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第2話 まさか癒しの大魔導士さまと

2-(4) 異世界の洗浄薬

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 昼食は無かった。食べないのがこの世界の普通らしい。ただ、午後にはお茶とお菓子を食べる習慣があるみたいだったので、僕はちょっとほっとした。


 二人きりでテントにいるときは、エディはお茶を二人分用意させる。兵士B君は眉をしかめるけど、大魔導士であるエディには逆らわない。僕は蜂蜜入りのお茶をゆっくり味わって飲めた。


 その後、勇者様と剣士様と王子様が僕の様子を見に来たときは、奴隷の僕の分は用意されなかった。でも勇者様がお膝抱っこで餌付けしてくるから、焼き菓子をいくつか食べることが出来た。甘味は少ないけど、素朴でおいしいお菓子だった。


 エディのテントへは他の将官、つまりは貴族様も訪ねてきた。僕はお茶を飲むどころではなくて、座ってもいけないと教えられた。僕はテントの隅で、何も言わずじっと立ったままで、貴族様が帰るのを待った。貴族様は、短い貫頭衣から出ている僕の足をいやらしい目で見たりするけど、話しかけてはこなかった。愛玩奴隷のことは、昼間はいないものとして扱うのがルールみたいだ。


 愛玩奴隷は手足が荒れてはいけないので、下働きはさせられない。僕らが身に着ける服は、下着まで全部、下働きの奴隷が洗う。筋肉がつくと嫌われるので、体を鍛えるのも禁止されていて、昼間はただ、宿舎でのんびりしていればいいと言われている。

 でも別に、僕らに人権があるわけじゃない。エディ達が優しいから勘違いしそうになるけど、愛玩奴隷は下働きの奴隷よりもさらに身分は下らしい。下働きの彼らは頑張って年季を勤め上げれば平民になれる道もあるけど、愛玩奴隷はめったに平民にはなれないのだとか。




「リュカ、食欲がありませんか」

 夕食の席で、エディが心配そうに僕を見ていた。二人きりなので、ちゃんと料理は二人分ある。硬いパンと、焼いてある鶏肉と、燻製肉が入っている塩気の強いスープと、ピクルスみたいな野菜と、柑橘系の果物だ。
 多分、戦地では贅沢なんだろうけど……。

 正直に言おう。ご飯と納豆とみそ汁が食べたい。

「いえ、もうお腹いっぱいで」

 まぁ、それは別に嘘じゃなかった。
 リュカの胃袋は、陽介だった頃の僕よりかなり小さい気がする。多分、愛玩奴隷が太っているわけにいかないから、普段からそんなにたくさんは食べなかったんだろう。
 僕は今日、午後にお茶やお菓子をもらったので、もうあまり食欲が無かった。もしもここに出されたのが和食なら、無理をしても食べただろうけど。


 食後、エディは棚に置いてある瓶を取った。キュポっとコルクの栓を抜いて、中から一粒の青い錠剤を取り出し、僕の手のひらに乗せた。

「どうぞ。甘い味付きのものをリュカのために取り寄せたんです」

 言われて首を傾げる。

「これは、何かの薬ですか?」
「え? これも覚えていないのですか? 洗浄薬ですよ」
「洗浄薬?」
「ええ、これで口の中を洗います」
「口の中を洗う?」

 エディはちょっと笑い、僕に見せるように自分の舌にその薬を乗せてぱくっと口を閉じた。
 僕も真似して舌にのせて、ぱくっと口を閉じてみる。
 
「んん?」

 錠剤はあっという間に溶けて口中に広がり、ジュワジュワと泡立ち、すーっと消えてしまった。後に、何とも言えない甘さと清涼感が残る。舌でなぞってみると、歯がつるつるになっていた。

「これは……?」
「口の中にある食べかすや汚れを洗浄する薬です。スライムの粉末などが原料になっています」
「スライム? 歯や舌が溶けちゃったりはしないんですか?」

 エディは笑い声を漏らした。

「小さな子供みたいな質問ですね。大丈夫、生きているものを傷つけないよう、ちゃんと調整されています」
「へぇ、こんな便利なものがあるなら歯ブラシは必要ないですね」
「歯ブラシ……? この薬が開発される前はそういうものを使っていたようですが……数十年以上も昔の話ですよ。記憶は無いのに、ずいぶんと古いことを知っているのですね」
「え? ふ、不思議ですねぇ」

 そうだったー! ここは異世界だから、文化が違うんだったー!
 やばいと思いながら、曖昧に笑ってごまかす。

「洗浄薬は、今では辺境のド田舎でも使っていますよ。特に高価なものでもないですし」
「そうなんですね。すごく便利だと思います」

 トイレといい洗浄薬といい、僕がイメージする中世ヨーロッパより、この世界はかなり清潔みたいだった。
 清潔と言えば、僕には気になっていることがある。

「あの、そういえばお風呂は……?」
「お風呂ですか。そんな高級なものは、王宮か貴族の邸宅にしかありませんよ」
「そうなんですか?」

 ええー? お風呂が高級品扱いなの?
 異世界の基準がよく分からないよぉ。

「リュカは王宮にいた頃、お風呂に入っていたんでしょうけど……やっぱり王宮でのことを少しは覚えているんですか」

 僕は首を振った。

「いえ、ただお風呂に入りたいと思っただけです。そんなに貴重なものとは知りませんでした……」
「そうですか。平民は毎日濡らした布で体を拭いて、月に何度か、髪と体専用の洗浄薬を振りかけるくらいだと聞いています。貴族や裕福な商人なら、髪と体専用の洗浄薬を毎日のように使えますが」

 洗浄薬ってすごく便利だ。振りかけただけできれいになるなら、すごい時短だと思う。
 でも……。
 お風呂は入れないのか……とちょっとがっかりする。日本人としてはやっぱり、たっぷりのお湯につかりたい願望がある。

「まぁ昨夜は、私が水魔法でリュカの体を洗いましたけどね」

 と、エディは上に向けた手のひらの上に、水球を創り出して見せた。

「わぁ、すごい」

 水球がくるくると渦を巻いているのを、ぽかんと口を開けて見ていると、エディが腕を振ってぱしゅっと消してしまった。

 急に目を細めて、少し斜めに僕を見てくる。

「ですから、今夜もいっぱい出していいですからね。ちゃんと洗ってあげますから」

 心臓がドクンと鳴った。
 エディの微笑みが、なんか、色っぽい気がする……!

「き、今日もするんですか」
「嫌ですか」

 僕は大きく首を振った。

「い、嫌じゃないです!」

 恥ずかしいくらいの大きな声が出て、僕は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 またエディにいっぱい触ってもらえるんだ、またあんなに気持ちいいことが出来るんだと思うと、嬉しくてドキドキしてくる。

 これは、僕がエディを好きだということなのかな?
 それとも、愛玩奴隷のリュカの体が男の人を求めてしまうってことなのかな……?






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