灰色のカナン-Canaan of the Gray-

かもめ

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第10話 焼け野原に立つ人々

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 焼け野原の夜の森。かがり火のようにそこかしこで炎が燃えている。

 その中に立っているのは労働者のような服装の女と、不愉快なにやけ面の金髪の男と、そして2本足で立つ龍だった。


「どうした、ヴィンセント・ミルドレイク。反応がないならこいつらにとどめを刺すだけだぞ」


 ヌエが言う。焼け野原の中でうごめくのはリーアたち。龍の放つ炎の直撃を受け、恐らく瀕死の状態なのだろう。暗闇の中で良く分からないがその体がまともな状態である保証はないだろう。


「重ね重ね驚くねまったく。あれを受けて死んでなくて、まだ動けるなんざ」


 金髪がうざったらしく口笛を吹いた。勝者の余裕というやつだろう。

 実際のところ、最早勝負は付いたと言っても過言ではないだろう。リーアたちは命の取り留めているものの到底戦える状態とは思えなかった。

 龍がさっきのように動けば一秒もかからずに全員の命を奪えるはずだ。

 つまり、リーアたちはこのままでは死ぬ。

 そして、それを阻止する方法は私をおとなしく差し出すことだけらしい。


「増援も送るな。我々はその姿が目に入った瞬間こいつらを殺す。お前にある選択はジグ・フォールを差し出すことだけだ。考えれば分かるだろう。手練れの身内と一般人の命を秤にかければどちらが重いかなど。組織全体のことを考えれば取るべき道はひとつだ」


 ヌエは言っている。ミルドレイクは私を差し出すだろうか。いや、私がミルドレイクでも差し出すだろう。合理的な判断というやつだ。

 リーアたちはどうやら『トネリコの梢』とやらの中でもかなりの実力者のようだ。

 なら、私の命よりどう考えても彼女たちの命の方が重い。

 組織のための選択というやつだ。

 より大きな目的のための必要な犠牲というやつだ。それを選ぶことが敗北を認める意味を持っていたとしても、ここで拒めばその先より大きな敗北を味わうことになる。その可能性が上がる。

 私の会社でも良く見た光景だ。有能な誰かのために無能な誰かが犠牲になる。

 それがこの世の中だ。いや、会社だけではない。この世の中そのものがそういうものだ。

 子供のころにきれい事ばかり吹き込まれたが、世界とは結局の所そうして回っているのだ。 

 この世界はそうした救いのない所なのだから。


「そりゃそうだ」


 私は言った。

 ミルドレイクは私の横に泰然としていた。

 ヌエは反応を待っている。あと数秒すれば待つのを止めて龍にリーアたちを殺させるだろう。

 やがて、ミルドレイクは結界を通じて言った。


『なるほど、確かにリーア君達の命とジグ君の命。そのふたつを組織として秤にかけたならやはりリーア君たちの方が重いのだろう』
「ようやく反応したか。その通りだ。ジグ・フォールを差し出せ」
『レディ。そう何度も差し出せと言わないでくれたまえ。さすがの私も飽きてくる』
「飽きている余裕などないぞ? 状況が分かっているのか?」
『良く分かっているとも。そうだな、話の続きだ。組織として秤にかけたなら確かにリーア君たちの命の方が重い。そうなのだろう、そうなのだろう。少なくともそういうものなのだろう。だが、私にはさっぱり分からん』


 ミルドレイクはきっぱりと言った。


『申し訳ないが私は吸血鬼でね。人間の価値観に興味はないんだ。【トネリコの梢】に力を貸しているのも暇つぶしでね。だから、私はその二つの命に優劣は付けない』


 ヌエはミルドレイクの言葉を恐ろしい形相で聞いていた。


『それに、ジグ君は少し面白い。面白い人間は死なせない主義だよ』


 その言葉を聞いてヌエは引きつった笑顔を浮かべた。怒りによるものではないらしい。どうやら憎悪のような気がした。ヌエはミルドレイクに強い憎悪を抱いているらしい。


「吸血鬼だから人間の価値観に興味がないだと? 所詮私は人間の考えの中で生きているということか。始めから人間としての交渉を持ちかけたことが間違っていたと? なるほど、私はバカだったらしい。おぞましい話だ」


 ヌエは手を振る。


「ズライグ!」
『レディ。人の話は最後まで聞くものだ。面白い人間は死なせない。それが私の主義だ。それはもちろんリーア君たちも含まれている』


 ヌエが眉をつり上げて不快感をあらわにした。同時に疑問を抱いたのだろう。ミルドレイクの言葉の真意について一瞬思考していた。


『最も。リーア君たちは自分たちで助かるがね』


 その言葉が意味するところにヌエは瞬時に思い至ったらしい。


「すげぇすげぇ! これが間近で見る龍の鱗かよ!!!」


 声が聞こえたからだ。龍が目を見張る。それはレイヴンの声だった。瀕死のはずのレイヴンの声だった。しかし、そのレイヴンは今龍の真横でその姿を目を輝かせながら観察していた。


「何!?」


 ヌエが言うが早いか。


「エンチャント全開!!!」


 リーアの声が響き渡った。

 同時に龍が真横に吹っ飛んだ。何かが、強烈な勢いで頭にぶつかったようだった。龍は一瞬、ほんの一瞬だが意識を奪われ動きを止めた。

 そこにレイヴンが手を当てる。


「もっと見たかったけどなぁ!! 残念至極だ!!」


 すると、巨大な龍の体が一瞬で砕け散った。砕けた破片はカラスだった。龍がカラスの群れになって夜の空に飛び上がっていった。

 金髪が目の前の光景に動揺もせずにレイヴンに回転式銃をぶっ放す。しかし、レイヴン自身も弾が当たるが早いかカラスの群れに変わった。


「悪いけどただの銃じゃ術をかけてる僕には当たらないよ。誰にも手傷を与えられないけど僕も手傷は受けないからねぇ」


 嬉しそうなレイヴンの声が響く。


「ちくしょう!」


 金髪が銃に弾を一瞬で込める。しかし、ヌエが制した。


「止めろ。最早勝ち筋が無くなった」


 ヌエの目の前にはいつの間にかリーア、ダリル、サヤが立っていた。全員全身の衣服が焼け焦げていたが体の傷はさほどのものでまだ動けていた。

 後ではまだリーアたちだと思っていたものがもぞもぞと動いていた。しかし、それはやがてカラスの群れになって飛び立っていった。

 そして、そこら中を飛び回っていた。カラスの群れはヌエと金髪を取り囲んで円を描くように飛び回った。


「なるほど。その男の魔術でデコイを作った後、透過の魔術を使いつつ浮遊の魔術で空中に脱出。炎をかわしつつ我々が隙を見せる瞬間を待っていたのか」


 ヌエはリーアを睨みながら言う。


「普通に戦っていれば手練れなら考えつく思考だ。だが、あの一瞬で。あの怪物の初見の攻撃を前に言葉も交わさず、合図すらなしで貴様達はそれを実行したというのか。なるほど、ギースに舐めるなと言ったが、一番舐めていたのは私だったらしい。してやられたよ」


 ヌエと金髪の体が足下からカラスに変わっていった。それらも夜空に飛び立っていく。


「今回は私の負けのようだ。だが、次はどうだろうな。お前達の実力を把握したあの怪物の相手を出来ると思うか?」


 ヌエは不敵に笑っている。

 それにリーアが返した。


「あんた、自分で分かってないみたいだけど今むちゃくちゃダサいわよ。完全に負け犬の遠吠えだもの」


 リーアは続けた。


「次も私達が勝つわよ。今度こそ生け捕りにして洗いざらい吐いて貰うから」
「ふはは。楽しみにしている」


 そして、ヌエは笑った。それから、


「だが、保険もある。どうかな、うまく働いていれば御の字だがな」


 そう言った。

 そして、ヌエと金髪の体は完全にカラスに変わって飛び去ってしまった。

 襲撃者の3人は完全にこの場から消えてしまった。

 どうやら、リーアたちが勝ったらしかった。

 あのどう考えても人間が相手に出来ない怪物を相手にして。どう考えても絶体絶命だった状況を前にして。そう考えてもついたと思われた勝負を覆して。リーアたちはそこに立っていた。

 それはどうやら、私が初めて目にする光景だった。

 私の今まで見てきたものにはないものだった。

 リーアたちはパンパンと服を払っていた。付いていた煤がはだけ落ちる。


「死ぬかと思った」
「私もです。でもあいつは必ず斬ります。斬れないものがあるなんて我慢できない」
「ヤバいこと言ってんじゃねぇよ。クソッタレ、一張羅が台無しだ」
「良かったなぁ。良かった、龍人。また会えるかな」
「もう二度とゴメンだけど。また来るんでしょうねぇ」


 リーアたちは口々に言っていた。

 勝利の余韻というやつだろうか。

 私はそれを目に焼き付けていた。見たことのないものを。今までの人生でなかったものを。そして、この先何度も出会えないであろうものを。

 私は羨ましく思った。そして、妬ましく思った。ほんの少し恨めしくも思った。

 なんなんだこいつらは。こんなものなかった。あるはずがなかった。あって良いはずがなかった。

 どうして、どうしてだ。どうして、こんなところにこんなものが実在している。

 なんで私はこうして助かっている。分からない、分からなかった。

 私の知っている世界では私がこうして助かっているはずがなかった。

 考えるのも嫌だった。

 ただ、それは一瞬だが私の日常を破壊していた。私の灰色の日常を。


「それにしても。保険とか言ってたけどなんのことだったのかしらね」


 ふと、リーアが言った。確かにヌエは最後の最後に『保険』がどうとか言っていた。

 口ぶりからして、連中の手札のひとつのようだが。

 その時だった。


「ん?」


 私の胸が一瞬ぐるりと回ったような気がした。それから、


「なんだこれ」


 嘔吐感から口を押さえた私。その押さえた手にべっとりと血が付いていた。
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