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第8話 まさか未来の大魔王さまと
8-(4) 余のものになれ
僕に靴は与えられなかった。
魔族の国は常夏の国らしい。
本来は燦燦と照る太陽と輝く海が魅力だという。
だけどただ一か所、一年中吹雪に閉ざされている常冬の山があって、そこから切り出してきた石を使ってお城を作ったから、このお城も一年中吹雪に閉ざされているのだという。
城から外に一歩でも出れば夏。
外から城に一歩でも入れば冬。
うん、まごうことなきファンタジー世界のお城だ。
でも、僕はその一歩を歩くことも出来ない。
城の床も壁も氷点下の冷たさで、特殊な毛皮の靴が無いと歩くだけで凍えてしまう。靴の無い僕は一人で歩き回ることが出来ないから、どうやっても自力で逃げるのは不可能だった。
カミーユに抱えられて、アランの寝室に連れてこられた。
「アラン、お待ちかねのかわいこちゃんを連れて来たよ」
中から「入れ」と声がする。
紺色の服の女の人達が一緒についてきていて、両開きになっている重そうな扉を数人がかりでこちら側へ開いていく。僕がいる冷たい廊下へ、部屋の中からふわっと暖かい空気が流れ出してきた。
部屋の中を見て、僕はパチパチと瞬きをしてしまった。
そこは、なんというか、一言で表現するなら『ごてごて』だった。
まるで子供のおもちゃ箱の中みたいに色が溢れていて、まったくもって統一感が無い。
派手な絵画や壺や宝石や、獣のはく製みたいなものや、剣とか槍とか大きな鏡まであるけれど、飾るというより無造作に置いてあるだけという感じだ。
広い部屋だから圧迫感は無いけれど、とても洗練されているとは言えない空間だった。
奥の方に三段だけの短い階段があって、登った先は床が高くなっている。カーテンのように布が垂れているので、高くなっているところの中は見えない。部屋の中にはベッドが無いから、もしかしたらあそこが寝台なのかもしれない。
アランは角のある狼の頭が付いた大きな毛皮に寝そべっていて、片手に透明なグラスを持っていた。そういえばこの世界に来てから、初めて見たガラス製品だ。
「うっわ、いくつ魔石を使ったの? 城の主の僕の部屋よりあったかくしてない?」
「文句があるのか」
「まさか、未来の大王様に文句なんか無いよ」
「じゃぁ無駄口叩いていないでさっさと入れ」
短い命令にカミーユが僕を抱えたまま部屋に入る。暖炉のようなものは見えないけど、確かに中はすごく暖かかった。
でも、ここはアランのお城じゃなくてカミーユのお城なんだということに驚く。
なんでアランの方が偉そうにしているんだろう。
カミーユはアランの靴まで履かせてやっていたし。
カミーユに降ろされ、おっかなびっくり裸足で立つと、床はあの凍える石ではなくて木の板だった。
アランがグラスを置いて起き上がり、胡坐をかいて値踏みするように僕を見あげてくる。
その金色の目に見られただけで、ぎくりと体がすくんでしまう。
無意識に、左手で右手の手首をかばっていた。
「ふん、まぁ悪くない」
「でしょ、かわいいよね」
カミーユが後ろに合図すると、一緒について来ていた女の人の一人がアランのそばにコトリと小さな瓶を差し出す。
アランが眉を上げてカミーユを見る。
「これは?」
「男の子とするとき専用の洗浄薬だよ。女性の体と違って自然には濡れないからさ、傷つけないようにちゃんと使ってね」
アランは物珍しそうに瓶を見てから、僕の方へ片手を伸ばしてきた。
「来い」
「ほら、行って」
カミーユが僕の背中をぐいっと押してくる。
怖さをこらえてアランに近づくと、腰をつかまれ引き寄せられた。バランスを崩して、アランの胸に倒れ込む。
「あ……」
アランは僕を抱きとめ、胡坐をかいた膝の上に僕を乗せた。
「お前はずいぶんと軽いな。美しいが、痩せすぎだ。勇者どもはちゃんと餌を与えなかったのか」
大きな手が僕の髪をかき上げ、頬から首を撫でてくる。
ぞわっと恐怖が這い上り、僕は思わずギュッと目を閉じた。
撫でていた手がピクリと止まる。
「何を震えている」
アランは僕の顎をつかんで、自分の方を向かせた。
「余が怖いのか」
こ、怖いに決まっている。
さらってくるなり魔法で右手を焼いて、目を覚ますなり強く首を絞めてくる。
そんな乱暴な男を怖がらない人がいる?
「あ……あの……」
怖いけど、でも、ちゃんと説得しなくちゃ。
レオがここに来たら、どうなるか分からない。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
「………えしてください……」
「ん?」
「僕を勇者様のところに返してください……そうじゃないときっと、勇者様は国境を越えて……」
ガツンと強い衝撃があって、僕は毛皮の上に倒れていた。
あれ? 何が起こったの?
耳がキーンと鳴っている。
ぐわんぐわんと眩暈がする。
「ちょっとアラン!」
カミーユが慌てて膝をついて、僕を覗き込む。
速すぎてよく分からなかったけど、多分、殴られたらしい。
僕は倒れたまま起き上がれなくなっていた。
「あーあーもう、だから逆らうなって言ったのに」
カミーユが僕を見下ろしてため息を吐いている。
「アランもさ、もうちょっと優し……」
「うるさい、黙れ」
アランが近づき、ぐいっと僕の体を起こす。
金の目が怒りをたたえている。
「なぜだ、何が違う。なぜ余に対しては素直に出来ぬ。あの時は、大きな男に組み伏せられても楽しそうに笑っていたではないか」
あの時……?
「男に媚びを売ってすり寄るのが愛玩奴隷の本質であろうが。あの軍の野営地でも、森の温泉でも、いつも何人もの男に甘えていたではないか」
ああ、そうか。フィルが言っていた遠見の術で覗いていた角のある猿って、やっぱりこの人のことなんだ。
「ほら、笑え。笑って見せろ。そんな青白い顔を見たくてさらってきたのではないぞ」
「アラン、頭を殴った後にゆすっちゃだめだよ!」
カミーユが止めに入って、僕の体は毛皮の上にゆっくり降ろされた。
「ポーション持ってきて!」
カミーユの声に女の人が走り出す。
「俺は一日一回しか癒しの魔法が出来ないって言っただろ? ポーションでの回復には限界があるんだからさ」
「奴隷の分際で余に逆らうとは、殺されたがっているとしか思えぬ」
「だからって、本当に殺すの? 何のためにさらってきたのさ」
「何のため……?」
アランがすぐそばに来て僕を見下ろす。
大きな手が頬に触れてくる。
怖くてビクッと体がこわばってしまう。
「リュカ」
アランは初めて僕の名前を呼んだ。
「リュカ、もう何もせぬ。触れたぐらいでビクビクするな」
「は、はい……」
声を絞り出して返事をすると、アランはホッとしたように息を吐いた。
アランは両手で、僕の頬を包んだ。
「カミーユ、お前は他にこれほど美しい少年を見たことがあるか」
「え……。そりゃこの子はきれいだとは思うけど」
アランの手は僕の頬を包んだまま動かない。
「この顔が笑うとさらに数倍も美しいのだ。この者が男に抱かれて感じておる姿は、痺れるほどに美しかったのだ……」
ああ、アランは僕を知らない。
きれいなのは外見だけなのに。
この体の中にいるのは嘘つきで卑屈な醜い魂なのに。
アランがじっと僕を見つめる。
視線をそらすとまた不機嫌になると思って、僕は震えながらも見つめ返す。
アランはぱっと手を離して、そばにあったお酒のグラスをあおった。
「まったく、このようにぶるぶる震えておっては、何も楽しくない。つまらぬ……」
石の廊下を走る足音が近づいて来る。
「ああ、やっと来た」
女の人からポーションを受け取って、カミーユが僕の上半身を抱き上げる。
「ほら、飲んで」
口につけられた瓶がちょっとずつ傾けられる。
僕は苦いポーションをゆっくりと飲んだ。
飲み終わったポーションの瓶を女の人に渡した後、カミーユはポンと両手を叩いた。
「あっ、そうだ。それならいっそ、隷属の術をかけちゃえば? そうしたら素直に微笑んで足を開くだろ?」
軽い口調で言われた恐ろしい言葉に、僕は驚いて首を振る。
「や……」
「あの術は好かぬ。媚び方が不自然で気持ち悪いだろう」
「そりゃ魔法で心を縛るんだからそうなるよ。それにまぁ、こんなに聞き分けの無い子に隷属の術をかけたら数ヶ月で死んじゃうかもしれないけど」
僕の体はまた震えた。
カミーユは実はアランより怖い人かもしれない。
僕を人形か何か、まるでアランの玩具のように思っている。
アランがぼそりと何かを言った。
「……たいわけじゃない……」
「え、なんて?」
「殺したいわけじゃない。殺したくて連れて来たのではないのだ……」
背中を向けて発せられた小さな声が、僕の耳にも届いた。
僕を殺すつもりが無いなら、ちゃんと聞いて欲しい。
こんなバカげたことで、戦争を起こさないで欲しい。
「お願いです……アラン様……。僕がここにいると、勇者様が国境を破って来てしまう。せっかく終わった戦争が、また始まってしまうんです……」
その時、また別の女の人が入ってきて、慌てたようにカミーユに手紙のようなものを渡した。カミーユはそれを開いてさっと目を通すと、ああっと声を上げた。
「その子の言う通りになっちゃったよ! 国境の結界が完全に壊されて誰か入って来ちゃったって! しかも昨日のことだ。アランが自分の居場所を隠しているから王城ではみんな右往左往しているみたいだね。どうする、アラン? 王城に戻る?」
カミーユの声は焦っているようなのに、どことなく楽しそうな響きも混じっていた。
言われたアランも全く焦る様子を見せず、軽く首を回した。
「王城の爺どもの顔なぞ見たくも無い」
「あはは、アランてほんとわがまま。また戦争になっても知らないよ」
「父上は?」
「まだ俺のところには何にも言って来てない。でもここにアランがいるってことは、いずればれるよ。父上はまだ世界教会にいるんだよね。うわぁ、きっと、怒ってるよー。帰ってきたらどんな罰を受けるか」
「この城の備蓄は?」
「え? ちょっと、話聞いてた?」
「カミーユ」
「……まさか、ここに籠城する気?」
「それもひとつの選択肢だ。父上だろうが勇者だろうが、この吹雪の城は誰も攻め落とせぬ」
「そうだけどさ、あー、結局俺も巻き込まれたなぁ」
「愚痴は後にしろ。備蓄は?」
「20日分くらいしかないよ」
「まぁ、それくらいあればよい」
「どうする気?」
アランは横たわっている僕の唇をぷにっと指で押した。
「リュカを余のものにする」
「え? さらってきた時点でもうアランのものでしょ?」
「違う、余に惚れさせるのだ」
ん?
狂犬みたいな目をした怖い人が、なんか変なことを言ったよ。
カミーユが困ったように目をぱちぱちさせている。
「えーっと、隷属の術で?」
「それは使わぬと言ったであろう。余に心の底から惚れさせるのだ。そして勇者などよりアラン様が良いと言わせるのだ。あの正義面の偽善ぶった男が、惚れている者同士を引き離したりはせぬであろう?」
「えーっと」
「愛し合う恋人同士が逃げただけだと舞台劇のような美談を作って、戦争も回避すればよいではないか。勇者が身を引けば一件落着だ」
「えーっと」
カミーユは次にどう言えばいいか、分からなくなったみたいだ。
横で聞いていた僕も、何が何だか分からなくなってきた。
さっきまで僕を殺しそうだった人が、愛し合う恋人になる?
ホラー映画を見ているつもりで、途中からラブコメに変わっちゃったくらいに、意味が分からなかった。
「でもちょっと、そういうのは難しくないかな? 勇者はこの子をかなり溺愛してたみたいだよ。アランはさ、何ていうか、容姿も体躯も魔力も恵まれているけど、勇者とはちょっとタイプが違うというかさ」
カミーユがしどろもどろに、やめさせようとする。
「あの頭の悪そうな勇者より、余の方が良い男に決まっている」
アランは僕を見下ろして言った。
「リュカ。奴隷には想像も出来ぬほどの贅の限りを尽くさせてやる。どんな望みも思うがままだぞ」
そして晴れやかに笑った。
「リュカ、余のものになれ」
その笑顔は自信に満ち溢れていて、自分こそが世界の主役だと一切疑っていないようだった。
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魔族の国は常夏の国らしい。
本来は燦燦と照る太陽と輝く海が魅力だという。
だけどただ一か所、一年中吹雪に閉ざされている常冬の山があって、そこから切り出してきた石を使ってお城を作ったから、このお城も一年中吹雪に閉ざされているのだという。
城から外に一歩でも出れば夏。
外から城に一歩でも入れば冬。
うん、まごうことなきファンタジー世界のお城だ。
でも、僕はその一歩を歩くことも出来ない。
城の床も壁も氷点下の冷たさで、特殊な毛皮の靴が無いと歩くだけで凍えてしまう。靴の無い僕は一人で歩き回ることが出来ないから、どうやっても自力で逃げるのは不可能だった。
カミーユに抱えられて、アランの寝室に連れてこられた。
「アラン、お待ちかねのかわいこちゃんを連れて来たよ」
中から「入れ」と声がする。
紺色の服の女の人達が一緒についてきていて、両開きになっている重そうな扉を数人がかりでこちら側へ開いていく。僕がいる冷たい廊下へ、部屋の中からふわっと暖かい空気が流れ出してきた。
部屋の中を見て、僕はパチパチと瞬きをしてしまった。
そこは、なんというか、一言で表現するなら『ごてごて』だった。
まるで子供のおもちゃ箱の中みたいに色が溢れていて、まったくもって統一感が無い。
派手な絵画や壺や宝石や、獣のはく製みたいなものや、剣とか槍とか大きな鏡まであるけれど、飾るというより無造作に置いてあるだけという感じだ。
広い部屋だから圧迫感は無いけれど、とても洗練されているとは言えない空間だった。
奥の方に三段だけの短い階段があって、登った先は床が高くなっている。カーテンのように布が垂れているので、高くなっているところの中は見えない。部屋の中にはベッドが無いから、もしかしたらあそこが寝台なのかもしれない。
アランは角のある狼の頭が付いた大きな毛皮に寝そべっていて、片手に透明なグラスを持っていた。そういえばこの世界に来てから、初めて見たガラス製品だ。
「うっわ、いくつ魔石を使ったの? 城の主の僕の部屋よりあったかくしてない?」
「文句があるのか」
「まさか、未来の大王様に文句なんか無いよ」
「じゃぁ無駄口叩いていないでさっさと入れ」
短い命令にカミーユが僕を抱えたまま部屋に入る。暖炉のようなものは見えないけど、確かに中はすごく暖かかった。
でも、ここはアランのお城じゃなくてカミーユのお城なんだということに驚く。
なんでアランの方が偉そうにしているんだろう。
カミーユはアランの靴まで履かせてやっていたし。
カミーユに降ろされ、おっかなびっくり裸足で立つと、床はあの凍える石ではなくて木の板だった。
アランがグラスを置いて起き上がり、胡坐をかいて値踏みするように僕を見あげてくる。
その金色の目に見られただけで、ぎくりと体がすくんでしまう。
無意識に、左手で右手の手首をかばっていた。
「ふん、まぁ悪くない」
「でしょ、かわいいよね」
カミーユが後ろに合図すると、一緒について来ていた女の人の一人がアランのそばにコトリと小さな瓶を差し出す。
アランが眉を上げてカミーユを見る。
「これは?」
「男の子とするとき専用の洗浄薬だよ。女性の体と違って自然には濡れないからさ、傷つけないようにちゃんと使ってね」
アランは物珍しそうに瓶を見てから、僕の方へ片手を伸ばしてきた。
「来い」
「ほら、行って」
カミーユが僕の背中をぐいっと押してくる。
怖さをこらえてアランに近づくと、腰をつかまれ引き寄せられた。バランスを崩して、アランの胸に倒れ込む。
「あ……」
アランは僕を抱きとめ、胡坐をかいた膝の上に僕を乗せた。
「お前はずいぶんと軽いな。美しいが、痩せすぎだ。勇者どもはちゃんと餌を与えなかったのか」
大きな手が僕の髪をかき上げ、頬から首を撫でてくる。
ぞわっと恐怖が這い上り、僕は思わずギュッと目を閉じた。
撫でていた手がピクリと止まる。
「何を震えている」
アランは僕の顎をつかんで、自分の方を向かせた。
「余が怖いのか」
こ、怖いに決まっている。
さらってくるなり魔法で右手を焼いて、目を覚ますなり強く首を絞めてくる。
そんな乱暴な男を怖がらない人がいる?
「あ……あの……」
怖いけど、でも、ちゃんと説得しなくちゃ。
レオがここに来たら、どうなるか分からない。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
「………えしてください……」
「ん?」
「僕を勇者様のところに返してください……そうじゃないときっと、勇者様は国境を越えて……」
ガツンと強い衝撃があって、僕は毛皮の上に倒れていた。
あれ? 何が起こったの?
耳がキーンと鳴っている。
ぐわんぐわんと眩暈がする。
「ちょっとアラン!」
カミーユが慌てて膝をついて、僕を覗き込む。
速すぎてよく分からなかったけど、多分、殴られたらしい。
僕は倒れたまま起き上がれなくなっていた。
「あーあーもう、だから逆らうなって言ったのに」
カミーユが僕を見下ろしてため息を吐いている。
「アランもさ、もうちょっと優し……」
「うるさい、黙れ」
アランが近づき、ぐいっと僕の体を起こす。
金の目が怒りをたたえている。
「なぜだ、何が違う。なぜ余に対しては素直に出来ぬ。あの時は、大きな男に組み伏せられても楽しそうに笑っていたではないか」
あの時……?
「男に媚びを売ってすり寄るのが愛玩奴隷の本質であろうが。あの軍の野営地でも、森の温泉でも、いつも何人もの男に甘えていたではないか」
ああ、そうか。フィルが言っていた遠見の術で覗いていた角のある猿って、やっぱりこの人のことなんだ。
「ほら、笑え。笑って見せろ。そんな青白い顔を見たくてさらってきたのではないぞ」
「アラン、頭を殴った後にゆすっちゃだめだよ!」
カミーユが止めに入って、僕の体は毛皮の上にゆっくり降ろされた。
「ポーション持ってきて!」
カミーユの声に女の人が走り出す。
「俺は一日一回しか癒しの魔法が出来ないって言っただろ? ポーションでの回復には限界があるんだからさ」
「奴隷の分際で余に逆らうとは、殺されたがっているとしか思えぬ」
「だからって、本当に殺すの? 何のためにさらってきたのさ」
「何のため……?」
アランがすぐそばに来て僕を見下ろす。
大きな手が頬に触れてくる。
怖くてビクッと体がこわばってしまう。
「リュカ」
アランは初めて僕の名前を呼んだ。
「リュカ、もう何もせぬ。触れたぐらいでビクビクするな」
「は、はい……」
声を絞り出して返事をすると、アランはホッとしたように息を吐いた。
アランは両手で、僕の頬を包んだ。
「カミーユ、お前は他にこれほど美しい少年を見たことがあるか」
「え……。そりゃこの子はきれいだとは思うけど」
アランの手は僕の頬を包んだまま動かない。
「この顔が笑うとさらに数倍も美しいのだ。この者が男に抱かれて感じておる姿は、痺れるほどに美しかったのだ……」
ああ、アランは僕を知らない。
きれいなのは外見だけなのに。
この体の中にいるのは嘘つきで卑屈な醜い魂なのに。
アランがじっと僕を見つめる。
視線をそらすとまた不機嫌になると思って、僕は震えながらも見つめ返す。
アランはぱっと手を離して、そばにあったお酒のグラスをあおった。
「まったく、このようにぶるぶる震えておっては、何も楽しくない。つまらぬ……」
石の廊下を走る足音が近づいて来る。
「ああ、やっと来た」
女の人からポーションを受け取って、カミーユが僕の上半身を抱き上げる。
「ほら、飲んで」
口につけられた瓶がちょっとずつ傾けられる。
僕は苦いポーションをゆっくりと飲んだ。
飲み終わったポーションの瓶を女の人に渡した後、カミーユはポンと両手を叩いた。
「あっ、そうだ。それならいっそ、隷属の術をかけちゃえば? そうしたら素直に微笑んで足を開くだろ?」
軽い口調で言われた恐ろしい言葉に、僕は驚いて首を振る。
「や……」
「あの術は好かぬ。媚び方が不自然で気持ち悪いだろう」
「そりゃ魔法で心を縛るんだからそうなるよ。それにまぁ、こんなに聞き分けの無い子に隷属の術をかけたら数ヶ月で死んじゃうかもしれないけど」
僕の体はまた震えた。
カミーユは実はアランより怖い人かもしれない。
僕を人形か何か、まるでアランの玩具のように思っている。
アランがぼそりと何かを言った。
「……たいわけじゃない……」
「え、なんて?」
「殺したいわけじゃない。殺したくて連れて来たのではないのだ……」
背中を向けて発せられた小さな声が、僕の耳にも届いた。
僕を殺すつもりが無いなら、ちゃんと聞いて欲しい。
こんなバカげたことで、戦争を起こさないで欲しい。
「お願いです……アラン様……。僕がここにいると、勇者様が国境を破って来てしまう。せっかく終わった戦争が、また始まってしまうんです……」
その時、また別の女の人が入ってきて、慌てたようにカミーユに手紙のようなものを渡した。カミーユはそれを開いてさっと目を通すと、ああっと声を上げた。
「その子の言う通りになっちゃったよ! 国境の結界が完全に壊されて誰か入って来ちゃったって! しかも昨日のことだ。アランが自分の居場所を隠しているから王城ではみんな右往左往しているみたいだね。どうする、アラン? 王城に戻る?」
カミーユの声は焦っているようなのに、どことなく楽しそうな響きも混じっていた。
言われたアランも全く焦る様子を見せず、軽く首を回した。
「王城の爺どもの顔なぞ見たくも無い」
「あはは、アランてほんとわがまま。また戦争になっても知らないよ」
「父上は?」
「まだ俺のところには何にも言って来てない。でもここにアランがいるってことは、いずればれるよ。父上はまだ世界教会にいるんだよね。うわぁ、きっと、怒ってるよー。帰ってきたらどんな罰を受けるか」
「この城の備蓄は?」
「え? ちょっと、話聞いてた?」
「カミーユ」
「……まさか、ここに籠城する気?」
「それもひとつの選択肢だ。父上だろうが勇者だろうが、この吹雪の城は誰も攻め落とせぬ」
「そうだけどさ、あー、結局俺も巻き込まれたなぁ」
「愚痴は後にしろ。備蓄は?」
「20日分くらいしかないよ」
「まぁ、それくらいあればよい」
「どうする気?」
アランは横たわっている僕の唇をぷにっと指で押した。
「リュカを余のものにする」
「え? さらってきた時点でもうアランのものでしょ?」
「違う、余に惚れさせるのだ」
ん?
狂犬みたいな目をした怖い人が、なんか変なことを言ったよ。
カミーユが困ったように目をぱちぱちさせている。
「えーっと、隷属の術で?」
「それは使わぬと言ったであろう。余に心の底から惚れさせるのだ。そして勇者などよりアラン様が良いと言わせるのだ。あの正義面の偽善ぶった男が、惚れている者同士を引き離したりはせぬであろう?」
「えーっと」
「愛し合う恋人同士が逃げただけだと舞台劇のような美談を作って、戦争も回避すればよいではないか。勇者が身を引けば一件落着だ」
「えーっと」
カミーユは次にどう言えばいいか、分からなくなったみたいだ。
横で聞いていた僕も、何が何だか分からなくなってきた。
さっきまで僕を殺しそうだった人が、愛し合う恋人になる?
ホラー映画を見ているつもりで、途中からラブコメに変わっちゃったくらいに、意味が分からなかった。
「でもちょっと、そういうのは難しくないかな? 勇者はこの子をかなり溺愛してたみたいだよ。アランはさ、何ていうか、容姿も体躯も魔力も恵まれているけど、勇者とはちょっとタイプが違うというかさ」
カミーユがしどろもどろに、やめさせようとする。
「あの頭の悪そうな勇者より、余の方が良い男に決まっている」
アランは僕を見下ろして言った。
「リュカ。奴隷には想像も出来ぬほどの贅の限りを尽くさせてやる。どんな望みも思うがままだぞ」
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「リュカ、余のものになれ」
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