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第5話 まさか紅蓮の勇者さまと
5-(3) 体が……
がくりと脱力した僕を抱きあげて、エディがベッドに横たえさせた。
はぁはぁと息をしている僕の体を黒い瞳がじっと見下ろしている。
「エディ……」
エディの瞳が揺れて、僕から視線を外した。
「エディ、嫌いにならないで……」
黒いローブの裾をつかむ。
エディは目を見開いた。
「リュカを嫌いになんてなるはずがないでしょう? ごめんなさい、リュカ。私がつい悋気を起こしてしまっただけなのです」
温かい手が髪を撫でてくれる。
僕がほっとして微笑むと、エディも優しく微笑み返してくれた。
ああ良かった……。
いつもの優しい顔に戻っている……。
エディが微笑むと、僕はそれだけで安心する。
「俺……男のを初めて飲んだ……」
少し離れたところから、ぽそりとレオの声が聞こえた。
僕は慌てて起き上がろうとしたけど、体に力が入らなかった。
「ご、ごめんなさいレオ……」
「謝るなよ、リュカ。かわいかったぞ」
レオが近付いてきてニッと笑った。
「洗浄薬を使いますか?」
エディに問われ、レオは少し考えてから首を振った。
「いや、リュカのだし、初めてだし、ちょっと味わっていたいような……」
「なっ! レオやめて、すぐに洗って……!」
「あはは。なんだか、思ったより量が少なかったし薄かったし、あんまり抵抗なかったというか」
いやー! レオー! 冷静に解説しないでぇ!
「そうですよね。リュカのはいつも薄い感じです。毎日のように召し出されるから、溜まることも無いんでしょうけど」
あ、エディまで!
いつもの優しい顔に戻ってくれたのは嬉しいけど、ついさっきまで3Pみたいなことをしていたせいで、めちゃくちゃ恥ずかしいのは僕だけなの?
エディは手のひらの上に大きな水球を創り出した。くるくると渦巻く水がさらに大きくなっていって、エディの手に合わせて柔らかく僕の体を包み込んだ。
「わ……あったかい……」
温かくて柔らかい水流が、肌の隅々まで洗っていく。
水魔法で洗うってこういうことなのか。いつもは寝てしまっていたから知らなかった。でも、これじゃベッドが水浸しになるんじゃないかな……?
心配になって見ていると、エディの指の合図で水が消えた。ベッドも、僕の体も濡れていなかった。
ま、魔法って、便利。
「あれ?」
フィルがテントの入り口からひょいと顔を出した。
「どうしたんだ? リュカを裸にして」
そう言いながら挨拶もしないで入ってきて、落ちている赤い寝間着を不思議そうに拾う。
僕が裸なのはついさっきまで三人で……なんて言えるはずがない。
「エドゥアールといいフィリベールといい、なんだって無言で入ってくるんだよ」
レオが僕に毛布をかけながら口を尖らせる。
「嫌なら門番置いとけよ」
フィルはその寝間着を椅子の一つにかけた。
「あいつら、聞き耳立てるから嫌なんだよ」
「ああそういえば、レアンドルには直属の家臣がいないもんな」
「一応、兵士の中から世話係はつけられたけどな。なんつうか、あいつらリュカに興味津々でムカつくからさ」
エディが首を傾げる。
「世話係の兵士達がですか?」
「ああ、何でリュカばかりを特別扱いするのかーとか、王都に戻ったら専属にするのかーとか、もう女はいいのかーとか。しつこく聞かれてうんざりするぜ」
「それは……少しおかしいですね」
「直属でもないのにそんなことを聞いてくるのか……」
エディとフィルが目を合わせて小さくうなずいたようだったけど、レオは気付かずに僕の頭をなでなでしている。
「まぁ、王都に戻ったら領地と家臣くれるってジュリアンの親父が言ってたから、それまでの我慢だな」
「お、おやじって、一国の王に向かって……」
フィルが呆れ声を出す。
「そんなことより、あのクソガキはなんか話したのか?」
「ああ、アベルか。アベルは……」
フィルが口ごもる。
「なんて言ったらいいのか……」
「あの子は愚かな子です」
エディが言葉を引き継ぐように話し出した。
「アベルは自分が誰に唆されたのかも分かっていないようでした。顔を頭巾で隠した男に睡眠薬入りの洗浄薬をもらったそうです。リュカを森に誘い込めば、誰にもばれずに殺してやると言われたそうで」
「何でリュカを殺す必要がある」
「リュカがいなくなれば、自分が勇者殿の専属になれると思い込んでいたようですよ」
「俺の?」
「ええ、あの子はあなたに想いを寄せていたようですね。気付きませんでしたか」
「いや……まったく」
レオは僕の頬に触れた。
「俺が欲しいのはリュカだけだ」
僕の中に強い喜びと、強い罪悪感が一気に湧き上がった。
初めて知る感情……これって、多分、『優越感』ってやつだ。
アベルはレオを好き。でもレオは僕を求めている。今までこんな状況を経験したことが無かったから、人より優位に立ったということを僕の心が喜んでしまった。
うう、恥ずかしい……。これって醜い感情だ。
しかも、レオを虜にしたのは僕じゃなくて本物のリュカの方なのに……。
「あの……アベルはどうなったんですか? どんな罰を受けるんですか?」
僕が聞くと、フィルはなぜか悲しそうに目をそらした。
エディが静かに微笑む。
「アベルの処遇はジュリアン様に一任されています」
「ジュリアン様に……」
「ええ。リュカはまず、自分の体を休めることを優先してください。私も……ちょっと先程は……悋気を起こして愚かなことをしてしまいました……」
「失礼いたします」
テントの外から年配の男の人の声が聞こえた。
「勇者様、王子殿下がご入室をご希望でございますが、よろしいですか」
「おー、入れー」
レオが返事をすると、品の良いおじいさんがテントの入り口をまくって持ち上げた。
ジュリアンがそれをくぐって入ってくる。
おじいさんは踵をビシッと鳴らしてから、入り口を閉めた。
「ジュリアンだけだな、礼儀を知っているのは」
「何の話だ?」
ジュリアンが首を傾けると、銀髪がさらりと揺れた。
「ジュリアン様……あの、アベルはどうなったんですか」
僕はその場で上半身を起こした。
なぜか体がひどくだるいけど、そんなことは今どうでもよかった。
「リュカ、なぜ寝間着を着ていないのだ?」
僕はいやいやという様に首を振った。
「あの、そんなことよりアベルのことを」
レオがびっくりしたように僕を見る。
フィルが少し蒼い顔で僕とジュリアンを交互に見る。
横からエディが近付いて赤い寝間着を僕の肩にふわりとかけた。
「すいません。私がリュカの体を診ていたのです」
「あの、ジュリアン様、アベルは」
言いかけた僕の口をレオが指で押さえた。
「リュカ、あまり騒ぐな」
僕はハッとした。
いけない、また同じ間違いを……。
奴隷は王族に意見を言ってはいけないのに。
ジュリアンがゆっくり僕に近づいて来る。
レオは僕のそばにとどまっていたけど、エディは場所を譲る様にすっと離れた。
多分、身分の差というものなんだろう。
レオは王子であるジュリアンにもへりくだったりしないし、ジュリアンもそれを当たり前のように受け入れているから、勇者という存在は王族と対等ということなんだろうか。
ジュリアンの白い手が、僕の髪を撫でた。
「リュカ、顔色が悪いな……」
「ジュリアン様……」
「安心しなさい。アベルは王都へ送ることにした」
「王都へ?」
「ああ、今頃もう出立している。会わせてやれなくて心苦しいが、あれは罪を犯したのだ。そなたの優しい気持ちを汲んで、死罪だけは免除した」
「ああ、ありがとうございます、ジュリアン様……!」
「うむ。あの者はこれから一生を下働きとして暮らすことになる。どんなに長く勤めても平民にはなれぬが、管理のしっかりした屋敷だから虐待されることも無いはずだ。安心しなさい」
「はい、はい……! ありがとうございます……!」
安心したせいか、フッと力が抜けた。
僕は急に自分を支えられなくなってぐらりと前へ崩れた。
「リュカ!」
とっさにレオが僕を抱えて、そっとベッドに横たえてくれる。
僕の体から、すべての力が抜けていく。
まぶたを上げているのも大変なくらいだ。
「おい、リュカ……?」
「様子がおかしい」
ジュリアンが蒼ざめて後ろを振り返った。
「エドゥアール、頼む」
「はいっ」
エディが駆け寄り、両手を僕にかざす。
癒しの魔法の光が降り注いでくる。
あれ、どうしたんだろう。
体が石みたいに重い。
指先すら重すぎて動かせない。
昨日の怪我はかすり傷も含めて全部治してもらったのに、おかしいな……いったい何が起こっているんだろう?
・
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