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第6話 まさか氷の第三王子さまと

6-(1) 魔王が四人もいるよー

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 王都へ行ったまま、ジュリアンは三日間戻らなかった。

 レオは、一度だけしか僕を抱かなかった。
 している途中で僕が気絶してしまったから、心配して「体を休めろ」と言ってくれた。
 毎日三人も四人も召し出していたはずなのに、その後は、エッチしたいような雰囲気すらまったく見せなかった。
 もしかしたら、一度抱いてみて本物のリュカとの違いにがっかりしたのかもしれない。


 それで、ジュリアンのいない二日目と三日目に何をしていたのかというと、僕とレオはひたすら遊んでいた。

 レオは魔法で日本のゲーム機みたいなものを再現したかったらしいんだけど、魔石を遊びに使うなんてもったいないと、知り合いの魔導士全員に言われてしまったらしい。
 だから仕方なく、オセロっぽいゲームとか、野球盤みたいなゲームとか、もちろんトランプもどきやカルタもどきとか、魔石を使わなくても出来る玩具をレオがお金を出して職人さんに作らせたんだって。
 面白かったのが、異世界版人生ゲームだ。職業も通貨も盤上で起こる様々なトラブルも、全部が日本と違っていて、この世界の勉強にもなった。


 エディは毎日様子を見に来てくれた。
 体の調子を診てくれて、時々、僕の首に口付けて魔力を注いでくれた。
 そして、三人で仲良く異世界版人生ゲームをやったりした。


 ジュリアンと一緒に王都に行ったはずのフィルは、翌日には戻ってきて、ちょっと信じられないことを僕らに言った。ジュリアンの親父……じゃなくて、この国の王様が今回の件にからんでいるかもしれないという噂を耳にした……とかなんとかって。

 いやいや、王様がわざわざまわりくどい騒動を起こして奴隷なんかを殺すわけないじゃん。

 僕もエディもフィルも噂を本気にはしていなかったんだけど、それを聞いた時のレオはちょっと怖かった。『この国を滅ぼしてやる』とか、そういう魔王みたいなことをまた言い出したから。僕はその燃えるような目に震えあがりながら、レオにしがみついて必死になだめた……。

 レオはまっすぐなところが素敵でかわいいけれど、まっすぐすぎて時々怖いよ。

 それからフィルも一緒になって、四人で人生ゲームをして遊んだ。
 なんだかすごくまったりした楽しい時間だった。




「失礼いたします。王子殿下がご入室をご希望でございます」

 四日目のお昼ごろ、テントの外から声がした。

「おー、入れ―」

 レオの返事で入って来たジュリアンは、ベッドの上でトランプもどきで遊んでいる僕らを見て目を丸くした。

「よっしゃー、あがりー!」
「またレアンドルの勝ちか、相変わらず強いな」

 ババ抜きならぬリッチ抜きをしていたら、レオが両手を上げて万歳をした。リッチっていうのはアンデッドの親分みたいなものだってレオは言っていた。絵札に描かれているのは骨と皮ばかりの恐ろし気な魔導士の姿だ。浄化するのに時間がかかってめんどくさい敵なんだって。

 僕とフィルとエディの前に置いていた小さなお皿から、レオが焼き菓子を一つずつ持って行く。僕のお皿にはもう二枚しか焼き菓子が残っていないけど、レオのお皿には溢れそうなくらいに積まれている。
 
 この世界ではゲームみたいにステータス画面が見えたりはしないんだけど、もし見えたとしたら勇者の運の数値はきっと異常に高いと思う。レオは運がからむ勝負事では、まず負けない。何度カードを切って配っても、レオの手元にはリッチのカードが行かないんだ。

「そなたらは何をしているのだ?」

 ジュリアンが、呆れたような声を出す。

「ああ、これか? リュカは記憶を失くしちまって子供の頃に遊んだ思い出も無いみたいだからな。まぁ、ちょっとした息抜きだ」
「なるほど……」

 レオは立ち上がって、鈴を鳴らした。
 入ってきた使用人さんにお茶を頼んでから、椅子にドカリと座った。

「それで?」

 レオが急に硬い表情になってジュリアンを睨んだ。

「首謀者は分かったのか?」

 レオの一言で、なごやかな空気が一変した。

「私もお聞きしたいです。いったい誰が、何のためにリュカを狙ったのか」

 エディは僕を抱きあげて椅子に腰かけ、まるで見えない何かから守る様に僕の肩に手を置いた。

 僕は一瞬、次の召し出しの順番通りにジュリアンの膝に移動した方がいいのか迷ったけど、誰も何も言わないのでそのままエディに抱っこされていた。
 こてっと力を抜いて胸に寄り掛かると、温かい手が当たり前みたいに頭を撫でてくれた。

 使用人さん達が入ってきて、四人分のお茶を用意してから出ていく。

 全員がテーブルに着いたけど誰もお茶を飲もうとしない。

「お前の親父が一枚噛んでいるってのは本当なのか」

 レオが身分とか礼節とかを全部ぶった切る勢いでジュリアンに聞いた。

「レアンドル、直截すぎるぞ」

 さすがにフィルがたしなめたけど、ジュリアンは苦笑するだけだった。

「かまわぬ。レアンドルが無礼なのはいつものことだ」
「しかし殿下……」
「で? どうなんだ?」

 レオがまたいろいろ全部を無視して直球を投げつける。

「うむ……。私の手駒を使って調べた限りでは、陛下の関与を示す証拠は出ておらぬ。証拠が無いからと言って潔白というわけでも無いが……もしもあの方の思惑が絡んでいたとしても、簡単に見つかるような痕跡を残したりはせぬ……」
「まぁそれはそうだろうな。そんで? 結局、分かった範囲での一番の悪党はどこのどいつだったんだ?」
「首謀者は公爵家の令嬢だ。オーギュスタン公の三女メリザンド」

 名前を言われても、もちろん僕には誰か分からない。
 ただ、公爵令嬢って、ものすごく身分の高い人なんじゃ……?

「え? あの……オーギュスタン公とは、もしや陛下の弟君の……?」
「ああ、私の叔父だ。メリザンドは従妹にあたる」

 お、王子様のいとこ?

「なぜ、それほどのご令嬢がリュカを狙うのですか」

 エディの手がぎゅっと僕を抱きしめるから、僕もぎゅっとエディにしがみついた。
 会ったことも無いご令嬢に恨まれる覚えは無いよ。

「どうも世界唯一の勇者様に懸想けそうしていたらしい」
「は? 俺?」
「またお前か、レアンドル。アベルもそうだったよな。お前、あちこちで気を持たせるようなことを言ってるんじゃないのか」
「ちょ、ちょっと待てよ! え、メリザンド? えっと、だ、誰だ?」

 三人の冷たい目に、レオが焦っている。

「メリザンドはそなたを想いの通じ合った恋人だと言っていたが」
「は? 俺の恋人?」
「そうだ。結婚の約束をしたとか」
「いやいや、そんな約束をした相手は一人もいないぞ。王都にいた頃は、まぁ、来る者拒まずだったからな……もしかしたら一度か二度寝たかもしれないが……」
「貞淑なご令嬢なら、一度肌を合わせた相手を生涯の伴侶と思っても仕方があるまい」
「え……? そ、そうなのか……?」

 ジュリアンの指摘にレオは汗をかいている。

 うわー、なんか、実はレオってクズ野郎?

「お、おい、リュカまでそんな顔で見るなよ。俺だって、『恋人にしてくれ』とか『結婚してくれ』とかいう本気の女とは寝たりしなかったぞ。ただ、『一度でいいから思い出に抱いてください』とかいう感じで迫られたらさ、まぁ、一度でいいならいいかって思ってさ」

 うーん、クズっていうより、バカかな?

「勇者殿……。その言葉の裏に秘められた恋心や、その言葉を告げるのにどれほどの勇気を振り絞ったのかという乙女心については、考えなかったんですね」

 エディはここにいる全員の気持ちを代弁するように言った。

「えっと……そうなのか?」

 キョトンとするレオを見て、ジュリアンがわざとらしく溜息をついた。

「そなたは世界で唯一の勇者なのだ。縁談は山のように来ていたと思うが?」
「あー、いっぱい来てたけど、いちいち目を通してねぇな」

 ジュリアンが呆れたような顔をする。

「縁談の打診を申し入れた相手ならば、そなたがしとねを共にしてくれたことがその返事と思ったのやも知れぬではないか」
「ええ? 一回寝たからって結婚を了承したことになるのか?」

 わぁ、またまたクズ発言だ。
 僕はついジト目でレオを見てしまった。

「い、いやいや待ってくれ! 万が一、俺のせいでその令嬢が勘違いをしたとしてだ。それで、俺のお気に入りの愛玩奴隷を殺そうって思うか? それは普通の乙女じゃないだろ?」
「まぁ、普通では無いですね」
「かなり物騒な思考回路の持ち主だとは思うが」
「そうだろ? しかも貴族令嬢の結婚に、結婚相手の奴隷なんかが関係あるか? 普通の貴族なら家と家とのつながりとか、政治的なしがらみで結婚するわけだろ?」
「まれにだが、貴族でも想う相手と結ばれることもある」
「へぇ……そうなのか。でもさ、そもそも俺が愛玩奴隷を何人専属にしようが、普通は結婚とは関係ない話だよな?」

 そうなの? 何人愛人を囲ってもいいものなの?

「まぁ、それはそうですが……」
「奴隷は所有物であって、愛人では無いからな」

 エディとフィルも平然とした顔で同意している。

 わ、わぁー、そうなんだぁー。
 愛玩奴隷は愛人にも数えられないのかぁ。
 うん……物扱いにもちょっと慣れてきたぞ。

 それに、僕にはやっぱりという思いもあった。
 愛玩奴隷は単なる物扱いで、この人達はちゃんと女の人と結婚するんだなって。

「ううむ、そうだな……そなたのお気に入りが何人もいれば、かえって問題なかったのかも知れぬが」
「どういう意味だ?」
「そなたがリュカ一人に執着しすぎたせいだ」

 ジュリアンが薄い青の目でちらっと僕を見てから、レオに視線を移した。
 何だか、ドキッとした。

「メリザンドは金を使って、そなたの世話係を全員買収したようだ。そして、この野営地にいる間の行動を逐一報告させたらしい。そなたは何度も何度もリュカを召し出し、召し出せない時はリュカに似た金髪の奴隷を呼んだ。金髪だったアベルが、自分が気に入られていると誤解するほどに」

 アベル……。
 僕がアベルと同じ立場だったら、きっと同じように勘違いしたと思う。
 今はもう王都に着いたのかな。下働きになったら早死にするって聞いたけど、ジュリアンはちゃんとしたお屋敷だから大丈夫だって言っていたし……元気でいればいいなぁ。

「報告を聞いてメリザンドは不安に思ったんだろう。勇者は戦地に行ってから、リュカという少年奴隷か、それに似た者しか抱いていない。果たして王都へ帰って来た時に、リュカとは似ても似つかぬ自分を抱いてくれるのだろうか、と」

 レオが眉間にしわを寄せ、顎に手を置いた。

「ちなみに、そのメリザンドの容姿は?」
「私と同じ銀色の髪でやや釣り目だが美しい顔立ち、胸が大きく女性らしい体型だ」

 レオがさらに眉間のしわを深くする。

「レアンドル?」
「うーん、ちょっとどうだろう。勃つか分からん」

 あ、レオって本気でバカかも。

 僕はその一言で呆れかえったんだけど、エディは僕を抱く両手にギューッと力を入れてきた。ちょっと痛いくらいに。

「エディ?」

 顔を見上げるとハッとして抱く手を緩めてくれる。

「勇者殿は……もう、女性を抱けないということでしょうか」
「いやぁ、どうかな? やせっぽちで金髪ならかろうじて……。俺、最近、リュカに似た子じゃないと勃たないんだよなぁ……」

 はぁっと大きく息を吐いてレオは天井を仰いだ。

「こんな奇跡みたいにかわいい子、他にはなかなかいないよなぁ……」


 僕も、生死の狭間でリュカを初めて見た時は天使かと思ったくらいだ。
 でも、これまでのみんなの話を集約して考えると、リュカの一番の魅力は、天使みたいな外見と誇り高い魂のギャップだったんじゃないかなぁ。
 か弱く見えて芯が強かったリュカ。
 僕とは正反対だったリュカ。
 今は……このきれいな外見に似合わない卑屈な魂が中に入っている。
 いつか、見透かされてしまいそうでちょっと怖い。

 エディは僕の肩を撫でながらジュリアンの方を向いた。

「そのご令嬢にはどのような罰を受けさせるのですか。リュカは王宮の所有物ですから、お咎め無しとはいきませんよね」
「身分を剥奪して尼僧院へ入れることになった。陛下もオーギュスタン公も了承した」

 テントの中が、しん、と静まり返る。

 レオも少しは自分のせいだと思ったのか、今までみたいに『一族郎党皆殺しだ!』とは言わなかった。

「レアンドル、そなた、王都へ戻ったら貴族の娘と結婚しろ」
「は? 結婚? なんで?」

 突然ジュリアンに言われて、レオが首を傾げる。

「もう二度とリュカが狙われないためにはその方が良い」
「はぁ? さっきも言っただろ。リュカに似ていないと勃たないって」
「抱けなくても籍を入れるだけで良いのだ。世界唯一の勇者が我が国から出て行かないという保証を、彼らが欲している」
「彼ら?」
「おそらく、陛下やその側近、国の上層部」

 レオが瞬きする。

「さっき、お前の親父は関与していないって……」
「証拠が出なかっただけだ。だが、軍に関わりの無いただの令嬢が軍の内部に深く入り込んでレアンドルの世話係を全員買収できたのが、そもそもおかしいのだ」
「では、上層部の方々は勇者レアンドルを我が国につなぎとめるために、国内の貴族令嬢と結婚させたがっていると? 今回の件はそのせいで起こったのですか?」

 フィルが難しい顔をしてジュリアンを見た。
 ジュリアンがうなずく。

「ああ、メリザンドと勇者が結婚するならそれが彼らにとっては一番いい結末だったはずだ。だが、レアンドルには全くその気が無かったからな。メリザンドの想いは、大人達にいいように利用されたのであろう」
「でもなぁ、別に愛の無い結婚なんてわざわざしなくても、この国にはリュカがいるんだ。リュカがいる限り、この国を離れる気は無いぞ」

 ジュリアンがふうっと溜息を吐く。

「奴隷など勇者をこの国につなぎとめる枷にはならぬ。リュカをそなたの専属にしてしまえば、国外に持ち出すことも可能なのだ」

 うわ、『連れ出す』んじゃなくて、『持ち出す』んですね。
 やっぱり、僕は所有物扱いなんですね……。

「俺はそんなに薄情じゃない。故郷の村だって、この国の中にあるのに」

 口を尖らすレオに、ジュリアンが向き直る。

「では、世界唯一の勇者にして我が国の最重要な戦力でもあるレアンドルよ。聞くが、もしもリュカが『勇者様と一緒にドワーフの国に住みたいです』などと言ったらどうする?」
「え? そりゃリュカの希望通りにドワーフの国に住むけど?」
「レ、レオ……! そんなこと言ったらだめです……」

 彼らの会話に口を挟むつもりは無かったけど、僕はつい声を出してしまっていた。

 三人が呆れた、というか諦めたような顔で溜息をつく。

「だからリュカの命が狙われるのだ」
「え?」
「勇者はたった一人の愛玩奴隷に恐ろしく執着していて、その愛玩奴隷の言うことなら何でも聞くと思われている。ゆえに、リュカは危険視されているのだ」

 はいはい、よーく分かりました。
 なんで僕みたいな何もできない奴隷を殺そうとするのか。
 僕、あれだね、物語の中の『傾国の美女』みたいなアレと思われているわけね。

「あはは、そいつらバカだな。リュカを殺したらこの国が滅ぶのに」

 ひえっ。なんか怖いことをサラッと言ったっ。
 レオがまた魔王になってるよ!

 僕はレオをたしなめてくれる人を求めて室内を見回した。
 でも。

「まぁ、そうですね、滅びますね」
「ああ、リュカを害されたら俺もどうなるか」
「私も……まことに不本意ながらレアンドルには同意だ」

 え?
 んん?
 な、なんか、聞いてはいけないものが聞こえたよ。

 魔王はレオだけじゃなかった。
 なんか知らないけど、ここに魔王が四人もいるよー!
 

 うわーん、リュカー! 
 どうしてこんなすごい四人を虜にしちゃったの?
 これって、僕のせいじゃないよね?
 魔性の美少年だった本物のリュカのせいだよね?

 ね?

 ね?





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