異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第10話 まさか心から愛する人と

10-(2) フラグっぽいことを言うな


「ポーションは」
「20本入ってる」
「食べ物は」
「はい、こちらにございます」
「ええとどれどれ、焼き菓子とパンと干し肉と干した果物か」
「それで十分だろう。飲み物は」
「えっと……あった、水はこれか」
「ああ、それとこれも持って行け。メイドに果汁を用意させた」
「サンキュー」
「さんきゅうとは何だ?」
「ありがとうって意味だ」
「ほう、それも異世界の言葉か」
「まあな。……あれ? 着替えは下着しかないけどいいのか」
「ああ、それでいい。一泊で行って帰る予定だ。着替える時間も惜しい」
「そうだな」

 マジックバッグの中身を補充したり、装備を整えたりして、フィルのお屋敷で出発準備を整えている。
 レオ、フィル、ジュリアン、カイル、それとフィルのお屋敷の使用人さん達。
 窓から差し込む夕日を受けて、貴族の邸宅の床に荷物を広げて、まるで遠足の準備をするようにわいわいと賑やかだ。
 何だか、僕までちょっとワクワクしてしまって、急に罪悪感に襲われる。
 エディが死にそうになっているこんな時に、楽しいって思っちゃうなんて……。

「陽介」

 レオが僕の頭に手を置いた。

「そんな顔するな。気軽にいこうぜ」
「レオ、でも……エディは今も……」

 レオは両手で僕のほっぺたをくにっと横に引っ張った。

「い、いひゃい」
「ははは」
「にゃにするの」

 レオがやっと手を離したので僕はほっぺをさすった。

「笑ってろよ、陽介。あいつだって、陽介が笑っているのが一番嬉しいはずだ。全部終わって目覚めさせた後に、いっぱい話をしてやればいい。ダンジョンにおける無双の勇者様の八面六臂はちめんろっぴの大活躍をな!」

 レオは歌舞伎の見得を切るみたいに面白い顔でポーズを取った。
 さっきは俺の戦力を当てにするなって言っていたのに。
 僕はふふっと小さく笑った。

「エディとお話……いっぱいできますよね」
「ああ、なんたって俺がいるんだ。ダンジョン攻略のメンバーに世界最強の勇者様がいるんだぞ。失敗するはずがないだろ」
「それはすごくすごく心強いけど」
「けど?」
「なんか、言い方がフラグっぽい」

 僕とレオは顔を見合わせてぷーっと噴き出した。

「任せておけって、フラグもぜーんぶ叩き折ってやるから」

 そこにフィルが近づいて来る。

「リュカ、準備はできたか」
「はい」
「何も心配いらないぞ。基本的に難易度の低いダンジョンだから、あまり緊張しなくていいからな。まぁ、百回に一回ぐらいはドラゴンも出るらしいが、俺は一度も遭遇したことが無いしな」

 ニコニコと言うフィルに、僕とレオの顔はちょっとひきつった。

「フィルぅ……」
「フィリベール……」
「ん、なんだ?」
「お前までもが、いかにもフラグみたいなことを言うなよ!」
「は? ふらぐ? なんだそれは」

 僕はまたぷっと噴き出してしまった。
 レオがいつものようにニカッと笑って、僕の頭をくしゃくしゃとかきまわした。

「そうだ、陽介。楽しむくらいでちょうどいい。あいつが目覚めたら、初ダンジョンでの冒険譚をたっぷり聞かせてやろうぜ」
「はい……!」




 お貴族様のお屋敷を訪問するには、普通何日も前からお伺いを立てて、正式にご招待を受けてから来るという不文律があるらしい。でも、フィルのおうちは騎士の家系で、みんな軍人気質な人達なので、王子様や勇者様と共にダンジョンに入ると言ったら、二つ返事で許可してくれたそうだ。というか、フィルのお父さんもお兄さん達もむしろ一緒に来たいと言い出して、断るのが大変だったらしい。

「まさか本当に、街中にダンジョンがあるとは……万が一スタンピードが起こったらどうするのだ?」

 ヴァランタン家のお屋敷のちょうど中心に地下に通じる階段があって、降りたその先にダンジョンの入り口はあった。
 石造りの地下室に、フィルのおうちの紋章が刻まれた鉄製の扉。
 ものすごくそれっぽい雰囲気に、胸が高鳴る。

「スタンピードは起こり得ません」

 大きな鉄製の扉をフィルがゴゴゴゴ……とゆっくり開いていく。

 スタンピードというのは、ダンジョンの中に魔物が増えすぎて、外へ溢れてくる現象のこと。長年放置されたダンジョンなどで発生することがあって、溢れ出した魔物が近くの町や村を襲って大惨事になることがあるらしい。

「うちの父も兄達も、親戚連中も、しょっちゅうダンジョンに入って魔物を間引いていますから。ヴァランタン家では先祖代々、男も女もここで子供の頃から鍛えることになっているんです」

 と、言いながらフィルが簡単に開けたように見える扉は、厚みが20㎝くらいあった。
 鉄製で厚み20㎝。

 あれれ? これって、一人で開けられるものなの?

「そ、そうか。なるほど頼もしいな」

 うなずくジュリアンも、少しひきつった顔をしてその分厚い扉を凝視している。

 開かれた扉の向こうは、石造りの四角いトンネルになっていた。光源が見当たらないのに、ほんのりと明るい。途中に横道がいくつか見えているから、いかにも王道ファンタジーゲームのよくある迷宮ダンジョンという感じだ。

 フィルは顔まで覆うかぶとをつけて、かっちりとした鎧を着て、腰に剣を帯びている。全体的に銀色で、ところどころに緑色で模様が入っている。
 ジュリアンとカイルも鎧に剣という出で立ちだけど、フィルのものよりは軽さ重視なのか、顔も見えていてそれほど重装備ではない。
 レオが一番軽装だった。普通のシャツとズボンに、ドラゴンの鱗製という赤い肘当てと膝当てのみで、楽しそうに屈伸運動をしている。
 僕はエディのローブを着せられていた。大蜘蛛の糸で出来ているから魔法耐性と物理耐性があって、普通の服より安全らしい。エディの残り香に包まれるみたいで、なんだか嬉しくて落ち着くんだけど、でもこれ、かなり裾を引きずっているんだけどな……。
 このままダンジョンに入るのは歩きにくくて危なくないかなと思っていたら、ひょいとレオに抱き上げられた。

「準備はいいか」

 レオはマジックバッグだけ腰に下げて、剣すら持っていなかった。
 両手で僕を抱っこして、そのままいくつもりみたいだ。
 確かに、僕に歩かせたらいつ辿り着けるか分からないけれど。

「レオは武器を持たないんですか」
「マジックバッグに予備の剣が入っているから大丈夫だ」
「でも、両手がふさがっている状態で……」

 言いかけると、ポポポポッと小さな炎が僕の周りに現れた。

「手を使えなくても、詠唱しなくても、魔法は使える」

 炎は曲芸みたいに僕の目の前で踊って、しゅんっと消えた。

「それに、フィリベールがいるしな」

 と、レオは顎をしゃくった。

 フルフェイスの兜も、目の部分は開いている。凛とした鋭い目つきは、凄みと怖さを感じさせる。フィルをよく知る前は、その目が怖いと思っていたけれど。

「お、リュカ、そのローブ似合っているな」

 僕を見て、フィルがにっこりと笑う。

 ああ、そうだ。いつもこういう笑顔を見せてくれるから、怖いと思わなくなったんだ。
 優しくて、頼もしい大剣士様。

「では、行こうか。目標は最下層の隠し部屋にある宝箱、帰還の期限は明日の夜まで。体力を削る強行軍になると思うが、各々おのおの覚悟はいいか」
「おお!」
「では、出発だ!」

 フィルが出発を宣言する。
 僕達は意気揚々とダンジョンへと足を踏み出した。





 うん、意気揚々とね。
 まぁ、意気込みだけはね。

 なんかね、思っていたのとぜんぜん違う。
 あれれ、ぜんぜん違うよー。

 普通、RPGでダンジョンを進むのなら、迷路に迷いながら行ったり来たりして進んでいき、時々魔物とエンカウントして、敵の弱点や自分の実力を考えて、剣で行くか魔法で行くか道具を使うか必殺技を使うかを判断して、いざ、攻撃……! みたいな感じだよね。そう思っていたよね。

 でも、先頭のフィルは迷路に一切迷わず通路を走り抜けていき、僕の目が魔物を認識する前にすでに剣を振り終わっていて、僕が気付いた時にはもう魔物がキラキラ光って消滅していくところで……。
 『剛腕の大剣士』って、誰が名付けたんだろう。ぜんぜん剛腕のイメージじゃないよ、目にも止まらぬ早業だよ。神速の剣士とか、疾風の剣士とか、なんかもっとふさわしいネーミングがあったはずだと思うんだけど。

 とにかく、駆け抜けるついでのように魔物を倒していくフィルを追って、落ちてくる魔石などのドロップ品をカイルが走りながら拾い上げていく。
 続くジュリアンは、戦わずにひたすら走るだけ。
 僕はその後ろからレオに抱かれて進んで行くんだけど、時々キラキラ光って消えていく魔物の残像を目にするだけで、何にもしない。何にも出来ない。

 というか、キラキラだけじゃどんな魔物が出たのかも分からないんだよ。
 わースライムが出たー、とか、わーゴブリンが出たー、とか、一切騒がないの。

 戦えるとは初めから思っていなかったけど、もうちょっとハラハラドキドキの戦闘シーンを見られるかなと思っていた。
 でも、フィルは常に一撃必殺、見つけ次第に瞬殺していくから、ハラハラする暇もない。
 魔物の死体が残らないのがダンジョンの良いところだけど、でも、動体視力が悪い僕に見えるのは、消滅する時のキラキラだけだから……。

 うーん、ダンジョンのワクワク感ゼロだよ。
 エディに話すような冒険は、一個も起きないよ。

 なんというか、ひたすら走り抜けて行って、いつの間にか階層のボス戦も終了していて、階段を降りてまた走り抜ける。それを、何回も何回も繰り返す。
 地下30階まであるダンジョンを一泊二日で攻略すると言われた時は、ちょっと耳を疑ったんだけれど、フィルの言葉はちゃんと現実になりそうだ。

 しかし、これって一体……? 

 一時間か二時間に一回くらい、『セーフティゾーン』という魔物が入って来られない部屋を見つけて休憩を取る。
 軽く食べたり飲んだり、個室になっているところでトイレをしたり……。魔法陣の無いトイレは久しぶりで、もちろん水洗じゃないからちょっと嫌だったんだけど、どういう仕組みか少し時間がたつと汚物は跡形もなく消えてしまった。ダンジョンに吸収されるんだって、レオは言っていた。汚物のほかに、ダンジョン内で人が死ぬと、死体も一定時間で吸収されるらしい。ここで死ぬのは絶対に嫌だと思った。

 魔王級の二人と、意外に動けるカイルはまったく平気な顔をしていたけれど、ジュリアンはかなりきつそうだった。休憩タイムのたびに、ぜーぜー言いながらポーションを飲んでいる。

 だって、これ、冒険じゃないもん。
 耐久マラソンだもん。
 ジュリアンは途中で鎧を脱いで、マジックバッグに入れてしまった。
 走り続けるのには軽い方が良いから。

 僕はというと……うん……ごめんなさい。
 僕はいつの間にか、レオの腕で眠っていた。
 だって、何時間もひたすら抱かれて運ばれるだけで、あまりにも暇すぎて。
 しかも、レオは僕が眠そうなのに気付くと、走るのをやめて風魔法で飛び始めたらしい。僕を走る振動で起こしてしまわないように。
 ハイ、おかげで熟睡してしまいましたよ。
 疲れも無くて、体調は万全。
 げっそりしているジュリアンの顔が見られない……。


 そんなこんなで僕は、何ひとつ冒険らしい冒険を体験しないまま、一番下の階へ来てしまったのだった。

 今までは通路の高さも幅もせいぜい3メートルくらいだったのに、最下層の通路は高さも幅も10メートル以上もある。これって、つまり、それだけ大きな魔物が出る可能性があるってことだよね。
 あれ、ちょっと嫌な予感。

「ジュリアン、大丈夫か」

 レオが聞くと、ジュリアンは無言のままこくりとうなずいた。
 そのまま、前の人に遅れないように走り続けている。

 あ、これ、しゃべるのも億劫おっくうなくらい疲れているんだ。

「レオ、今、何時くらいですか」
「何時だろうなぁ、多分半日くらいは経っていると思うけど」

 半日。
 ダンジョンに入ったのが夕方ぐらいだったから、もう真夜中を過ぎているんじゃ……。

「あの、今日はもうそろそろ」

 僕が言い終わる前にレオがニコッと笑う。

「そうだな、今日はもう休もうか。おい、フィリベール! 一番近いセイフティゾーンは?」
「こっちだ」

 フィルは軽く返事をして、すぐに右に曲がった。カイルもその後へ続く。
 ジュリアンと僕を抱えたレオが続こうとすると、

「うおっと!」

 ダンジョンに入ってから初めて大きな声を出して、フィルが角を飛び出してきた。

「どうした!」
「下がってください!」

 カイルが答え、すぐにジュリアンのそばへ走り寄り、剣を構えた。

「いやぁ、すまんすまん。百回に一回の当たりを引いてしまったらしい」

 両手に剣を握り、じりじりと後退りしながらフィルが笑う。

 ドスン、と床が揺れた。

「あーあ、あいつ、やっぱり」

 レオが苦笑する。

 やっぱり、とは、つまり。

 また、ドスンと床が揺れる。
 怪獣みたいな鳴き声が響き、ビリビリビリと空気が震える。

「こ、これってやっぱり」

 曲がり角からブワーっと炎が噴き出してきて、ひょいひょいとフィルが避けている。
 レオがどこか楽しそうに笑う。

「ああ、やっぱりだったな」
「あああああ、フィルがフラグっぽいことを言うからー!」

 地響きとともに、曲がり角からドラゴンが現れた。







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