異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第7話 まさか冷酷な魔族の王子さまに

7-(1) 胸の痛み



 ジュリアンのテントで出る食事は、エディやフィルのところとあまり変わりがなかった。王子様だから豪華なものをちょっとだけ期待したんだけど、品数が少し多いくらいでパンもやっぱり硬いものだった。ただ、ジュースはキンキンに冷たい状態で出るので、それだけは嬉しかった。

 ジュリアンは優雅に自分の食事を終えてから、僕を呼んで膝に抱いてくれる。餌付けされる僕を見て、給仕の係りの使用人さんが最初はちょっとびっくりしていた。

 ルーに聞いたら、愛玩奴隷は行為の後に鎖を外してすぐ宿舎に戻されるものなので、食事は宿舎でするのが普通らしい。それは以前の『美少年リュカ』でさえ例外では無かったという。

 僕、この世界へ来てから宿舎でご飯を食べたことが無いんだけど、どうしてなのかな?
 一度……じゃなくて二度も死にかけたから、みんな過保護になっているのかもしれない。

 ジュリアンが僕の首筋にそっと触った。
 ポーションを飲んだので、傷は少し薄くなってきている。

「痛むか」
「いいえ、もう痛くないです」
「エドゥアールがこれを見れば、また跡形もなく消してしまうのだろうが……」

 ジュリアンは傷跡に唇を寄せてくる。少しくすぐったい。

「永遠に消えない跡をリュカの体に残せればよいのに……」

 僕は少し困った。刺青いれずみでも入れろと言うなら従うけれど、多分、エディは刺青も消せると思うし。

 ここであと一日か二日過ごしたら、僕はまたエディのテントに戻れるはず。
 本物のリュカに比べたらすべてが程遠いんだろうけど、僕は僕なりに頑張れた気がする。誰の機嫌も損ねず、戦争にもならずに乗り切れた……。
 みんなが優しくてただ甘やかされていただけ、と言えばその通りなんだけど。
 それでも僕は、愛玩奴隷リュカとして生きていける自信みたいなものがちょっとだけ芽生え始めている。

 そういえば、エディのところに戻ったら、なんでもしてくれるって言っていたけど……。
 僕は何をお願いしようかとちょっと考えてみた。
 うーん、別に特別なものなんて、何もいらないかも。僕はただ、エディに抱っこしてもらえたらそれで満足だ。ぎゅうっと力いっぱい抱きついて、エディの胸に顔を埋めて、あの優しい匂いを嗅いで……それで、いっぱい頭を撫でてもらえたら、もうそれだけで幸せだと思う。

「リュカ、聞いているか。いっそリュカの体に私の名前を書いてしまおうか?」

 と、ジュリアンが言った。
 僕はハッとしてジュリアンを見た。

「え、え? 書くんですか?」
「ああ、どこが良い? 顔か? 胸か? それとも尻に書くか?」

 と、くすぐるように触ってくる。
 僕は声を出して笑った。
 ジュリアンが僕の体をきつく抱きしめる。

「私は本気だ。そなたに私を刻み込みたい……」

 なんだか、声がとても寂しそうだった。
 ジュリアンと本物のリュカの思い出は、僕の中には存在しない。
 きっと、ジュリアンはそれが寂しいんだと思った。

「ええと……僕、もう絶対に忘れません」
「リュカ?」
「名前を書いたりしなくても、僕はもう二度と記憶喪失にならないので、ずっと、一生、ジュリアン様を覚えていますよ」

 うん、絶対の絶対に、もうこの体から離れるものか。
 本物より劣っていたとしても、僕はリュカとして生きていく。

 そう決意してジュリアンを見ると、薄い青の瞳が少し潤んでいるように見えた。

「そうか……それは、嬉しいものだな」

 嬉しいと言いながら、なぜかジュリアンは悲しそうに笑った。

 どうしたんだろう。
 やっぱり、お貴族様との会談の後からジュリアンの様子が少しおかしい。
 何だか不安でジュリアンの服をつかむと、優しくキスをされた。

「リュカのお守りを」

 ルーが僕のお守りの革袋を持ってくる。ジュリアンはそれを受け取って、僕の首にかけた。

「安心しなさい。私は必ずそなたを守り通して見せよう……」
「え……?」
「ルー、勇者と剣士と魔導士を呼んでくれ」

 ジュリアンは急に硬い表情になって、ルーに命じた。




 ジュリアンのテントのリビングみたいなスペースに、エディとフィルとレオがそろって椅子に座っていた。
 給仕の使用人さん達が紅茶のカップを並べている。

 ジュリアンがスケスケローブの僕を抱っこしたまま入っていくと、使用人さん達がビシッと踵を鳴らした。エディとフィルも椅子から立ち上がって、同じようにビシッと踵を鳴らす。
 レオだけは足を開いて座ったままだ。

 今までみんな気楽な仲間のようだったのに、今は王子殿下とその臣下って感じで場の雰囲気がすごくかたい。
ジュリアンのテントの中は人目があるから礼儀を守らなくちゃいけないのかな?
 えっと、奴隷の僕は抱っこされたままでいいんだろうか?

 途惑っていると、ジュリアンはレオの前まで歩いて行って、僕をレオの膝に座らせた。

 あ、あれれ? 順番通りならエディのところじゃないの?

 レオはもちろん、立ったままのエディもフィルもちょっと驚いた顔をしている。
 ジュリアンはいつも通りに、洗練された滑らかな動作で椅子に腰かける。

「座ってくれ」

 ジュリアンの声を聞いて、エディとフィルが腰を下ろした。

「人払いを」

 ジュリアンが短く命じると、ルーを除くすべての使用人さんがすすーっとテントを出ていった。
 いつの間にかその入り口近くに、あのカイルっていう不気味な男が見張りみたいにたたずんでいる。

「エドゥアール、風魔法でテントの内と外との音を遮断できるか」
「可能です」

 エディがうなずき、手を軽く振る。
 外から聞こえる雑音がふっと消えた。

 なに? いつもと違う。
 何か怖いことが起こっている?

 僕は不安でレオの胸にしがみついた。

「ジュリアン、何だよ改まって。リュカが怖がっているじゃねぇか」

 ジュリアンは僕を見て安心させるようにうなずくと、レオ、フィル、エディを順に見た。

「言っておくが、これは命令ではない。私の頼みだ。ここにいる愛玩奴隷リュカを、勇者レアンドルの専属奴隷として急ぎ契約して欲しいのだ」

 唐突だった。
 三人とも、すぐに反応できずに固まっている。
 僕もびっくりして何も言えなかった。

「いきなりだな」

 レオが僕の体を抱き寄せる。
 その心臓がトクトクとなっているのが聞こえて、僕の心臓もドキドキと大きく鳴り出す。

 僕がレオの専属奴隷になる?
 それは、これから先僕の体に触れられるのがレオだけになるという契約で、僕の一生をレオに保証してもらうというもの。

「紅蓮の勇者殿に、リュカの保護を頼みたいのだ」

 ジュリアンはものすごく真剣な目でレオを見つめた。

「リュカが俺を選んだのか?」
「いや、奴隷の意思は関係ない」
「はぁ?」

 うん、僕が誰かを選ぶなんて、そんなおこがましいことはできない。奴隷は奴隷らしく、決められたことに従うだけ……。
 でも、こんなに早く決められるとは思っていなかったから、なんだか緊張して手が震えてくる……。

 フィルは眉根を寄せてジュリアンを見ていて、エディは途惑ったように僕を見た。

「殿下……」
「なぜ……」
「リュカを守るためだ。他の二人も納得して欲しい」

 二人の問いかけを遮るように、ジュリアンが強い口調で言った。

 僕を守るため?
 また誰かが僕を殺そうとしているの?

「わざわざ俺にと言うからには、何かとんでもないことがあったということか?」

 ジュリアンはこくりとうなずいた。
 そして、宙を睨むようにして次の言葉を発した。

「魔族の王子アラン・リシャール・セラフィンが、リュカを差し出せと要求してきた」

 ん? え? 誰?
 ま、魔族の王子?

 反応に困ったのは僕だけじゃなかったみたいだ。

「はあ? 誰だって?」
「どういうことですか? 魔族が何かを要求してくる権利など無いはずでは?」
「殿下、休戦協定で何が起こっているのですか」

 ジュリアンはテーブルの上に手紙のようなものをスッと置いた。

「陛下より届いた書簡だ。休戦と友好の証として私に魔族の第二王女を娶れと言ってきた。代わりとして、愛玩奴隷リュカを魔族の王子に差し出せと」

 ええ? ジュリアンが結婚?
 その代わりに僕が魔族の国へ?

「姫と奴隷を交換だと?」
「そんなこと聞いたこともありません。いくら敗戦国の姫とはいえ、奴隷と交換など身分が違いすぎて交渉の材料にもならないはずでは?」
「ああ、おそらくは魔族の姫の輿入れだけが休戦の条件にあったのであろう。そこへ、誰かが愛玩奴隷の項目をつけ足してきた」
「どうして? そもそもなぜリュカの名前を……」

 僕が魔族の王子に差し出されるっていうのはもちろんびっくりしたけど、ジュリアンの結婚についてもぼくは驚いた。でも、みんなはジュリアンがお姫様を娶るっていうことについては何も言わない。王族が政略結婚するのは当たり前のことだからなのかな?

「王都で私の手駒に経緯を調べさせているが、詳しい情報はまだ入ってきておらぬ。だが、もともとリュカは我が国の上層部に危険視されていた。我ら四人を手玉に取る悪辣な淫魔だと」

 はい?
 い、淫魔??? というとサキュバスとかいうあれですか?
 男の精を吸い取るとかいう色っぽい悪魔みたいなやつ?

「淫魔、ですか……」
「ああ、力のある男を色香で惑わせ、自分の思い通りに動かす美女の姿をした魔物……。贅の限りを尽くし最後には国を滅ぼしてしまうという……まぁ、実際には存在せぬがよく物語などに登場するあれだ」
「なんだそりゃ、誰がそんなことを言ったっ」

 ええと、そういう物語だと、日本人である僕の中のイメージは九尾の狐なんだけど。
 妲己だっきとか玉藻たまもの前とか、漫画とか小説によく出てきたりするアレだ。
 でもきっと、この世界ではまったく違うんだよね。
 なんか、みんな顔が怒っている感じだから、この世界で『淫魔』って言うのはひどい侮蔑なのかな?

「俺達がリュカにぞっこんなのは否定しねぇが、淫魔とはひどい呼び名だな。リュカはほとんどわがままも言わないってのに」
「そうです。リュカが何を望んだとしても、国を滅ぼすことはありませんよ」

 四人を虜にしたのは本物のリュカだったけど、その四人にずっと甘えてきたのは僕だ。それが、こんなに危険視されるようなことだとは分かっていなかったけれど。
 僕はどうしたらいいんだろう。
 本物のリュカだったら、どうしたんだろう?

「その魔族の王子とかいうやつはどんな野郎なんだ?」
「他国の王族のことゆえ詳しくは分からぬが、魔力量が豊富でいずれ現魔王を凌ぐのではと言われている。それから噂では残忍で冷酷、残虐非道……気に入らぬ者はすぐ殺すとか」

 僕は思わずレオの腕をつかんだ。
 レオが安心させるようにその手を撫でてくれる。

「リュカを怖がらせるなよ」
「あくまで噂だ。敵国である我が国の兵を恐怖させるために、わざとそういう噂を流した可能性もある」
「いずれにしても、このようにか弱いリュカを魔族の国になどやれません」
「ああ、一度リュカが魔族の手に渡れば、こちらからはなかなか手が出せなくなる。今は国境も封鎖されて、強固な結界がはられてしまっている状態だ」
「あんなちゃちな結界、簡単に壊せるぞ」
「よせ、レアンドル。それは宣戦布告ととられ、また戦争になってしまうではないか」

 ジュリアンはぐるりと一同を見渡した。

「この申し出を断るには、ひとつしか方法が無いのだ。リュカを誰の専属にしようとも陛下の命には逆らえぬが、もしも所有者が勇者ならば……」

 そこで言葉を切って、ジュリアンはレオに視線を向けた。
 レオが「ああ」と言って大きくうなずく。

「そうか、俺はこの国の国民じゃない。勇者ってのは名目上、世界教会の一員だからな。俺に命令できるのは、本来は神様だけってことだ」
「その通り。たとえ陛下でも、勇者のものを取り上げることはできぬ」

 僕は勇者のものにならなければ、残忍な魔族の王子のものになる。
 その二択なら、勇者一択に決まっている。
 この世界に来てやっと地獄のいじめから解放されたのに、残虐非道の王子とか冗談じゃない。もう嫌だ、いじめられるのは絶対に嫌だ。
 僕はすがるようにレオの胸に顔を埋めた。

 エディとフィルもそれしか方法が無いと思ったのか何も言わない。

「ああー……!」

 レオは突然大きな声を出し、痛いくらいの力で両腕に僕を抱きしめた。

「……やっぱ俺のステータスって、運のレベルMAXなんだろーなぁ……。俺が欲しいと思ったものは、何でも手に入っちまうんだ……」

 何でも手に入ると言いながら、レオの声はあまり嬉しそうじゃなかった。

「リュカ、ごめんな……。それでも俺はこの幸運に感謝している……」

 僕に何を謝るのか、感謝していると言いながらなんで悲しそうなのか、僕には分からなかった。

「レオ……?」

 レオは僕の頬にちゅっとキスをした。

「よし、分かった。もとから俺はリュカに惚れている。専属にすることには何の異存も無えよ」

 そして穏やかな優しい顔で、僕の顔を覗き込んだ。

「リュカ、そんな不安そうな顔をしなくていい。俺はどんな敵からも守ってやるし、誰よりも優しくしてやるから」
「はい……ありがとうございます」

 守ってもらえるのは嬉しい。
 優しくされるのは嬉しい。

 世界で最強の勇者様が、僕のご主人様になる。
 もう、誰にもいじめられない。
 僕は安泰なんだ。

 僕の願いは叶ったっていうことだよね…………。



「リュカ……」

 その時、小さな、小さな、ほんとにかすかな呟きが、耳に届いた。

 僕はばっと振り返ってエディを見た。
 エディの姿を見た途端に、胸の奥がギューッと痛くなって、息が苦しくなった。

 エディは何の感情も見えない顔で、じっと僕を見つめていた。

 いつも優しく微笑んで、いつもきれいな指で髪を撫でてくれたエディ。
 そうだ、僕がレオの専属になったら、もう二度とエディに抱っこしてもらえないし、もう二度とキスもしてもらえないんだ……。

 今、エディの顔には表情が無い。
 優しい微笑みも、氷みたいな冷たさも、何もない。
 ただ、静かに僕を見つめている。

 でも、なぜか見える気がした。
 あの時の、男に触れられるのは嫌じゃないかと聞いてくれた時の、うつむいて泣きそうになったエディの顔。

 ……エディはきっと……一人になったらきっと泣く。
 誰にも見えないところで、誰にも声が届かないところで、きっと一人で涙を零す……。

「エ……」

 ふいに、大きな手が僕の視界を塞いだ。

「リュカ、お前は俺の専属になるんだ。もう他の野郎を見るな……」

 いつもは元気いっぱいのレオの声が、今はとても小さかった。
 耳元で、穏やかに優しく囁いてくる。

「俺だけを、見てくれ……」

 僕はそっと目を閉じた。

「……はい、分かりました」

 レオは世界で唯一の勇者様ですごく強くて、前世の記憶を持っていて僕とは共通点もある。
 僕を守ってくれる大きな力も、感情を隠さないまっすぐなところも、時々子供みたいに甘えん坊になるところも。
 レオのことは大好きだ。
 レオの専属奴隷になったら、ずっと楽しくて、ずっとずっと幸せなはずだ。

 それなのに、僕の胸はほんのかすかに、ちりちりと痛みを訴えていた。

 なんだろう、これ?
 どうして胸が痛いんだろう?







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