異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第6話 まさか氷の第三王子さまと

6-(7) 「第三王子の秘め事」

 私はジュリアン。
 姓は国の名と同じなのだが、太古の呪いのせいでその名は口にできない。
 国民は自分の国を『我が国』と呼び、他国の者は『かの国』と呼んでいる。
 国の名を呼べなくなった当初は混乱したのだろうが、千年も経った今となってはそれが当たり前に通っていて、案外不便は無い。

 私はこの国において『氷の第三王子』と呼ばれているが、特に氷魔法が得意なわけではない。
 魔法全般において得意不得意は無いが、魔王級と呼ばれるあの三人のように化け物じみた魔力量を誇っているわけでもない。

 私がこの手に持っているのは、王の息子という身分と、恵まれた教育環境による豊富な知識くらいなものだ。それも、15人いる兄弟姉妹と比べ、特段に秀でているわけでもない。

 私は私をよく知っていた。
 どれほど努力しても、剣でも魔法でも学問でも政治でも、自分は一番上には立てないことを。

 では、私が出来ることとは何だろうと、物心ついた頃から私は考えていた。魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする王宮の中で生き残るためには、何かしらの武器が必要だった。
 そして注意深く大人達を観察する内に、一つの可能性を見出した。
 私が最も得意とするのは、駆け引きや交渉、利害の調整……いわゆる姑息な『立ち回り』だと。

 常に情報を集め続けていると、ごくたまにだが、小さなトラブルが他の小さなトラブルを利用することによって解決できることがある。私は情報を集めることに特化した手駒をいくつも用意することから始めた。そうやって集めた情報をもとに、あちらこちらで些細なトラブルを見つけては小さな調整と解決を繰り返し、こつこつと王宮内の信用を勝ち取っていった。

 実際に私が頼りになるわけでは無いのだが、頼りになる人物だと周囲に思い込ませることに成功した。今では、ジュリアン王子殿下がいれば大丈夫だと、根拠も無く信頼しているものが大勢いる。

 敵はできるだけ作らず、表面的で良いから味方は最大限に増やしていく。物心ついた時から、王宮で生き残るために決して本音は見せなかった。

 そうやって王宮内での地位を地味に固めていた12歳の私に、13歳の勇者は初対面で言い放ったのだ。

『お前、氷みたいだな。氷の王子様だ』と。

 もしや心の中を見透かされたのかと恐怖したのは一瞬で、すぐに勇者がただの天然バカだと知れた。

『だって、その髪! その目! すげぇきれいで氷っぽい!』

 それ以降、私は『氷の王子』を名乗っている。
 勇者レアンドルの友人という立場は、何物にも代えがたいほど利用価値のあるものだからだ。



 リュカを初めて見たのは王宮の中だった。
 私がもうすぐ成人するくらいの頃だ。

 私より8歳上の第二王子は美少年趣味で、国中からきれいな少年を集めていると聞いてはいた。だが、私にはいくらでも美しい女性が寄ってきていたので特に愛玩奴隷に興味を持つことは無かった。

 その時、私はルーを伴って王宮の庭を突っ切っていた。剣の稽古の帰りだったと思う。
 いかにもなよなよした十代の少年が4、5人、ロープにつながれ、泣きながら廊下を歩いてくるところに行き会った。おそらく愛玩奴隷となって初めて王宮に連れてこられた少年達だったんだろう。
 悪趣味だと思って目をそらそうとしたのだが、一人の子が気になって私はふと足を止めた。
 泣きもせず、うつむきもせず、ただ淡々と前を向いて歩く、凛とした美しい少年。

「あれは誰だ?」

 と私はそばにいたルーに聞いた。
 ルーは驚いたように目を見開いた。

「少年奴隷に興味を持たれたのですか?」

 その少年が、リュカだった。

 調べさせてみると、妹の病気の治療費のために、自分で自分を売ったと記録にあった。
 私は密かにリュカに共感した。
 リュカは私と同じように、自分で自分をよく知っていたからだ。

 冒険者として活躍できるような膂力りょりょくも魔法の才も無く、研究機関で雇ってもらえるような突出した学問の才も無い。神に与えられた己の財産は、その美貌だけ。だからリュカは、自分を一番高く買ってくれるところに、自ら身売りしたのだ。

 自分の価値がどこにあるかをよく知っていて、それを最大限に生かすことが出来る。
 この子はただの奴隷ではないと思った。

 私は第二王子に近づいて、『最近女性にも飽きてきたし、男の子と遊んでみたいなぁ』などとうそぶき、リュカを自分の邸宅に貸し出してもらうことに成功した。
 初めて抱いた少年リュカは完璧だった。はじめから男に愛されるために生まれてきたかのように、可憐で魅惑的にふるまった。
 それから私は、何度もリュカを邸宅に召し出した。
 だが、どんなに熱い夜を共に過ごそうとも、リュカを本当の意味で手に入れることはできなかった。
 リュカは完璧な愛玩奴隷であり、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。




「ポーションっておいしいですよね」

 エドゥアールに譲り受けたポーションを飲み干して、リュカが微笑む。

 昼間、リュカの体調を診に来たエドゥアールは、鎖につながれた右足首と、白い肌に無数に残る噛み跡を見て一瞬息を呑んだようだったが、私に対しては何も言わなかった。

 無邪気に懐いてくるリュカの頭を撫でて、「痛いところはないですか」と小声で聞いていた。リュカはやはり無邪気に笑って「どこも痛くないです」と答え、親鳥を慕う雛鳥のような目でエドゥアールを見上げていた。

 魔導士エドゥアールは、右手首の報せの術がきちんと機能するかを確認し、リュカの首の後ろに口付けて魔力を注ぎ、体中に残る私の跡をひとつひとつ数えるように確認していった。

 全裸になって身を預け、エドゥアールから癒しの魔法を受けている時の、リュカの陶酔したような顔がその心のすべてを物語っていた。

 レアンドルにわざわざ言われなくても、リュカの心の向かう先などとっくに知っている……。

 リュカはなぜ自分の気持ちに気付かないのか、エドゥアールはなぜリュカの気持ちに気付かないのか……見ているだけでいらいらするが、教えてやるつもりは無い。
 嫉妬にかられて二人の邪魔をしたいわけではなく、教えられない事情が出来たのだ。

 エドゥアールにはリュカを守る力が無い……。

「リュカ」
「はい」
「今日は後ろから抱いてみてもいいか」
「はい」

 うなずいた後で、リュカは不思議そうに首を傾げた。
 他の三人には、すでにあらゆる体位で抱かれたのだろう。
 いまさらなぜそんなことを聞くのかと、瞬きをして私を見上げてくる。

「そなたを召し出す時はいつも鎖につないで抱いていたから、背後から抱いたことが無いのだ」
「ああ……そうなんですね」

 納得したようにうなずいて、リュカはニコッと笑った。
 飲み終わったポーションの瓶を、当然のようにルーに渡す。

 そして、一度大きく深呼吸すると、顔を赤くしながら四つん這いになった。
 足首の鎖がチャリ、と音を立てる。

「こ、これで、いいですか……?」

 リュカが着ているローブは透ける素材で、そのような格好をすると尻の丸みがくっきり浮かび上がる。私がローブをめくりあげると、リュカの体がぴくっと硬直した。
 その白い丸みに、私はかぷっと歯を立てた。

「ひゃうっ」

 かわいい声を上げて、リュカが飛び上がる。

「かわいいな、リュカ」
「うう……」

 頬を赤く染めて目尻に涙をためた顔で、リュカが振り向く。
 私は小さく噴き出した。

「このようなところに歯形を付けると、またエドゥアールの奴が目をくな」
「大魔導士様がですか?」

 リュカが瞬きする。
 何と言うか、鈍すぎる……。
 この子は昼間、エドゥアールがじっくりと治療に時間をかけて、私を牽制したことにも気付いていないようだ。

 私はその細い体を抱き寄せて、胸にすっぽり収まるように抱っこをした。
 リュカは嬉しそうに私の胸にすり寄ってくる。


 記憶を失くす前のリュカなら周囲の人々の思惑を鋭敏に察知し、己が不利にならないようにうまく立ち回ってバランスを取っていたものだった。年も同じで、思考の仕方も近いリュカに、私は勝手に親近感を覚えていたのだ。

 しかし、記憶を失くした今のリュカは、合理的な思考の仕方までも忘れてしまったようで、まるで幼い子供のように愚かになってしまった。この子は周囲の思惑にひどく鈍感で、表面に現れたものしか読み取ることが出来ない。自分の感情をうまく隠せないし、人の隠された感情を推し量ることもできない。
 たぐいまれな美貌だけがそのままで、この子は自分で自分を守るすべを全部失ってしまったのだ。

 こんなにも素直すぎてひ弱な子供を、魔族の国へやるわけにはいかない。

 私は知らず、溜息を吐いていた。

「どうしたのですか」

 リュカが心配そうに見上げてくる。

「少し、厄介な案件があってな……」

 グレゴワール卿がわざわざ王都から転移陣を使って、陛下よりの書簡をたずさえてきた。
 そこには、休戦協定に関する有り得ない条件が書かれていた。

 両国の休戦と友好の証に、愛玩奴隷リュカを魔族の王子に差し出し、魔族の姫を私に娶れというのだ。

 奴隷と姫では身分が違いすぎて、交換条件として提示するにはあまりにも荒唐無稽な申し出だ。敗戦国に対する戦勝国の優位性を考慮したとしても、例えば、姫との交換に愛玩奴隷を二十人と提示されたならまだ理解の範疇なのだが……。
 それに、そもそもどうやってリュカの名前を知ったのか。愛玩奴隷を名指ししてくること自体がおかしな話だった。

 リュカをめぐって、魔族側か、こちら側の上層部か、それとも両方に何かしらの思惑がうごめいている……。

 私の腕の中にいるリュカを見下ろす。
 自分の運命が大きな権力によってもてあそばれそうになっていることも知らないで、安心しきったように目を閉じている。

「リュカは……将来のことを考えたことがあるか」

 柔らかな髪を撫でながら聞くと、リュカはきょとんと私を見返した。

「将来、ですか? ええと、愛玩奴隷は一生愛玩奴隷だと聞きましたけど」

 皮肉や当てこすりを含んだセリフではない。リュカの声は自然で、一生を奴隷として生きることを嘆いているようなニュアンスは無かった。

 私は分かりやすい言葉に言い換える。

「四人の内の誰かの専属になりたいという希望はあるか」
「僕は……」

 リュカはちょっとだけ瞳を揺らし、すぐに私をまっすぐ見つめてきた。

「僕は、決められたことに従います……。僕なんかが誰か一人を選ぶなんて、そんなおこがましいことはできません」

 表情も口調も、この言葉が本音であると示している。
 リュカの感情はともかく、頭の中では我々四人に優劣は無いということらしい。
 今ここでエドゥアールの名前を出されてもその願いは叶えてやれないのだから、都合が良いと言えばそうなのだが……。

 まだはっきりと恋を自覚していないこの子が哀れで、悲しみを誘う。
 自ら納得して奴隷になった以前のリュカと違い、記憶を失くしたこの子は訳も分からぬままに奴隷になっていて、男に体を開かされることを従順に受け入れている。
 本来それは愛を交わすための行為であるのに……。

「かわいいな、リュカ。かわいくて、少しかわいそうだ……」
「え……?」

 リュカの体から薄いローブを剥ぎ取って、うつぶせに寝かせる。

「鎖を外せ、それと洗浄薬を」

 空気のようにそばに控えていたルーがすぐに鎖を外し、洗浄薬を手渡してきた。
 リュカの尻をつかんで広げ、ピンク色の錠剤を押し込む。

「は……んんっ……」

 後ろから指をゆっくりと差し込んでやると、リュカは無抵抗に受け入れる。

「あ……ああっ……あ……」

 中を指でかき回される感触を楽しむように、素直に声を出し始める。

 リュカが自分で準備しようとしないのは、あの三人の誰もが行為のたびに優しくほぐしてやっていたからだろう。

 性欲処理だけの奴隷にそこまでしてやるはずが無いのに、リュカは自分が特別に愛されていることをあまり自覚していない。

 白い背中に唇を落としていく。リュカの声が甘い響きに変わっていく。
 誰に触れられてもこうなのかと思うと、ちりちりチクチクと胸を刺す痛みがある。
 その痛みを伝えたくて、肩甲骨にガリっと歯を立てる。

「あんっ」

 リュカが背中をそらす。

「痛いか」
「いえ……大丈夫です……」
「大丈夫? では、もっと噛んでも良いのか」
「はい、あの……」
「ん?」
「噛まれるのも、あの、気持ちいいです……」

 言った後、恥ずかしくなったのか、薔薇刺繍の敷布に顔を押し付けている。

 この子は本当に……。

「本当にリュカは手に負えない魔性だ……」
「え」
「かわいくてたまらないと言ったんだ」

 リュカの背中を抱いて、スプーンを二つ重ねるように自分の体を重ねていく。

「……あ、あん……」

 喜ぶような声がリュカの喉から洩れる。
 首筋に噛みつきながら体をゆすっていくと、さらによがり声が大きくなっていく。

「んあ、あ、ああ……」

 王宮で調教されたことを忘れ去ったくせに、いや、忘れ去ったからこそ本気で感じている。
 素直な体は快楽に貪欲で、新しい刺激を柔軟に学んでいく。

 私は道具を使って痛めつけるような趣味は無いが、もしもそういうことをしたとしても、リュカは楽しんで受け入れるんじゃないかと思ってしまう。

 エドゥアールが私の跡を一つ残らず消してしまったからリュカの肌は白く美しかった。そこへまた強く噛みついて、嫉妬の跡をくっきりとつけていく。
 そのたびにリュカの体がビクッビクッと震える。

「あ、あ、ダメ……あ、もう……!」

 リュカは敷布をぎゅうと握って絶頂に達した。

 荒い息をするたびに、上気した背中が揺れている。

 私は腰の動きを止めてリュカの体を横向きにした。
 リュカのものからとろりとした液体が垂れる。
 片足を私の足にかけさせて、ゆっくりしたリズムで横からゆすっていく。
 リュカが首をねじるようにして私を見た。

「ジュリアン様……」
「どうした、苦しいか」
「あの、キス……キスして……」

 かわいいおねだりに、覆いかぶさるようにして唇を奪う。
 リュカがうっとりしたように笑う。

「僕……キスされるの……大好き……」

 私はリュカの足を持ち上げて、つながったままぐるんと仰向けにした。

「う……」

 内側に感じる異物感のせいか、リュカが少し眉根を寄せる。

 髪の毛を撫でてやり、キスをしながら軽く舌を噛む。
 すぐにリュカの表情がとろんと溶けていく。

 キスが好きだと言われれば、キスをしたくなるというもの。
 私はしつこいほどにキスを繰り返しながら、リュカの体をゆすり上げた。

 細い両手がしがみついてくる。
 すすり泣くような切ない喘ぎ声が、耳元で響く。

「ああ、ジュリアンさまぁ…………」

 こんなに甘い声で呼ぶくせに、リュカは私に恋をしていない。
 他の三人の名前も同じように呼んだのかと思うと、焦げ付くような嫉妬心に囚われる。

「リュカ……リュカが欲しい……」

 私の強い独占欲にも気付かず、リュカは少し不思議そうな顔をする。

「はい……どうぞ、いっぱい抱いてください……」

 伝わらない想いをぶつけるように、細い首元に強く噛みつく。

「ああっ」

 口の中に血の味が広がる。
 口を離すとリュカの白い肌に血が滲んでいた。
 それが私を興奮させる。
 自分がつけた傷を見つめながら、私はさらに激しく腰を打ち付ける。
 ひどい痛みがあったはずだが、リュカは私の下でぶるっと震えて悲鳴と共に達していた。
 ほぼ同時に、私もリュカの中に欲望を吐き出した。


 その後も、私はリュカを解放してやれなかった。
 リュカは一度、苦しいと言った。
 それから一度、逃げるようにベッドの柵へ手を伸ばした。
 私はむりやり組み敷いて貫いた。
 最後の方は、犯しているようなものだった。

 この子の心を手に入れられない強い嫉妬心と、この子を本当の意味では幸せにしてやれないもどかしさと、この子を守るために自分がする選択への苛立いらだちを、すべてこの子の体へぶつけた。

 私のものを引き抜くと、リュカが小さく呻き声を出す。
 意識が朦朧としているようで、私の方に向けられた瞳の焦点がきちんとあっていない。

 ルーが洗浄薬を持って近づいてきたが、私は首を振った。

「まだ良い。もうしばらく、このままで……」

 ぐったりした細い体を抱き寄せる。
 首の傷を舐めると、リュカはまた小さく呻いた。





 森で魔物に襲われた経緯については、アベルという者の手引きによるものと判明したのだが、最初に川で溺れた時の状況は未だに判明していない。アベルもメリザンドも、最初にリュカが死にかけた事件に関しては、一切関与していなかったからだ。

 もしやリュカは、あの危険な森の中へ自ら足を踏み入れたのではないだろうか。
 本来のリュカは、アベルのような小物の罠に引っかかるような愚かな男では無かった。
 記憶を失う前のあの賢いリュカが森へ行ったのなら、森へ行くだけの合理的な理由があったはずなのだ。


 私はリュカに告げていない秘密をいくつか持っている。
 そのひとつが、妹の死だ。
 リュカが人生を捧げて救おうとした妹は、治療の甲斐なくすでに亡くなっている。

 私はわざわざその死をリュカに伝えようとは思わなかった。リュカは一生愛玩奴隷の身分から解放されず、どうせ妹が生きていても死んでいても会えないことには変わりはなかった。何も知らないままの方が幸せだと思ったのだ。
 だが、男の心を手玉に取ることを得意としていたリュカは、誰かほかの貴族をたぶらかして調べさせた可能性もある。
 妹の死という真実を知って、もう自分は役目を終えたと判断して、死ぬことを選んだのか……?


 今となってはもう、リュカにその時の真意を聞くことはできない。
 恐らくもう記憶は戻らないだろう。
 リュカは自分で自分の人生をリセットしてしまったような気がするからだ。
 過去の記憶も常識も、誇り高き魂さえも、すべてを捨てて……。

 後に残ったのは、痛々しいほどに純粋で無垢な子供の心だった。
 警戒心が無さ過ぎて、あまりにも危うくて放って置けない。
 記憶を失くしたこの子は、私の愛したあのしたたかな心を持っていない。もうまったく別人と言ってもいいくらいなのに、結局私の心は捕らえられたまま解放されることはない。


 ふと気づくと、私の腕の中でリュカは小さな寝息を立て始めている。
 愛玩奴隷としてはあるまじきことだが、むしろその無防備な仕草が愛しいと思ってしまう。


 絶対にこの子は守ってやりたい。
 私の手で、と言いたいところだが、この際手段は問わない。勇者でも剣士でも魔導士でも、リュカのためなら全力を尽くすだろう。

 こんなに儚いリュカを魔族の国へ差し出すことはできない。

 怖いものも、恐ろしいものも、極力リュカから遠ざけて、ただひたすらに甘く優しいぬるま湯の中で生涯を終えさせてやりたい。

 だから私はもうひとつの死もリュカから隠した。
 アベルの死だ。
 あの者はリュカへの醜い嫉妬をひとしきり吐き出すと、あっさりと自ら服毒して果てたのだ。

 リュカは何も知らない。
 私も、その場に同席していたエドゥアールやフィリベールも、生涯リュカに告げるつもりは無い。
 今のこの子は、人の死へ対する忌避感が異常に強い。
 もしもアベルが死んだと聞かされたなら、この子がどれほど嘆いてどれほど憔悴しょうすいするか……考えたくも無いほどだ。

 賢くてさとかった本来のリュカなら私の嘘を見抜いたかもしれないが、今のこの子は何も疑わない。無邪気で無垢で、ただただ無知だ。

 無知というのも、ある意味で幸福だろう。
 リュカは無知であるがゆえに、今こうして幸せそうに眠っていられるのだ。

「リュカ、かわいいな……」

 その頬に唇を寄せる。
 規則正しい寝息が聞こえる。
 
 欺瞞ぎまんだろうが偽善だろうが何でもいい、私はリュカを守っていく。
 その幼い心が何物にも傷つけられぬよう、生涯をかけて、最期まで。






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