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第5話 まさか紅蓮の勇者さまと
5-(5) 一瞬だけ救世主
レオはやきもち焼きだと思う。
ポーションを飲んでいる僕の体をベッドの上で後ろから抱きしめて、首の後ろの印のところを何度も布で拭いて、繰り返し撫でたりキスしたりしている。
正直言って飲みづらい。
「うう、まだエドゥアールの匂いが残っている気がする……」
当のエディがすぐ横にいるのに、レオは不満げな声で呟き、また首にキスしてくる。
フィルもジュリアンも呆れたようにそれを見ていた。
僕は丸一日以上、眠っていたという。
魔力の枯渇が判明した後にすぐ、エディは僕に魔力を流し込んでくれた。首の後ろの印のところに口を付けて、まるで風船に息を吹き込むような感じで、ゆっくりゆっくり魔力を浸透させていった。
僕はエディの施術の間、体の内側と外側がひっくり返るようなあの奇妙な感覚に耐えていたんだけど、終わったとたんに意識を失ってしまったようだった。
エディが魔力状態の経過を見るために、意識の無い僕を自分のテントに連れて行きたいと言ったけれども、レオは頑として許さなかったらしい。それで仕方なくエディもここに泊まり込んだのだと、本人が苦笑交じりに教えてくれた。
それで、やっとついさっき目を覚ました僕は、知らせを受けて駆けつけたフィルとジュリアンに見守られながら、こうしてレオに抱きつかれた姿勢でポーションを飲んでいる。
レオはしきりに匂いを気にしているけど、魔力に匂いがあるわけないから、多分エディのラベンダーみたいな香水の匂いが移ったんだと思う。
「いいですか、勇者殿。今夜は絶対安静ですよ。リュカに何かあったら真夜中でも私を呼んでくださいね」
「分かったって、何度も言うなよ」
レオが追い払うような手振りをする。
「レアンドル、絶対安静の意味は分かるな」
「絶対にリュカに手を出すなよ」
ジュリアンもフィルも心配そうにレオと僕を見比べている。
「お前らなぁ、俺だってリュカが大事なんだ。こんな弱っている状態のリュカに、むやみに手を出したりしないって!」
「万が一、リュカに誘われてもですよ」
エディがちらりと僕の方へ視線を流した。
「ぼ、僕、誘ったりしませんっ」
「そうですか? この前は勇者殿に触って欲しかったのでしょう?」
「え」
あ、あれ? どうしたんだろう?
エディの顔がまた怖くなって、ひやりとした冷たい目が僕を見下ろしている。
うう、嫌だ……。
いつも優しいエディにそんな顔をされると、体が氷漬けにされるみたいに冷えてしまって、僕はすごく不安になってしまう。
「さ、誘ったりしません……」
嫌われたくなくてエディのローブをぎゅっとつかむと、エディはハッとしたように僕を見た。
ローブを握っている手の上に、エディのきれいな手が重ねられる。
「意地の悪いことを言ってしまいましたね……」
エディはすぐにいつもの優しい顔に戻って、僕の髪に触れてきた。僕はホッとしてその手のひらにぐりぐりと猫みたいに頭を擦り付ける。
エディがくすっと笑うのが聞こえた。
「リュカ、もしも怖いことがあったら私がすぐ駆け付けますからね」
と、僕の右手の手首を優しく撫でてくれるので、僕はうなずいた。
おまじないの効力は、もう実証済みだ。
「はい……エディのおまじないはすごく心強いです」
その時、後ろにいるレオがぐっと僕の体を抱きしめた。
「俺は怖いことなんてしないぞ、リュカ。それともやっぱりエドゥアールがいいのか?」
すねたような声が聞こえる。
僕は少し困った。
リュカだったら、こういう時にどうしたんだろう?
僕は恋愛経験も無いし、愛玩奴隷としての教育も受けていないし……。
エッチなことをされるのは慣れてきたし、優しくされるのは嬉しいけれど、やきもちを焼かれるとどうしたらいいのか分からない。
僕が誰か一人だけのものになると戦争が起こるなんて怖いことを言われたし、四人全員の相手をすることもその順番も勝手に決められた。そもそも奴隷に拒否する権利や選ぶ権利なんて無いのに……。
別に……この境遇が嫌なわけじゃない。僕は四人とも大好きだ。
でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、胸の奥がちりっと痛くなった。
「僕、レオを怖いなんて、思っていないです……」
それだけ言うのが精一杯だった。
「リュカ……?」
すぐ後ろでレオの声が聞こえるけど、どういう顔をすればいいのか分からなくて僕は下を向いていた。
「魔導士殿もレアンドルも、あまりリュカを困らせるな」
「愛玩奴隷本人には、そもそも選択権は無いのだ。リュカはまだ王宮の所有物だ」
フィルとジュリアンがとりなすように言ったけれど、
「でもお前らだってリュカの気持ちを無視するつもりは無いだろ? リュカが一番好きな男と専属契約させてやるつもりじゃないのか?」
とレオが言ったことで、さらにこの場の空気が気まずくなった。
僕はうつむいたまま黙っていた。
偽物の僕が誰か一人を選ぶなんて、そんなおこがましいことはできるはずがない。
「酷なことを言うでない、レアンドル。記憶を失くす前のリュカは、男に囲われたいなどと望んではいなかったのだ」
「は……?」
「リュカは自分の男としてのプライドを押し殺して、完璧な愛玩奴隷を演じていただけだ」
「は、まさか……嘘だろ……」
レオの驚く声が耳元でする。
僕は違う意味で驚いていた。
男として生きたかったリュカのことを、ジュリアンも気付いていたのか。
「それは……俺もうすうす気付いていた」
フィルが小さな声で言ったので、僕はまたびっくりした。
「リュカは、心の底では平民になることを望んでいるようだった……」
そっか、ジュリアンとフィルは気付いていたのか。
あの『陽介』の決意を込めた瞳が、ちらりと頭をかすめる。……僕も昨日知ったばかりだけど『美少年リュカ』は、ほんとは男として生きたかったんだ。男に愛されることが苦痛でしかなかった。だから僕と入れ替わったんだ。
「リュカ……そうだったのですか……?」
その時、エディの掠れた声がして僕は顔を上げた。
きれいな顔がショックを受けたように蒼ざめていた。
「本当は、男になど触れられたくなかったというのですか……?」
黒い瞳が悲しそうな色をたたえて僕を見ていた。
心臓がぎゅーっと握りつぶされそうなくらいの痛みが襲った。
僕は慌てて大きく首を振った。
「ぼ、僕、違います! 触られるのが嫌なんて思ったこと無いです! 前のことは覚えていないけど、でも、今の僕は優しくされてすごく幸せだと思います……!」
レオが、がばっと僕の頭を抱えるように抱きしめてきた。
「リュカぁ……お前ってやつは……健気すぎて可哀想になってくるな……」
優しく頭をなでなでしてくるから、ちょっと途惑った。
レオは思ったことを何でもすぐ口にする。
「僕、ぜんぜんかわいそうなんかじゃありません! 僕、触られるのもキスされるのも好きだから。あの、こんなに優しくされて、ほんとにほんとにすごく幸せ者です」
言えば言うほど、なぜか嘘くさくなる。
エディがあの時僕を抱きしめてくれて、キスしてくれて、どんなに気持ちが良かったか。抱いてくれた時にどんなに幸せだったか。
「本当です。僕は嫌だなんて思ったことは無いです」
エディがそっと顔をそらして目尻を指で拭うのが見えた。
僕の胸がまたきゅうっと苦しくなる。
男として生きたかったのは本物のリュカであって、今の僕じゃないから気にしなくてもいいのに……。
僕は嫌だ、エディが泣くのは嫌だ……。
「あの、ぼ、僕、今日はちゃんと休みますから……」
また慌ててエディのローブをつかむ。
エディが振り返ってニコッと笑ってくれたけど、まだ目が潤んでいた。
「そうですね……。明日また、魔力の状態を確認しに来ますね」
「はい……」
なんとなくエディを引き留めたかったけど、何て言えばいいのか分からなかった。
エディは普段通りの優しい顔に戻って僕の手を撫でてくれた。
「それでは勇者殿、今夜はリュカを必ずゆっくり休ませてください」
「ああ、分かっている」
その後、フィルもジュリアンも、しつこいくらいにレオに念を押してから、やっとテントを出て行った。
「あいつら、人をオークみたいに言いやがって……性欲だけでリュカに魅かれているわけじゃねぇっつうの」
レオはまだ耳元でぶつぶつ言っている。
僕は自分の体を抱きしめているレオの腕を、なだめるように撫でた。
「レオ、僕は分かっています。レオは僕をすごく大事にしてくれてるって」
「リュカぁ」
レオは後ろから僕の耳やこめかみにちゅ、ちゅ、と何度もキスした。
「腹、減ってないか? 何か欲しいもんは?」
僕は首を振った。食欲は無かった。
レオは後ろから僕の手を取って、包む様に握って来た。
「なぁリュカ……」
「はい」
「俺は世界で唯一の勇者だし、この世界で最強の男だ。他の三人が手を組んで全力で来たとしても、俺はあっさり勝つと思う」
え、そうなの?
三人とも魔王級って呼ばれているから、力が拮抗しているのかと思っていたけど、実は勇者って桁違いに強い存在なんだ。
「勇者様って、すごいんですね」
「うん。だから、リュカの欲しいものなら、どんなものでも手に入れてやれると思う」
何が言いたいんだろうと思って、僕は首を傾げた。
「もしも、リュカが自由を欲するなら、俺はそれを与えてやれるぞ」
「じゆう……?」
「ああ、リュカを奴隷の身分だと定めているのはこの国の法だからな、この国を滅ぼしてしまえば身分も何も関係なくなる。リュカは、どこへ行くのも何をするのも自由になれる」
僕はびっくりして振り向こうとしたけど、瞬時に怖くなってやめた。
もし今僕が振り返って、レオが本気の顔をしていたら恐ろしすぎる。
トクトクトクと心臓が鳴る。
僕は前を向いたまま、出来るだけ明るい声で言った。
「勇者様がそんな怖いこと言ったらだめですよ。勇者様はみんなの英雄なんですから」
レオは少しの間黙っていて、それから僕をぎゅうっと抱きしめた。
「そうだよな。俺は勇者だもんな」
「はい! 勇者様のレオはかっこいいです」
「かっこいいかぁ。じゃぁやっぱり勇者はやめられないな……」
レオはどこまで本気で言っているんだろう?
僕を平民にするためだけに国を滅ぼすとか、魔王中の魔王、大魔王様みたいなセリフじゃないか。
「リュカ、キスしていいか?」
「はい」
「ほんとに? 嫌じゃないか?」
僕は振り向いてレオを見上げた。
「僕、キスされるの好きです」
微笑んで見せると、レオもつられたように笑って優しいキスをくれた。
僕は今、もしかしたら勇者レアンドルが大魔王になるのを防いだのかもしれない。
ほんのちょっとだけ、一瞬だけだけど、僕は世界を救ったようなおかしな気持ちになった。
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