50 / 121
第7話 まさか冷酷な魔族の王子さまに
7-(6) 「魔導士の激情」
自分がどれほどひどい男なのか、どれほどひどいことをしてきたのか、目の前にその結果が儚い少年の姿をして佇んでいる。
「リュカ……」
いいえ、リュカではない。
名前も知らないその少年が、私のせいで罪の意識に泣いている。
「嘘ばかりで、ごめんなさい……」
かすれた声は悲痛だった。
「リュカ……」
またその名を呼んでしまう。
それが、そもそもの間違いだったのに。
あの日、川で溺れたリュカを救出した日、テントで目覚めたこの子は怯えた様子ながらもちゃんと言ったのだ。
『僕はリュカじゃありません』と……。
でも、私達は……私は、その言葉を本気にはしなかった。
私がこの子をリュカと呼び続けたせいで、この子はリュカのふりをするしかなくなってしまったのだろう。
あの日、私は少しでもリュカを近くに置いておきたくて、その卑しい下心で、私のテントに泊まらせると主張した。
右も左も分からなくて途惑っているこの子に、私は甘く優しい言葉をかけて心を開かせた。
まったく性の知識も無かったこの子の無垢な体を、私は己の欲望のまま自由にして楽しんだ。
そして私に懐いたこの子が不安がっていたというのに、私は他の男にも順番に抱かれろと言い、そうでなければ戦争になると脅して自分のテントから送り出した。
こうして事実だけを並べてみると、私は何と非道な男であろうか。
奴隷制の無い平和な国から来たあの子の魂が、自分を取り巻く状況にどれほど怯え、どれほど心細い思いをしたのか。考えただけで胸が痛む。
最初にそばにいたのが私でなかったら、たとえばこの勇者レアンドルであったなら、この子の話をきちんと聞いて、別人であることを理解してやり、違う道を示してやれたかもしれない。少なくとも、これほどつらそうな顔をさせることは無かったはずだ。
過去にあれほど何度も愛していると言った相手が別人になっていることにも、私はまったく気が付かなかった。
今になってようやく分かる。なぜ、リュカが私の求愛を本気にしなかったのか。きっと私の浅はかな人間性を、あの賢いリュカは見抜いていたのだ。
瞬きをすると、私の目から涙がこぼれた。
なぜ泣く。
私には、泣く資格なんて無いのに。
私も勇者もこの子の告白を聞いて、動揺していた。
そして剣士も動揺していた。
そうでなければ気付いたはずだ。
あんなあからさまな変化の術を見破れなかったとは……。
体を覆い尽くす不自然な魔力の流れよりも、その容貌の方に目が行ってしまった。
このタイミングでリュカに瓜二つな姫君が現れるなど、おかしいと思って当たり前だったのに。
「いけない! それは転移陣です!」
叫んで手を伸ばした時にはもう遅かった。
眩い光とともに、あの子と姫の姿が掻き消える。
「リュカ!」
すぐさま残された丸い敷物に乗り、数十の魔石に魔力を流す。
しかし私が転移する前に、ボウッと敷物が燃え上がった。
「熱っ」
それはあっという間に灰になってしまう。
「ちっ」
「くそ! 転移先の対の魔法陣を燃やされたか!」
私の舌打ちにかぶせるように、勇者の焦った声が響く。
「大丈夫です。報せの術があります。すぐにあの子の居場所が分かるはず」
私は意識を集中した。
この状況にあの子が恐怖を感じれば、同時に私にそれが届く。
どこだ。どこへ連れて行かれた。
焦燥感のためか、体が熱く、息が苦しくなる。
「あっ!」
私は声を上げた。
あの子の華奢な姿が見える。
大柄な半裸の魔族の男に囚われている。
石造りの壁、下働きらしき数人の魔族の女性、あとは何だ、何が見える。集中しろ。すべてを見通せ。あの子の首筋に赤い線が見える。そこから伝っていく赤い液体。私の心が悲鳴を上げる。すでに傷付けられている! 男が脅すような顔で何かを言う。大きな手があの子の光る手首をつかむ。
「やめろ! やめろ! あああっ! なんてことを!」
絶叫し、わなわなと拳を握る。
「エドゥアール、何が見えた!」
「魔導士殿!」
血が沸騰する。
激情で眩暈がする。
これほどの怒りを感じたことは生涯で初めてだ。
あんなに弱く儚い子に、なぜあんな真似ができる……!!
「許せない……」
食いしばった歯の間から、熱い息が漏れる。
風魔法で足元から暴風が吹き荒れる。
バタバタとローブがはためき、髪が逆巻く。
荒れ狂う心の制御が効かず、魔力が溢れ出していく。
周囲に浮かぶ魔石がパリンパリンと破裂し始める。
いけないと思った。
感情をセーブしないと、私の中に眠っているものが目を覚ましてしまう。
だが、あの子の苦悶の表情が目に焼き付いて離れない。
滾る怒りを抑えられない。
なぜだ。なぜ痛めつける必要がある。
あれほど非力でもろい子に、どうして……!
「殺してやる……!」
殺意を口にした途端に、見える範囲の魔石がすべて派手な音を立てて破裂した。
色とりどりの光に照らされていた道が、一瞬で暗闇に包まれる。
「ま、魔導士殿……!?」
剣士が怯えたように、数歩後退りするのが見える。
自分の体がうっすらと発光しているのが分かる。
私の中にいるものが、まどろみから目覚め始めている。
私の怒りに同調し始めている。
「あの痴れ者め、殺してやる!」
体がふわりと浮き上がる。
風魔法でローブがはためく。
国境へ向かって全力で飛び出そうとした私の体を、勇者がガシリと抱きとめた。
それだけで魔力の衝撃波が広がり、国境までのすべての魔石が破裂して飛び散ったのが分かった。
数万人の兵士のどよめきがここまで届く。
「待てよ! エドゥアール!」
「止めるな!」
勇者につかまれた腕が振りほどけない。
「お前、一人で行く気か!」
「離せ!」
私は渾身の力を込めて勇者を両手で突き飛ばした。
勇者も風魔法で空中にとどまる。
その赤茶の瞳を睨みつける。
「まさかあなたも行く気ですか? さらわれたあの子は偽物ですよ」
すると勇者も、強い力で睨み返してくる。
「その質問をそっくりそのままお前に返してやるよ、エドゥアール。お前が愛していたのは本物のリュカの方だろう? あの偽物のために、お前は命を懸けられるのか?」
国境を無理に越えれば確実にまた戦争になる。
ここまでなりふり構わぬ手段を取る相手なら、どんな危険があるかも分からない。
それに、私の中にいるものが大きくなり過ぎれば……私の心臓はもたないかも知れない。
だが、それが何だ。
勇者があの子に守ると約束したように、私も約束したのだ。
怖いことがあったら、必ず私が助けに行くと。
「え……? に、偽物? 何の話だ……?」
剣士が途惑ったように呟くのが聞こえる。
「フィリベール! 何があった!」
道の先から数十名の足音が近づいて来る。
「殿下!」
「先程の姫は偽物だ! たった今本物の姫が到着したのだ! 偽物を捕らえよ!」
「申し訳ございません! 偽物の姫はリュカを連れて転移陣で……!」
「なんだと!」
王子が愕然と立ち止まる。
風魔法で浮いている私達を見上げて、大声で怒鳴って来た。
「レアンドル! それにエドゥアールまでいて、なぜむざむざリュカを奪われるのだ!」
「ガタガタ騒ぐな、ジュリアン」
「なに?」
「最強の勇者がここにいるんだ。必ず取り戻すさ。ただ、どうしてもこいつの考えていることを知りたくてな」
勇者が私に向き直る。
「質問に答えろ、エドゥアール」
常に自分が正しいと信じている傲慢な目だ。
憎らしくもあり、憧れでもある世界で唯一の勇者。
「あの子が最初に……自分はリュカじゃないと言ったのを覚えていますか」
勇者はピクリと眉を上げた。
「……ああ、覚えている」
「平和で奴隷制の無い国から来たあの子を……何も分かっていないあの子を騙すように抱いて懐かせておいて……お前は愛玩奴隷なのだからと言い聞かせ、不安がるあの子を次の男へ送り出したのは私です」
「それは……」
「こんなにひどい男なのに、あの子は会うたびに駆け寄ってきて、私を信頼しきった目で見つめてきました。いつも笑顔で嬉しそうに『エディ』と……。何度も何度も私の名を呼ぶあの子の声が、今も耳から離れない……」
目を閉じるとあの子の無邪気な笑顔ばかりがちらつく。
深く息を吸い、決意を込めて勇者を、そしてその先の国境を睨む。
「命を懸ける価値があるかと聞きましたね。あるに決まっている。この命に代えても、あの子は私が助け出します」
・
あなたにおすすめの小説
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
魔王に転生したら、イケメンたちから溺愛されてます
トモモト ヨシユキ
BL
気がつくと、なぜか、魔王になっていた俺。
魔王の手下たちと、俺の本体に入っている魔王を取り戻すべく旅立つが・・
なんで、俺の体に入った魔王様が、俺の幼馴染みの勇者とできちゃってるの⁉️
エブリスタにも、掲載しています。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。