ナイトホークス

*kei

文字の大きさ
15 / 25

虹色の仕返し

しおりを挟む
 
「お前ら何かあったの?」

 結菜は目の前に立つラウルの言葉に、ギクリとなり一瞬動きが止まる。
 カウンター席に座り、所在無さげにいじっていたおしぼりが、いつの間にか手元でウサギの形に変わっている。
 ラウルはそれを持ち上げると、パペットのように彼女の目の前で動かす。

「と言うか、五十嵐様に何かした?」
「別に、何も…」
 ラウルにではなく、おしぼりのウサギに向かって答える。

 寧ろあたしが何かされたと、出来る事なら声を大にして主張したい!
 そう思いながら、今夜ここに居ない彼の顔を思い出す。
 そして、連鎖されるように昨夜のキスも――。


『非常口』に押し込められて何度も繰り返されたキスは、始まりは無理矢理みたいなものだったが、後半はずっと優しく、心地良いモノだった。
 頭の何処かではイケナイコトと判っていたが、キスに応えてしまっていた自分を否定できない。
 結菜からも求め始めると、悠真も追って更に快感を与えるように――――。

 ぎゃあー!
 そこまで思い出して結菜はカウンターに突っ伏す。
 ここがホテルのバーでなく自分の部屋だったら、叫びながらのた打ち回っているところだ。

「おま…そんな顔して、よく何も無いなんて言えるよ」

 ぽすっと何かが頭に当たる。
 どうやらおしぼりのウサギを投げられたようだった。

「で?何があった?」
「……」
「何かあったから、今夜来ないんじゃないのか?」

 昨夜あんな事があって、まともに顔が合わせられるのかと業務中悶々と悩んで、ようやく覚悟が決まって『coeurs d'ombre』へ来てみれば、悩みの相手は今夜来ないとラウルに言われる始末。

 顔を上げると、ラウルの目が洗いざらい話せと語っていた。

「…された」
「え?」
「…スされた」
「聞こえるように言え」
「だから、キスされたの!」
 自棄になったように吐き捨てると、「は?」っと気の抜けた返事が戻って来る。

「キス?」
「そう」
「キスだけ?」
 素直に頷くと、
「どんだけ酷いキスしたんだよ」
 と、それこそ『非道い』言葉が返って来た。

「どう言う意味よ!」
「え?結菜のキスが酷すぎて、もう会わない!ってなったのかと」
「失礼な!ちゃんとお互いかっ…」
『感じていた』と思わず言おうとした言葉を飲み込む。
 ニヤけたラウルの表情に、からかわれたのだと気付く。

「らーうーるー!」
「あははっ、悪い。だって、この世の終わりみたいな顔で入って来たから、何かあったのかと思うだろ?」
「あのね…これでもイロイロ悩んでるんだから」
「何を悩む必要がある?お互い惹かれているの判ってるだろ?」

 ラウルにハッキリ指摘されて顔が歪む。
 惹かれているから悩んでいるのだ。
 年下の、それも未成年の19歳の学生に。

 鈍い女を演じるつもりもない。
 悠真が自分に興味を持っているのも判る。
 何処まで本気かは判断出来ないが、多分、物怖じせずそのままの悠真と向き合っているから興味を引いたのだろう。
 息苦しいと感じていた彼の生活の中で、出て来た異端――そんなところだろうか。
 そして、結菜はそんな等身大の悠真にどうしようもなく心惹かれている。

 自分がしっかりしなきゃと思っても、気持ちが言うことを聞かない。
 流されたくないと思うのに……。

「あんまり悩んでるとハゲるぞ」
 自分の思考に沈み込んだ結菜を見ながら、ラウルはそう言ってカウンターにボトルを並べて行く。
 クレーム・ド・カカオ、バイオレット、マラスキーノ、ブランデー…。

「一体、何をやってるの?」
 ずらっと並んだボトルを見ながら、ラウルに尋ねる。

「何ってカクテル作るんだよ」
「どんだけ混ぜるカクテルなの…」
「混ぜない。これから作るはレインボーだから」
「何だ、レインボーか…って、レインボー?!」
「そう」
「誰、そんなの頼んだの?!」
 何処にそんな奇特な人が居るのかとバーを見渡すと、カウンター端に座っている女子二人と目が合う。
 若干こちらを睨んでいるように見えるのは、客寄せバーテンダーを独占してしまっているからだろうか。

「もしかしてあそこの二人?ちゃんと説明したの?レインボーがどんなお酒なのか…」
「説明なんか必要無い。結菜のオーダーだから」

 ああ、何だあたしか…、ってオイ!

「そんなの頼まないわよ!」
「いや、正確には五十嵐様だけど。今夜は来れないって言われたのと合わせて、結菜にレインボー出してくれって頼まれた」
「何それ!」

 仕返し?
 仕返しなのか?!

「だいたい、どうしてレインボーのカクテルなんて知っているのよ」
「さぁ?」

 いや、もうこれは、完全に昨日の仕返しでしょ……。
 しかもあたしが好きな『酒』を使って仕掛けるとは。

「言っておくけど、出されても飲まないから、あんなま……飲むのが大変なの」
 バーテンダーの手前と言う事で、一応『まずい』と言う言葉は避ける。

「えー。折角、五十嵐様が結菜のためにオーダーしたのに」
 残念そうに言う。

「ラウルだって作るの大変でしょ」
「まぁ、そうだけど。でもレインボーなんて一年に一度出るか出ないかのカクテルなのになー」
「そうだとしてもやめて」
「んー、じゃ、アイリッシュ・コーヒーにクレーム・ド・カカオ入れたのにするか。五十嵐様がいないから、今夜は結菜がコーヒー、だな」
「それなら、生クリーム抜きにしてくれる?」
「かしこまりました」

 ラウルが手際良く準備に入り、しばらくするとコーヒーの香りが漂う。
 毎晩、ボックス席に入ると感じることのできる香りと同じ。


 たった一日。
 一日会っていないだけなのに、寂しいと思う自分が居る。
 どんなに言い訳しても、自分の気持ちにセーブをかけようとしても、既に手遅れなところまで来てしまっているのを結菜は認めざるを得なかった。

 口の中にほろ苦く甘い液体が染み入ると、明日はアルコール無しのコーヒーに出会えるだろうかと、結菜は素直に願った。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...