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第10話 まさか心から愛する人と
10-(1) 王家の宝剣
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転移陣使用に関してのややこしい手続きは、教皇様の強権発動であっさりと許可が降りた。
電話が無い世界でどうやって各国とやり取りをしているのだろうと思ったら、手のひらサイズの小さな専用転移陣で手紙を送るのだそうだ。
教皇様は僕とレオの手を取って、「三日待つ」と約束してくれた。
僕は「必ず」と答えた。
もう胸は痛くない。
涙も晴れた。
進む道がはっきりと示されたことで、世界が何倍も明るくなった気がした。
転移陣で国へ取って返し、僕がまだ眩暈でぐらぐらしている間に、レオはジュリアンとフィルに使いを出していた。魔法省にあるあの水色の部屋に、数時間前と同じメンバーが再び集まっている。やはりカイルも無言のままに、入り口の前に立っていた。
僕はブランコみたいな椅子に座って、眩暈が多少おさまるのを待ってから、ポーションのふたを開けた。続けて二度も転移したせいか、一回目より酔いがひどい。吐いてしまわないように、ゆっくりちびちびと飲み込んでいく。
「魔導士殿の手掛かりは見つかったのか?」
フィルが口火を切る。
レオがうなずく。
「ああ、見つけた。あいつは世界教会にいた。何もしなければあと三日で死ぬ」
「はあ?」
「なに?」
驚く二人に、レオはすごく簡単に、さらりと説明をする。
この国の『名前』と、名前にかけられた呪いが、エディの心臓に封じられていること。
リュカと陽介の魂を入れ替えた小さき神が、エディを救う方法を天啓として授けてくれたこと。
僕達は三日の内に、その天啓に示されたものを用意しなければならないこと。
そんな途方もないような話を、ジュリアンもフィルも疑問も挟まずに聞いてくれている。すでに、リュカと陽介が入れ替わっているという突拍子もない出来事を知っているので、彼らも受け入れやすかったのかもしれない。
「エドゥアールをその呪いっつうか『名前』から解放するには四つのものが必要なんだと。ええと、『名前』と『宝剣』と『兄』と『弟』……だよな?」
と、レオが確認するように僕を見てくる。
僕がうなずくと、レオは説明を続ける。
「で、その内の三つは教会で揃えられるそうだ。だから俺達が探すのは、双子の魔導士の兄が使ったという『王家の宝剣』ひとつだけだ」
僕はそこで、補足説明をしようと口を開いた。でも、急激な吐き気が襲ってきて、両手でうぐっと口を押える。
だめだ、き、気持ち悪い……。
ポーションが効いてくるまでは喋れそうにない……。
「ほう、あの伝承にある『王家の宝剣』か……。古代の文献を調べるというなら、殿下のお力で王宮内の書庫へ入る許可をいただかねば……」
「それはかまわぬが、古代の宝剣が現存するなどとは、一度も聞いたことが無いぞ。私自身も王家に必要な知識は学んできたが、専門的な話になると分からないことも多い。まずは学者を招集して古文書を紐解くところから始めねばならぬだろうか」
「あんまり悠長に探している暇はねぇぞ。婆さんは三日しか猶予をくれなかった」
「だが、やみくもに探し回るわけにもいかぬだろう。何か手掛かりは無いのか」
「ええと確か騎士爵家がどうのって」
「騎士爵家? 我がヴァランタン家も騎士爵だが、王都にはほかに七つの家が騎士爵の身分を拝命しているぞ。ひとつひとつの屋敷を当たるのか? 平民出のお前はよく分かっていないのかも知れんが、当主に面会の申し込みをするだけでも、面倒くさい貴族の作法があるんだ。返事をもらうには何日もかかるぞ」
「そこは王子の権力か、勇者の威光でごり押ししてだな」
「いや、そう簡単に言うなよ」
顔を突き合わせる三人に話しかけようとして、僕はケポッとげっぷを吐いてしまった。
口を押えて真っ赤になった僕を三人がきょとんと振り返る。
「んっ、んんっ」
咳払いをして、声を整える。
「あ、あの、探す必要はありません。場所は分かっているので」
「「「分かっている?」」」
わー、声がそろった。
三人の驚く目が痛い。
「分かっているなら先に言えよ、陽介」
「ご、ごめんなさい。気持ち悪くて吐きそうだったので……」
レオが慌てて近づいてきて僕の背中を撫でる。
「まだ気持ち悪いか?」
「いえ、大丈夫です。だいぶ良くなりました」
「今日は二回も転移したからな……少し、眠るか?」
「いえ、休んでいる時間がもったいないので」
「だが」
「あの、宝剣の封じられている場所なんですが」
「お、おう、どこにあるんだ?」
「フィルのおうちです」
「は?」
「なに?」
「俺の?」
みんなの視線が、今度はさっとフィルに移る。
フィルは両手を前に出してぶんぶんと振った。
「いやいやいやいや、ヴァランタン家に王家の宝剣なんて……」
「宝剣じゃなくて、魔剣です」
「魔剣?」
「はい、先祖代々封じられ守られてきた古代の魔剣。前に一度、古代の魔剣のおとぎ話を僕に聞かせてくれましたよね」
「あ、ああ。その魔剣……なら、確かにあるにはあるが」
「あるのか?」
「だが、それが『王家の宝剣』だなどとは聞いたことも無いぞ。うちに伝わる昔話も、ご先祖様が魔剣で悪者を倒していくという分かりやすいおとぎ話で……」
確かに、フィルに語ってもらったお話は、ご先祖様が魔剣を使って悪者をバッタバッタと退治していく時代劇みたいな勧善懲悪のお話だった。
「そのお話そのものはあまり関係が無いみたいです。ご先祖様をヒーローにしたかったどなたかの創作だと思います」
「ああ、まぁ、確かに娯楽小説のような出来過ぎた話だが」
「はい、すごく面白かったです」
僕はにっこり笑った。
こっちに来たばかりで分からないことだらけで、しかも記憶喪失だと嘘をついていたあの頃の僕は、不安でいっぱいだった。フィルはそんな僕をリラックスさせようと、ご先祖様の楽しいお話をしてくれた。とても嬉しかったのを覚えている。
「でも、お話と事実は違っていたんです。この国の名前にかけられた呪いで世界中から災いが降り注いできた時に、それを限界いっぱいまで吸い込んだ宝剣は、おどろおどろしい瘴気をまとった魔剣になってしまいました。それで、始末に困った当時の王様がフィルのご先祖様に命じて封じさせたらしいんです」
そのご褒美としてヴァランタン家には永代騎士爵の身分が与えられた……というのが、三つ目の神様から教えられた情報。
「なんと……。それはまったく知らなかった。おそらく今のヴァランタン家当主も知らないことだ」
「ああ、王族の私もそのような記録は読んだ覚えが無いな」
「へええ、なんつうか、運命的なものを感じるな。俺達の探し求める『王家の宝剣』がフィリベールのところにあるとは」
運命みたい、とは僕も感じたことだ。
まるで導かれるように、この四人と出会えたような。
レオは、椅子をぐんと揺らすと、身軽にスタッと立ち上がった。
「いずれにしろ良かったじゃねぇか。さっそくフィリベールの屋敷に」
「いや待て」
今にも出発しそうなレオをフィルが押しとどめる。
「そう簡単じゃないんだ、レアンドル。家に置いてあるだけなら、はいどうぞと渡せるんだが、魔剣はただ置いてあるんじゃない。誰も持ち出せないように封じられているんだ」
「まぁ、そうだろうな。難しい魔法で封印でもされているのか?」
フィルは首を振った。
「いや、魔法による封印ではない」
「じゃぁ、地下深くに埋められているとか?」
「地下と言えば地下だが」
「何だ、はっきり言えよ」
フィルはちょっと困ったように、鼻の頭をかいた。
「魔剣は、我が家の地下ダンジョンにあるんだ」
「ダンジョンだと?」
「まさか、この王都の地下にダンジョンがあるとでも?」
「ダ、ダダダダンジョン……!!」
あきらかにみんなと違うテンションで僕は声を上げてしまった。
ダンジョン。
魔物のはびこる地下迷宮。
魔物を倒すたびにレベルが上がったり、ドロップ品が出たり、宝箱をゲットできたりするあのダンジョンですか?
こんなに緊迫した場面なのに、一刻を争う事態なのに、僕の中二病精神は空気も読まずに疼いてしまう。
「レ、レオッ」
僕が顔を見上げると、分かっているというようにレオはニヤリとした。
「陽介の想像の通りだぞ」
「ほ、ほんとに? じゃぁこの世界のダンジョンっていうのは、つまり、いわゆる……」
「ああ、いわゆるRPGに出てくるようなあれだ」
「おお……」
「あははは。まぁ、この世界にステータス画面というものは存在しないし、レベルも経験値もHPもMPも数値化して見ることはできないから、かなりゲームとは違うけどな」
「そうなんですね。でも、それは誰か『鑑定』とかいう万能スキルでも持っていれば、リアルタイムで数値を実況してもらうことも……」
残念そうにレオは首を振った。
「鑑定持ちってやつには一度も会ったことが無い。勇者の俺でさえそんなスキルは持っていないんだ。この世界に『鑑定』スキルが存在するのかも怪しいな」
「ああ……そうなんだ……」
がくりと肩を落とす僕に、レオが苦笑する。
「がっかりしているところあれだが、そもそも、今回の冒険に陽介は連れていけないぞ」
「え?」
「癒しの魔導士がいない状態で、お前をダンジョンへ連れて行くのは危険すぎる。ジュリアンと二人で大人しく留守番していろ」
ああ……そ、そうですよね。
分かっていました。
魔力も無いし、体力の無い僕にダンジョンは荷が重い。
「フィルと俺とで必ず魔剣は手に入れてくるからさ。男と男の約束だ!」
レオが差し出してきた拳に、僕も拳をゴツンとぶつける。
「はい、必ず、必ずお願いします!」
熱く見つめ合っていると、気まずそうにフィルが声を出した。
「よく分からない話がせっかくまとまったところで悪いんだが、殿下には来てもらわなければならないんだが」
ジュリアンが片眉を上げる。
「私がついて行くと、足手まといになると思うが……?」
「いえ、ぜひ来ていただかなければなりません。魔剣の入っている宝箱は、王家の血筋の方にしか開くことが出来ないと伝えられています」
「では、そなたも開けたことが無いのか?」
「はい。俺の曽祖父が、ご学友であった当時の第八王子殿下と共に、一度開けてみたことがあるそうですが……」
「その時は、剣を外へ持ち出さなかったのか?」
「はい、あまりに濃い瘴気に恐れをなして、すぐに蓋を閉めたそうです。それ以来、宝箱を開けた者はいません」
「なるほど。王家の血筋の者が必要なら、私が行くしか……」
「いけません、殿下」
ジュリアンの言葉を遮るように、今まで空気みたいに黙っていたカイルが飛び出してきた。
「ダンジョンなどには行かせられません。もしも殿下の身に何かあったら取り返しがつきません」
いつもは不気味にうっすら笑っているようなカイルが、ジュリアンの前に跪いて驚くほど真剣な目でジュリアンを見上げている。
「殿下は、ご自身が思う以上に掛け替えのない尊きお方、この国に必要なお方です。そのような危険な場所へ行ってはなりません」
「カイル、黙れ」
「いえ、黙りません……!」
「黙れ」
「黙りま……せん……ううっ」
カイルが急に苦しそうに胸を抑える。
え、なに? 何の発作?
「……どうか殿下……お、お考え直しを……」
「お、おい、お前。隷属の術に逆らうな。死ぬぞ」
レオが焦ったように忠告する。
僕はびっくりして二人を見た。
「殿下……! どうか……」
蒼い顔でカイルが懇願する。
ジュリアンも蒼い顔をしてカイルを見下ろしている。
「ジュリアン様……!」
カイルがあまりに苦しそうで怖くて、僕は思わず声を出してしまった。
ジュリアンがぎゅっと目を閉じた。
「カイル、黙れという命令は解除する」
カイルが、がくりとうなだれる。
はぁはぁと呼吸をしてから、「はい」と小さく返事をした。
そしてまた顔を上げて、ジュリアンに迫る。
「殿下、どうかご自身の身の安全を一番にお考え下さい。殿下はこの国にとって……」
さらに言い募ろうとするカイルをじろりと睨み、ジュリアンは言った。
「カイル、新たにそなたに命じる。私と供にダンジョンに入れ。共に来て、私の身に危険があればその身をていして守れ」
カイルは何か言おうとしたが、ジュリアンの目を見て諦めたように下を向いた。
「はい。この身に代えても、必ず……必ずお守りいたします」
ジュリアンがほっとしたように息をつく。
「うむ。頼りにしておるぞ」
「は、有り難きお言葉」
「おいまったく、やめてくれよ。隷属の術なんて胸糞悪いもんで、人が死ぬところを見たくねぇよ」
レオが怒ったように言ったけど、カイルはすぐにいつもの無表情に戻って、すっと入り口の前に戻って行った。
隷属の術って、本当に怖い。この短いやり取りだけで、カイルは死ぬかも知れなかったんだ……。
レオが苛立ったようにガリガリと頭をかく。
「はあー、うーんとつまり、俺とフィルで三人のお守りをしながら行くことになるのか」
「いや、レアンドル。こう見えてカイルは使える男だ……え、三人?」
ジュリアンがきょとんとレオを見上げる。
「ああ、陽介を一人で置いておけねぇだろ」
「え? 僕? 一人でお留守番くらいできますよ」
さすがに一人が怖い幼児でもないし。
「何言ってるんだ。陽介はちょっとでも目を離すと、魔物に襲われるし魔族にさらわれるし、しょっちゅう死にかけるだろ。俺達の目の届かないところに置いておくと何があるか分からん」
ええ、僕って、そんな扱いなの?
レオはちょっとだけ考えて、ヨシッと手を叩いた。
「フィリベール、前衛はお前一人に任せた! カイルはドロップ品を拾いつつジュリアンの護衛。ジュリアンは自分の身だけ守っていろ。俺は陽介から一ミリも離れないから、俺の戦力を当てにするなよ」
え、あれ? 攻撃役、フィル一人なの?
「それだとフィルの負担が大きすぎるんじゃ……」
「大丈夫だ、リュカ」
フィルがさわやかスポーツマンの笑顔を見せる。
「うちの地下はそんなに難易度の高いダンジョンじゃない。すでに俺が成人する前に最下層まで踏破できたくらいだ。しかも、剣の修行のために何度も入っているから、道順も、トラップの位置も、すべて頭に入っている」
フィルは僕の前に来て、なぜか跪いた。
「それに、俺は嬉しいんだ。リュカには……ヨウスケには大きな借りがある。これで少しでも返せるなら、喜び以外のなにものでもない」
借りって何だろうと首を傾げ、はっと思い出した。
あの温泉のところでのエッチをアランに見られちゃったことか。
僕はもうそんなことすっかり忘れていたのに、やっぱり騎士の家で育ったフィルは義理堅いんだな。もう気にしなくてもいいのに……。
「ありがとう、フィル。すごく頼もしいです」
「礼はまだいい。まずは地下30階まであるダンジョンを、三日……いや、一泊二日で攻略することを考えよう。かなりの強行突破になるが」
ん、30階?
あれ、聞き間違い?
30階もあるダンジョンを二日で強行突破?
今、すごいことをさらりと言われたような。
・
電話が無い世界でどうやって各国とやり取りをしているのだろうと思ったら、手のひらサイズの小さな専用転移陣で手紙を送るのだそうだ。
教皇様は僕とレオの手を取って、「三日待つ」と約束してくれた。
僕は「必ず」と答えた。
もう胸は痛くない。
涙も晴れた。
進む道がはっきりと示されたことで、世界が何倍も明るくなった気がした。
転移陣で国へ取って返し、僕がまだ眩暈でぐらぐらしている間に、レオはジュリアンとフィルに使いを出していた。魔法省にあるあの水色の部屋に、数時間前と同じメンバーが再び集まっている。やはりカイルも無言のままに、入り口の前に立っていた。
僕はブランコみたいな椅子に座って、眩暈が多少おさまるのを待ってから、ポーションのふたを開けた。続けて二度も転移したせいか、一回目より酔いがひどい。吐いてしまわないように、ゆっくりちびちびと飲み込んでいく。
「魔導士殿の手掛かりは見つかったのか?」
フィルが口火を切る。
レオがうなずく。
「ああ、見つけた。あいつは世界教会にいた。何もしなければあと三日で死ぬ」
「はあ?」
「なに?」
驚く二人に、レオはすごく簡単に、さらりと説明をする。
この国の『名前』と、名前にかけられた呪いが、エディの心臓に封じられていること。
リュカと陽介の魂を入れ替えた小さき神が、エディを救う方法を天啓として授けてくれたこと。
僕達は三日の内に、その天啓に示されたものを用意しなければならないこと。
そんな途方もないような話を、ジュリアンもフィルも疑問も挟まずに聞いてくれている。すでに、リュカと陽介が入れ替わっているという突拍子もない出来事を知っているので、彼らも受け入れやすかったのかもしれない。
「エドゥアールをその呪いっつうか『名前』から解放するには四つのものが必要なんだと。ええと、『名前』と『宝剣』と『兄』と『弟』……だよな?」
と、レオが確認するように僕を見てくる。
僕がうなずくと、レオは説明を続ける。
「で、その内の三つは教会で揃えられるそうだ。だから俺達が探すのは、双子の魔導士の兄が使ったという『王家の宝剣』ひとつだけだ」
僕はそこで、補足説明をしようと口を開いた。でも、急激な吐き気が襲ってきて、両手でうぐっと口を押える。
だめだ、き、気持ち悪い……。
ポーションが効いてくるまでは喋れそうにない……。
「ほう、あの伝承にある『王家の宝剣』か……。古代の文献を調べるというなら、殿下のお力で王宮内の書庫へ入る許可をいただかねば……」
「それはかまわぬが、古代の宝剣が現存するなどとは、一度も聞いたことが無いぞ。私自身も王家に必要な知識は学んできたが、専門的な話になると分からないことも多い。まずは学者を招集して古文書を紐解くところから始めねばならぬだろうか」
「あんまり悠長に探している暇はねぇぞ。婆さんは三日しか猶予をくれなかった」
「だが、やみくもに探し回るわけにもいかぬだろう。何か手掛かりは無いのか」
「ええと確か騎士爵家がどうのって」
「騎士爵家? 我がヴァランタン家も騎士爵だが、王都にはほかに七つの家が騎士爵の身分を拝命しているぞ。ひとつひとつの屋敷を当たるのか? 平民出のお前はよく分かっていないのかも知れんが、当主に面会の申し込みをするだけでも、面倒くさい貴族の作法があるんだ。返事をもらうには何日もかかるぞ」
「そこは王子の権力か、勇者の威光でごり押ししてだな」
「いや、そう簡単に言うなよ」
顔を突き合わせる三人に話しかけようとして、僕はケポッとげっぷを吐いてしまった。
口を押えて真っ赤になった僕を三人がきょとんと振り返る。
「んっ、んんっ」
咳払いをして、声を整える。
「あ、あの、探す必要はありません。場所は分かっているので」
「「「分かっている?」」」
わー、声がそろった。
三人の驚く目が痛い。
「分かっているなら先に言えよ、陽介」
「ご、ごめんなさい。気持ち悪くて吐きそうだったので……」
レオが慌てて近づいてきて僕の背中を撫でる。
「まだ気持ち悪いか?」
「いえ、大丈夫です。だいぶ良くなりました」
「今日は二回も転移したからな……少し、眠るか?」
「いえ、休んでいる時間がもったいないので」
「だが」
「あの、宝剣の封じられている場所なんですが」
「お、おう、どこにあるんだ?」
「フィルのおうちです」
「は?」
「なに?」
「俺の?」
みんなの視線が、今度はさっとフィルに移る。
フィルは両手を前に出してぶんぶんと振った。
「いやいやいやいや、ヴァランタン家に王家の宝剣なんて……」
「宝剣じゃなくて、魔剣です」
「魔剣?」
「はい、先祖代々封じられ守られてきた古代の魔剣。前に一度、古代の魔剣のおとぎ話を僕に聞かせてくれましたよね」
「あ、ああ。その魔剣……なら、確かにあるにはあるが」
「あるのか?」
「だが、それが『王家の宝剣』だなどとは聞いたことも無いぞ。うちに伝わる昔話も、ご先祖様が魔剣で悪者を倒していくという分かりやすいおとぎ話で……」
確かに、フィルに語ってもらったお話は、ご先祖様が魔剣を使って悪者をバッタバッタと退治していく時代劇みたいな勧善懲悪のお話だった。
「そのお話そのものはあまり関係が無いみたいです。ご先祖様をヒーローにしたかったどなたかの創作だと思います」
「ああ、まぁ、確かに娯楽小説のような出来過ぎた話だが」
「はい、すごく面白かったです」
僕はにっこり笑った。
こっちに来たばかりで分からないことだらけで、しかも記憶喪失だと嘘をついていたあの頃の僕は、不安でいっぱいだった。フィルはそんな僕をリラックスさせようと、ご先祖様の楽しいお話をしてくれた。とても嬉しかったのを覚えている。
「でも、お話と事実は違っていたんです。この国の名前にかけられた呪いで世界中から災いが降り注いできた時に、それを限界いっぱいまで吸い込んだ宝剣は、おどろおどろしい瘴気をまとった魔剣になってしまいました。それで、始末に困った当時の王様がフィルのご先祖様に命じて封じさせたらしいんです」
そのご褒美としてヴァランタン家には永代騎士爵の身分が与えられた……というのが、三つ目の神様から教えられた情報。
「なんと……。それはまったく知らなかった。おそらく今のヴァランタン家当主も知らないことだ」
「ああ、王族の私もそのような記録は読んだ覚えが無いな」
「へええ、なんつうか、運命的なものを感じるな。俺達の探し求める『王家の宝剣』がフィリベールのところにあるとは」
運命みたい、とは僕も感じたことだ。
まるで導かれるように、この四人と出会えたような。
レオは、椅子をぐんと揺らすと、身軽にスタッと立ち上がった。
「いずれにしろ良かったじゃねぇか。さっそくフィリベールの屋敷に」
「いや待て」
今にも出発しそうなレオをフィルが押しとどめる。
「そう簡単じゃないんだ、レアンドル。家に置いてあるだけなら、はいどうぞと渡せるんだが、魔剣はただ置いてあるんじゃない。誰も持ち出せないように封じられているんだ」
「まぁ、そうだろうな。難しい魔法で封印でもされているのか?」
フィルは首を振った。
「いや、魔法による封印ではない」
「じゃぁ、地下深くに埋められているとか?」
「地下と言えば地下だが」
「何だ、はっきり言えよ」
フィルはちょっと困ったように、鼻の頭をかいた。
「魔剣は、我が家の地下ダンジョンにあるんだ」
「ダンジョンだと?」
「まさか、この王都の地下にダンジョンがあるとでも?」
「ダ、ダダダダンジョン……!!」
あきらかにみんなと違うテンションで僕は声を上げてしまった。
ダンジョン。
魔物のはびこる地下迷宮。
魔物を倒すたびにレベルが上がったり、ドロップ品が出たり、宝箱をゲットできたりするあのダンジョンですか?
こんなに緊迫した場面なのに、一刻を争う事態なのに、僕の中二病精神は空気も読まずに疼いてしまう。
「レ、レオッ」
僕が顔を見上げると、分かっているというようにレオはニヤリとした。
「陽介の想像の通りだぞ」
「ほ、ほんとに? じゃぁこの世界のダンジョンっていうのは、つまり、いわゆる……」
「ああ、いわゆるRPGに出てくるようなあれだ」
「おお……」
「あははは。まぁ、この世界にステータス画面というものは存在しないし、レベルも経験値もHPもMPも数値化して見ることはできないから、かなりゲームとは違うけどな」
「そうなんですね。でも、それは誰か『鑑定』とかいう万能スキルでも持っていれば、リアルタイムで数値を実況してもらうことも……」
残念そうにレオは首を振った。
「鑑定持ちってやつには一度も会ったことが無い。勇者の俺でさえそんなスキルは持っていないんだ。この世界に『鑑定』スキルが存在するのかも怪しいな」
「ああ……そうなんだ……」
がくりと肩を落とす僕に、レオが苦笑する。
「がっかりしているところあれだが、そもそも、今回の冒険に陽介は連れていけないぞ」
「え?」
「癒しの魔導士がいない状態で、お前をダンジョンへ連れて行くのは危険すぎる。ジュリアンと二人で大人しく留守番していろ」
ああ……そ、そうですよね。
分かっていました。
魔力も無いし、体力の無い僕にダンジョンは荷が重い。
「フィルと俺とで必ず魔剣は手に入れてくるからさ。男と男の約束だ!」
レオが差し出してきた拳に、僕も拳をゴツンとぶつける。
「はい、必ず、必ずお願いします!」
熱く見つめ合っていると、気まずそうにフィルが声を出した。
「よく分からない話がせっかくまとまったところで悪いんだが、殿下には来てもらわなければならないんだが」
ジュリアンが片眉を上げる。
「私がついて行くと、足手まといになると思うが……?」
「いえ、ぜひ来ていただかなければなりません。魔剣の入っている宝箱は、王家の血筋の方にしか開くことが出来ないと伝えられています」
「では、そなたも開けたことが無いのか?」
「はい。俺の曽祖父が、ご学友であった当時の第八王子殿下と共に、一度開けてみたことがあるそうですが……」
「その時は、剣を外へ持ち出さなかったのか?」
「はい、あまりに濃い瘴気に恐れをなして、すぐに蓋を閉めたそうです。それ以来、宝箱を開けた者はいません」
「なるほど。王家の血筋の者が必要なら、私が行くしか……」
「いけません、殿下」
ジュリアンの言葉を遮るように、今まで空気みたいに黙っていたカイルが飛び出してきた。
「ダンジョンなどには行かせられません。もしも殿下の身に何かあったら取り返しがつきません」
いつもは不気味にうっすら笑っているようなカイルが、ジュリアンの前に跪いて驚くほど真剣な目でジュリアンを見上げている。
「殿下は、ご自身が思う以上に掛け替えのない尊きお方、この国に必要なお方です。そのような危険な場所へ行ってはなりません」
「カイル、黙れ」
「いえ、黙りません……!」
「黙れ」
「黙りま……せん……ううっ」
カイルが急に苦しそうに胸を抑える。
え、なに? 何の発作?
「……どうか殿下……お、お考え直しを……」
「お、おい、お前。隷属の術に逆らうな。死ぬぞ」
レオが焦ったように忠告する。
僕はびっくりして二人を見た。
「殿下……! どうか……」
蒼い顔でカイルが懇願する。
ジュリアンも蒼い顔をしてカイルを見下ろしている。
「ジュリアン様……!」
カイルがあまりに苦しそうで怖くて、僕は思わず声を出してしまった。
ジュリアンがぎゅっと目を閉じた。
「カイル、黙れという命令は解除する」
カイルが、がくりとうなだれる。
はぁはぁと呼吸をしてから、「はい」と小さく返事をした。
そしてまた顔を上げて、ジュリアンに迫る。
「殿下、どうかご自身の身の安全を一番にお考え下さい。殿下はこの国にとって……」
さらに言い募ろうとするカイルをじろりと睨み、ジュリアンは言った。
「カイル、新たにそなたに命じる。私と供にダンジョンに入れ。共に来て、私の身に危険があればその身をていして守れ」
カイルは何か言おうとしたが、ジュリアンの目を見て諦めたように下を向いた。
「はい。この身に代えても、必ず……必ずお守りいたします」
ジュリアンがほっとしたように息をつく。
「うむ。頼りにしておるぞ」
「は、有り難きお言葉」
「おいまったく、やめてくれよ。隷属の術なんて胸糞悪いもんで、人が死ぬところを見たくねぇよ」
レオが怒ったように言ったけど、カイルはすぐにいつもの無表情に戻って、すっと入り口の前に戻って行った。
隷属の術って、本当に怖い。この短いやり取りだけで、カイルは死ぬかも知れなかったんだ……。
レオが苛立ったようにガリガリと頭をかく。
「はあー、うーんとつまり、俺とフィルで三人のお守りをしながら行くことになるのか」
「いや、レアンドル。こう見えてカイルは使える男だ……え、三人?」
ジュリアンがきょとんとレオを見上げる。
「ああ、陽介を一人で置いておけねぇだろ」
「え? 僕? 一人でお留守番くらいできますよ」
さすがに一人が怖い幼児でもないし。
「何言ってるんだ。陽介はちょっとでも目を離すと、魔物に襲われるし魔族にさらわれるし、しょっちゅう死にかけるだろ。俺達の目の届かないところに置いておくと何があるか分からん」
ええ、僕って、そんな扱いなの?
レオはちょっとだけ考えて、ヨシッと手を叩いた。
「フィリベール、前衛はお前一人に任せた! カイルはドロップ品を拾いつつジュリアンの護衛。ジュリアンは自分の身だけ守っていろ。俺は陽介から一ミリも離れないから、俺の戦力を当てにするなよ」
え、あれ? 攻撃役、フィル一人なの?
「それだとフィルの負担が大きすぎるんじゃ……」
「大丈夫だ、リュカ」
フィルがさわやかスポーツマンの笑顔を見せる。
「うちの地下はそんなに難易度の高いダンジョンじゃない。すでに俺が成人する前に最下層まで踏破できたくらいだ。しかも、剣の修行のために何度も入っているから、道順も、トラップの位置も、すべて頭に入っている」
フィルは僕の前に来て、なぜか跪いた。
「それに、俺は嬉しいんだ。リュカには……ヨウスケには大きな借りがある。これで少しでも返せるなら、喜び以外のなにものでもない」
借りって何だろうと首を傾げ、はっと思い出した。
あの温泉のところでのエッチをアランに見られちゃったことか。
僕はもうそんなことすっかり忘れていたのに、やっぱり騎士の家で育ったフィルは義理堅いんだな。もう気にしなくてもいいのに……。
「ありがとう、フィル。すごく頼もしいです」
「礼はまだいい。まずは地下30階まであるダンジョンを、三日……いや、一泊二日で攻略することを考えよう。かなりの強行突破になるが」
ん、30階?
あれ、聞き間違い?
30階もあるダンジョンを二日で強行突破?
今、すごいことをさらりと言われたような。
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応援ありがとうございます!
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