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第10話 まさか心から愛する人と
10-(5) 傷つけないために、隠す
「そんな、リュカ………」
ジュリアンは、一歩、後退りした。
「リュカ、まさか………」
ジュリアンが真っ青な顔で、宝箱を見て、また僕を見る。
その体ががくがくと震えている。
「そのまさかだと思うぞー」
レオが魔剣を見ながら顔も上げずに言った。
まさかって? 何がまさかなの?
「なぜそう思う……? いくら調べてもそんな事実など……」
「んーまぁ、この前偶然なのかなんなのか、世界教会でジュリアンの親父に会ったんだよな。その時の様子がちょっとな……」
ん? 王様?
なんでここで王様の話が出てくるの?
「お前だって、ほらあの時さ、不審に思っていただろ。この現状が陛下のシナリオ通りなら、そこにどんな意図があるのかってさ」
あの時? 陛下のシナリオ?
えっと、何だっけ、いつそんな話をしたんだっけ?
「だって、そもそもがおかしかっただろ? こんな人畜無害の奴隷を国の上層部が殺そうとするなんて。あれは本当に勇者をこの国に引き留めるためだけに公爵令嬢まで巻き込んだのかなぁ。今まで俺らが感じてきたすべての疑問に、これで全部説明がつくんじゃねぇか?」
なに? どういうこと?
レオの言いたいことがよく分からない。
「そう、なのか……? そうだというのか? ……だがそうだとしたら、すべての辻褄が合う……」
早口で呟き、ジュリアンはいやいやというように首を振る。
「だがそれでは……私は……ああ、私は……嘘だ嘘だ……私は、自分の……」
「ジュリアン、取り乱すな」
怒鳴るわけでは無いけれど、レオの声は鋭かった。
ジュリアンが今にも泣きそうな顔で何度も首を振り、頭を抱える。
「だが、だが、そんな………ああ、私は何と罪深いことを……!」
「殿下、お気を確かに!」
崩れ落ちるジュリアンを、慌ててカイルが支える。
その様子がとても苦しそうで、僕はジュリアンに近づいた。
「ジュリアン様、だいじょうぶで……」
「よ、寄るな!」
大きな声で拒絶され、びくりと体が固まる。
レオがぐいっと僕を抱き寄せる。
「なぁ、ジュリアン、間違えるな。この子は陽介だ。リュカじゃない。リュカじゃないんだ」
「だ、だが……」
「俺が悪かったよ。安易に試したりして。お前なら冷静に受け止められると思ったんだ」
「冷静に……? 冷静に、なれると……思うのか……?」
早く浅い呼吸を繰り返し、唇を震わせる様子はどうみても普通じゃない。
何が起こっているの?
ジュリアンは大丈夫なの?
王族じゃない僕が宝箱を開けたから、何か毒とか出てきちゃったの?
「フィリベール、陽介をつれてセイフティゾーンに行っていてくれ」
レオは僕を抱き上げてフィルにぐいと押し付ける。
「あ、ああ。だが今のは、まさかリュカは」
「あ? ああー、それはだな、えーと、ほら」
レオは僕の手をつかんで、フィルに見せた。
「ほら、ここにジュリアンの血が付いている。王族の血だ。それで宝箱が反応しただけだ」
僕は自分の手を見た。
確かに手のひらにジュリアンの血が付いている。
「あ、何だ、そうか……」
ほっとして、力が抜けた。
ジュリアンの血で開いたのなら、何も不思議じゃない。
宝箱には何の異常も無いってことだ。
レオの後ろでジュリアンが床に手をついている。
過呼吸みたいに、はっはっと息を吐いて、汗をかいて苦しそうだ。
宝箱が原因じゃないなら、いったい……。
「レオ、ジュリアン様は」
レオはちらっとジュリアンを振り返り、安心させるように僕に笑いかけた。
「何でもない。ジュリアンは魔剣の瘴気に当てられて、少し錯乱しているだけだ」
「さくらん……」
「ああ、ごめんな。びっくりしただろ? 俺やジュリアンが言ったことは気にしなくていい。瘴気のせいでちょっと混乱しただけだから」
「でも」
「何の心配もいらない。危ないから陽介は先に行っていてくれ。頼む、フィリベール」
「お、おう。分かった」
フィルはまるで逃げるように、僕を抱いてその場から走り出した。
その顔色もとても蒼い。
「フィル、ジュリアン様は大丈夫なんですか?」
「ああ、最強の勇者が付いているんだ。何も心配ない」
「でも、あんなに苦しそうにして……」
フィルは立ち止まって、ぎゅっと僕を抱きしめた。
「リュカ……いや、お前はヨウスケだ。ヨウスケは何も知らなくていいんだ」
「フィル?」
フィルは僕を抱いたままちょっとの間、深呼吸していた。
まるで自分の気持ちを落ち着けるかのように。
「もしかしてフィルも苦しいの……?」
フィルは抱きしめる手を緩めて、僕を見下ろす。
「いや、俺は少し驚いただけだ……まさかリュカが」
「僕が?」
しんと静まり返ったダンジョンの通路で、フィルはこわばった様子でむりやり笑顔を作った。
「いやほら、あの魔剣の瘴気がものすごくて、みんなびっくりしちゃっただけなんだ。宝箱が開いた途端にどろどろっと溢れてきただろ」
「そんなにすごい瘴気だったんですか……?」
きれいな剣の柄だったけど、そんな怖い気配は何も感じなかった。
「ヨウスケは何も感じなかったのか」
「はい、ただ透き通っていてきれいだなって」
フィルが瞬きする。
「あんなに強い瘴気を何も感じないのか……。やっぱり、ヨウスケは違う世界から来た魂だからなのかな……」
僕は通路を振り返った。
「そんなに怖い瘴気のある場所にいるより、ジュリアン様もセイフティゾーンへ来た方が良くないですか?」
「あ、ああ。もう大丈夫なはずだ。レアンドルが付いているからな」
まるでらしくない作り笑いで言うと、フィルは僕を抱えたまま通路を走り出した。
セイフティゾーンの中に入っても、フィルは何となく落ち着かない様子だった。
僕も、ひどく蒼ざめていたジュリアンが心配で、何度も入り口を見てしまう。
「あの剣は本当に魔剣だったんですか」
「ああ、それは間違いない」
「でも、柄しか無かったですよね」
「そっか、ヨウスケは見るの初めてか。あれは魔力剣というんだ。あの柄を握ると、魔力の刃が顕現する」
「魔力の刃……なんだか響きがかっこいいですね」
「ああ、あれは本当にかっこいいんだぞ」
フィルがちょっと嬉しそうに言った。
「魔力剣ってどういうものなんですか」
僕が聞くと、フィルはぐっと身を乗り出してきた。
「魔力剣というものはな、使う人を選ぶんだ。実力も精神も中途半端なやつが使うと刃を維持できなくて戦うどころじゃなくなってしまう。あれを使いこなせればそれだけですごい剣豪だと認められるんだ」
「そうなんですね。じゃぁ、フィルは大剣士様だから当然……」
「ああ、もちろん。当然使えるぞ」
フィルの目が活き活きと輝き始めて僕はホッとした。
良かった……。いつものフィルに戻っている。
「さっきはちらっとしか見られなかったが、あれはさすがもとは王家の宝剣だなぁ。実にすばらしい。あの精緻な文様の彫られた柄を見たか? どこにもつなぎ目が無かっただろう。あれはひとつの魔石から削り出されたものだな。あんなに大きな魔石となると、何千年も生きたドラゴンなどの、とんでもない高位の生物からしか取れないんだ。握りの部分の力強さといい、繊細な彫りといい、あれは業物であり芸術品だ。一生のうち一度でもお目にかかれるかというほどのな……剣に美しさなどいらないというモノの分からない連中もいるが、美しさというのは力につながる、つまり……」
よっぽど魔剣に感動したみたいで、ある種のオタクみたいに滔々と語り続けるフィルを見ていて、僕はちょっと気持ちが落ち着いてきた。
変な作り笑いをしているフィルより、ずっと安心できる。
あんまりよく分からない蘊蓄話を始めたフィルに、うんうんとうなずきながら、僕はマジックバッグに手を突っ込んで瓶とコップをふたつ出した。
「魔力剣ってかっこいいですね。フィルが使うところを見てみたい」
と、果汁を注いだコップを差し出す。
「ああ、俺もぜひあの剣を振ってみたい。だが、あれほどの瘴気を発している今の状態だと、ちょっと難しいな……」
フィルはコップを受け取って果汁を一口飲んだ。
僕はフィルの話を聞いていて、実はちょっとうずうずしていた。
レオと話したい。
だって柄だけの剣って、あれを想像しない?
柄を握ると魔力の刃が現れるなんて……魔力剣って、魔力剣ってさ、あのSF超大作映画に出てくる、あのなんとかセイバーみたいだよね!って。
でもさっきのレオとジュリアンはなんだか怖いくらいに取り乱していて、とてもそんなふざけた話はできそうになかった。
「大丈夫なのかな……」
セイフティゾーンの入り口を振り返る。
「大丈夫、何も心配するな。時間が経てば落ち着くさ」
フィルがぽふぽふと優しく僕の髪を撫でた。
フィルの言っていた通り、だいぶ時間が経ってから、いつも通りのレオと、カイルに支えられたジュリアンが戻って来た。
「悪い悪い。ぐずぐずしてたら、あそこのグリフォンがリポップしちゃっててさ」
無造作に魔剣を片手で持ったまま、レオは頭をかいた。
「ええ! じゃぁまた戦ったんですか?」
「おう、また楽勝だったぞ」
「おい、レアンドル」
フィルが、待ちかねた顔でレオに近づく。目は魔剣に釘付けだ。
「ちょっとそれ、持ってみてもいいか」
「いいけど、瘴気でピリピリするぞ」
と、レオがフィルの手に柄だけの魔剣をぽんと置く。
「おおっ、うわわっ、何だこれ、ピリピリどころじゃないぞ!」
うおっ、とか、ぐおっ、とか変な声を上げながら、フィルが魔剣を観察している。
「素手で持つのが無理なら亜竜蝙蝠の羽を使え」
「なるほど、分かった!」
フィルがごそごそとマジックバッグから厚みのある皮みたいなものを引っ張り出す。
二人が魔剣について語っているところから少し離れて、カイルはジュリアンを床に座らせた。
「何か、お召し上がりになりますか」
カイルが聞いても、ジュリアンは憔悴したような顔で首を振っている。
その目元が腫れぼったくて赤い。
そんなに魔剣の瘴気というものは、体に影響があるんだろうか。
「ジュリアン様、大丈夫ですか。ポーションを飲みますか」
僕が駆け寄ると、ジュリアンはぎくりと身をこわばらせた。
「殿下は疲れている。離れなさい」
カイルが追い払うように言うのを、ジュリアンが片手を上げて止めた。
「良い。こちらへ、ヨースケ」
「ですが殿下」
「少し話したいのだ……来てくれるか」
「は、はい。なんですか」
僕はジュリアンのすぐそばに座った。
近くで見るとやっぱり、ジュリアンの目は泣いた後みたいに腫れていた。
「ヨースケは、もともといた世界で家族はいたのか」
「はい、両親と弟と僕で4人家族でした」
「兄弟が、いたのか……」
「はい。でも、あっちにいた頃はあんまりちゃんと話せなかったので、今はちょっと後悔しています。ちゃんと弟と話をしていれば、もっと仲良くなれたかもしれないのになって……」
「そうか……」
ジュリアンは目をしばたたかせる。
「リュカと夢の中で話したと言ったな」
「え? は、はい」
急に話題が変わって驚く。
「リュカの家族の話は出たか」
「はい、妹さんのことを言っていました。病で亡くなってしまったと」
ジュリアンがちょっと息を呑んだ。
「妹の死を、知っていたのか……」
驚く声がかすれている。
「あ、は、はい。リュカは知っていたみたいです。あの、ジュリアン様はリュカを傷つけたくなくてリナさんの死を隠していたんですよね」
「ああ……」
ジュリアンが疲れたようにうなずいた。
「傷つけたくないから、隠す。私は隠す。それしかできない」
「そうですか……。やっぱり、ジュリアン様は優しい人です」
「優しい……?」
夢の中で『陽介』はジュリアンのことを腹黒だとか色々言っていたけれど、やっぱりジュリアンは優しい人だと思う。嘘をつくかもしれないけれど、それは相手を気遣ってのことだ。
「だって、ジュリアン様はいつも奴隷の僕の言葉をちゃんと聞いてくれますし、アベルのことも助けてくれましたし」
「アベル? ……ああ……そんなことも、あったな……」
「はい。あの時は本当にありがとうございました」
「礼を言われるようなことは何も……。いや、あの者とはもう会うことは叶わぬだろうが、きちんとした屋敷で働いている。きっと達者にしておるぞ」
「はい、本当に良かったです」
僕が笑いかけると、ジュリアンはちょっと眩しそうに目を細めた。
「ポーションを一本出してくれるか」
「はい! すぐ出しますね」
僕はマジックバッグからポーションを出して差し出す。
ジュリアンは震える手でそれを受け取った。
「リュカは他に兄弟がいるようなことを言っていたか」
「いいえ。妹のリナさんのことしか話していませんでした」
「そうか、それなら良い。それなら良いのだ……」
「殿下」
カイルが心配そうに声をかける。
「そろそろお休みになられた方が……」
「そうだな。私は少し疲れてしまった。これを飲んだら休ませてもらおう」
「は、はい……」
カイルがジュリアンの体を横から支えて、セイフティゾーンの端の方へ歩いて行き、壁の前で座り込んだ。
そこで、カイルは自分のマジックバッグから毛布を出してジュリアンの肩にかけた。
ジュリアンがぐったりと壁に寄り掛かるのが見えた。
なんだか急にその背中が小さく見えて、不安になる。
「大丈夫だ。あいつはああ見えて芯が強い。明日にはケロッと平気な顔をしてるさ」
レオが僕の肩に手を置いて、静かに言った。
・
ジュリアンは、一歩、後退りした。
「リュカ、まさか………」
ジュリアンが真っ青な顔で、宝箱を見て、また僕を見る。
その体ががくがくと震えている。
「そのまさかだと思うぞー」
レオが魔剣を見ながら顔も上げずに言った。
まさかって? 何がまさかなの?
「なぜそう思う……? いくら調べてもそんな事実など……」
「んーまぁ、この前偶然なのかなんなのか、世界教会でジュリアンの親父に会ったんだよな。その時の様子がちょっとな……」
ん? 王様?
なんでここで王様の話が出てくるの?
「お前だって、ほらあの時さ、不審に思っていただろ。この現状が陛下のシナリオ通りなら、そこにどんな意図があるのかってさ」
あの時? 陛下のシナリオ?
えっと、何だっけ、いつそんな話をしたんだっけ?
「だって、そもそもがおかしかっただろ? こんな人畜無害の奴隷を国の上層部が殺そうとするなんて。あれは本当に勇者をこの国に引き留めるためだけに公爵令嬢まで巻き込んだのかなぁ。今まで俺らが感じてきたすべての疑問に、これで全部説明がつくんじゃねぇか?」
なに? どういうこと?
レオの言いたいことがよく分からない。
「そう、なのか……? そうだというのか? ……だがそうだとしたら、すべての辻褄が合う……」
早口で呟き、ジュリアンはいやいやというように首を振る。
「だがそれでは……私は……ああ、私は……嘘だ嘘だ……私は、自分の……」
「ジュリアン、取り乱すな」
怒鳴るわけでは無いけれど、レオの声は鋭かった。
ジュリアンが今にも泣きそうな顔で何度も首を振り、頭を抱える。
「だが、だが、そんな………ああ、私は何と罪深いことを……!」
「殿下、お気を確かに!」
崩れ落ちるジュリアンを、慌ててカイルが支える。
その様子がとても苦しそうで、僕はジュリアンに近づいた。
「ジュリアン様、だいじょうぶで……」
「よ、寄るな!」
大きな声で拒絶され、びくりと体が固まる。
レオがぐいっと僕を抱き寄せる。
「なぁ、ジュリアン、間違えるな。この子は陽介だ。リュカじゃない。リュカじゃないんだ」
「だ、だが……」
「俺が悪かったよ。安易に試したりして。お前なら冷静に受け止められると思ったんだ」
「冷静に……? 冷静に、なれると……思うのか……?」
早く浅い呼吸を繰り返し、唇を震わせる様子はどうみても普通じゃない。
何が起こっているの?
ジュリアンは大丈夫なの?
王族じゃない僕が宝箱を開けたから、何か毒とか出てきちゃったの?
「フィリベール、陽介をつれてセイフティゾーンに行っていてくれ」
レオは僕を抱き上げてフィルにぐいと押し付ける。
「あ、ああ。だが今のは、まさかリュカは」
「あ? ああー、それはだな、えーと、ほら」
レオは僕の手をつかんで、フィルに見せた。
「ほら、ここにジュリアンの血が付いている。王族の血だ。それで宝箱が反応しただけだ」
僕は自分の手を見た。
確かに手のひらにジュリアンの血が付いている。
「あ、何だ、そうか……」
ほっとして、力が抜けた。
ジュリアンの血で開いたのなら、何も不思議じゃない。
宝箱には何の異常も無いってことだ。
レオの後ろでジュリアンが床に手をついている。
過呼吸みたいに、はっはっと息を吐いて、汗をかいて苦しそうだ。
宝箱が原因じゃないなら、いったい……。
「レオ、ジュリアン様は」
レオはちらっとジュリアンを振り返り、安心させるように僕に笑いかけた。
「何でもない。ジュリアンは魔剣の瘴気に当てられて、少し錯乱しているだけだ」
「さくらん……」
「ああ、ごめんな。びっくりしただろ? 俺やジュリアンが言ったことは気にしなくていい。瘴気のせいでちょっと混乱しただけだから」
「でも」
「何の心配もいらない。危ないから陽介は先に行っていてくれ。頼む、フィリベール」
「お、おう。分かった」
フィルはまるで逃げるように、僕を抱いてその場から走り出した。
その顔色もとても蒼い。
「フィル、ジュリアン様は大丈夫なんですか?」
「ああ、最強の勇者が付いているんだ。何も心配ない」
「でも、あんなに苦しそうにして……」
フィルは立ち止まって、ぎゅっと僕を抱きしめた。
「リュカ……いや、お前はヨウスケだ。ヨウスケは何も知らなくていいんだ」
「フィル?」
フィルは僕を抱いたままちょっとの間、深呼吸していた。
まるで自分の気持ちを落ち着けるかのように。
「もしかしてフィルも苦しいの……?」
フィルは抱きしめる手を緩めて、僕を見下ろす。
「いや、俺は少し驚いただけだ……まさかリュカが」
「僕が?」
しんと静まり返ったダンジョンの通路で、フィルはこわばった様子でむりやり笑顔を作った。
「いやほら、あの魔剣の瘴気がものすごくて、みんなびっくりしちゃっただけなんだ。宝箱が開いた途端にどろどろっと溢れてきただろ」
「そんなにすごい瘴気だったんですか……?」
きれいな剣の柄だったけど、そんな怖い気配は何も感じなかった。
「ヨウスケは何も感じなかったのか」
「はい、ただ透き通っていてきれいだなって」
フィルが瞬きする。
「あんなに強い瘴気を何も感じないのか……。やっぱり、ヨウスケは違う世界から来た魂だからなのかな……」
僕は通路を振り返った。
「そんなに怖い瘴気のある場所にいるより、ジュリアン様もセイフティゾーンへ来た方が良くないですか?」
「あ、ああ。もう大丈夫なはずだ。レアンドルが付いているからな」
まるでらしくない作り笑いで言うと、フィルは僕を抱えたまま通路を走り出した。
セイフティゾーンの中に入っても、フィルは何となく落ち着かない様子だった。
僕も、ひどく蒼ざめていたジュリアンが心配で、何度も入り口を見てしまう。
「あの剣は本当に魔剣だったんですか」
「ああ、それは間違いない」
「でも、柄しか無かったですよね」
「そっか、ヨウスケは見るの初めてか。あれは魔力剣というんだ。あの柄を握ると、魔力の刃が顕現する」
「魔力の刃……なんだか響きがかっこいいですね」
「ああ、あれは本当にかっこいいんだぞ」
フィルがちょっと嬉しそうに言った。
「魔力剣ってどういうものなんですか」
僕が聞くと、フィルはぐっと身を乗り出してきた。
「魔力剣というものはな、使う人を選ぶんだ。実力も精神も中途半端なやつが使うと刃を維持できなくて戦うどころじゃなくなってしまう。あれを使いこなせればそれだけですごい剣豪だと認められるんだ」
「そうなんですね。じゃぁ、フィルは大剣士様だから当然……」
「ああ、もちろん。当然使えるぞ」
フィルの目が活き活きと輝き始めて僕はホッとした。
良かった……。いつものフィルに戻っている。
「さっきはちらっとしか見られなかったが、あれはさすがもとは王家の宝剣だなぁ。実にすばらしい。あの精緻な文様の彫られた柄を見たか? どこにもつなぎ目が無かっただろう。あれはひとつの魔石から削り出されたものだな。あんなに大きな魔石となると、何千年も生きたドラゴンなどの、とんでもない高位の生物からしか取れないんだ。握りの部分の力強さといい、繊細な彫りといい、あれは業物であり芸術品だ。一生のうち一度でもお目にかかれるかというほどのな……剣に美しさなどいらないというモノの分からない連中もいるが、美しさというのは力につながる、つまり……」
よっぽど魔剣に感動したみたいで、ある種のオタクみたいに滔々と語り続けるフィルを見ていて、僕はちょっと気持ちが落ち着いてきた。
変な作り笑いをしているフィルより、ずっと安心できる。
あんまりよく分からない蘊蓄話を始めたフィルに、うんうんとうなずきながら、僕はマジックバッグに手を突っ込んで瓶とコップをふたつ出した。
「魔力剣ってかっこいいですね。フィルが使うところを見てみたい」
と、果汁を注いだコップを差し出す。
「ああ、俺もぜひあの剣を振ってみたい。だが、あれほどの瘴気を発している今の状態だと、ちょっと難しいな……」
フィルはコップを受け取って果汁を一口飲んだ。
僕はフィルの話を聞いていて、実はちょっとうずうずしていた。
レオと話したい。
だって柄だけの剣って、あれを想像しない?
柄を握ると魔力の刃が現れるなんて……魔力剣って、魔力剣ってさ、あのSF超大作映画に出てくる、あのなんとかセイバーみたいだよね!って。
でもさっきのレオとジュリアンはなんだか怖いくらいに取り乱していて、とてもそんなふざけた話はできそうになかった。
「大丈夫なのかな……」
セイフティゾーンの入り口を振り返る。
「大丈夫、何も心配するな。時間が経てば落ち着くさ」
フィルがぽふぽふと優しく僕の髪を撫でた。
フィルの言っていた通り、だいぶ時間が経ってから、いつも通りのレオと、カイルに支えられたジュリアンが戻って来た。
「悪い悪い。ぐずぐずしてたら、あそこのグリフォンがリポップしちゃっててさ」
無造作に魔剣を片手で持ったまま、レオは頭をかいた。
「ええ! じゃぁまた戦ったんですか?」
「おう、また楽勝だったぞ」
「おい、レアンドル」
フィルが、待ちかねた顔でレオに近づく。目は魔剣に釘付けだ。
「ちょっとそれ、持ってみてもいいか」
「いいけど、瘴気でピリピリするぞ」
と、レオがフィルの手に柄だけの魔剣をぽんと置く。
「おおっ、うわわっ、何だこれ、ピリピリどころじゃないぞ!」
うおっ、とか、ぐおっ、とか変な声を上げながら、フィルが魔剣を観察している。
「素手で持つのが無理なら亜竜蝙蝠の羽を使え」
「なるほど、分かった!」
フィルがごそごそとマジックバッグから厚みのある皮みたいなものを引っ張り出す。
二人が魔剣について語っているところから少し離れて、カイルはジュリアンを床に座らせた。
「何か、お召し上がりになりますか」
カイルが聞いても、ジュリアンは憔悴したような顔で首を振っている。
その目元が腫れぼったくて赤い。
そんなに魔剣の瘴気というものは、体に影響があるんだろうか。
「ジュリアン様、大丈夫ですか。ポーションを飲みますか」
僕が駆け寄ると、ジュリアンはぎくりと身をこわばらせた。
「殿下は疲れている。離れなさい」
カイルが追い払うように言うのを、ジュリアンが片手を上げて止めた。
「良い。こちらへ、ヨースケ」
「ですが殿下」
「少し話したいのだ……来てくれるか」
「は、はい。なんですか」
僕はジュリアンのすぐそばに座った。
近くで見るとやっぱり、ジュリアンの目は泣いた後みたいに腫れていた。
「ヨースケは、もともといた世界で家族はいたのか」
「はい、両親と弟と僕で4人家族でした」
「兄弟が、いたのか……」
「はい。でも、あっちにいた頃はあんまりちゃんと話せなかったので、今はちょっと後悔しています。ちゃんと弟と話をしていれば、もっと仲良くなれたかもしれないのになって……」
「そうか……」
ジュリアンは目をしばたたかせる。
「リュカと夢の中で話したと言ったな」
「え? は、はい」
急に話題が変わって驚く。
「リュカの家族の話は出たか」
「はい、妹さんのことを言っていました。病で亡くなってしまったと」
ジュリアンがちょっと息を呑んだ。
「妹の死を、知っていたのか……」
驚く声がかすれている。
「あ、は、はい。リュカは知っていたみたいです。あの、ジュリアン様はリュカを傷つけたくなくてリナさんの死を隠していたんですよね」
「ああ……」
ジュリアンが疲れたようにうなずいた。
「傷つけたくないから、隠す。私は隠す。それしかできない」
「そうですか……。やっぱり、ジュリアン様は優しい人です」
「優しい……?」
夢の中で『陽介』はジュリアンのことを腹黒だとか色々言っていたけれど、やっぱりジュリアンは優しい人だと思う。嘘をつくかもしれないけれど、それは相手を気遣ってのことだ。
「だって、ジュリアン様はいつも奴隷の僕の言葉をちゃんと聞いてくれますし、アベルのことも助けてくれましたし」
「アベル? ……ああ……そんなことも、あったな……」
「はい。あの時は本当にありがとうございました」
「礼を言われるようなことは何も……。いや、あの者とはもう会うことは叶わぬだろうが、きちんとした屋敷で働いている。きっと達者にしておるぞ」
「はい、本当に良かったです」
僕が笑いかけると、ジュリアンはちょっと眩しそうに目を細めた。
「ポーションを一本出してくれるか」
「はい! すぐ出しますね」
僕はマジックバッグからポーションを出して差し出す。
ジュリアンは震える手でそれを受け取った。
「リュカは他に兄弟がいるようなことを言っていたか」
「いいえ。妹のリナさんのことしか話していませんでした」
「そうか、それなら良い。それなら良いのだ……」
「殿下」
カイルが心配そうに声をかける。
「そろそろお休みになられた方が……」
「そうだな。私は少し疲れてしまった。これを飲んだら休ませてもらおう」
「は、はい……」
カイルがジュリアンの体を横から支えて、セイフティゾーンの端の方へ歩いて行き、壁の前で座り込んだ。
そこで、カイルは自分のマジックバッグから毛布を出してジュリアンの肩にかけた。
ジュリアンがぐったりと壁に寄り掛かるのが見えた。
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2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。