ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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竜がいた国『パプリカ王国編』

アンリエッタの最期の願い

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「あなたには死んでもらうつもりでした……マルコ王子」

 マルコは息を呑んでドッペルフを睨んでいる。ドッペルフは話を続けた。

 皆が寝静まる深夜の寝室。
 アンリエッタをレイプした直後、何も知らずゆりかごの中でスヤスヤと眠るマルコの前にドッペルフが立った。そして首をねじ切ろうとして手を伸ばす。

 バチンッッッッッ!

 そのとき物凄い音が鳴り響いてドッペルフの手を弾いたのだ。ドッペルフはマルコに結界が張られていることに気付いた。

「これは困りましたね……」

 アンリエッタ様がマルコ王子に施した術は竜人族の秘術の一つである。その結界によってドッペルフの毒牙から守られていたのだ。その時、ドッペルフに好き放題にされた半裸のアンリエッタが、ゆらりと体を起こした。

「おや、お目覚めですか」
「……ドッ、ペルフ。覚悟、しなさいッッッ!」
「無理をしないでください。大事な体なんですから、私との愛の結晶を生んでもらうための――」

 ドッペルフはアンリエッタに近づいていく。するとアンリエッタの全身の肌が竜の鱗に覆われて巨大化していった。ドッペルフは驚いて言う。

「そんな?! 今のあなたは、マルコ王子にすべてを注いで力を失ってるはず!」
「残念でしょうが、私はまだ力を失ってはいません!」
「反抗する気ですか。やれやれ……だがお忘れですか? 私も竜人族なのですよ。私も竜変化を………………??!!」

 ドッペルフは自身から金色の竜のオーラが出ないことに動揺している。竜のアンリエッタが言う。

「お前の竜力は、すべて私が奪いました。もう竜変化は使えません」
「ばかな!? なぜ、私の竜力が……。いつ、どうやって?!」
「まだ気づかないのですか。本当に、愚かな男……」

 そのときドッペルフは気づく。そして手で口を押さえてつぶやいた。

「まさか……!」

 すると竜のアンリエッタが嘲笑しながら言った。

「いまごろ気付いたのですか? よっぽど腰を振るのに必死だったのですね」
「私との愛の時間に……そのような裏切り行為を……!!」

 なんとアンリエッタはドッペルフの力を奪うために、あえて身をゆだねていたのだ。密着している間は無防備である。ドッペルフも行為に夢中になっているため、アンリエッタに力を吸い取られているのに気づかなかったのだ。
 さらにアンリエッタは最後の切り札となる力だけは残していた。しかしそれを使うにはタイミングを逃してはならない。そのためドッペルフが最も弱っているとき、オスが体力を失う瞬間を狙うのは当然のことである。
 身を削ることにはなったが、ドッペルフから竜力を吸い取って弱らせ、さらにその力をアンリエッタの力として再利用する合理的な作戦だった。

 竜のアンリエッタは尻尾を大振りに薙ぎ払った。弱り切ったドッペルフは弾き飛ばされて、窓ガラスを割り、城の中庭に背中から落ちた。

「ぐぁはっ!」

 ドッペルフがもがき苦しんでいる。すると翼を広げて飛んでいる竜のアンリエッタが中庭に「ドスンッ!」と地響きを立てて降り立った。
 片手で肩を抱きながら尻もちついて恐怖に顔を歪めているドッペルフが叫んだ。

「誰かああああああああああああああ!! 助けてくれえええええええええ!!」
「往生際が悪い男……諦めなさい!」

 竜のアンリエッタがドッペルフにトドメを刺そうとしたその時である。城の中から複数人の兵士たちが現れたのだ。ものすごい轟音が城中に響いていたのだろう。あっという間にアンリエッタは城の兵士たちに囲まれてしまった。年長者であろう兵士がドッペルフの安否を確認して言った。

「ドッペルフ様!? どうなされました!」
「竜だ! 竜が現れた! アレがパプリカ王を殺した竜だ!」
「なんですと?!」

 兵士はドッペルフの言葉を信じて警報の鐘を鳴らし、夜間勤務の戦える兵士たちを全員中庭に集めた。

「竜が出たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 その中には、当時まだ一六歳のシュナイゼル王子もいた。

「私にも戦わせてくれ!」
「シュナイゼル様! お下がりください!」

 当時シュナイゼルは一六歳で剣の腕はそれなりに自信があった。しかし亡きパプリカ王の御子息を危険な目に遭わせるわけにはいかないため、竜との戦闘には参加させてもらえなかった。
 参戦を許されたのは、当時一八歳だったカタリナだけだった。カタリナもパプリカ王の長女であり、本来ならシュナイゼルと共に逃げるべきである。だが、彼女の参戦を止める者は一人もいなかった。なぜなら、その若さにしてカタリナは剣の天才だったからだ。
 その圧倒的な剣の腕前は王国一と言われていた。兵団長もカタリナから一本を取ったことが一度もないほどである。

「あれが、竜……!」

 カタリナは腰の剣を握りながら表情が強張っていった。

「一体どこから現れたのだ!?」

 カタリナがつぶやいていると、目の前の竜が咆哮をあげた。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 すると兵士たちが怯えている。そのときドッペルフが叫んだ。

「ひゃあああああああああ! た、助けてくれええええええええええええええええ!」

 金色こんじきの竜となったアンリエッタはドッペルフに噛みつき、上半身を食いちぎってしまったのだ。噛み切れず引き伸ばされたチーズのように、ドッペルフの腸が真上に伸びて行き、ブチブチと引きちぎれて内臓がぶちまけられていく。

「ドッペルフ様あああああああああああああああああああああああああああああ!」

 兵士の一人が叫んだ。
 だが、ドッペルフは竜になったアンリエッタに上半身を食いちぎられても、口の中で数秒ほど生きていたのだ。

「クソッ……がァ!!」

 ドッペルフは胸ポケットから注射器のような物を取り出し、アンリエッタの口腔に突き刺した。それは竜の毒『ドラグロヘキシン』であった。竜毒は神経毒であり、アンリエッタの神経を麻痺させて暴走させた。

 アンリエッタは上半身だけのドッペルフを口から吐き出して捨てると、我を忘れたように暴れ出した。興奮して口と鼻から炎を吐き、尻尾は怒り狂ったかのように上下に動き、バシンバシンと地面を叩いている。周囲の兵士たちは竜の掃き出す炎に焼かれる者、尻尾の薙ぎ払いで全身を骨折して死ぬ者もいた。
 このままでは竜に兵士たちが皆殺しにされてしまう。そう予感させたときである。

 ――ズバァン。

 白い一太刀の一閃が走った。

 ドッスン……!

 次の瞬間、竜の首がズレて落ちる。

 兵士たちは一体何が起きたのだろうと少しの間だが呆然と立ち尽くしていた。そして、地面に落ちた竜の首の前に立っているのは、竜の血を全身に浴びた少女だった。

「カタリナ様……カタリナ様が竜を討ち取ったぞおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「やった……やったああああああああああああああああああ!」
「汚れた邪竜め! 思い知ったかあ!」

 まさに一瞬の出来事だった。カタリナは竜の首を一刀両断してしまったのだ。兵士たちは歓喜を声を上げていた。兵士たちが大喝采が始める。
 カタリナは兵士たちを無視してキョロキョロと周りを見回している。

「アンリエッタ様……アンリエッタ様はどこにいる?!」

 アンリエッタの安否を心配してカタリナは叫んだ。すると兵士たちは誰も知らないと言っている。カタリナは戦慄した。まさかアンリエッタ様は、既に竜に喰い殺されてしまったのだろうか。お父様であるパプリカ王を喰い殺したということは、王妃のアンリエッタも狙われる可能性は十分ある。
 なぜ今夜なのだ! アンリエッタの「少しは休みなさい」という言葉に甘えて仮眠を取ってしまった。その間に事件が起きていたのだ。間抜けなことに、警報の鐘の音でカタリナは目を覚ましたのだ。カタリナは愚かな自分を責め続けた。

「カタリナ……自分を責めないで。もう、いいのですよ。ありがとう」

 その時、カタリナの頭の中にアンリエッタの声が聞こえたきた。驚いたカタリナは周囲を見回して言う。

「アンリエッタ様?! アンリエッタ様! どこですか?」
「ここです……カタリナ」

 カタリナはアンリエッタの姿を探すが見あたらない。しかし確かに声は聞こえてくる。どこだ、どこだ。必死で探すが分からない。
 ふとカタリナは思った。声は耳からではなく頭の中に響いている。ということは何らかの魔法か秘術を使った会話なのかもしれないと思った。周りにいる人間は近くにおらず喝采を上げており、カタリナに語りかけている様子はない。それに普通の兵士にそんなテレパシーのような術は使えない。使えるとしたら人族以外の種族なら使えるかもしれない。例えば天使族や竜族など――。

 ――その時、カタリナは気づいてしまった。

 カタリナがゆっくりと後ろを振り返る。
 カタリナの目に留まったのは、先ほど自分が殺した竜の頭部であった。竜の目が開いており、カタリナをじっと見つめている。

「アンリエッタ……様」

 カタリナは誰にも聞こえない程度の声で、小さく、小さくつぶやいた。すると竜がゆっくりまぶたを閉じて反応した。

「そんな……!? うそ、だ。嘘だぁッ!」

 カタリナは自分のやったことにショックを受けて声を荒げてしまった。

 そしてアンリエッタからすべてを聞いた。父上であるパプリカ王を殺したのはドッペルフであること。彼はアンリエッタと同じ竜人族であること。そしてドッペルフの魔の手からマルコ王子を守るために、アンリエッタは最後の力を使ったということ。

 カタリナはアンリエッタに問いただした。なぜ竜の首を切れと言ったのか。竜の正体がアンリエッタだと知っていれば、殺さない方法を模索したはずだからだ。

 ドッペルフが竜として現れたとしても、カタリナが斬ってくれるなら問題ない。アンリエッタが竜として現れたとしたら、それは最終手段を使ったことになる。そのときは必ず自分がドッペルフを殺すと決めていた。

 どのみち竜女りゅうにょだとバレれば人族の国にはいられない。アンリエッタは国を追放となるだろう。パプリカ王国が竜族に対しての偏見を持っているのは知っている。アンリエッタはこれで良かったのだと言った。

 そして自分の魂をドッペルフと共にドラゴ・シムティエール迷宮に封印してほしいとアンリエッタはカタリナに頼んだ。あそこは古代文明の遺跡であり、物理法則が通用しない亜空間の牢獄があるという。そこにドッペルフを閉じ込め、アンリエッタがその南京錠の役割を果たすと言うのだ。

 今の状態はアンリエッタがドッペルフの魂を拘束している状態だという。

 竜人族の魂は非常に強く、特にドッペルフのような恨みや妬みなどの強い念をもった竜人族は怨霊化する危険が極めて高いのである。そうなったら、カタリナを含め、他のパプリカ王国の人間に憑依して、恐ろしい惨劇を繰り返すかもしれない。そうならないためにも、封印で閉じ込めて置くしかないそうだ。

 封印は年月と共に弱まっていくため、補強も必要であるそうだ。弱まっているかの判断はアンリエッタの遺体のオーラを見れば分かるらしい。もしアンリエッタの遺体のオーラに変化が生じた場合は、封印が弱まっているため、封印の補強の必要性も言われた。
 初めは目の前の竜のオーラを見るのかと思ったが、アンリエッタの話によると、竜の体内に人の姿のアンリエッタの遺体があるらしい。

 カタリナはあまりの急な展開に頭が混乱して戸惑いを隠せなかったが「あなたにしか頼めないことなの……」とアンリエッタに言われ、引き受けることにした。

 雨が降り始め、まるで竜が悲しんでいるかのように、雨粒が竜の瞳に落ちていく。
 カタリナは竜の瞳から涙が零れ落ちるのを見た。そして誰にも気づかれぬよう、静かに涙を流し、雨空を見上げた。

「マルコ、ごめんね……」

 カタリナは知らなかったとはいえ、マルコの母親の首を切った張本人である。カタリナは罪悪感から謝罪の言葉を口にした。するとアンリエッタが言う。

「カタリナ……もう一つ、最期の願いを聞いてほしいの……」
「っ! 最期の願い? なんですか?!」

 カタリナはアンリエッタの最後の願いを聞き逃さないため、全身全霊で集中する。アンリエッタの声が聞こえてくる。

「マルコのことを……お願い……」
「マルコを?」
「あの子は……これから辛い毎日が待っているだろうから……」
「………………」
「――マルコを、あなたの弟を……守ってあげて……」

 そう言い残して、竜の瞼から光が消えていった。

「………………」

 雨がさらに激しく、強くなった。カタリナが手に持つ剣にはアンリエッタの首を切った返り血が付着している。それが雨粒によって流されていった。
 カタリナは剣を腰の鞘に戻し、少し出してからまた元に戻す。「キンッ」という金属音は雨に掻き消されて、カタリナとアンリエッタにのみ聞こえていた。そしてカタリナがつぶやく。

「分かりました。安らかに、眠ってください……」

 こうしてカタリナは、竜を討ち取った英雄として尊敬され、後に女王の地位にまで上り詰めるのである。


 後日、カタリナの指示によって竜の死体を解剖したところ、中から人の姿のアンリエッタ王妃の遺体が出てきた。それを見た王国の医者は、アンリエッタ王妃は竜が人間に擬態したものであったと王国中に発表した。
 このことがきっかけで、アンリエッタ王妃はパプリカ王国を乗っ取ろうとした竜族のスパイだとか、夫殺しの殺人妻だと陰で好き放題に言われた。

 国の人間はアンリエッタの遺体を斬り刻んで家畜の餌にするだとか、磔にして腐るまでさらし者にしようといった案が出ていた。しかし、カタリナがそれを許さなかった。

「カタリナ様! アレはあなたのお父上を殺した邪悪な竜女りゅうにょだったのですぞ!?」
「黙りなさい! たとえ罪人であれど、死んだ者への侮辱は断じて許しませんッッッ!」

 カタリナは王家の墓にアンリエッタの遺体を運ばせた。そして今日こんにちまでの一度も欠かさずアンリエッタの遺体の元へ毎日通った。アンリエッタの遺体のオーラに変化があれば、封印の補強をしなければならないからだ。

 こうして一〇年の歳月が過ぎたのである――。



 マルコはドッペルフの話を聞いて、俯いていた。

「ご丁寧に封印の補強までするとは、まったくご苦労なことですよねェ……カタリナも」
「………………」

 マルコは沈黙する。小刻みに震え、拳が真っ白になるほどを強く握っていた。
 ドッペルフはアンリエッタに鎖で繋がれた囚人も同然である。王家の墓で眠る彼女の遺体を通してカタリナの姿をドッペルフは今までずっと見ていたのである。するとドッペルフはため息をついて言った。


「さて……昔話はこれくらいにして、それでは本題に入りましょうか」
「本、題?」
「ええ、さきほど言いましたよね。私はあなたに死んでもらうつもりだったと……」

 ドッペルフは口角を上げてニヤリと嗤い、マルコを見下ろした――。
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