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第9話 まさか愛する人のために
9-(8) 名前と宝剣と兄と弟
エディのそばから離れようとしない僕を、レオも、教皇様も無理には引き剥がさなかった。体力の無い僕は立っていられなくなってずるずるとその場に崩れたけど、石の台にしがみつくようにして、そこで泣いていた。涙は枯れたと思っても、またすぐに溢れ出してくる。
「我が国の名前か……」
レオの声がかすれている。
「単なる名前が、これほどの巨大な魔力になるのか?」
巨大な魔力……。
僕には何も感じられないけれど。
「単なる名前ではありません。当時から大きく豊かな国で、世界中に知れ渡った国の名前でした」
「そりゃそうだけど、でもたかが名前だろ?」
「人が国の名前を口にするとき、そこには何かしらの感情が含まれます。愛国心や敵愾心のような分かりやすいものから、軽い好悪の情、それらが入り混じった分かりにくいものまで、さまざまに。感情を持って発せられた言葉というものは、実は小さな力を持つのです。普通その小さな力は声として発せられた瞬間に、空中に散ってしまうようなものですけれど……でも、千年前の満月の晩にそれが呪いとセットになって世界中から一か所に集められてしまいました……。一粒一粒が小さな雨粒でも、集まれば川になり、大河になり、海になるでしょう? これはそのようにして生まれたものです」
僕は涙が零れるままに、静かな教皇様の声を聞いている。
『名前』が呼ばれるたびに小さな力が生まれるというのは、どことなく言霊みたいだなと思った。
「双子の魔導士の兄が自分の心臓にそれを封じたのですが、人間というものは心も体も弱い生き物です。彼は十年もちませんでした。自分の死と共に呪いが解き放たれてしまうことを恐れて、世界教会に自分の心臓を託したのです。以来、教会の聖職者……その中でも特に長命なエルフが代々それを引き継いできたのですが……」
教皇様がコツコツと靴音を鳴らして近づいて来る。
「エドゥアールが、エルフの師匠に連れられてここに来たのは、彼がまだ成人する前のことだったと思います。顔にまだあどけなさが残るような若さでしたから、彼に引き継がせることに反対する者も教会には多くいました。でも、ほかに適任者がいない中で、『名前』を胸に封じていた彼の師匠の寿命も近付いてきていて、他に選択肢が無かったのです」
「それじゃエディは、むりやり『名前』を押し付けられたんですか……?」
声に責めるような響きが込められてしまった。
教皇様を睨むように見てしまった。
「いいえ」
教皇様はそこにかがんで、僕に目線を合わせてきた。
「むりやりではありませんでしたよ。当時のエドゥアールは、自分が選ばれたことを喜んでいるようでした。大きな魔力を使えるようになれば、いくらでも魔法の研究がはかどると言っていましたし。……恐れや不安ももちろんあったと思いますが、大きな使命を受けて誇らしい気持ちもあったと思いますよ」
「じゃぁどうしてこんなことに……? どうして今、死んでしまいそうなんですか」
女の人の柔らかい手が、僕の頬の涙を拭ってくれる。
「あの子はね、魔法にしか興味を示さず、人にも物にも執着が無くて、すべてを達観しているような、どことなくつまらなそうな顔をした若者でした。だからこの結末は悲しくはあるけど、私はほんの少し嬉しく思ってしまうのです」
嬉しい……何が……?
教皇様は若い乙女みたいな顔で笑った。
「魔法以外に心を動かされなかったあの若者が、本気の恋を知ったのですから」
本気の恋。
どういうこと……?
恋をしたから、エディは死ぬの……?
「僕の……せいなんですか……」
教皇様は首を振って、微笑んだ。
「あなたのせいではなく、あなたのためです」
「僕のため……」
吹雪の城で、アランがあの時言っていた。
僕を助けに来たエディは、勇者以上の巨大な魔力を持っていると。
「さらわれた僕を、助けるために……?」
教皇様は何も言わず、少し瞬きした。
「そんな……」
僕は首を振った。
何度も首を振った。
全部嘘だって叫びたかった。
痛くて痛くてどうしたらいいか分からない。
「うあ……あ……あ……」
悲鳴か泣き声か分からない呻き声が出る。
僕が助かっても、エディがいなければ意味が無いのに。
エディのほかに何もいらないって、そう思ったのに。
「ぼくの……心臓を……代わりに……」
教皇様はつらそうに目を伏せた。
「ヨースケの心臓は弱すぎるわ……」
「僕の命をあげるから……だから……お願い……」
―― お願い。エディを助けて。
僕のその願いは、声にならなかった。
声になる前に、突然の爆発的な光に飲み込まれてしまった。
「きゃ……」
教皇様が驚いて後ろへ下がる。
「わ……あ……」
僕の胸元から眩しい光の帯がびゅるびゅると溢れ出てくる。それは暴風のように吹き荒れて、僕の体を乱暴に包んで床から浮き上がらせていく。
「わ、わ…」
強烈な光の帯が何本も何本も胸から溢れて、大蛇みたいに部屋の中を暴れ始める。
「これは?」
「おい、なんだこれ」
教皇様とレオの慌てる声がするけど、僕を包む光が眩しすぎて姿は見えない。
僕は慌ててブラウスを開いて、お守りの革袋を出した。
革袋から人形を取り出すと、目が潰れそうなぐらいに眩しい光がさらに何本も溢れ出て、部屋中をうねうねと荒れ狂う。
人形を持つ僕の手は熱くも痛くも無いけれど、暴力的なほどに強い光は凄まじい勢いで部屋中を駆け回っていく。
心臓が速く打つ。
息が速くなる。
僕は祈る思いで人形を指でなぞった。
それはまだもとのままの姿をしている。
まだ最後の目玉は残っている。
まだ、目がひとつ、残っている!
「三つ目の、神様」
教会の中でほかの神様に祈っていいのかとちらりと考えたけど、そんなことはどうでも良かった。エディが助かる可能性があるなら、後でどんな罰だって受ける。
僕は光と暴風に巻かれて宙に浮いたまま、人形を高く掲げて祈った。
「三つ目の神様、お願いです! 僕はどうなってもいい。どんなことでもする。エディを助けて下さい。エディを助けてください。エディを助けてくだ……」
「待って、それは何なのっ」
教皇様の声とともに、指先が人形に触れてきたのが見えた。
バチィッと雷鳴が轟いた。
僕と教皇様は大きく弾かれて床に倒れ、勢いのままざざーっと後ろへ滑った。
「陽介!」
飛ばされた僕の体をレオが抱きとめる。
僕はお礼を言うのも忘れて呆然と顔を上げた。
光は消えていた。
三つ目の神様の人形は粉々に砕け散っていた。
「おい、陽介、大丈夫か?」
「ちょっと、か弱い女性には声をかけないわけ?」
「は? 婆さん、風魔法で自分の体を守っただろ?」
「それはそうだけど、大丈夫ですかくらい聞いてくれても……」
愚痴を言いかける教皇様と目が合う。
教皇様の目と僕の目の間にバチバチっとまた電気が走った気がした。
教皇様は、僕が理解したことを、はっきりと理解した顔をしていた。
「ねぇヨースケ、今のは何かしら」
僕は答えた。
「天啓です」
教皇様は信じられないという顔をして、天を仰いだ。
「天啓? 天啓ですって? ああ、こんなことがあっていいのかしら?」
教皇様は嘆いていたけど『天啓』としか言いようが無かった。
三つ目の神様は姿も声も見せないけれど、いつどこで何をすればいいかをちゃんと教えてくれる。それはひらめくように頭の中に振ってくる。
本物のリュカが、『陽介』が、夢の中で言っていたことは本当だった。
「よりにもよって世界中央教会のど真ん中で、本物の神ではない小さき神から、教皇である私が天啓を受け取ってしまうなんて」
大げさに芝居がかった声で騒ぐ教皇様を、僕は微笑んで見つめた。
教皇様が、ふと我に返ったように僕を見た。
「ヨースケは嬉しそうね」
「はい。ひとかけらでも希望があるのなら、こんなに嬉しいことはありません」
僕は立ち上がって、動かないエディを見つめる。
きれいで優しい僕の恋人。
「名前と、宝剣と、兄と、弟」
振り返って、教皇様を見る。
教皇様は、うなずいた。
「ええ、私も同じものを受け取りました。名前と、宝剣と、兄と、弟」
間違いない。
これは正しく天啓だ。
「二人とも、それは何の話だ?」
レオが僕と教皇様を交互に見る。
僕はにっこり笑った。
「エディを助けるために必要なもの」
「助ける? そんなことが可能なのか?」
僕は砕けた人形のかけらをひとつひとつ大事に拾い集めて、革袋の中に入れた。
深呼吸して、教皇様に向き合う。
「教皇様……。『名前』はエディの中に封じられているし、『兄』の心臓も一緒にエディの心臓の中にある……。そうですね?」
「ええ、その通りですよ」
「そして、『弟』はここの地下牢にいる」
教皇様は、はぁっと疲れた様子で顔を覆った。
「どうしてそんな辺境の小さき神が、この世界教会の秘密を知っているのかしら」
「その答えなら簡単だ」
レオがあっけらかんと言った。
「本物の神様がそれを許したからだろ」
「神が許す?」
教皇様が眉をしかめる。
レオは平然と笑う。
「ああ。だってこの世界の神、つまり婆さんのいう本物の神様は、バランスを取るために存在するんだろ? 世界のバランスを崩すような大きな力を持つ偽神は、今まで全部淘汰されてきたわけだよな? 俺みたいな勇者とかそういうものによってさ。でも、世界のバランスを崩すほどの力も無い小さい神さんには、教会はとくに関心を払わない。辺境の民がおまじないに持つような神の人形を、教会はいちいち禁じたりしないだろ?」
そういえば宗教の自由はあったんだよね、この世界……。
「それはそうだけど、今回は無関心ではいられないでしょう。かの国の『名前』の力は、無視できるほど小さな事柄では無いのだから」
「んー、じゃぁ、その小さき神のしようとしていることが、世界のバランスを保つために有益になると判断された……みたいなことか?」
「有益……有益ですか」
教皇様が頬に手を当てる。
「なるほど。その可能性はあるでしょうね。でなければ、教会内でこんな力が使えるはずがないもの」
僕は砕けてしまったお守り入りの革袋を、ぎゅっと抱きしめた。
「ダメって言われても僕はやります」
教皇様は僕を見て、苦笑いをした。
「ひどいくらいに泣き腫らした目をしているくせに、もうそんな男の子の顔で生き生きしちゃって……。でもどうするつもり? 四つの条件のうち、三つまでは揃えられるけれど……」
「残る『宝剣』は、かの国にあります。僕が必ず『宝剣』を持ってここへ戻ってきます。だから、エディの心臓は……」
「『宝剣』を手に入れるなんて簡単に言うけれど、王家の宝剣は騎士爵家にあると小さき神が教えてくれたでしょう? 貴族の家に封じられている宝を、奴隷の身分のあなたにどうにか出来るとは思えないけれど?」
「どうにか出来ます」
「え?」
僕はちょっとレオを真似て、太々しく見えるようにニヤリとした顔を作ってみた。
「僕は力も魔力も何も無い奴隷だけれど、『剛腕の大剣士様』と『氷の第三王子様』が味方に付いていますので」
「紅蓮の勇者様もな!」
と、レオが僕の後ろから抱きついてきた。
「はい、勇者様もです!」
これほど頼もしい味方が他にいるだろうか。
リュカを愛し、僕を大切にしてくれた四人の男の人達。
大魔導士のエディ、大剣士のフィル、第三王子のジュリアン、勇者のレオ。
こうなると、本物のリュカが僕を召し出せる男の人をあの四人に限定していたことも、リュカと僕の魂が入れ替わったことも、僕がエディに恋をしたことまで、全部が『バランス』とかいうもののために動かされていたような気がしてしまう。
まるで、運命、みたいな。
石の台に横たわるエディに手を伸ばす。
ドームの上から、そっと撫でる。
好きだ。
かわいい。
触りたい。
撫でたい。
キスしたい。
運命だろうが、そうじゃなかろうが、同じことだ。
僕はエディを助ける。
そのためなら、何でもする。
それが結果的に神様の役に立っても、立たなくても。
「『宝剣』は必ず手に入れます。教皇様は地下牢の鍵を」
地下牢へ入る鍵は、教会内の聖職者全員の了解が無いと開けられない。それは天啓の中で得た情報だ。
教皇様は時代劇の江戸っ子みたいに、勢いよくドンと自分の胸を叩いた。
「ええ、それは任せてちょうだいっ。なんといっても、千年の呪いを解くのですからね。教会の者を全員、力尽くでも説き伏せて見せますとも」
僕はドーム越しにエディにキスを贈る。
眠り姫を起こすのは、王子様でも魔法使いでもなくて、奴隷だけれど。
「待っていてね」
僕はレオと共にかの国へ舞い戻った。
王家の宝剣を手に入れて、千年の呪いを解くために。
・
「我が国の名前か……」
レオの声がかすれている。
「単なる名前が、これほどの巨大な魔力になるのか?」
巨大な魔力……。
僕には何も感じられないけれど。
「単なる名前ではありません。当時から大きく豊かな国で、世界中に知れ渡った国の名前でした」
「そりゃそうだけど、でもたかが名前だろ?」
「人が国の名前を口にするとき、そこには何かしらの感情が含まれます。愛国心や敵愾心のような分かりやすいものから、軽い好悪の情、それらが入り混じった分かりにくいものまで、さまざまに。感情を持って発せられた言葉というものは、実は小さな力を持つのです。普通その小さな力は声として発せられた瞬間に、空中に散ってしまうようなものですけれど……でも、千年前の満月の晩にそれが呪いとセットになって世界中から一か所に集められてしまいました……。一粒一粒が小さな雨粒でも、集まれば川になり、大河になり、海になるでしょう? これはそのようにして生まれたものです」
僕は涙が零れるままに、静かな教皇様の声を聞いている。
『名前』が呼ばれるたびに小さな力が生まれるというのは、どことなく言霊みたいだなと思った。
「双子の魔導士の兄が自分の心臓にそれを封じたのですが、人間というものは心も体も弱い生き物です。彼は十年もちませんでした。自分の死と共に呪いが解き放たれてしまうことを恐れて、世界教会に自分の心臓を託したのです。以来、教会の聖職者……その中でも特に長命なエルフが代々それを引き継いできたのですが……」
教皇様がコツコツと靴音を鳴らして近づいて来る。
「エドゥアールが、エルフの師匠に連れられてここに来たのは、彼がまだ成人する前のことだったと思います。顔にまだあどけなさが残るような若さでしたから、彼に引き継がせることに反対する者も教会には多くいました。でも、ほかに適任者がいない中で、『名前』を胸に封じていた彼の師匠の寿命も近付いてきていて、他に選択肢が無かったのです」
「それじゃエディは、むりやり『名前』を押し付けられたんですか……?」
声に責めるような響きが込められてしまった。
教皇様を睨むように見てしまった。
「いいえ」
教皇様はそこにかがんで、僕に目線を合わせてきた。
「むりやりではありませんでしたよ。当時のエドゥアールは、自分が選ばれたことを喜んでいるようでした。大きな魔力を使えるようになれば、いくらでも魔法の研究がはかどると言っていましたし。……恐れや不安ももちろんあったと思いますが、大きな使命を受けて誇らしい気持ちもあったと思いますよ」
「じゃぁどうしてこんなことに……? どうして今、死んでしまいそうなんですか」
女の人の柔らかい手が、僕の頬の涙を拭ってくれる。
「あの子はね、魔法にしか興味を示さず、人にも物にも執着が無くて、すべてを達観しているような、どことなくつまらなそうな顔をした若者でした。だからこの結末は悲しくはあるけど、私はほんの少し嬉しく思ってしまうのです」
嬉しい……何が……?
教皇様は若い乙女みたいな顔で笑った。
「魔法以外に心を動かされなかったあの若者が、本気の恋を知ったのですから」
本気の恋。
どういうこと……?
恋をしたから、エディは死ぬの……?
「僕の……せいなんですか……」
教皇様は首を振って、微笑んだ。
「あなたのせいではなく、あなたのためです」
「僕のため……」
吹雪の城で、アランがあの時言っていた。
僕を助けに来たエディは、勇者以上の巨大な魔力を持っていると。
「さらわれた僕を、助けるために……?」
教皇様は何も言わず、少し瞬きした。
「そんな……」
僕は首を振った。
何度も首を振った。
全部嘘だって叫びたかった。
痛くて痛くてどうしたらいいか分からない。
「うあ……あ……あ……」
悲鳴か泣き声か分からない呻き声が出る。
僕が助かっても、エディがいなければ意味が無いのに。
エディのほかに何もいらないって、そう思ったのに。
「ぼくの……心臓を……代わりに……」
教皇様はつらそうに目を伏せた。
「ヨースケの心臓は弱すぎるわ……」
「僕の命をあげるから……だから……お願い……」
―― お願い。エディを助けて。
僕のその願いは、声にならなかった。
声になる前に、突然の爆発的な光に飲み込まれてしまった。
「きゃ……」
教皇様が驚いて後ろへ下がる。
「わ……あ……」
僕の胸元から眩しい光の帯がびゅるびゅると溢れ出てくる。それは暴風のように吹き荒れて、僕の体を乱暴に包んで床から浮き上がらせていく。
「わ、わ…」
強烈な光の帯が何本も何本も胸から溢れて、大蛇みたいに部屋の中を暴れ始める。
「これは?」
「おい、なんだこれ」
教皇様とレオの慌てる声がするけど、僕を包む光が眩しすぎて姿は見えない。
僕は慌ててブラウスを開いて、お守りの革袋を出した。
革袋から人形を取り出すと、目が潰れそうなぐらいに眩しい光がさらに何本も溢れ出て、部屋中をうねうねと荒れ狂う。
人形を持つ僕の手は熱くも痛くも無いけれど、暴力的なほどに強い光は凄まじい勢いで部屋中を駆け回っていく。
心臓が速く打つ。
息が速くなる。
僕は祈る思いで人形を指でなぞった。
それはまだもとのままの姿をしている。
まだ最後の目玉は残っている。
まだ、目がひとつ、残っている!
「三つ目の、神様」
教会の中でほかの神様に祈っていいのかとちらりと考えたけど、そんなことはどうでも良かった。エディが助かる可能性があるなら、後でどんな罰だって受ける。
僕は光と暴風に巻かれて宙に浮いたまま、人形を高く掲げて祈った。
「三つ目の神様、お願いです! 僕はどうなってもいい。どんなことでもする。エディを助けて下さい。エディを助けてください。エディを助けてくだ……」
「待って、それは何なのっ」
教皇様の声とともに、指先が人形に触れてきたのが見えた。
バチィッと雷鳴が轟いた。
僕と教皇様は大きく弾かれて床に倒れ、勢いのままざざーっと後ろへ滑った。
「陽介!」
飛ばされた僕の体をレオが抱きとめる。
僕はお礼を言うのも忘れて呆然と顔を上げた。
光は消えていた。
三つ目の神様の人形は粉々に砕け散っていた。
「おい、陽介、大丈夫か?」
「ちょっと、か弱い女性には声をかけないわけ?」
「は? 婆さん、風魔法で自分の体を守っただろ?」
「それはそうだけど、大丈夫ですかくらい聞いてくれても……」
愚痴を言いかける教皇様と目が合う。
教皇様の目と僕の目の間にバチバチっとまた電気が走った気がした。
教皇様は、僕が理解したことを、はっきりと理解した顔をしていた。
「ねぇヨースケ、今のは何かしら」
僕は答えた。
「天啓です」
教皇様は信じられないという顔をして、天を仰いだ。
「天啓? 天啓ですって? ああ、こんなことがあっていいのかしら?」
教皇様は嘆いていたけど『天啓』としか言いようが無かった。
三つ目の神様は姿も声も見せないけれど、いつどこで何をすればいいかをちゃんと教えてくれる。それはひらめくように頭の中に振ってくる。
本物のリュカが、『陽介』が、夢の中で言っていたことは本当だった。
「よりにもよって世界中央教会のど真ん中で、本物の神ではない小さき神から、教皇である私が天啓を受け取ってしまうなんて」
大げさに芝居がかった声で騒ぐ教皇様を、僕は微笑んで見つめた。
教皇様が、ふと我に返ったように僕を見た。
「ヨースケは嬉しそうね」
「はい。ひとかけらでも希望があるのなら、こんなに嬉しいことはありません」
僕は立ち上がって、動かないエディを見つめる。
きれいで優しい僕の恋人。
「名前と、宝剣と、兄と、弟」
振り返って、教皇様を見る。
教皇様は、うなずいた。
「ええ、私も同じものを受け取りました。名前と、宝剣と、兄と、弟」
間違いない。
これは正しく天啓だ。
「二人とも、それは何の話だ?」
レオが僕と教皇様を交互に見る。
僕はにっこり笑った。
「エディを助けるために必要なもの」
「助ける? そんなことが可能なのか?」
僕は砕けた人形のかけらをひとつひとつ大事に拾い集めて、革袋の中に入れた。
深呼吸して、教皇様に向き合う。
「教皇様……。『名前』はエディの中に封じられているし、『兄』の心臓も一緒にエディの心臓の中にある……。そうですね?」
「ええ、その通りですよ」
「そして、『弟』はここの地下牢にいる」
教皇様は、はぁっと疲れた様子で顔を覆った。
「どうしてそんな辺境の小さき神が、この世界教会の秘密を知っているのかしら」
「その答えなら簡単だ」
レオがあっけらかんと言った。
「本物の神様がそれを許したからだろ」
「神が許す?」
教皇様が眉をしかめる。
レオは平然と笑う。
「ああ。だってこの世界の神、つまり婆さんのいう本物の神様は、バランスを取るために存在するんだろ? 世界のバランスを崩すような大きな力を持つ偽神は、今まで全部淘汰されてきたわけだよな? 俺みたいな勇者とかそういうものによってさ。でも、世界のバランスを崩すほどの力も無い小さい神さんには、教会はとくに関心を払わない。辺境の民がおまじないに持つような神の人形を、教会はいちいち禁じたりしないだろ?」
そういえば宗教の自由はあったんだよね、この世界……。
「それはそうだけど、今回は無関心ではいられないでしょう。かの国の『名前』の力は、無視できるほど小さな事柄では無いのだから」
「んー、じゃぁ、その小さき神のしようとしていることが、世界のバランスを保つために有益になると判断された……みたいなことか?」
「有益……有益ですか」
教皇様が頬に手を当てる。
「なるほど。その可能性はあるでしょうね。でなければ、教会内でこんな力が使えるはずがないもの」
僕は砕けてしまったお守り入りの革袋を、ぎゅっと抱きしめた。
「ダメって言われても僕はやります」
教皇様は僕を見て、苦笑いをした。
「ひどいくらいに泣き腫らした目をしているくせに、もうそんな男の子の顔で生き生きしちゃって……。でもどうするつもり? 四つの条件のうち、三つまでは揃えられるけれど……」
「残る『宝剣』は、かの国にあります。僕が必ず『宝剣』を持ってここへ戻ってきます。だから、エディの心臓は……」
「『宝剣』を手に入れるなんて簡単に言うけれど、王家の宝剣は騎士爵家にあると小さき神が教えてくれたでしょう? 貴族の家に封じられている宝を、奴隷の身分のあなたにどうにか出来るとは思えないけれど?」
「どうにか出来ます」
「え?」
僕はちょっとレオを真似て、太々しく見えるようにニヤリとした顔を作ってみた。
「僕は力も魔力も何も無い奴隷だけれど、『剛腕の大剣士様』と『氷の第三王子様』が味方に付いていますので」
「紅蓮の勇者様もな!」
と、レオが僕の後ろから抱きついてきた。
「はい、勇者様もです!」
これほど頼もしい味方が他にいるだろうか。
リュカを愛し、僕を大切にしてくれた四人の男の人達。
大魔導士のエディ、大剣士のフィル、第三王子のジュリアン、勇者のレオ。
こうなると、本物のリュカが僕を召し出せる男の人をあの四人に限定していたことも、リュカと僕の魂が入れ替わったことも、僕がエディに恋をしたことまで、全部が『バランス』とかいうもののために動かされていたような気がしてしまう。
まるで、運命、みたいな。
石の台に横たわるエディに手を伸ばす。
ドームの上から、そっと撫でる。
好きだ。
かわいい。
触りたい。
撫でたい。
キスしたい。
運命だろうが、そうじゃなかろうが、同じことだ。
僕はエディを助ける。
そのためなら、何でもする。
それが結果的に神様の役に立っても、立たなくても。
「『宝剣』は必ず手に入れます。教皇様は地下牢の鍵を」
地下牢へ入る鍵は、教会内の聖職者全員の了解が無いと開けられない。それは天啓の中で得た情報だ。
教皇様は時代劇の江戸っ子みたいに、勢いよくドンと自分の胸を叩いた。
「ええ、それは任せてちょうだいっ。なんといっても、千年の呪いを解くのですからね。教会の者を全員、力尽くでも説き伏せて見せますとも」
僕はドーム越しにエディにキスを贈る。
眠り姫を起こすのは、王子様でも魔法使いでもなくて、奴隷だけれど。
「待っていてね」
僕はレオと共にかの国へ舞い戻った。
王家の宝剣を手に入れて、千年の呪いを解くために。
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よろしくおねがいします。