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第17話 森の中へ
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ゴトゴトと馬車は揺れる。私達はまた移動していた。先ほどの男からの魔獣の遭遇情報。そこから、なるべく見つかりにくい森の中まで移動しようということになったのだ。道が変わったらしい隠れ道を進み、今森の中に入ったところだった。
「ああ、もう。なんでそんなに索敵出来るのよ向こうの魔獣は。腹立つ!」
リーアが喚いていた。先ほどの魔獣の遭遇情報。それによって作戦変更になったのはこうした場所の移動だけではなかった。
隠れ道まで魔獣が入ってきている以上、魔獣の目はどこにあるのか分からない。
それはつまり、一晩中隠遁の魔術を使う必要が出来たということだった。
それはつまり、リーアがまだ働く必要が出来たということだった。
「最悪な気分なのはお前だけじゃない。僕だって被害者だ。僕は毎日7時間寝ないとダメなんだぞ。それがなんで僕まで早起きして魔術を使わないとならないんだ。話が違う。もうダメだ我慢できない。僕は帰る! クレアさんが待っているあの屋敷に帰るんだよ!」
そして、荒れているのはレイヴンも同じだった。
今夜はリーアとレイヴンが交代でこの馬車に魔術を張ることになったのだった。
さっきまでのダウナーさはどこへ行ったのか。出発前のような調子に戻っていた。
「喚かないでよね。こうなったら一蓮托生なんだから。大体今から一人で戻って無事で済むと思ってんの? 途中で連中に見つかるのがオチよ」
「それどころじゃない。あそこまで飛ぶのなんて非常に疲れる! 冗談じゃない! なんでこんな旅に同行したんだ僕は!」
レイヴンは絶叫していた。レイヴンはカラスであの龍やカンパニーの連中をどこかへ消していたがあの魔術は万能ではないらしい。あそこであの魔術あれだけの規模で使えたのは前もって土地と繋がっていたからとかいう話らしく、あの屋敷以外であの人数を遠くまで飛ばすことは出来ないのだそうだ。
あの屋敷以外では飛ばせる距離も短いものになるらしい。なので、ここから屋敷に戻るには何回も魔術を使うことになるらしくとにかく疲れるらしかった。というか、魔力とやらが枯渇して瀕死になるらしい。実際、カラスの魔術が万能ならとっくに私たち全員を王都に飛ばしていたはずなのだし。
そういうわけでレイヴンはどれだけぼやいてもあの屋敷には帰れないのだった。
「観念してください。どれだけ喚いても結果は変わらないしただ体力を使うだけです。そして私の機嫌が悪くなるだけです。そもそも、夜の見張りは4人で交代制だったんですからあなたが7時間寝ることなど始めから不可能です」
サヤが言う。そして、むしゃりと肉をかじった。
そうなのだった。私達は今食事を取っていた。食事を取りつつ移動していたのだった。
目の前にはパンとポトフと焼けた肉の乗った木製の皿と器。私はもう半分以上食べてしまったがどれもとてつもなく旨かった。食材も調味料も限られていたにも関わらず旨かった。ダリルは料理の腕は一級品らしかった。
「はぁああ。面倒だ。実に面倒だ。もういい、僕は寝る」
「あと5時間で交代だから。ゆっくり寝なさいよね」
「ゆっくり!? 5時間がゆっくりなもんかよ! ああ、忌々しい!」
レイヴンはそう叫ぶとすぐに横になり、途端に寝息を立て始めた。信じられない寝付きの良さだった。
私は寝るといえば半分起きているような、そんな寝方しか今まで出来なかったので羨ましかった。
「ようやく静かになりました」
そう言ってサヤはレイヴンが残した肉をむしゃりと食べた。食べ残しが不潔とかそういった概念はサヤには無いらしかった。野性的なのかもしれない。
「あんたも食べちゃなさいよ。そして、とっとと寝なさい。一般人のあんたは疲れたでしょう」
リーアは言った。私は言われるままにさっさと残りのスープとパンに手をつけた。その合間に、
「別に疲れてるって事はない。ただ馬車に乗ってただけだ」
あのクソ工場でぼろくそに扱われることに比べたらそれほど大したことはない。緊張感はあったが肉体的な疲れはさほどだ。
「そう、なら良いけど。身体は? 具合はどうなの」
「ダルいけど、朝から調子は変わってない」
「それは何よりだわ」
言われて自分の身体が呪いに犯されていることを思い出した。なんだか、バカみたいな話だ。
今俺は訳の分からない魔獣に襲われて、秘密結社に保護されて、そして呪われて、王都を目指して旅をしている。
つい数日前まで奴隷のように過ごしていた日々が嘘のようだ。
本当に訳が分からない。
「付いたぞ。ここにする」
その時唐突に御者台のダリルが言い、馬車が止まった。
リーアが後の幌を開けて外を見る。そこから見えたのは鬱蒼とした森の中。闇に包まれ、木々の間から星と半分の月が見えていた。
「ふぅん、良いじゃない。ここなら魔術の負担も少なくて済むわ」
リーア曰く、元々姿が見えにくい場所では隠遁の魔術は少しの魔力で済むらしい。他者の認識から対象を外す隠遁の魔術は元々の見えやすさが魔術のかけやすさに直結するのだそうだ。
「よし、ならここから交代で見張りしながら寝ましょう。で、あんたはとっとと寝ること。疲れてないようで疲れてるんだから。もしもの時に頭が働くようにしとかないと」
「ああ、分かった」
リーアはそう言うと荷台の後に立ち見張りを始めた。サヤは寝床の準備を始める。ダリルも御者台から下りてきた。みな、それぞれ配置に付くようだ。それぞれが決められた役割に準じていく。
そんな風に淀みなく、なんの疑問も抱かずに仕事をこなすリーアたちを見て私はふと思ったことを口にした。
「なんで、あんたたちはこんなどうでも良い他人にここまでするんだ?」
私が言うと三人はふと動きを止めた。
ミルドレイクにも聞いたことだ。なんで、この【トネリコの梢】の人間達はこの赤の他人の私にここまでするのか。命を張っているのだ。とっとと斬り捨てれば身の安全は確保される。なのにどうしてなのか。私には分からなかったのだ。だから、リーアたちにも私は聞いた。
「仕事だからだ」
「仕事だからです」
にべもなくダリルとサヤは答えた。
なるほど、それが与えられた仕事だからなのか。しかし、私はもう一言たずねる。
「でも、命がけなんだろ」
仕事だからといって命をかける必要があるのか。
「心配しなくても命懸けで働くのこの旅だけじゃありません。私達の仕事は基本的に命懸けですよ。今回に限った話じゃない。ミルドレイク卿はその労力に見合った賃金と待遇をちゃんと約束してくれます。あなたが気にすることじゃない」
「そういうこった」
なるほど、危険に見合う見返りがあるということか。確かに命懸けで働く仕事は彼らに限った話でもない。警察や消防隊、漁師や木こりだって命の危機と隣り合わせだろう。仕事だから、といえばその通りなのかもしれない。
「それに、私はあの龍が斬れないのも我慢なりませんからね。その機会が得られるというならこの旅に同行するには十分な理由です」
「またヤバいこと言ってやがる」
ダリルは呆れたように笑っていた。
「それに、あなたは.....」
サヤは私を見て言う。私がなにかあるのか。
「いえ、なんでもないです」
しかし、その先をサヤは言わなかった。なんだか含みのある言い方だった。実に気になったがそれ以上の追求はしなかった。
なるほど、ダリルとサヤは仕事のためか。私には命懸けで働くということは馴染みがなかったが、そういうこともあるのだろう。納得と言えば納得か。
それが、この二人が怪物に追われながら私を王都に連れて行く理由らしかった。
そして、残る一人にも私は聞く。
「お前はなんでなんだ?」
馬車の後で見張りをしている魔術師に。
リーアは「うーん」と言いながらアゴに手を当てた。
「そうねぇ、私は....」
リーアがそう言った時だった。
「なんだ!」
ダリルが叫ぶ。サヤは傍らのカタナを手に取った。リーアは一瞬で表情を変える。
突然だった。突然、森の彼方から爆音と地響きが馬車まで轟いたのだ。
「ああ、もう。なんでそんなに索敵出来るのよ向こうの魔獣は。腹立つ!」
リーアが喚いていた。先ほどの魔獣の遭遇情報。それによって作戦変更になったのはこうした場所の移動だけではなかった。
隠れ道まで魔獣が入ってきている以上、魔獣の目はどこにあるのか分からない。
それはつまり、一晩中隠遁の魔術を使う必要が出来たということだった。
それはつまり、リーアがまだ働く必要が出来たということだった。
「最悪な気分なのはお前だけじゃない。僕だって被害者だ。僕は毎日7時間寝ないとダメなんだぞ。それがなんで僕まで早起きして魔術を使わないとならないんだ。話が違う。もうダメだ我慢できない。僕は帰る! クレアさんが待っているあの屋敷に帰るんだよ!」
そして、荒れているのはレイヴンも同じだった。
今夜はリーアとレイヴンが交代でこの馬車に魔術を張ることになったのだった。
さっきまでのダウナーさはどこへ行ったのか。出発前のような調子に戻っていた。
「喚かないでよね。こうなったら一蓮托生なんだから。大体今から一人で戻って無事で済むと思ってんの? 途中で連中に見つかるのがオチよ」
「それどころじゃない。あそこまで飛ぶのなんて非常に疲れる! 冗談じゃない! なんでこんな旅に同行したんだ僕は!」
レイヴンは絶叫していた。レイヴンはカラスであの龍やカンパニーの連中をどこかへ消していたがあの魔術は万能ではないらしい。あそこであの魔術あれだけの規模で使えたのは前もって土地と繋がっていたからとかいう話らしく、あの屋敷以外であの人数を遠くまで飛ばすことは出来ないのだそうだ。
あの屋敷以外では飛ばせる距離も短いものになるらしい。なので、ここから屋敷に戻るには何回も魔術を使うことになるらしくとにかく疲れるらしかった。というか、魔力とやらが枯渇して瀕死になるらしい。実際、カラスの魔術が万能ならとっくに私たち全員を王都に飛ばしていたはずなのだし。
そういうわけでレイヴンはどれだけぼやいてもあの屋敷には帰れないのだった。
「観念してください。どれだけ喚いても結果は変わらないしただ体力を使うだけです。そして私の機嫌が悪くなるだけです。そもそも、夜の見張りは4人で交代制だったんですからあなたが7時間寝ることなど始めから不可能です」
サヤが言う。そして、むしゃりと肉をかじった。
そうなのだった。私達は今食事を取っていた。食事を取りつつ移動していたのだった。
目の前にはパンとポトフと焼けた肉の乗った木製の皿と器。私はもう半分以上食べてしまったがどれもとてつもなく旨かった。食材も調味料も限られていたにも関わらず旨かった。ダリルは料理の腕は一級品らしかった。
「はぁああ。面倒だ。実に面倒だ。もういい、僕は寝る」
「あと5時間で交代だから。ゆっくり寝なさいよね」
「ゆっくり!? 5時間がゆっくりなもんかよ! ああ、忌々しい!」
レイヴンはそう叫ぶとすぐに横になり、途端に寝息を立て始めた。信じられない寝付きの良さだった。
私は寝るといえば半分起きているような、そんな寝方しか今まで出来なかったので羨ましかった。
「ようやく静かになりました」
そう言ってサヤはレイヴンが残した肉をむしゃりと食べた。食べ残しが不潔とかそういった概念はサヤには無いらしかった。野性的なのかもしれない。
「あんたも食べちゃなさいよ。そして、とっとと寝なさい。一般人のあんたは疲れたでしょう」
リーアは言った。私は言われるままにさっさと残りのスープとパンに手をつけた。その合間に、
「別に疲れてるって事はない。ただ馬車に乗ってただけだ」
あのクソ工場でぼろくそに扱われることに比べたらそれほど大したことはない。緊張感はあったが肉体的な疲れはさほどだ。
「そう、なら良いけど。身体は? 具合はどうなの」
「ダルいけど、朝から調子は変わってない」
「それは何よりだわ」
言われて自分の身体が呪いに犯されていることを思い出した。なんだか、バカみたいな話だ。
今俺は訳の分からない魔獣に襲われて、秘密結社に保護されて、そして呪われて、王都を目指して旅をしている。
つい数日前まで奴隷のように過ごしていた日々が嘘のようだ。
本当に訳が分からない。
「付いたぞ。ここにする」
その時唐突に御者台のダリルが言い、馬車が止まった。
リーアが後の幌を開けて外を見る。そこから見えたのは鬱蒼とした森の中。闇に包まれ、木々の間から星と半分の月が見えていた。
「ふぅん、良いじゃない。ここなら魔術の負担も少なくて済むわ」
リーア曰く、元々姿が見えにくい場所では隠遁の魔術は少しの魔力で済むらしい。他者の認識から対象を外す隠遁の魔術は元々の見えやすさが魔術のかけやすさに直結するのだそうだ。
「よし、ならここから交代で見張りしながら寝ましょう。で、あんたはとっとと寝ること。疲れてないようで疲れてるんだから。もしもの時に頭が働くようにしとかないと」
「ああ、分かった」
リーアはそう言うと荷台の後に立ち見張りを始めた。サヤは寝床の準備を始める。ダリルも御者台から下りてきた。みな、それぞれ配置に付くようだ。それぞれが決められた役割に準じていく。
そんな風に淀みなく、なんの疑問も抱かずに仕事をこなすリーアたちを見て私はふと思ったことを口にした。
「なんで、あんたたちはこんなどうでも良い他人にここまでするんだ?」
私が言うと三人はふと動きを止めた。
ミルドレイクにも聞いたことだ。なんで、この【トネリコの梢】の人間達はこの赤の他人の私にここまでするのか。命を張っているのだ。とっとと斬り捨てれば身の安全は確保される。なのにどうしてなのか。私には分からなかったのだ。だから、リーアたちにも私は聞いた。
「仕事だからだ」
「仕事だからです」
にべもなくダリルとサヤは答えた。
なるほど、それが与えられた仕事だからなのか。しかし、私はもう一言たずねる。
「でも、命がけなんだろ」
仕事だからといって命をかける必要があるのか。
「心配しなくても命懸けで働くのこの旅だけじゃありません。私達の仕事は基本的に命懸けですよ。今回に限った話じゃない。ミルドレイク卿はその労力に見合った賃金と待遇をちゃんと約束してくれます。あなたが気にすることじゃない」
「そういうこった」
なるほど、危険に見合う見返りがあるということか。確かに命懸けで働く仕事は彼らに限った話でもない。警察や消防隊、漁師や木こりだって命の危機と隣り合わせだろう。仕事だから、といえばその通りなのかもしれない。
「それに、私はあの龍が斬れないのも我慢なりませんからね。その機会が得られるというならこの旅に同行するには十分な理由です」
「またヤバいこと言ってやがる」
ダリルは呆れたように笑っていた。
「それに、あなたは.....」
サヤは私を見て言う。私がなにかあるのか。
「いえ、なんでもないです」
しかし、その先をサヤは言わなかった。なんだか含みのある言い方だった。実に気になったがそれ以上の追求はしなかった。
なるほど、ダリルとサヤは仕事のためか。私には命懸けで働くということは馴染みがなかったが、そういうこともあるのだろう。納得と言えば納得か。
それが、この二人が怪物に追われながら私を王都に連れて行く理由らしかった。
そして、残る一人にも私は聞く。
「お前はなんでなんだ?」
馬車の後で見張りをしている魔術師に。
リーアは「うーん」と言いながらアゴに手を当てた。
「そうねぇ、私は....」
リーアがそう言った時だった。
「なんだ!」
ダリルが叫ぶ。サヤは傍らのカタナを手に取った。リーアは一瞬で表情を変える。
突然だった。突然、森の彼方から爆音と地響きが馬車まで轟いたのだ。
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