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第3話 まさか剛腕の大剣士さまと
3-(3) 遺跡の中の温泉
「ここからちょっとスピードを上げる。しっかりつかまっているように」
「は、はい」
剣士はさわやかに宣言し、僕はぎゅっと剣士の服をつかんだ。
それを見て、剣士は大きく息を吸うと、びゅんと風を切って走り出した。
「うわあー……!」
すごいすごい! なんだこれ! 人間に出せる速度じゃない!
木々が、空が、ビュンビュンと流れていく。
ゴーっという風切り音が耳を直撃する。
自転車、ううん、多分バイクよりもっと速い!
最初は道なりに進んでいた剣士は、途中から道なき道へと入っていく。
剣士の背丈よりも大きな岩や、底の見えない深い亀裂を、ひゅーんひゅーんと軽く飛び越えていく。
剣士と言うより忍者みたいだ。
ジェットコースターみたいで、すごく面白い!
僕は「ひゃー」とか「きゃー」とか騒ぎながら興奮していた。
「怖くないか、リュカ」
「はい! 楽しいです!」
「そうか、楽しいか! ははは」
剣士が走りながら笑う。
この人の肺活量はどうなってんだと思ったけど、多分、まだ全速力じゃないんだろう。
エディの説明だと、この人達の強さは魔王級ってやつらしいし。
鬱蒼とした森の中、どのくらいの距離を移動したのか、周囲の景色が変わって来た。
木々が減り、ごつごつとした岩肌が目立ってきて、崩れた神殿のようなものが見えてくる。白っぽい石で出来た柱の残骸とか、頭だけ崩れた半裸の女神みたいな像とか、ボロボロにはがれ落ちたモザイク画とかが、そこかしこにごろごろとある。
「ここは遺跡ですか?」
「ああ、太古に滅びた文明のものらしいぞ」
剣士はそこで僕を降ろした。
「ここが目的地なんですか?」
僕はビクビクとあたりを見回した。
ピクニックをするにはちょっと神秘的というか、むしろ不気味というか。
周囲が白い靄でおおわれているので、進むのをためらっていると、剣士がこちらへ手を差し伸べた。
「おいで、リュカ」
手をつなぐと、不安が一瞬で消えた。大きくて温かくて、頼りになる手の感触。
剣士は僕を守ってくれる保護者みたいだ。
こんな人が陽介のいた現実世界にもいてくれたら……とちらりと思った。
僕はいじめられていることを誰にも言えなかった。自分より上の学年にいる弟の雄介には絶対に知られたくなかったし、出来の良い雄介を自慢に思っている親にも知られたくなかった。
たぶん、ペンキで汚れた制服を見れば、バレバレだったんだろうけど……。
「足元に気を付けろよ」
「は、はい。ここは霧が深いですね、あんまり前が見えない……」
「霧じゃない、リュカ」
「え」
「これは湯気だ」
いたずらが成功した子供みたいに、ワクワクした顔で剣士が前方を指差す。
「お前の大好きな温泉だ」
「おんせん?」
温泉!? まじで?
「ほんとに? お風呂に入れる?」
「ああ、気持ちいいぞ」
「わぁ、やったぁ、おっふろー!」
僕は嬉しさのあまり、湯気の中へ駆け出した。
崩れた遺跡の階段を下りた先が水に沈んでいて、乳白色の泉のようになっていた。
喜び勇んで駆け寄って、階段の縁から泉の水を覗き込む。
濁り湯だからか、底が見えない。
そっと、手を入れてみる。
じんわり、熱が伝わってくる。
「わぁ、本当に温泉だぁ!」
僕の好みより少しぬるめのお湯だけど、十分にあったかい。
「入っていいんですか?」
剣士を振り向くと、ニコニコしてうなずいてくれる。
僕は急いで階段の上へ行き、座り込んで革の靴下の紐をほどいた。お守りの袋をそっと首からはずして、長袖も長ズボンもさっさと脱ぎ捨てて、パンツの紐もしゅるりと解く。
裸を見られる恥ずかしさより、温泉に入れる嬉しさの方がずっと勝っていた。
「では、入ります!」
勢いよく階段を下りていく。
「ああ、いきなり飛び込むなよ、思ったより深いぞ」
「え」
注意を受けた時はすでに遅かった。
泉の縁のところで階段は途切れていた。
僕はとぷん、と温かい泉に落ちていた。
「リュカ!」
剣士が叫ぶ。
飛び込む。
僕を救いあげる。
それはほんの数秒、かかっても十秒にも満たない短い時間だったと思う。
そのほんの数秒間の内に、僕は『陽介』を見た……気がする。
醜いニキビ面や出っ歯が分からないほど顔中が腫れていて、汗びっしょりのTシャツからこれまた傷だらけの腕が見えていて……。
でも、そこで一瞬だけ見た『陽介』はサンドバッグを叩いていた。グローブをはめて、力の無いヘロヘロのパンチを懸命に繰り返していた。
「ぷはっ」
「大丈夫か、リュカ」
「は、はい。大丈夫です……」
服を着たままびしょ濡れになっている剣士に、両手でしがみつく。
剣士が僕をぎゅっと抱きしめ、階段の上へ引き上げた。
あれは、何だったんだろう?
僕はボクシングなんてやったことが無い。
リュカは僕の体に入った後、自分の意思でボクシング部に入ったのかな?
それとも、誰かにむりやり入部させられたのかな?
あの顔は、殴られ過ぎてめちゃくちゃに腫れている感じだったし……やっぱり、むりやり入部させられたんだよね。
あんなにひどいことになっているのに、どうしてリュカはこの体に戻って来ないんだろう?
もちろん、戻って来ない方が僕は嬉しいんだけど……。
でも、僕ばっかりが周りから優しくしてもらって幸せだから、少しずつ罪悪感がつのってしまう……。
黙り込んだ僕を剣士が心配そうに覗き込んでくる。
「悪かった、リュカ。怖かったよな。川で溺れたのを思い出したか?」
「へ?」
我に返って、剣士を見上げる。
剣士は僕の体を布で覆ってごしごしと拭いていた。
「怖いなら、もう帰るか?」
「え、そんな! せっかく温泉に来たのに!」
「だが、大丈夫なのか」
「はい、足が届かなくてちょっとびっくりしただけです。今度はゆっくり、気を付けて入りますから」
「まぁ、リュカがそう言うならいいが」
「はい、大丈夫です」
僕が笑うと、剣士も笑い返してくれる。
「あのぉ、足が届きそうなところ、ありますか?」
「いや、この温泉は全体的に深いから……だが、リュカは泳ぎが得意だったろ?」
「ええ?!」
「ええって、泳ぎも忘れてしまったのか?」
「は、はい……えっと、僕、泳げません……」
剣士が心配そうに僕を見て、ちょっと息を吐いた。
「うーん、まるで別人だな……。記憶喪失というより、幼児退行しているみたいだ」
よ、幼児……。
本物のリュカよりもかなり精神年齢が低いと言われたみたいでショックだった。僕は確かに同じ年頃の男子よりずっと子供っぽいかも知れないけれど……。
「リュカ、そんな顔をしなくていい。思い出せないなら無理に思い出さなくてもいいんだ」
「でも、幼児って……」
「ああ、言い方が悪かった。別に悪いことじゃない。以前のお前は大人びていて何でも平気な顔をしていたが、無理しているんじゃないかと俺は少し心配だった。今のお前は屈託が無くて素直で、すごくかわいいよ。なんだかあぶなっかしくて、やっぱり心配でしょうがないけれどな」
剣士は僕の頬を撫でた。
「どちらにしても、守ってやりたい気持ちは変わらない。俺はリュカを大事に思っている」
剣士は僕の頭をポンポンと叩き、にっこりと笑った。
「温泉は俺と一緒に入ろう? な?」
僕はこくっとうなずいた。
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