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第6話 まさか氷の第三王子さまと
6-(4) 手に負えない魔性
しゅるりと目隠しを解かれて、視界が明るくなった時にはすでにジュリアンは着替え終わっていた。
袖にレースの付いたブラウスを着て、首元には薄水色のひらひらレースのネクタイっぽいものをきちんと巻いている。
多分、僕に目隠しをした布も、あれと同じようなレースのひらひらネクタイだったんだろう。
汗をかいたのが嘘みたいに、銀の髪はサラサラと揺れて、ジュリアンは王子様として一分の隙も無い格好だった。
ベッド脇に、さっきまでは無かった椅子と小さなテーブルが用意されていて、ジュリアンはそこに優雅に座っている。水差しと陶製のコップがあるから、水か果汁でも飲んでいるんだろう。
僕も声を出し過ぎて、ちょっと喉が渇いたけど、それをくださいって言っていいのかな。
奴隷には何が許されて何が許されないのか、まだそのところがよく分からない。
ルーが陶器の小瓶片手に僕のそばに立っていた。
僕がさんざんよがって喘ぐところを見たはずだけど、まったくの無表情で僕の裸を見下ろして、洗浄薬の粉を振りかけ始める。体中がシュワシュワと泡立ち、すぐにすーっと消えていく。首筋や強く噛まれたところがピリピリと染みた。
強い薔薇の香りがあたりに漂う。
体に力が入らないし、鎖につながれているから動けないし、恥ずかしさのピークも超えてしまったので、僕は全裸を隠そうともしないでベッドの上にぐったりと大の字で寝ていた。
瓶を片付けたりしているルーを、なんとなくぼーっと目で追う。
年は二十代前半かな。栗色の髪に栗色の瞳、袖から覗く腕は意外にもがっしりしている。護衛を務めるからには、それなりに鍛えているんだろうけど……。
なんだろう? この世界には男性は二種類しかいないのかな? がっつり鍛えた筋肉質タイプと、僕らみたいな華奢な男の子タイプ。魔導士のエディだって、僕を軽々と持ち上げていたし……。
そこまで考えて、ここが戦地だったのを思い出した。ここには戦う人しかいないんだから、みんな筋肉質なのは当たり前かもしれない。王都に行けばきっと、ぷよぷよ太っていたり、ひょろっと細い人だっているよね。
ルーはどこかへ行って、スケスケローブと鍵みたいなものを持って戻って来た。
やっと鎖を外してもらえるのかと思っていたら、ルーは冷たい手で僕の足を触って来た。
「ひゃっ」
びっくりして声を出しても、ルーはやはり表情を変えずにぐいっと足を広げて後ろに青い洗浄薬を押し込んできた。
「んんっ」
一瞬だけ入って来た指にびくりと体が跳ねた。
恥ずかしくて顔を隠したいのに、両手を動かせない。
ジュリアンがその様子をじっと見ているのに気付いて、僕は恥ずかしくてふいっとジュリアンから目をそらした。
ルーは小さな鍵を使って僕の左手の鎖を外し、反対側に回って右手の鎖も外した。
そして鎖を持って長さを調節しながら足の方に移動すると、当然のように僕の右足首にカシャンと鎖を取り付けた。
ええ?
エッチが終わっても、まだ拘束されるの?
僕は問うような目でジュリアンを見たけど、ジュリアンは僕とルーの様子をじっと見るだけで、何も言ってくれなかった。
ルーが僕をひょいと抱え上げて、薔薇の刺繍された布をしゅっと引き抜いた。下にはきれいなシーツがあって、僕はその上に降ろされる。性行為でベッドが汚れないように敷いておく布だったみたいだけど、あんなに豪華なものじゃなくてもいいのにな……。
体に力が入らなくてくたっと倒れそうになった僕の体を、ルーが抱きとめた。ルーは僕の背中に手を入れて支え、子供にするみたいにスケスケローブの袖を通そうとする。僕は、ルーに寄り掛かってされるがままになっていた。
ふいに、ガタン、と大きな音を立ててジュリアンが立ち上がる。
「ルー、どけ」
低い、怒っているみたいな声で言って、ジュリアンがルーから僕の体を取り上げた。
「私がやる」
「しかし……」
あ、ルーの声初めて聞いた。
「黙っていろ」
あ、黙らせちゃった。
ジュリアンは、片腕だけ通したローブをそのままに、ちゅ、ちゅ、と胸にキスをしてくる。
「ジュリアン様?」
「足りなかったのか、リュカ」
「え?」
「なんで物欲しそうな目でルーを見るのだ?」
「そ、そんな目はしていません」
「では何が足りぬというのか?」
僕はどんな顔をしているの?
わ、分からないよ。
ジュリアンはふうと息を吐いた。
ベッドに腰を下ろして僕の体を引き寄せ、ルーがやってくれたように支えながらローブを着せてくれる。
「リュカ。そなたは記憶を失くして、よりいっそう手に負えない魔性になったな」
「え……」
どういう意味?
僕はリュカの偽物なのに、手に負えない魔性って……?
「以前のリュカは自分の容貌がもたらす効果を熟知していた。どんな表情をすればどんな風に見えるか、どんな仕草をすればどういう感情を呼び起こせるのか、分かっていて器用に使いこなし、計算通りに狙った男共を虜にしたのだ」
ううん?
それだと、本物のリュカは狙って四人の男性の心を攻略したみたいに聞こえるけど?
「あの……?」
「リュカは自分の価値を十分に理解していたし、私の価値もよく分かっていた。嫌な将官を遠ざけるために、王族である私の寵愛を利用していたのも知っている」
「え……?」
びっくりしている僕に、利用されたと言いながらもジュリアンは優しく微笑みかける。
「そういうところも魅力だったのだ……」
と、僕の頭をポンポンと叩いた。
「だが今のそなたはどうだ? 目につく男すべてに、むやみやたらと色気を振りまいて、色目を使って誘惑している」
「え、そんなことは……」
「無意識だから質が悪いのだ。そなたは自分がどれほど美しい姿をしているのかを自覚しておらぬ。無邪気に笑顔を見せたかと思うと、流すように視線をそらし、小さくため息を吐く……。それだけで、何人の男が虜になることか」
「あの、そんなまさか……」
そんな伝説の花魁みたいなことを僕が?
いやいや、そんなの有り得ないよ。
だって、この体に入っているのは『ブサイク陽介』なんだから。
ジュリアンは深く深くため息を吐いた。
「たかが愛玩奴隷だと、たかが玩具だと、そう思おうとしてきたが……私はどうやってもそなたを切り捨てられぬ。心の大半を占領されてしまって、もう抗うすべがない……」
「ジュリアン様……?」
「いくつこの肌に跡を残しても、虚しいだけだな……」
ジュリアンの指が首に触れると、ビリッと痛みが走った。
鏡が無いから分からないけど、思ったよりひどい傷になっているのかな。
「痛むか」
僕はゆるゆると首を振った。
これくらいの傷、明日になればきっとエディがきれいに消してくれる……。
「リュカ、こちらを見なさい」
「はい」
「私を見るのだ」
「は、はい」
あれ? 何か怒っているのかな……?
少女漫画に出てきそうな王子様が、薄い青の瞳をまっすぐに向けてくる。
そう言えば、この青い目はどことなくリュカに似ている気がする。
エディが水鏡をつくって美少年の姿を見せてくれた時、すごくびっくりしたなぁ。あの日から、どのくらい経ったんだっけ……。エディに初めてのことをたくさん教えてもらって……抱きしめられて、キスされて、それ以上のことも……。
急に、ジュリアンが目を伏せた。
「降参だ、リュカ。……何が足りない? 今一番何が欲しいのだ? どんなものでも手に入れてやるぞ」
どうしたんだろう?
ジュリアン、急に一人で盛り上がって、また魔王みたいなこと言っているし。
じゃぁ、この国の半分をください、なんて言ったらどうなるのかな。
いや、言わないけどさ。
今の僕に欲しいものなんて特に無い。
ひどいいじめから解放されて、優しい男の人達に甘やかされて、毎日が幸せだから。
「えっと、僕、抱っこして欲しいです」
ジュリアンは一瞬、頭が真っ白になったみたいに、固まって僕を見た。
薄い青の瞳がリュカの姿を映している。
「だっこ……」
「はい、膝の上に乗せて抱きしめて欲しいです」
「それだけで良いのか」
「はい」
僕はにこっと笑った。
だって、それが一番安心する。
例えばお金とか宝石とかをもらっても、僕のことだから誰かに盗まれるか、無理矢理取り上げられるかしそうだしなぁ。
ジュリアンは僕を抱き上げて膝に乗せた。
足の鎖がチャリ、と鳴った。
僕はジュリアンの胸に寄り掛かるようにしてしがみついた。
ジュリアンは僕を抱きしめ、優しく頭を撫で始める。
僕はうっとりして、目を閉じた。
ああ、子供みたいに撫でられると気持ちが良くて安心する。
「僕、こうやって男の人の胸にすっぽり収まるのが好きなんです。大事にされて、守られているみたいな感じがして、すごく、すごく、安心します……」
この世界に来て最初に抱きしめてくれたのはエディだった。
あの時の、信じられないくらいの嬉しい感じを今でも覚えている。
僕もリュカも19歳で、この世界ではもうとっくに成人男性だ。
そんないい年の男が、こうやって守られて甘えていられるなんて、僕はリュカという愛玩奴隷になれて本当に良かったと思う。
だって僕にはやりたいことも無かった。人生の目標も無かった。
ただただ、地獄の毎日をやり過ごすことだけ考えて、卑屈に身を縮めて生きてきたんだから。
「そなたは、本当に、リュカなのか」
密着した胸からジュリアンの声が響く。
「記憶を失くしただけではこうはならない。何か、根本的な魂まで、どこかに落としてきたのではないか」
うわ……ジュリアンって鋭いな……。
全部を見抜かれているみたいで怖くなる。
「そうですね…………以前と同じなのは、顔と体だけです」
正直に答え、僕は顔を上げてジュリアンを見た。
「今の僕は……嫌いですか」
「嫌いになどなれぬ」
ジュリアンは僕の唇に唇を重ねた。
柔らかい唇の、そっと触れるだけのキス。
「以前も今も、嫌いにはなれぬのだ……」
僕は安心してジュリアンの胸で目を閉じた。
良かったぁ……。
偽物に用は無い、とか言ってはねのけられたらどうしようかと思った。
ジュリアンは僕の顎をくいっと持ち上げて深いキスをしてきた。
僕はそれを受け入れた。
すぐそばでそれを見つめているだろうルーのことは、もうあまり気にならなくなっていた。
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