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第8話 まさか未来の大魔王さまと
8-(2) 籠の鳥
「うっわ、まじかよ」
ポーションの瓶を片手に、カミーユが駆け寄ってくるのが見えた。
「君、言葉が分からないのか? 逃げようとしたら死ぬって言われただろ? この城は吹雪の石で出来ているんだ。角無し族が裸足で歩くなんて自殺行為だよ」
吹雪の石……どこかで聞いたことがある。
ああ、そうだ、ジュリアンのところで出されたコップに使われていたあの石か……。
キンキンに冷えたジュースは美味しかったけど、直接触るとこんなに強力に体温を奪っていくなんて……。
逃げたら死ぬって、てっきり、そんなことをしたら殺すぞっていう脅し文句かと思っていた。逃げようとしたら凍え死ぬって意味だったのか……。
「うぅ……さむい……たすけ……」
震える声で助けを求める。
「あーもう、めんどくさいなぁ」
カミーユはポーションを持ったまま、片腕で僕を抱え上げた。
「うっわ、軽っ、君軽すぎっ。ひゃぁ、なんなの? ちゃんと食べてんの?」
大げさに騒ぎながら、カミーユは僕を鳥籠の檻へ連れ戻した。
クッションの上へ放り投げるように僕の体をどさっと落とす。
そして、扉の近くにポーションの瓶を置いた。
「ほら、この中ならあったかいから。それから、ポーション、ちゃんと飲めよ。君が死ぬとアランが荒れてなかなか面倒なことになりそうだ。勘弁してくれ」
僕は暖かいクッションに手足を広げる。
じんわりと体が温まって、青白くなっていた指先に血が通っていくのを感じる。
この檻の底には、暖めるための魔法陣のようなものがあるのかもしれない。
カミーユが檻の向こうから、拾ってきた猫を見るような目で見下ろしてくる。途惑いつつも心配してくれているような……。
「あの……」
「ん? なに?」
「お願いです。僕を、勇者様に返してください……」
「あー、そういうめんどくさいことはアランに言ってくれよ。多分、生意気なことを言うなって折檻されるだろうけど」
「でも、きっと、勇者様は僕を取り戻しに来てしまうから……」
「へぇ、君はずいぶんと愛されている自信があるんだ」
愛……?
それはよく分からない。
レオは僕が偽物だと知ってしまった。
僕へ向けられる感情は、きっと本物のリュカへ向けていた感情とは違うと思う。
それでもきっと彼は来る。
「とりあえずさ、まずは生き残ることを考えなよ。アランはけっこう君に執着している。君が死んじゃったら、収拾つかなくなりそうだ」
僕は胸に下げたお守りをつかんだ。
もう二度と死にかけるなよ、と笑った『陽介』の顔が思い浮かぶ。
そうだ、まずは生き残らなくちゃ。
生きて帰って、みんなに謝らなくちゃ。
「はい、分かりました……」
「おー、やっと理解してくれた? 君さ、愛玩奴隷なんだからうまくアランのご機嫌取ってくれよ。そういうの得意だろ」
愛玩奴隷だけど、そんなの得意じゃない……。
みんな優しくて怒ったりしなかったから、アランみたいな怖い人にどう接したらいいのか分からないよ……。
「わぁ……そういう不安そうな顔をしても絵になるね。なんつうか、嗜虐心あおるなぁ。アランが好みそうなタイプだ」
「え……」
顔を上げるとカミーユはじっと僕を見ていた。
「この城はさ、アランの宝物庫みたいなものなんだ。貢がれたものとか、強奪したものとか、とにかくアランが気に入ったものは何でも詰め込まれている。貴重な宝石でも珍しいお香でも豪華な衣装でも何でもあるよ。君さ、なんか欲しいもんある?」
「え……あの、毛布と、何か温かい飲み物を」
まだまだ寒くて体が温まり切っていないのでそう言うと、カミーユはぷっと噴き出した。
「君って話をよく聞いてないよね。どんな宝でもあるって言ってるのに、毛布くれって」
「え……でも、宝なんていりません……」
「へぇ……。君、勇者様から宝石とかもらったりしなかったの?」
僕は首を振った。
レオがくれたのは物じゃない。
「勇者様は、僕を守ってくれるって言いました」
「ふうん、こんな有様じゃ、守られているとは言えないんじゃない?」
「だから……きっとここに来てしまうんです。お願いです、その前に僕を返してください」
「ま、たとえ勇者様でもこの城は落とせないけどね」
カミーユは楽しそうにくくくっと喉を鳴らす。
「え……勇者様は世界最強の英雄なのに?」
「ああ、どんなに魔力があっても関係ないんだ。だって、この城は吹雪の石で出来ている。触っただけでエネルギーを吸われるんだよ。どんなに強い魔法をぶつけても、吹雪の石は全部吸収しちゃうからね」
魔法が効かないお城……。
勇者でも攻め落とせない。
「そうじゃなきゃ、こんなに寒くて不便な城を宝物庫にしたりしないよ」
じゃぁ僕は一生ここから出られないの……?
「そんな顔しなくていいよ。アランに媚びを売ってたっぷり甘えればいいだけだろ? アランは気に入った相手には気前がいいからさ」
僕が困ったように黙ると、カミーユは肩をすくめた。
「うん、まぁとりあえず、毛布と飲み物は用意させるよ」
「ありがとう……あ、あの、それと」
「それと?」
「あの、トイレが無いんですけど」
僕が鳥籠の檻を見回す。
檻の中には敷き詰められたクッション以外に何も無い。
「トイレ?」
「はい、トイレ」
「君、うんことかするの?」
「は? もちろんしますよ」
「ええ?」
ええ?ってなんなの?
「君、まるで作り物みたいにきれいな顔だから、生き物って感じがしなくってさ。ははは、ごめんごめん、それもすぐ用意させるから」
冗談か本気か分からないこと言って、カミーユは笑った。
僕は反応に困って、そんなカミーユをぽかんと見ていた。
「じゃ、まぁ、せいぜいがんばりなよ。アランは切れやすいから気を付けてね。処理がめんどくさいから簡単に死ぬなよー」
勝手なことを言い放って、カミーユは鼻歌交じりに出て行った。
やっぱり、檻の扉は開いたままだった。
がっくりと体の力が抜けたけど、僕は気合を入れてまた起き上がった。
とにかく、まずは、生き残ること。
カミーユが置いて行ったポーションを左手でガシッとつかむ。
コルクの栓を口でキュポっと抜いて、一気に飲み干す。
「うげ……」
それは、とても苦い味がした。
いつも飲んでいたポーションは、とても甘かったのに。
それでまた僕はひとつ気付いた。
僕が飲んでいたポーションはいつもエディの用意したものだった。きっと、僕のために……リュカのために、エディは甘い味付きのものを用意してくれていたんだ……。
エディ……。
いつも、いつも、僕を優しく気にかけてくれた。
きっと僕の気付かないところで、常に僕を守ってくれていたんだ。
会いたい……。
また同じことを考えてしまう。
もう、それが無理なことは分かっているのに……。
もしもアランを説得できてあの国に戻れたとしても、僕はレオの専属奴隷だ。
レオは偽物の僕でさえも必ず守ると言ってくれた。
勇者レアンドルはあんなにまっすぐで裏表がなくて素敵な人なのに。
それなのに。
「エディ……」
どうして、僕が会いたいのはエディなんだろう……?
カミーユは僕が言ったものを全部用意してくれた。
毛布も、飲み物も、そしてトイレも。
さっきまで観賞用の鳥籠みたいだった檻も、トイレの壺を置いたら一気に刑務所の独房みたいな雰囲気になってしまった。それで、カミーユはどこからか衝立を持ってきたんだけど、それが魔獣大集合みたいなすごく怖い絵が描かれていたので、さっきからカミーユが腹を抱えて笑っている。
「あっはっはっは、君、魔獣に食べられちゃいそうだね。アランの趣味だからこんなのしか無かったんだ、くくくっ、はははは」
どこがどう笑いのツボにはまったのか分からなくて、僕は首を傾げた。
毛布にくるまって温かいお茶を飲みながら、そんなことよりアランをどうやって説得しようかと考えていた。
「あ、ちなみに夜はアランの寝室に行ってもらうから。その前に身支度しないとね」
「えっ!」
「何をいちいち驚いてんのさ、愛玩奴隷なんだから何をすればいいか分かるだろ」
愛玩奴隷が何をするのか。
実はちゃんと分っていない。
僕はあの四人に身をまかせていただけで、自分から何かをしたことが無いのだ。
王宮の調教も受けていないし、あまり詳しい知識も無い……。
でも、これはアランと話をするチャンスだ。
アランだって一国の王子様なんだから戦争になったら困るはずだ。
「あの人は、どうしてこんなことをしたんですか」
カミーユは片眉を上げて僕を見た。
「王子様ならお相手はいくらでもいますよね。どうしてわざわざ勇者様の……いえ、愛玩奴隷の僕なんかをさらってきたんですか」
国境の閉じられた他国へ入ってまで、危険を冒してさらってくるなんて、よっぽどの動機が無ければするはずがない。恋人を取り戻すためとか、生き別れた兄弟姉妹を助けるためとか、やむにやまれぬ事情があるなら分かるけど、僕とアラン王子にはまったく接点が無い。
「理由なんて無いんじゃない? 欲しくなった。それだけ。アランは欲しいものを我慢したりしないんだ」
「そんな……」
「アランのことはアランに聞きなよ。機嫌を損ねるとこわーいお仕置きされるだろうけどね」
カミーユは笑う。
その後、君はもうちょっと太った方がいいと言ってお茶やお菓子をたくさん持ってきてくれたけど、いつも軽薄に笑っていてカミーユの本心はよく分からなかった。
一人になり、高いところにある窓から日が入らなくなると、僕が入っている鳥籠みたいな檻がうっすらと光り始めた。驚いて見ている内に、繊細な細工にはめられた宝石もぽうっと発光し始める。クッションの下の温度が上がってきたようだった。
この檻は、きれいなだけじゃなくて、自動で温度調節ができるんだ。なにか珍しい鳥でも飼うように作られたものなのかもしれない。ここは異世界だし、人間より大きな鳥もいるのかもしれないし。
まぁ、今は僕こそが籠の鳥なんだけど……。
ポーションのおかげか、体調はだいぶ良くなってきていたので、僕は檻をよく見てみようと立ち上がった。
その時、部屋の中に女の人がぞろぞろと入って来た。全部で五人いる。カミーユと同じ民族衣装っぽい造りの服だけど、濃紺の無地で一切の飾りが無かった。
「身支度のお手伝いをさせていただきます」
一人が代表するみたいに言うと、洗浄薬や着替えを持ってずいずいと檻の中に入ってくる。
「え、あの、自分で……待って、じ、自分で……え、やんっ、あっ」
必死で抵抗したけど、女の人は数に物を言わせて僕を押さえつけ、有無を言わさず僕の身支度を始める。服を脱がされ、洗浄され、右手の包帯を新しいものに替えられ、違う服に着替えさせられる。女の人達の手は乱暴ではなかったけど、男の僕を裸にすることに対して、遠慮も容赦も無かった。
「あ! それはだめ。お守りなんです。返してください!」
僕が手を伸ばすと、女の人の一人がそれを持って檻を飛び出した。
「怪しいものはすべてアラン様に報告いたします」
「待って!」
追いかけようとすると、残りの四人に押さえつけられた。
僕は一応男だけれど筋肉がほとんどついていなくて、この女の人達より腕力が無い。
「あれは大事なものなんです!」
「アラン様に許可を取ってください」
「そんな! 別に危ないものじゃありません。ただのお守りです」
「ここではアラン様の許しが無いものは、身に着けられません」
「でも……!」
「そうそう、ここではアランが神様なんだよぉ。わがままを通したかったら、せいぜい媚を売ってかわいがってもらうしかない」
いつのまにか、カミーユが来ていた。
お守りを持った女の人が小走りで部屋を出て行く。
「待って、返して!」
「ずいぶんと必死だね。そんなに大事なものだったの?」
僕はカミーユにうなずく。
「妹の、形見です……」
リュカの妹のリナさんの思いが詰まっている。
そして僕にとっては、『陽介』との大事な思い出の品だ。
「じゃあ、ますますアランのご機嫌取りをしなくちゃね。うん、その服よく似合っているよ」
僕が着せられていたのは、袖にも裾にもたっぷりと生地を使った青いワンピースのようなものだった。光沢のある生地で、胸から袖にかけて羽を広げた鳥の刺繍がされている。袖も裾もだらりと引きずっているデザインで、とにかく動きづらい形の服だった。それから、額のところに青い宝石が付いた金の鎖みたいなものも付けられた。
この世界の、しかも魔族の国の常識は分からないけれど、なんだかこれは女性用の服みたいな気がする。
「かわいい服を用意してやったんだから、ちゃんとご奉仕するんだよ」
ご奉仕……。
僕は愛玩奴隷のくせに、今までご奉仕らしいご奉仕をしたことが無い。
いつも優しく触られて、訳が分からないくらいに気持ち良くしてもらっていただけ……。
「何で不安そうな顔してんの?」
「僕、あの、ご奉仕とか……あんまりうまくできなくて……」
蒼ざめてカミーユを見ると、ぶはっと噴き出して大笑いしてくる。
「愛玩奴隷がなに言っちゃってんの? ちょっとおもしろすぎるんだけど?」
「で、でも」
「あのさ、そういう清純ぶったのが勇者の好みだったのかもしれないけど、アランは違うからさ」
と、急に冷たい顔になる。
「あいつに言われたことには逆らうなよ。本気で殺されるから」
脅し文句というよりも、自分も怯えているような顔でカミーユは言った。
その怯えが移ったかのように、僕の体がぶるっと震えた。
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