異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第9話 まさか愛する人のために

9-(4) 「勇者の怒り」

 シルヴェストルの領地は高地にあるためか、少し涼しい。
 もうすぐ王都も暑くなってくるから、避暑にはいい場所かも知れない。

 領主である男爵は朴訥ぼくとつな人柄で、突然王都からの転移陣を使って訪れた俺にも、礼を尽くして対応してくれた。エドゥアールの父親のはずなんだが、奴とは顔も雰囲気もあまり似ていない。俺がエドゥアールを尋ねてきたと告げると、ひどく困惑していた。あいつは領主の館には来ていないし、最近はまったく連絡も寄越さないのだとか。

 エドゥアール、いったいどういうつもりなんだ。

 挨拶もそこそこに森の場所を聞いて風魔法で飛び出す。
 森の上からあの巨大な魔力を探す。
 だが、あのバカみたいに膨大な魔力の塊が、影も形も見えなかった。

「ったく、どこにいやがる」

 あの子を迎えに来いと言ったのはてめぇだろうが。



 魔族の国でエドゥアールは突然、俺の前から転移魔法で消えた。
 転移陣を使わなくても転移が出来るとは知らなかったが、それはまぁいい。俺の勉強不足っていうやつなんだろう。
 だが、どこに行くのかその方角さえも告げずに消えてしまったのは許せない。
 リュカの、いや、あの子の居場所が分かるのはエドゥアールだけだった。
 俺は道案内も無いままに魔族の国に取り残され、訳が分からないままに、また一昼夜かけて来た道を引き返すはめになってしまったのだ。


 それからも大変だった。
 国境から王都へ行くのも、王都からシルヴェストルの領地へ行くのも、転移陣を使うためにはややこしい手続きをしなくちゃならない。防衛の点からそう簡単に転移陣を使えないのは分かるが、こっちはあの子の消息が分からなくてかなりイライラしていた。ジュリアンが間に入ってくれてだいぶ短縮されたが、もうちょっとでも待たされたら、王都でひと暴れしていろいろ壊してしまったかもしれない。

 あの野郎。そんな苦労をしてやっとここまで来たというのに、出迎えもしねぇとはどういう了見だ。

「一度、ぶんなぐってみるか」

 実のところ俺は戦いで一度も全力を出したことが無い。馬鹿みたいに強すぎるせいで、いつでも力を抑えているからだ。
 でも、今のあいつなら、全力でぶつかっても壊れないよな。

「よし、殴る。全力で殴ってやる」

 両手の拳をバシバシと当てながら飛んでいると、湖が見えた。
 リュカの瞳の色のような澄んだ青色に魅かれて、速度を落とす。
 ふと、見えている景色に違和感を覚えた。
 どこかが少し、歪んでいる。

 湖の真上で止まり、ぐるりと周囲を見やる。
 湖の岸の一部分が、見た目は何も異変が無いのに妙に心に引っかかる。
 そこだけ周囲より魔力が集まっている。

「そうか、遮蔽しゃへいの術か……! うわ、マジか」

 エドゥアールのやつ、なんて厄介な術をかけるんだ……。
 術のかかったあたりを睨み、舌打ちをする。

 遮蔽の術を解くのは難しい。魔力量だけではどうにもならない。力任せに破ると、中にあるものも壊してしまうからだ。

「あいつ、俺にうらみでもあるのか」

 呟いて、それが真実かも知れないと気付いた。
 恨みはあるだろう。
 愛するリュカを……あの子を、俺が専属にした。
 どうしようもない事情があったとはいえ、想いあう二人を引き離したわけなんだから。

 深呼吸して苛立ちを押さえ、術に集中する。

 遮蔽の術を解くというのは、数百枚もかぶせられている透明なラップを一枚一枚丁寧に剥がすような地道な作業だ。こんな地味でつまらない魔法など俺にはまったく似合わないが、文句を言ってもここには俺しかいない。

「くそっ」

 悪態をつきながら、どうにか最後の一枚を剥がし終わった時には、汗びっしょりになってしまっていた。

 涼しい風が、苦労を労うかのように俺を撫でていく。

 俺は遮蔽の術で厳重に隠されていたテントの前に降り立った。

「おい、エドゥアール! いったいどういうつもりだ!」

 叫びながらテントに入る。

 中は薄暗い。

「おい、誰もいないのか」

 近くのランタンに明かりを灯す。
 中は本で溢れていた。
 ちらりと題名を見ると、どれも魔導書のようだ。
 インテリのあいつらしい部屋だが、本人が見当たらない。

 さらにいくつかランタンの灯を点けていく。

 奥の方に小さな人影が浮かび上がった。

「リュカ! 無事だったか」

 エドゥアールのものらしいぶかぶかの黒いローブを身に着け、細い体がベッドにポツンと座っている。

「リュカ?」

 呼んでも反応が無い。
 ただぼんやりと宙を見ている。

「おい、リュカ」

 聞こえないはずが無いのに、リュカはぽーっと呆けている。

「リュカ、どうした、大丈夫か?」

 肩をゆすって大きく呼ぶと、やっと顔を上げて俺を見た。

「あれ? レオ?」

 名前を呼ばれてほっとする。

「ああ、俺だ。迎えに来たぞ」
「むかえに?」
「ああ、怪我は? どこか痛いところは?」
「いえ……だいじょうぶです」
「あいつはどこ行ったんだ?」
「あいつ?」
「ああ、あいつだ。エドゥアールだ」
「えどあーる?」

 俺はガシガシと頭をかいた。

「あのいけすかない魔導士だよ。お前がいつもエディって呼んでいる……」
「エディ?」

 リュカは瞬きをして首を傾げた。

「それはだれですか?」
「は……?」

 ざわり、と心が騒いだ。

 この子が、こんな冗談を言うはずがない。
 からかったりふざけたりする様子も無い。
 本気で何も知らない顔で、不思議そうに俺を見ている。

 なんだ? 何が起こっている?

「リュカ……お前、いったい……?」

 ハッとして、リュカの顔を両手でつかんだ。

「なぁ、俺のことは分かるんだよな?」
「はい、レオはゆうしゃさまです」
「そうか……じゃぁ、ジュリアンやフィリベールのことは?」
「ジュリアンさまはおうじさまです。フィルはけんしさまです」

 いつもの子供のような話し方だが、今日はさらにぼんやりとしていて絶対におかしい。

「どこまで覚えている? そうだ。お前の本当の名前は?」

 リュカではないこの子が、不思議そうに俺を見る。

「ほんとうのなまえ」
「ああ、日本での名前だ」
「にほんの……」

 状況を把握できないような顔で、この子はぼんやりとした口調で言った。

「ぼくはひのようすけです」
「ひのようすけ……」

 まさに日本人の名前だ。

「どんな漢字を書くんだ?」
「かんじ……? ああ、そうか、レオは日本語がわかるんですよね。「ひ」はお日様の日、「の」は野原の野、「よう」は太陽の陽、「すけ」は紹介するの介の字です」
「日野陽介……陽介か」
「はい……」

 陽介がぽやんとした顔で笑う。

「陽介、もう一回聞くぞ。エドゥアール、『エディ』を覚えていないのか?」
「はい……。わかりません……」
「じゃぁ、誰とここに来たんだ」
「さぁ……」
「いつ、どうやって来たんだ?」
「ええと……いつだろう……?」
「魔族にさらわれたことは覚えているか」
「さらわれた……僕が……?」

 はぁーっと大きく息をする。
 両手で、その薄い肩をつかむ。

「陽介、お前がこの世界に来た時、もう一人いただろう? 魔導士のことは覚えていないのか? エディ、エディっていつも懐いていただろ?」

 陽介は困ったように首を傾げる。

「なんだかぼんやりしてしまって、ぼく、すこしねむいです……」

 これは何だ?
 魔族の王子がやったのか?
 それとも、エドゥアールが?

 記憶の中のただ一人だけを忘れさせるなんて、そんな反則技みたいな魔法を使えるのは、おそらくエドゥアールの方だろう。
 だがなぜだ?
 なぜ、陽介に自分を忘れさせた?

「レオ……ぼく、すこしねむってもいいですか」
「ああ、もちろん……」

 言いかけて、俺は陽介の前にかがんでその目を見た。
 俺を見ているようで見ていない瞳。

「寝る前におやすみのキスをしよう。できるだろ? 陽介は俺の専属なんだから」
「はい、ぼくはレオのせんぞくどれいです」

 俺は陽介の唇に唇を重ねた。
 舌を入れても吸っても反応が無い。
 拒みもしないが、受け入れもしない。

「陽介……」

 唇を離すと、陽介は泣いていた。
 両目から、ぽたぽたと涙が零れてくる。

「あれ……? ぼく、どうしたんだろう……?」

 陽介は涙を拭い、不思議そうに濡れた指先を見つめた。

 一気に頭に血がのぼる。

 うがー!!!

 くそっ、くそっ、くそが!
 あんの糞バカ野郎がぁ!!!

 めちゃくちゃに叫びたいのも、魔力でテントを吹き飛ばしたいのも、必死に我慢した。

 エドゥアールの野郎、いったい陽介に何をした?
 誰がどう見たって陽介が好きなのはエドゥアールだったじゃねぇか。
 魔族の王子のところから救い出したんなら、もう『勇者の専属奴隷』という立場で守ってやる必要もなくなったはずだ。
 陽介本人が望むなら、俺はいつでも専属契約を解いてやるつもりだった。手続きはかなりややこしいらしいが、そんなのジュリアンが何とかするだろうし、たいした障害じゃない。
 なのに、なんであいつは消えたんだ?
 どうして陽介の前から姿を消す必要があったんだ?

 静かに涙を零し続ける陽介の体を抱き寄せ、背中をさする。

「大丈夫だ、陽介。約束したろ? 俺はどんな敵からも守ってやるし、誰よりも優しくするって。お前を泣かす奴は許さない。あのバカ野郎を見つけ出して、絶対に後悔させてやる! 反省文百枚書かせて土下座させてやるからな!」

 陽介が小さくクスリと笑った。

「レオ、なにをおこっているの? こっちのひとにどげざとかいっても、きっとわかんないよ……」
「いいんだよ! あの澄ました顔を地面にこすりつけてやる!」
「ふふ……レオはこわいなぁ……」

 陽介は目を閉じた。
 頬に涙が伝っていく。

 俺はその力の無い体を抱き上げて、足早にテントを出た。

 さっきまであんなに晴れていた空に、今にも降り出しそうなほどの暗雲が立ち込めている。今の俺の気持ちを表しているみたいで、余計にムカつく。


 まずは王都へ引き返して、知り合いの魔導士全部に聞き込みをする。
 魔法省のお偉方にも会って、大魔導士の情報を全部出させる。
 王宮へ行って、ジュリアンとジュリアンの親父の権力を使う。
 使えるものは何でも使う。

 俺は黒々とした空を睨みつける。

「エドゥアール! どこに雲隠れしたか知れねぇが、勇者さまの幸運レベルなめんなよ! 俺が見つけ出そうと思ったら、必ず見つかるんだからな!」

 熱くなる俺をからかうように、一陣の風が俺の赤い髪を巻きあげて通り過ぎていった。






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