日も経つのに、そんなことさえ知らなかったことが悔しいっていうか不甲斐ないっていうか。とにかく、あなたのことを知らなすぎていたことを嫌だと感じたのよ。おかしい?」
わたしの質問に、コリンはなぜだかわからないけれど嬉しそうに目を細めた。
「いいえ。私には過分なお言葉です、姫様」
わたしは首をかしげた。
「過分?」
「ええ。姫様は、ただの従者である私がどのような人間なのかを知っていたいと考えてくださった。これを過分と言わずしてなんと言いましょうか」
コリンは冗談を言っているふうではなかった。至極真面目だ。思わず口から苦笑が漏れてしまう。
「大げさね」
本当に大げさなわたしの騎士。
こちらのことをやたらと重視してくるけど、わたしはそんなに大層な人間なんかじゃないのにね。
騎士として辛い訓練や任務にも耐えているコリンの方が、わたしよりもずっと立派よ。
――そう口に出して伝えたら、コリンはものすごい勢いで否定の言葉を並べ立て始めてしまったのだった。
王女であるわたしの前だから『私』以外の一人称を使わないのかとばかり思っていたけれど、彼の同僚の話によるとどうやら違うらしい。
となると、わたしは五年くらい勘違いしていたことになる。一応主なのに、コリンのことを何も知らなかったんだと少しばかりショックを受けた。
「わたしってあなたのこと、なんにも知らなかったのね」
国王生誕祭の式典が無事に終了し、コリンに私室まで送ってもらっている最中。わたしはつい、ぼやいてしまった。
すると後ろから、面食らった表情が想像できるような声が聞こえてきた。
「……は?」
「あなたの同僚から式典前のヒマな時間に聞いたのよ。あなた、わたしやわたし以外の王族がいないところでも一人称に『私』を使うんですって?」
「左様ですが……それに何か問題が?」
「問題はないわよ。ただね、わたし、あなたってお堅いけどきっとプライベートでは自分のこと『俺』とか『僕』とか言って、砕けた感じになるのだと勝手に思っていたの。でも、そうじゃないと知って――」
「失望されましたか?」
わたしの言葉を遮るようにコリンが質問してきた。
思わず振り返ってみれば、その目は真剣そのものだった。驚きで胸がどきっとしてしまう。
わたしは慌てて否定した。
「しないわよ! ただ、そんなことも今まで知らなかったんだなって、わたしが勝手にショックを受けただけだから」
「ショック、ですか?」
不思議そうにまたたきをされる。
「そうよ。だってコリンがわたしの騎士になってくれて、たぶん五年は経つのに――」
「四年九ヵ月と十五日です、姫様」
即座に訂正が入った。そんなにきちんと覚えてるんだ……。思わず目をしばたたかせてしまう。
「そ、そう。四年九ヵ月と十五日も経つのに、そんなことさえ知らなかったことが悔しいっていうか不甲斐ないっていうか。とにかく、あなたのことを知らなすぎていたことを嫌だと感じたのよ。おかしい?」
わたしの質問に、コリンはなぜだかわからないけれど嬉しそうに目を細めた。
「いいえ。私には過分なお言葉です、姫様」
わたしは首をかしげた。
「過分?」
「ええ。姫様は、ただの従者である私がどのような人間なのかを知っていたいと考えてくださった。これを過分と言わずしてなんと言いましょうか」
コリンは冗談を言っているふうではなかった。至極真面目だ。思わず口から苦笑が漏れてしまう。
「大げさね」
本当に大げさなわたしの騎士。
こちらのことをやたらと重視してくるけど、わたしはそんなに大層な人間なんかじゃないのにね。
騎士として辛い訓練や任務にも耐えているコリンの方が、わたしよりもずっと立派よ。
――そう口に出して伝えたら、コリンはものすごい勢いで否定の言葉を並べ立て始めてしまったのだった。
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