異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第5話 まさか紅蓮の勇者さまと

5-(1) イマ、ナンテイイマシタカ?

 リゾットは、絶品だった。
 たらのような白身の魚のほぐし身が入っていて、シンプルな塩味で、イタリア料理のリゾットというよりも日本のお粥に近い。なんだか、懐かしい味がした。

「おいしい……」

 レオにお膝抱っこされて、相変わらず餌付けのように食べさせられている
 僕は、しみじみと味わうように、ちょっと目を閉じた。

 ジュリアンが、アベルの罪については考慮すると優しいことを言ってくれたので、僕は少し安心した。安心したら、食欲が出てきた。

「もっと食べるか」
「はい!」

 我ながら現金だなぁと思いつつ大きく口を開けると、レオがふーふーとお粥もどきに息を吹きかけてから、スプーンを差し込んでくる。

 幼稚園児のようにものを食べさせられるのも、だいぶ慣れてきた。
 口の端についた食べ物を、レオがぺろっと舐め取るのにも慣れてきた。
 僕は安心しきって、もぐもぐと口を動かしながらレオに体を預けている。

「しかし、不思議だなぁ」

 レオは自分もリゾット、というかお粥を口に入れてから言った

「記憶を失くすと味覚まで変わるんだな」
「え?」

 とくん、と心臓が跳ねる。

「前は柔らかすぎる食べ物は気持ち悪いって言っていたのに、今は同じものをこんなにうまそうに食べるなんてな。ほんと、別人みたいだ」

 はい、別人ですよ、それが何か?

 なんてもちろん言えるわけがない。僕は内心焦りながら、作り笑いをする。

「へ、へぇ、不思議ですねぇ」

 レオは急に僕を向かい側の椅子に座らせて、椅子ごと目の前にひきずってきた。
 顔を間近に寄せてきて、急に真剣な目をしてくる。

「なぁリュカ、もしかしたら、何かを思い出したんじゃないのか?」
「な、何かって?」

 僕は本物のリュカじゃないから、リュカのことは何にも分かんないんだけど。

 レオは、いたずらっこのように、ニッと目を細めた。

「例えば、遠い前世の記憶とか」
「はい……?」

 な、な、な、何を言い出すんだ、この人は?

「死にかけたショックでさ、実は思い出したんじゃないのか? 俺らがいるこの世界とはまったく違う世界で、まったく違う人生を生きた遥か遠くの記憶ってやつをさ」

 僕は目を見張った。
 そして、全力で否定した。

「ま、ままままさか。ぜ、前世どころか、まったく、何にも、一切、ひとかけらも思い出せていませんから」
「そぉかぁ……?」

 レオが口を尖らせる。

 いったいどんな根拠があって、そんなことを言い出したのか。
 レオは、僕の何かに気付いている?
 僕が『美少年リュカ』ではなく、実は『ブサイク陽介』だってことを?

 レオが僕の目をじーっと見つめる。
 冷や汗が出る。鼓動がうるさいくらいに鳴っている。
 どのくらいそうして見つめ合っていたのか、ふいにレオは諦めたように視線を外した。

「なーんだ、リュカも俺の仲間かと思ったのに」
「なかま……?」

 え、仲間って、何の仲間?

「俺さぁ、記憶があるんだ。前世の記憶。地球っていう星の、日本っていう国で暮らした24年間分の平凡な人生の記憶が」

 脳が一時停止する。

 イ、イマ、ナンテイイマシタカ?

「前にもリュカに言ったことあるんだけど、忘れちゃってるよな? 俺の前世の名前は加藤竜也かとうたつや、まぁ今の俺に比べると格段にしょぼい男だったみたいだけどな」

 はいいいいいい???

 今何て言った?
 前世? 地球? 日本?
 そして、

「……かとうたつや……」

 もろ日本人の名前じゃないかぁ!

「ああ、聞き慣れない響きだろ?」

 いえいえ、めっちゃ聞き慣れた響きですよ! 言えないけど。

「加藤竜也は仲良し五人家族の末っ子で、小中高と特に変わったことも無く、あ、小中高ってのは学校のことだ。ま、とにかく平凡に学生時代を過ごし、平凡に就職をし、不慮の事故で死んじまったんだが、なんつーか、これといって目立つことも無い平均的な男だったんだよな」

 いやそれ、『日野陽介』の人生に比べたら、十分に幸せな人生ですよ!

 僕はごくんとつばを飲んだ。

「そ、それで、前世を思い出して……そして、どうなったんですか?」

 やっぱ、転生特典として神様からチート能力もらったりして、俺TUEEE状態でウハウハってやつなんですか?

「いや、どうともなってないけど」
「はい?」
「前世の記憶を思い出したのは15の時だったんだけど、俺はその時すでにこの世界唯一の勇者だったしなぁ。しょぼい前世を思い出しても、特に何も変わらなかったぞ」

 僕はパチクリと瞬きした。
 しょぼい前世……。

「そう、なんですか……? 違う世界の記憶が蘇ったのに?」
「ああ。そんなもんだ。なんか前世ですげぇ未練とか恨みがあるわけでも無かったし、特にドラマチックなことも無かったし、なんで平凡な普通の人生をわざわざ思い出したりしたんだろうなぁ?」

 いや、僕に聞かれても分かりませんけど?

 確かに、この世界にはラノベやマンガみたいな『神様のギフト』とかは一切無い気がする……。

 だって、僕だって異世界転移というか憑依というか、日本の少年が異世界の少年の体に入っているという奇想天外なことが起こっているのに、弱っちくて剣も持てないし魔法も使えない。はっきり言って、この世界には異世界特典のチートは無い……。

「さっき、子供には更生するチャンスを与えるべきだって、リュカが言ったろ? あれって、そういや前世で俺がいた国の考え方に近いと思ってさ」
「そう……ですか……」

 そりゃそうだ。日本には少年法がある。言わないけど。

「でもさ、アベルっつうクソガキは子供じゃないぞ。17歳をとっくに過ぎているからもう成人だ」
「え? 17で成人なんですか?」
「ああ、だからアベルもリュカももう立派な大人だぞ。確か、ふたりとも19くらいじゃなかったかな」

 19歳? 陽介と同い年? この体で?

 僕は自分の華奢な体を見下ろした。
 子供の頃に病気をして、あまり発育の良くなかった『陽介』よりさらに小さい。
 こんなに痩せて弱々しい体で、もう大人なの?

 思ったことがそのまま声に出ていた。

「こんなに小さいのにもう大人……?」
「そうだなぁ。愛玩奴隷は太らないように成長期も厳しく食事が制限されるし、鍛えることも禁止されるから大きくはなれないんだ」

 うっ……。
 奴隷は、人間じゃなくて所有物扱い。
 分かっていたけど、やっぱり非人道的な世界だ……。

 レオは僕の頭に優しく手を置いた。

「もしかしてリュカは大きくなれないことがショックなのか?」
「は、はい。えっと、ちょっとだけ、びっくりして」
「そっかぁ……。俺、今まで愛玩奴隷が小柄なのなんて当たり前だと思っていたから、リュカの気持ちを考えてなかった。リュカ、ごめんな」

 僕は首を振った。
 別にレオが悪いわけじゃない。

「大丈夫、リュカのことは俺が守ってやる。リュカが小さくて細くて腕力が無くても、世界で唯一の勇者さまが味方なんだ。怖いものなしだぞ」

 おどけてウィンクするレオに、僕も笑い返した。

「はい、世界で最強に心強いです」

 心からそう思う。
 そして、運命ってやつに感謝した。
 僕と入れ替わったのが、アベルじゃなくて、リュカで良かった、と。

 僕がこの体に入った時、すでにリュカは身分の高い四人の男性を虜にしていた。だから僕はこうやって、優しくされて守られている。
 でも、勘違いしちゃいけない。彼らが愛しているのは『本物のリュカ』であって、僕じゃない。僕自身が愛されていると錯覚して、調子に乗らないように気を付けなくちゃ……。

 そこでふと僕は疑問に思った。

「レオって今、何歳なんですか?」
「ああ、俺? 21歳だけど?」

 えー?
 26、7くらいかなと思っていた。
 欧米人は大人っぽく見えるなぁ。
 あ、欧米人じゃなくて異世界人だ。

「あの、他の方達は……」
「ジュリアンは俺の一個下だ。王宮で一緒の教育係に勉強を教わったから、結構長い付き合いだな。フィリベールとエドゥアールは……何歳だったかな? 多分俺より少し年上だな」
「そうなんですね。僕は自分をもっと年下だと思っていたし、皆さんをもっと年上だと思っていました」
「確かにリュカはちっちゃいし、今はしゃべり方も子供っぽくなったな」

 あ、そうなんだ。
 本物のリュカはもっと大人っぽい話し方だったのか……。

「そんなところもかわいいぞ」

 レオは僕の頭を撫でてくれてから、テーブルの上のオレンジっぽい果物をつかんで、めりっと半分にした。そのまま皮ごとその半分を口に放り込む。
 そして、もぐもぐしながら僕に残った半分を渡してくるので、噛みついてみた。

「すっぱ」

 小さく呟く。

「そうそれ」
「え?」
「前世を思い出したことで、すっごい重要なことが変わっちまったんだよな」

 んん? やっぱりなんかすごいことが?

 勇者は僕が持っているオレンジもどきを指差す。

「味覚だよ味覚。味覚が変わったんだ……!」
「ああ……な、なるほど……」
「前世の飯の記憶は、そりゃもうレベルが違ってた。果物だって、めっちゃ甘かったし。俺は余計な記憶を取り戻してしまったせいで、毎回毎回、食事のたびにがっかりする羽目になったんだよ……。ああ、カレーライス食いてぇ」

 あははは、それ、めっちゃよく分かりますー。言えないけど。

「だから、死にかけて味覚が変わったリュカも同じかと思ったのに」

 言われてドキッとする。
 ほんとは仲間だよって、言いたい気持ちもある。
 でも。

「ええと……きっと単なる偶然です」
「そっか……」

 レオがちょっぴり寂しそうな顔をする。
 転生仲間を見つけたと思って嬉しかったんだろうか?

 でも、僕は言えない。言いたくない。

 異世界の記憶があるということだけならば、別に知られてもいいと思う。
 でも、そうすると、異世界でどんな人生を送ってきたのかとレオに聞かれるに決まっている。
 そうしたら、『日野陽介』の人生を語らなくてはいけなくなる。
 平凡な人生だったと、嘘をつく?
 いや、きっと、ごまかしてもいずれぼろが出る。
 平凡にすらなれなかった僕は、あの人生を語りたくない。
 『陽介』がどれだけみじめで卑屈で悲しい生き方をしていたのか……僕は絶対に、誰にも知られたくなかった。

「でもさ、やっぱりリュカはリュカだな」

 レオが嬉しそうに笑って、僕にチュッとキスをした。

「俺は、前世の記憶があるっていうことを、けっこうたくさんの人に話したんだ。でも、冗談だと思って誰も信じてくれなかった。本気で信じてくれたのはリュカ一人だけだった。記憶が無くなっても、そういうところは変わっていないな」

 満面の笑みを見せられて、ちくりと罪悪感を覚える。
 信じたというわけではなく、僕は異世界を知っているだけだから……。

「リュカは俺が話す異世界のことを、興味津々で聞いてくれたよな。たとえ魔法が使えなくても、奴隷がいなくて飯がうまいなら日本って国に行ってみたいって……」

 本気でレオの話を信じた良い子は本物のリュカであって、僕じゃない。
 リュカとの思い出を楽しそうに話すレオを前にすると、なんだかいたたまれない気持ちになった。

 僕は立ち上がってオレンジもどきをテーブルに戻すと、レオの体に抱きついた。

「リュカ……?」
「ごめんなさい、レオ」
「どうした? なんで謝るんだ……?」
「僕、もう何も思い出さないと思う。以前のリュカには戻れないと思う。ずっと今のまま、別人みたいなままだと、思います……」

 だって僕はもう、本物のリュカに体を返したくないと思っているから。
 もしも返せと言われても、できるだけ抵抗してみようと思っているから。

 レオは僕を抱きしめて、頬ずりしてきた。

「いいよ。記憶なんてどうでもいい。リュカが生きて俺の胸に抱かれている。それだけでもう十分だ。それだけで、俺は幸せだよ」

 レオがくれるキスは優しかった。
 僕はつたないながらも吸い返した。
 ごめんねって気持ちと、ありがとうって気持ちで、胸がいっぱいだった。






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