異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第8話 まさか未来の大魔王さまと

8-(5) 求愛

 翌日、鳥籠の檻の前は宝物でひしめいていた。
 金銀財宝ざっくざく。

 木箱に満杯に入った金貨とか、キラキラ目に眩しい宝石類とか、派手な色彩の彫刻とか絵とか、くるくる巻かれた古そうな書物とか、装飾過剰な剣とか槍とか盾とか、それから……。

 ああ、なんだか目がチカチカしてきた。

「あの、これはいったい……」
「全部君にあげるんだって」

 檻の外で、カミーユが呆れたように言った。

「そんな、僕、困ります……」
「だろうね」

 くすくすとカミーユは笑っている。

「アランは常にモテモテだったから自分から求愛するのが初めてなんだよ。贈り物をするぐらいしか、方法が思いつかないんじゃないかなぁ」

 今日も僕はだらりと裾の長いドレスを着せられている。
 女性の服を着せられることに対しての不満は特に無いんだけれど、実はこれ、トイレの時にすごく不便なのだ。
 今日はやたらと人の出入りがあるから、人の来ない時を見計らってササッと済ませなくちゃならない。ポーションのおかげか右手にも少し力が入るようになったけれど、まだ痛みがあるので、右利きの僕には困った状況だった。

「おっと、御大おんたいのご登場だ」

 カミーユの声にハッとして、部屋の入り口に顔を向ける。

 アランは女の人達をぞろぞろと引き連れて入って来た。
 昨日より、さらにきらびやかに着飾っている。今日は黒の地に無数の宝石が縫い付けてあるみたいな服で、頭の角にも同じような宝石が細い鎖と共に巻き付いている。

「リュカ」

 精悍な顔が、晴れた空のようにさわやかに笑う。

 昨日までの恐怖の大魔王みたいな雰囲気は微塵も感じられない。
 こうやってちゃんと見ると、アランはモデルみたいにすらりとしていてものすごく見栄えがする。

「甘い菓子を持ってきたぞ」

 アランは後ろの女の人達に合図する。
 鳥籠の檻の中に、女の人達が入ってきて、カラフルなお菓子を乗せたお盆をクッションの上にいくつも並べていく。

「ありがとう……ございます……」

 お礼を言うとアランは嬉しそうに笑い、女の人にブーツを脱がせて鳥籠に入って来た。

 大きな手が僕の髪に触れてくる。
 僕の体はびくっと固まる。
 アランが少し途惑ったような顔をした。

 僕はいじめられていたからか、暴力が人一倍怖い。
 学校の不良達はよくふざけて殴る蹴るの暴行をしてきたけれど、僕の手を火で焼いたりまではしなかった。
 だから今、僕にとってはアランという存在が一番怖い。
 たとえアランが暴力をふるうつもりが無いとしても、僕の体は条件反射みたいに硬直してしまう。

「もう殴らぬ。軽く小突いただけであんな風に倒れるとは思わなかったのだ。お前のこの体がひどく弱いことはもう学んだ」

 アランは僕に目線を合わせるようにかがんで、胸元の合わせ目から何かを取り出した。

「これを返そう。大事なものだそうだな」

 大きな褐色の手のひらに乗っていたのは、お守りの入った革袋だった。

「あっ」

 僕は飛びつくようにそれをつかんだ。
 あわてて袋を開いて中身を出す。
 三つ目の神様の人形は、元の通りに三つのうちの二つの目にひびが入った状態だった。最後のひとつの目玉はまだきれいなままだ。
 アランが急に態度を変えたのはこのお守りのおかげかと思ったんだけど、そうではなかったみたいだ。

 願いを叶えてくれてもそうでなくても、これは『陽介』からもらった大事なお守りだ。
 僕は人形を革袋にいれて左の手のひらでぎゅっと包み込んだ。
 顔を上げて、目の前のアランに笑いかける。

「返してくれて、ありがとうございます……!」

 アランはなぜか驚いたように瞬きした。
 そして眩しいものを見るように、少し目を細めた。

「リュカ、少し……触れても良いか」
「は、はい……」

 アランはゆっくりと両手を広げ、そっと僕の体を抱きしめた。
 卵からかえったばかりの鳥の雛を触るような、優しく静かな抱擁だった。

「リュカの体は温かいな」

 そういうアランの体もとても温かかった。
 次第に体の震えがおさまっていく。

 アランはゆっくりと体を離して僕を見る。

「初めから、こうすれば良かったのだな……」

 大きな手が僕の頬に触れてくる。

「今日の夕食は一緒に食べよう。何か食べたいものはあるか」

 うーん、ご飯とみそ汁と納豆って言っても通じないよね?

「えっと……僕は料理の種類をあまり知らないので……」

 アランが眉根を寄せる。

「勇者はリュカにちゃんとした食事を与えていたのか」

 あ……なんか違う方に誤解しているかも?

「は、はい、勇者様はいつも優しいです! いつも自分が食べるものと同じものを僕に与えてくれます」
「そうか、ならばいいが……。リュカがあまりに痩せているのでな」

 アランの手が僕のウエストを計る様につかんでくる。

 僕の体が痩せているのは愛玩奴隷として成長期に食事量を制限されたことと、何度も死にかけていることと、魔力が枯渇したことがあるせいで……。

「あ……魔力……」
「どうした」
「あの、僕の体は、ええと、魔力が不足しているらしいんです。それで、大魔導士様が時折魔力を補充してくれていたのですけれど……」

 アランが檻の外にいたカミーユに目を向ける。
 カミーユはぶんぶんと首を振った。

「俺には無理だよ。人に魔力をあげられるほどの魔力量も技術も無いってば」
「では急ぎ、高位の魔導士を手配しろ」
「はぁ? そう簡単に言うけどさ……」
「金はいくらでも出す」
「もう、分かったよ。王城の伝手つてを頼ってみる」

 カミーユがカツカツと早足で離れていく。

「アラン様、僕を勇者様へ返してください。あちらの国には癒しの大魔導士様がいらっしゃ……」

 アランは片手で僕の口をふさいだ。

「リュカは本当に人の話を聞かぬな……。もう一度言っておく。リュカ、余のものになれ。身も心も余に捧げよ」

 金色の目が、射るように見つめてくる。
 僕の体がまた条件反射のようにカタカタと震え出す。
 アランは溜息まじりに首を振ると、僕の体を突き放すようにして背中を向けた。

「二度と勇者の名を口にするな」

 そして、女の人達を引き連れて行ってしまった。
 僕は体中から力が抜けて、へたりとその場に座り込んだ。




 一人になると、鳥籠の檻がぽうっと淡く発光してクッションの下からの温度が上がって来た。震えている僕を寒がっていると思ったんだろうか。こんなに高性能なんて、実はこの檻自体がものすごく高価なものかもしれない。

 檻の外の宝の山に目を向ける。
 ふうっと息を吐く。
 アランは、ひどい勘違いをしている。
 僕なんかには、贈り物をくれる価値なんて無いのに……。


 その時ふと、どこからか優しい匂いを感じた。
 懐かしくて、胸が騒いで、なんだか泣きたくなるような匂いだ。

 この匂い……何だろう、どこから匂ってくるんだろう。

 檻から身を乗り出すと、宝の山の中に小さなガラスの瓶を見つけた。
 冷たいのをこらえて檻から数歩走り、それを手に取って慌てて檻の中に戻ってくる。

 その数歩だけで体がぶるぶると震える。
 鳥籠の檻がさらに強く光り始める。
 体が十分にあったまるまで、僕はクッションの敷き詰められた檻の中でうずくまっていた。

 やがて、手足の先にも血が通い出し、こわばりが無くなってくる。
 戦利品の瓶のふたをそっと外すと、思った通りラベンダーのような香りがあたり一面に漂った。

「ああ、やっぱり……」

 大きく深呼吸をすると、体の中に優しい香りが染みわたってくる……。

「いい匂い……」

 自然に顔がほころんでしまう。
 これはきっと、エディがつけていた香水と同じものだ。
 僕は瓶を少し傾けて液体を指先に取り、そっと自分の首筋につけた。
 僕の体温で、さらに香りが強くなる。
 瓶にふたをして、檻のはじっこにそっと置く。

 お菓子のお盆を檻の外によけて、クッションの上にごろりと横になる。
 目を閉じると、優しい香りに包まれているのを感じて、うっとりとした気分になってくる。

 ああ……まるですぐそばにエディがいるみたいだ。

「エディ……」

 リュカ……。

 僕を呼ぶ優しい声の響きまで聞こえてきそうだ。

 いつも僕に向けられた優しい微笑み、僕を抱きしめる意外に力強い腕、僕の髪を撫でる繊細できれいな指先、僕の唇に重ねられたあの甘い唇……。

「はぁ……」

 体が熱い……吐息が漏れる……。

 僕の肌を撫でる手のなめらかな感触、僕の胸を舐めてくれた柔らかな舌の動き、僕の足を広げて入ってくる圧迫感と質量、僕を揺らして支配する雄の律動、耳元で聞こえた息遣いの熱さ……。

 強烈に思い出してしまい、呼吸が速まってくる。
 それに合わせるように鼓動も速くなり、体温が上がっていく。

 僕は我慢できなくなって下着の中に左手を滑らせた。

「ん……」

 エディのきれいな手に触れられていることを想像して、自分のものをこすった。
 強く、弱く、速く、遅く……。
 エディがどんな風に僕を抱いたのかを思い出しながら手を動かす。
 利き手じゃないから、ひどくもどかしい。
 エディならもっと、もっと気持ち良くしてくれるのに……。

「んん……んっ……エディ……エディ……」

 ……いつかのように僕の中を激しくかき混ぜて欲しい。
 キスしながら強く抱きあって、エディのリズムで揺らしてほしい。
 体中全部、エディの匂いに染めて欲しいよ……。

「んあ、あっ、ああっ」

 短い喘ぎ声と共に、僕は自分の手の中に出していた。
 はぁはぁと息が乱れる。
 下着から指を引き抜くと、にちゃっと嫌な音がした。

 目を開くと、僕のそばにエディはいない。
 自分の出したもので汚れてしまった指を見つめている内に、じわっと涙が滲んできた。

「うう……」

 僕は何をやっているんだろう。
 エディに嘘をつき続けて傷つけてしまったのは僕なのに。
 もう何があっても、エディには抱いてもらえないのに……。

 優しい香水の香りに僕の精液のにおいが混じって、ますますエディとの夜を思い出してしまう。

 最初にはっきりと別人だって告白していれば、何か違っていたんだろうか。
 僕がリュカじゃないってことを、もっとちゃんと言っていれば……。

 でも実際は、記憶喪失のふりをしてリュカとして甘えてきたんだし、ここに囚われている事実はもう変えられない。

 僕はしゃくりあげながら、身を起こした。
 汚れた指を拭くものを探して、辺りを見回す。


 そして、カミーユと目が合った。

「あ……」

 羞恥心でボッと頬に血がのぼる。

「何だよ、君、溜まっていたんならアランにかわいがってもらえば良かったのに」

 いつからそこにいたのか。
 いつから見ていたのか。
 カミーユは檻の向こうから軽薄な笑顔をこちらに向けている。

「やっぱり愛玩奴隷は愛玩奴隷だね。いやらしい声を出すから、見ているこっちまで変な気分になっちゃった」

 カミーユは檻をつかんでぐっと顔を近づけてきた。
 僕は恥ずかしさのあまり動くことが出来ない。

「ふふ、そのいやらしい体で今夜こそアランを満足させてくれよ」

 そして檻の隙間からひらりと一枚の布が放り込まれる。刺繍で縁取りされたハンカチだった。

「とりあえずその汚いのを拭きなって。もうそろそろ女官達が来ちゃうからさ」

 僕は慌ててハンカチを拾い、手を拭った。
 カミーユの顔を見られなくて、下を向く。

「ねぇ、ところでエディってだあれ?」

 ぎくりと肩が跳ねる。

「呼んでいたよね? 甘い声で、エディって」
「し、知りません」

 僕は首をふった。

「そお? 俺の耳にははっきり聞こえたけど?」
「き、きき聞き違いです」
「ふうん……」

 カミーユは面白いものを見つけたようにクスクスと笑った。

「確か、勇者の名前はレアンドルだったよね? ほかの男の名前を呼びながら一人でするなんて……君ってさ、アランにさらわれなくてもいずれ勇者に殺されていたんじゃないの?」

 僕は精液で汚れたハンカチをぎゅっと握った。
 レオは僕のために専属契約をしてくれた。
 それなのに僕はエディに触って欲しいと思ってしまった……。

 レオは僕を守ると言った。優しくすると言った。約束は必ず守ると、そう言ってくれたのに……。

「俺さ、君みたいなやつほんとに嫌い。被害者面しているけど、本性はずるくて汚い。アランは何でこんなやつがいいんだろ」






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