異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第9話 まさか愛する人のために

9-(5) 眠り姫を起こすために

 その建物はすごく不思議なつくりをしていた。

 広すぎて全貌は分からないけれど、レオに抱かれて動いた範囲にはひとつも階段が存在しない。かといって、全面が平屋建てというわけでもない。二階も三階もちゃんとあるし、塔みたいに十階以上連なっている部分もあるのに、階段が無いのだ。

 その代わりに丸い卵型のかごみたいなものが、あちらこちらを浮遊していた。時々、扉が開いて人が出たり入ったりしている。あれは魔法で浮かぶエレベーターみたいなものなのかなぁ?
 レオは籠に乗るのが面倒くさいみたいで、自分の魔法でふわふわ飛んで移動していたけれど。

 建物自体もカラフルな円筒形の大小のお部屋を何百も組み合わせたみたいな形をしていて、それぞれのお部屋の扉は右にあったり左にあったり、それぞれ違うところについていて迷ってしまいそうだ。
 たまに上や下に扉のあるお部屋があって、卵型の籠を横付けすることもできそうにない。あれは、魔法を使える人しか出入りできないんじゃないのかなぁ。

 いかにもファンタジーな光景にいつもなら大はしゃぎしているはずなのに、僕の頭はなんとなくぼんやりとしていて寝不足みたいに少し眠い。
 おかしいな、昨日も一昨日もレオに子守唄を歌ってもらって、いっぱい寝たはずなのになぁ。

「ここは、どこですか……? この国の王宮?」
「いや、昨日も来ただろ。魔法省だ。各地へ向かう転移陣があるんだ」
「魔法省……? 転移……?」
「あー、そうか。昨日来たときはお前、ほとんど寝ていたんだったな……。あのな陽介、魔法省ってのは、えーと、魔法に関する何でも屋みたいなもんだな」
「何でも屋?」
「ああ、魔法のルールを決めるのもここだし、取り締まるのもここだし、各地の魔法使い組合のトラブル相談も全部ここで受け付けている。研究施設じゃあないんだが、国中から情報が集まるからここで研究している奴も多い。ええと、そうだ。あっちのゲーム風に言うと魔法使いのギルドの元締めみたいなもんだ」
「あ、なるほど。分かりやすいです」
「ちなみに東京ドーム20個分以上の広さだ」
「わぁ、さらに分かりやすい」
「だろ?」

 レオがウィンクしたので僕は笑った。
 元の世界の知識がある人がそばにいると、すごく心強い。

「じゃぁ、レオ。ここの長さの単位とか重さの単位も分かりやすく教えてほしいんですけど」
「あー、教えてやりたいが今は少し時間が無いんだ。エドゥアールを探し出したら、奴に教えてもらえばいい」
「ええと……? その人も日本から来たんですか?」

 レオは少し困った顔で僕の頭を撫でた。
 えどあーるっていう名前はレオの口から何度も聞いた。
 とても重要な人みたいなんだけど、僕はその名前を聞くとなんだか眠くなってしまう。

 ふああ、と欠伸をすると、レオが悲しそうに瞬きをする。

「いや、こっちの世界の人間だが、きっと陽介もあいつに教えてもらいたいはずだからな」
「そう……なんですか……?」

 レオはその男の人をずっと探しているみたいだった。
 いろんな人のところに会いに行って、いろいろ尋ねて回っている。
 王都に来て、やっと異世界の街をじっくり見られて嬉しいはずなのに、僕はすぐに眠くなってしまってレオの胸でうとうとしてしまう。

 おかしいな、とは思う。
 いろんなことがあやふやで曖昧だ。
 レオは僕が日本人だってことをいつ知ったんだっけ……?
 ものすごく怖いことと、ものすごく嬉しいことがあったはずなんだけど、思い出そうとすると眠気に襲われるのであまり考えないようにしていた。

 レオは僕を抱いてふわりと浮かび上がり、たくさんある部屋の中の水色の一室へ向かう。扉の前には乗り物の昇降口みたいになっている足場があって、レオはそこにスタッと軽く着地した。
 近くに寄って見ると、円筒形のお部屋の壁がすごく柔らかそうなことに気付く。

「これ、何ですか? 木でもないし、土壁でもないし……」

 見るからに軽そうなので、石やレンガでないのは確かだ。

「ここの建物はすべて、亜竜ありゅう蝙蝠こうもりの羽と骨で出来ているんだ」

 レオは扉の横の小さな魔法陣に、マジックバッグから出した鍵みたいなものをカチリと嵌め込む。
 骨を組み合わせたみたいな扉がパタパタパタと複雑に折りたたまれていき、入り口が開いた。

「わぁ……」
「ちょっと面白いだろ?」

 と言いながら、レオは鍵を引き抜いて部屋に入った。
 するとまた折りたたまれた扉がパタパタパタと動いて、入り口が閉まる。

 円筒形の部屋に入ると、レオは僕をそっと降ろした。
 床がトランポリンみたいに少し跳ねる。

「うわ、床も柔らかい。破れたりしないんですか」
「百人乗ってもだいじょーぶ!」
「はは、なんかのCMみたい」

 部屋の中は僕の感覚だと十畳くらいの広さに感じる。百人も入れるかどうかはちょっと微妙だ。ブランコみたいに上から吊り下げられた椅子が五脚もあって、何となく子供の遊び場みたいな雰囲気だった。

 僕は壁を触ってみた。
 触り心地は柔らかい革製品みたいだ。

「どうしてこんなに柔らかい素材でお部屋をつくるんですか」
「亜竜蝙蝠はたいていの魔法をはじくからな。中で研究している奴が大爆発を起こしても外に影響が出ないし、外からよからぬ魔法を使おうとしても中まで魔法が通らない。俺は自分の館をこれで作ろうとしたんだが、ジュリアンの親父に反対されてさ。国の上の連中は勇者の格式がどうのこうのってうるさいんだ」

 確かに、レオの家はいかにもお金持ちのお屋敷という感じで立派だった。使用人さんがいっぱいいて、何でもお世話してくれて快適だったけど、こういうファンタジーっぽい不思議要素は皆無だったと思う。

「レオはいっぱい文句を言うけど、なんだかんだ言って王様の命令には従うんですね」
「ははは、まぁなぁ。ジュリアンの親父はあれでもなかなか名君なんだ。俺が生まれた村だって、すげぇ田舎だったけど、税もそれほど重くなくてみんな平和に暮らしていた。トイレの魔法陣とか洗浄薬を国の隅々まで行き渡らせたのもあいつの治世になってからだしな。そのおかげで、今じゃほとんど疫病が流行らなくなったんだ」
「そうなんですね! 中世ヨーロッパ風な世界なのに、ずいぶん清潔だと思っていました」
「だよな、元日本人としてはそこ重要だよな」
「はいっ」

 元日本人同士でニカッと笑い合う。

「レオ、僕、壁が魔法を弾くところを見てみたい」
「お、いいぞ」

 レオは自分の方に僕を抱き寄せてから、指先に小さな炎を作ってピッと壁に投げた。
 すると炎の玉はまっすぐに飛んで壁に当たり、同時に跳ね返って反対側の壁まで飛んだ。それがまた跳ねて椅子に当たる。椅子も同じ素材で出来ているらしく、炎の玉は椅子からはじかれて今度は入口へ向かっていく。
 そこでなぜか、まるでタイミングを合わせたかのように扉がパタパタと折り込まれ、入り口が開いた。

「うわっ」

 入り口から入ろうとしていたジュリアンが声を上げてぶんと手を振る。
 炎がいきなり大きくなってこっちに飛んできた。

「ひゃっ」

 悲鳴を上げる僕の前に手を出して、レオは炎を握り込んだ。しゅぅっと小さい音がして炎が消えた。

「レアンドル! いきなり何をする!」
「うーん、ここは氷の魔法で相殺するところじゃねぇか? 氷の王子様なんだから」
「はぁ?」
「それを風魔法なんかを使って余計に炎を大きくするなんて、ちっと悪手だよな」
「そなた、それが王子を使い走りにしておいて言うことか」
「あはは、悪い悪い。お前が不器用なのはいつものことだもんな」

 入り口にはあの卵型の乗り物が横付けされていて、むっとしているジュリアンの後ろからカイルが部屋に入って来た。

「ジュリアン様、ごめんなさい。この壁が本当に魔法を弾くのか見てみたくって、僕がレオにお願いしたんです」
「リュカ……」

 ジュリアンが僕へ近づき、頭を撫でてくる。

「今日は起きているのだな、リュカ。昨日はずっと寝ているから心配したぞ」
「すいません……僕、この頃なんだかいつも眠くって……」
「ジュリアン、この子はリュカじゃない」
「あ、ああ、そうだったな。ヨースケと言ったか」

 ジュリアンが慌てて言い直すから、僕は首を傾げた。
 僕が異世界から来たことをジュリアンも知っているの……?

「あの……」

 聞こうとした時、開きっぱなしの扉から誰かが突っ込んできた。

「リュカ! リュカは無事なのか!」

 入り口近くに立っていたカイルが身構え、相手がフィルだと分かってすぐに剣を収めた。そして急いで鍵を引き抜くのが見えて、パタパタパタと扉が折り畳まれて閉まっていく。

 フィルは僕に駆け寄ってきてぎゅっと抱きしめた。

「良かった……! リュカ、怪我は無いか? 痛いところは?」
「あ、えっと大丈夫です」

 なんだろう? こんなに心配されるようなことが何かあったかな?

 レオが横からひょいを僕を抱え上げる。

「お前らな、教えただろ? この子はリュカじゃない、陽介っていう名前なんだ」
「お、おお、そうだった。ええとヨーシケ?」

 フィルが途惑ったように言った。
 こっちの人には発音しにくい名前なのかもしれない。

「よ・う・す・けだ」
「ヨウスケ、か……なんかちょっと慣れないな。ついリュカと呼びたくなる……」

 そう言う顔がちょっと寂しそうだったので、僕はフィルに笑いかけた。

「あの……リュカでもいいですよ」
「え、いいのか」
「はい。陽介というのは家族にもらった大切な名前なんですけど、リュカというのもリュカにもらった大切な名前なので……」
「リュカにもらった?」
「はい、僕、夢の中でリュカに会えたんです。本物のリュカは、僕のことを『リュカ』と呼んでくれました……」
「リュカが……?」

 ニコッと笑うと、フィルとジュリアンは複雑そうな顔をした。振り向くと、レオもちょっと瞬きをしていた。

 なんか変なことを言ったかな?
 あれ? そういえば、僕はいつ本物のリュカと話したんだっけ……?

「リュカは……元気そうだったか?」

 レオに聞かれてうなずく。

「はい。高校でボクシング部に入ったみたいです」
「ボクシング? 拳闘か? まじかよ、全然想像がつかないな」
「本当のリュカはすごく男っぽいんですよ」
「そ、そうか……知らなかったな……」

 レオがポンポンと僕の頭を叩く。
 フィルが僕の顔を見ながら、思い出すように言った。

「そういえばリュカは俺に剣を習いたいと言っていたことがあった。もとから武術に興味があったんだろうな」

 ジュリアンが僕の顔をじっと見てくる。

「分かっていても、こう目の当たりにすると本当に不思議だ。同じ顔でも、やはりまったくの別人なのだな……」

 その顔がとても悲しそうに見えて、頭の奥で何かがちりちりとする。

「ごめんなさい……ずっと、リュカのふりをしていて……僕は……」

 言いかけた僕の体をレオがぎゅっと抱きしめる。

「謝らなくていい。誰も陽介を怒っていない。いきなり知らない世界に来て、何も分からなくて不安だっただろ?」
「でも……」

 フィルが近づいて、僕の頭を撫でた。

「途惑いが無いといえば嘘になるが……。それでも、ヨウスケを責める気にはならないよ。お前は俺に、自分はリュカの偽物のようなものだと何度も言っていた」

 ジュリアンが優しい目でうなずく。

「私も同じような言葉を聞いた。以前と同じなのは顔と体だけだと、そなたは正直に言っていた……」
「そうだよな。最初に目覚めた時に『僕はリュカじゃない』って、陽介は本当のことを言っていたのに俺達が本気にしなかったんだ。だから、嘘をついていたなんて気に病む必要はねぇよ。リュカも、陽介も、俺達はどっちも大事なんだから」

 三人の言葉を聞いて、嬉しさと安堵感で目が潤んでくる。
 でも、頭の中のかすかなちりちりはまだ消えない。
 こういう優しい言葉を、前にも違う人から聞いた気がする……。

 なんとなくしんみりとしてしまった空気の中で、ジュリアンが僕を覗き込んできた。

「レアンドルから聞いたのだが、そなたは本当にエドゥアールのことを覚えておらぬのか?」

 えどあーる。みんながその人のことを僕に聞いてくる。

「……はい……わかりません……」
「だが、さらわれたそなたを救い出したのはエドゥアールなのであろう?」
「ええと、僕、誰かにさらわれたんでしたっけ……」

 答えている内に、また眠くなってきてレオの胸にこてんと寄り掛かる。

 うーん、強烈に眠い。

「やめておけ、あいつに関する質問を続けると眠っちまうんだ」

 言いながら、レオは僕の体を吊り下げ型の椅子に座らせた。背もたれが大きくて、体がすっぽり収まって、座り心地がすごくいい。
 僕が座ると、椅子は勝手にゆらゆらとゆりかごみたいに揺れ始めた。
 三人もそれぞれ椅子に座ったけれど、椅子は揺れていない。
 これはどういう機能なんだろう?

「気持ちいいだろ? 昼寝するとき用に作ってもらったんだ」
「またそなたは、魔導士達の才能を下らないことに」
「いいじゃねぇか。あいつらも面白がって作ってたぞ」

 レオみたいな性格の人は、知り合う人みんなと友達になれちゃうんだろうなぁ。
 ちょっとうらやましい。

 ぼんやりと眠気を感じながら、僕は三人の声を聞いていた。

「フィリベール、そなた国境の警備はどうしたのだ?」
「交代の精鋭たちが来たので、三日だけ休みをもらいました。リュカを取り戻したとの一報を聞いて居ても立ってもいられず……。まぁ、魔族側には一切の動きがありませんし、野営地は静かなものです。それで、上の方達はどうなのですか? 休戦協定は?」
「結界を破られたというのに、あちらからは不気味なほど何も言ってこぬらしい。つまり、魔族側に全面的に非があるということを認めているようなものだな」
「自分の非は認めず、相手側に過失があればことさらに騒ぎ立てる。それが魔族のやり方ですから、まだ警戒しておいた方がよろしいかと」

 その時、レオが急に椅子をグーンと揺らした。ブランコみたいに。

「あの時さぁ、エドゥアールの魔力はぁ、俺を超えていたからなぁ。あんな化け物までいるのかと思えばぁ、何も言ってこれやしないさぁ」

 揺れに合わせて語尾を伸ばしている。

「本当に魔導士殿の魔力は、お前を……勇者を超えていたのか?」
「ああ、俺よりはるかに大きかったぞぉ」

 少しの間、沈黙が降りた。
 レオが椅子を揺らすのをやめた。

「で? あいつの行き先の見当はついたか」
「いや、私もシルヴェストルの領主へ問い合わせてみたが、何の連絡ももらっていないそうだ。行き先にも心当たりはないらしい。モンスター討伐や王都での仕事が無い限りは、ほとんど故郷の森にこもって魔道の研究をしていたらしいのだが……」
「森の中にあるテントに行った時、そこには陽介一人が残されていた。あそこにはもう戻って来ないだろう」
「そうか……」
「野営地でも、王都でも、魔導士殿が誰かと親しくしているところはあまり見たことが無い気がする」
「ああ。あいつは、かなりのボッチ体質だったみてぇだしな」
「ぼっち、とは?」
「あー……つまり魔導士仲間とはあんまり付き合いが無かったみてぇだ。昨日あちこち聞き込みしてとりあえず分かったのは、エドゥアールの師匠は世界中央教会所属の聖職者のエルフで、8年ほど前にすでに他界してるってことぐらいだな」
「ふむ、世界教会か」
「ああ、あいつ、なーんか俺に言ってたんだよなぁ、勇者は世界教会の一員なんだから勉強しろとかなんとかって」
「世界教会に何かあるのか?」
「さぁ、分からん。手がかりがあっても無くても、俺に勇者のご神託をくれた婆さんはまだ生きているみたいだし、俺が頼めばなんかお告げでもしてくれるかもな」
「婆さんて、お前、教皇様に対して罰当たりな」

 フィルが呆れ声を出す。
 ジュリアンが大げさにため息を吐いた。

「それで、そなたは世界中央教会へ行きたいなどと、私に無理を言ってきたのか」
「おお。で、ジュリアン。世界教会行きの転移陣使用の許可は下りたか」
「ああ、今日の昼の6時に使える許可をもらった」
「さすが王族」
「軽く言うな。大変な苦労をしたのだぞ。世界教会は普段なら誰にでも開かれているが、今は二か国の休戦協定の協議中なのだ。両国の貴人が集まっているところに転移陣を使うなど、本来は許されることじゃない。たとえ使用するのが世界唯一の勇者であってもだ」
「ああ、すまん。俺が直接頼むよりいいかと思ってさ」
「まったく……。私は今回の件で使えるだけのコネと伝手をすべて使ってしまった。あちこちに借りを作ってしまって、首が回らなくなりそうだ」
「ハハハ、それは全部俺の借りだ。俺の力が必要な時は何でも言え。勇者を好きに使えるんだから、これ以上のコネは無いだろ?」
「……まぁ、そうだな」

 ジュリアンが苦笑する。

「そのえどあーるという人は、皆さんの大切な人なんですね……。そんなに必死に探すなんて……」

 思ったことを言ったとたんに、なぜか体の力がかくんと抜けてくる。

 んん……また眠い……。

 まぶたが閉じそうな僕の顎をくいっと上げて、レオが言った。

「陽介。お前も一緒に世界教会に行くんだぞ」
「ぼくも……いくんですか……?」
「眠り姫を魔法使いのキスで起こしてもらわなくちゃならないからな」
「まほうつかいの……キス……?」

 あれぇ? 眠り姫を起こすのは、王子さまのキスだよね……?

 そう思ったけど、眠くて反論する気力も無い。
 こっちの世界のお話では魔法使いがキスしてくれるのかもしれない。
 魔法使いのキスか……。
 そういうお話も……悪くないな……。
 うん、悪くないな……。






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