異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第9話 まさか愛する人のために

9-(1) 誰よりも好きだから

 お城はさっきからずっと振動している。
 まるで近くで工事でもしているみたいに、ビリビリと震えている。
 時々、ミシミシとかバキッとか、すごく大きな音がしていて、そのたびに僕はビクッと震えた。


 アランがお守りの革袋を僕の首にかけてくれた。
 大きな褐色の手が僕の髪を撫でる。
 今までになく落ち着いた、穏やかな目をして、アランは静かに言った。

「まさかこんなに早く死ぬことになろうとは思わなかったな」

 え、死ぬ……?

「アラン様?」
「アラン……!」

 カミーユが蒼ざめた顔でアランの腕をつかむ。

「まだ顔も見せぬ相手の怒りの感情が、肌に痛いほど押し寄せてくるのだ。やつは余を殺す気だろう。ここまで魔力に差があると戦う気にも逃げる気にもなれぬ」

 な、なに? アランは何を言っているの?
 どういうこと?
 何か、怖いことが起こっている?

「怯えずとも良い。あれはリュカを迎えに来たのだ」
「迎えに? でも、お城の外にいるのは勇者様じゃないって、さっきアラン様が」

 レオ以外に誰が僕を迎えに来るっていうの?

「うむ。誰だかは分らぬが、リュカを求めているのは分かる。魔力に感情が溢れておる」

 僕は魔力とかよく分からない。
 そんなもの、何も感じない。


 遠くで何人もの女の人の悲鳴が上がった。
 あの女官さん達だ。
 僕は怖くなってアランの服をつかんだ。

 アランは少しの間、何かを考えるように黙っていたけど、急にフッと笑いを漏らした。

「女官達は全員無事だ。やつが一切の傷もつけずに城の外へ逃がしたようだ。やはり、目的はリュカの奪還と、余の殺害か」

 アランは自分の腕にしがみついているカミーユの手を軽く叩いた。

「カミーユも安心して良い。リュカをさらったのは余の独断でやったこと。お前は無関係だときちんと言ってやる」

 カミーユはぶんぶんと首を振った。

「嫌だよ。アランが死んじゃったら、もう何も楽しくないよ。俺も一緒に死ぬ」
「何を言うか」
「ほんとだよ!」

 カミーユが必死に言いつのる。

「アランはみんなに嫌われているんだ。天国でも地獄でもきっと嫌われて独りぼっちだよ! だから、俺しかいないだろ? 一緒にいてあげられる奇特なやつなんて、ほんとに俺しかいないんだから……」

 カミーユがぼろぼろと涙を零し始める。

「アランのバカ……」
「またバカか。お前はそればかりだな……」


 僕はわけが分からなかった。
 アランもカミーユも死を覚悟したみたいなことを言っている。

 でも、誰が二人を殺すの?
 いつもレオは自分が世界最強だって言っていた。
 レオ以外にこんなことをできる人なんて……。

 パキン、と近くで何かが割れる音がした。

「来たぞ」

 アランの声に続いて、天井がさらさらと砂みたいになって飛んで行った。
 急に眩しいくらいの日差しが降り注いでくる。
 本当に、お城の外は夏だったんだ。

 天井の次は壁が、扉が、窓が、まるで積み木を丁寧に崩すみたいに少しずつ取り払われて、空中で砂になっていく。

 もう、部屋は床だけになっていた。
 この部屋より上の階は全部なくなっていて、ここが屋上みたいになっている。

 右側には海と白い砂浜が、左側には派手な南国の植物が生い茂っていて、まるでここはビーチリゾートに建つ豪華ホテルみたいな立地だった。こんな場所に吹雪の城が建っていたなんて……。
 唖然としていると、その砂浜に女官さん達が抱き合って固まっているのが見えた。ちゃんと無事だったみたいで安心する。

 そうやって僕がキョロキョロしているのに、アランもカミーユも固まったみたいに動かなかった。血の気の引いたような顔をして上を見ているので、僕もつられて空を見上げる。

 燦燦さんさんと照る太陽がまぶしくて、右手をかざす。
 そこへ黒い影がふわりと空から降りてきた。

 影は人の形をしていた。

 ゆらゆらと黒髪をなびかせて、唇には微笑みをたたえて、悠然とこちらを見下ろしている。

 その人は、僕のよく知っている人に似ているのに、まったく知らない人みたいにも思えた。

 僕は魔力を感じられないけれど、その人はアランよりもレオよりも、もっと、ずっと、とてつもなく大きな存在感があった。

 まるで黒衣の天使か、地獄からの使者みたいに、神々しくて、同時に禍々まがまがしくて、現実味の無い幻影みたいな……。


 その人のきれいな黒い瞳が僕を見ていた。
 そこにアランもカミーユも存在しないみたいに、黒い瞳は僕だけを見ていた。

 知らないうちに、僕の唇が震え始める。
 指が震え始める。
 胸が震えて、いつのまにか僕は泣いていた。

「おい、リュカ……」

 アランが僕を呼んだけれど、僕は振り返らなかった。

 アランのそばからふらりと離れて、寝台の端に立つ。
 その人を見上げて、両手を上へと高く伸ばす。

「エディ……」

 謝らなきゃとか、嫌われているかもとか、考えるべきことが何にも考えられなかった。
 頭が真っ白になってしまって、ただひたすらに、無心で手を上へ伸ばした。

「エディ……」

 日の光とは違うキラキラとした淡い光が降り注いでくる。
 僕の体にあるすべての傷が癒やされ痛みが消えていった。

 柔らかな風が吹いて、僕の体を包み込み、ふわりと浮き上がらせる。
 風は僕の体をエディのもとへ運んだ。

 エディは両手を広げて、いつもしてくれたように優しく僕を抱きしめた。
 優しい香り、力強い腕、きれいな指先。
 込み上げてくるものを我慢できずに僕は叫んだ。

「エディ、エディ、エディ……!」

 ほかには何も言えなくて、必死に名前を呼んでしがみついた。
 本物のエディだ。
 夢でも幻でもなく、本物が僕を抱きしめている。
 ずっとずっと欲しかったもの、ずっとずっと望んでいたもの。
 まるで僕の神様みたいな人。

「来るのが遅くなってしまいました……」

 僕の嘘も裏切りもまるで何も無かったかのようにエディは言った。
 僕は涙でいっぱいの目でエディを見上げた。

「僕を……迎えに来てくれたんですか……」
「ええ」
「……僕はリュカじゃないのに……?」

 エディは何もかも分かっていると言うように、優しく目を細めた。

「名前を……」

 囁くようにエディが問いかけてくる。

「名前を教えてください」
「なまえ………?」
「はい。あなたの名前です。あなたの、本当の名前が知りたいのです」

 本当の名前。
 リュカではない、僕の本当の名前……。

 僕は震えながら答えた。

「日野陽介です。僕は、陽介です」
「ヨースケ」

 なんのためらいもなく、エディは僕をそう呼んだ。
 耳から入ってくる音に、全身が痺れる。
 どうしよう、気絶してしまいそう……。

「ヨースケ……かわいい名前です」

 エディは微笑んで、以前と同じようにそっと髪を撫でてきた。

「知らない世界へ来て、今までずっと心細かったでしょう」

 僕は首を振った。

「みんな……優しかったから……」
「リュカのふりをし続けるのも、つらかったですよね」

 僕はまた首を振った。

「ごめんなさい、エディ。ずっと……ずっと本当のことを言うのが怖くて……リュカのふりをしていれば優しくしてもらえると思ったんです。僕はそんなずるい気持ちでエディを騙して……」
「ヨースケ、あなたは何も悪くありませんよ。最初からこういう風に、ヨースケの話をちゃんと聞けば良かったですね……」

 また涙が溢れてきた。

「ヨースケ、泣かないで」

 エディの声で陽介の名を呼ばれると、僕の存在を全肯定してもらえたかのようで、苦しいくらいに胸が熱くてたまらなくなる。
 エディは指先で涙を拭ってくれて、僕の瞳を覗き込んでくる。

「ヨースケ、私とした約束を覚えていますか」
「やく……そく……?」

 僕はしゃくりあげながら聞いた。

「次はヨースケのしたいことを何でもしてあげると言ったでしょう? どんなことでも良いのです。あなたの一番の望みを、私に教えて下さい」

 一番の望み。
 僕はずっと、いじめられないで生きるのが僕の一番の望みだと思っていた。
 ずっとそう思い込んでいた。
 でもそれは違うって、やっと気付いた。
 僕の心はもっとずっと欲張りだった。

 僕は震える指でエディの頬に触った。
 温かくて滑らかで柔らかい。
 エディはちゃんとここにいる。

「どんなことでも、いいんですか」
「ええ」
「何を言っても、許してもらえますか」
「もちろん」

 僕はエディの体に強くしがみつく。

「エディ……僕はこのままずっと、エディのそばにいてはだめですか?」

 エディがほんのちょっと身を硬くしたのが分かった。

 それは、一度口にしたことのある問いかけだった。
 エディのテントで過ごした夜に、僕が口にした小さな問いかけ。

 エディも気付いたのか、あの時と同じセリフを返してきた。

「ヨースケは私のそばにいたいのですか?」
「はい」
「どうして……?」

 どうして。
 僕はあの時、エディが優しいからと答えた。
 でも、フィルもレオもジュリアンも、そしてアランだって実は優しい。

 今なら、自分の気持ちがちゃんと分かる。
 優しい男の人達がどれだけいたとしても、僕がそばにいて欲しいと願うのはエディだけなんだ。

「だって、エディが好きだから。エディが誰より好きだから……」

 エディはぎゅうっと僕の体を抱きしめた。

「そんなことを言われたら、ヨースケを連れて逃げ出したくなります……!」
「連れて逃げて下さい。エディ、お願いです、僕をどこへでも連れて逃げてください……!」

 もう誰にも触られたくない。
 エディがいい。
 エディだけがいい。

「ヨースケ……」
「お願いです。それが、僕の一番の望みです……」
「ヨースケは、私と来てくれるのですか……」
「はい、エディと行きます。どこにでも行きます」

 エディの目から、涙が零れた。
 それはとても透き通っていて、日に照らされて光っていて、エディのなめらかな肌を流れていくから、僕は引き寄せられるようにそれを舐め取ってこくんと飲み込んだ。
 舌にはほんのりと塩味を感じているのに、僕の心は甘い歓喜にふるふると震えた。

「エディ……」
「リュカ!」

 きれいなエディを見つめて陶然としていた僕は、下から響いたアランの声に飛び上がるくらいにびっくりした。

 ああ……アランとカミーユがそこにいるのを忘れていた。

 僕はエディに抱きついたままで振り返った。

「リュカ……」

 アランは寝台の上に立って僕を見上げている。
 けれど、それ以上何も言わなかった。
 悲しいようなつらいような、そんな顔をしていた。
 理不尽で不条理でめちゃくちゃな人だったけど、なんだかその顔を見ていると、僕の方が悪いことをしたみたいな気分になった。

「ごめんなさい……」

 謝ると、アランは首を振った。
 そして無言のまま跪いて、両手を僕の方へ差し出してきた。
 それは、この世界の最大限の謝罪の仕方。
 その手を鞭で打っても剣で切り落としてもかまわないという……。

「あの……」
「ヨースケ」

 エディは下にいるアランもカミーユも目に入らないみたいに僕の腰に手を回してきた。

「少しの間、我慢してくださいね。くらくらしますよ」

 と、耳元で優しく囁くと、僕を連れていきなり転移した。







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