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第10話 まさか心から愛する人と

10-(6) 好きな人のことばかり

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 僕は毛布にくるまって、レオとフィルに挟まれて川の字になって眠った。
 地下30階まで降りてくる時もレオに抱っこされていっぱい眠ったから、あまり眠れないかもと思っていたけれど、一緒に来た誰よりもゆっくりぐっすりと眠ってしまった。

「お、陽介起きたのか? 起きないならいっそ眠ったままで運ぼうかと思ってたぞ」

 上から覗き込んでいたレオが笑う。
 周りを見ると、みんなもう出発準備を終えてしまっている。

「わ、す、すぐ支度します!」

 飛び起きると、フィルもジュリアンもいつものように笑っていた。

「ジュリアン様、もう大丈夫なんですか」
「ああ、ポーションを飲んで眠ったから、すっかり回復した。大事ないぞ」

 昨日の憔悴しきった様子からかなり回復したみたいで、ほっとする。
 でもカイルは横で、案じるようにジュリアンを見ている。

「あの、無理しないでくださいね」
「ヨースケ」

 ジュリアンは僕の寝癖を整えるように手櫛てぐしいてくれながら、微笑んだ。

「そなたがたとえ何者だとしても、私にとっては大切な者だ。結局、それは変わらぬのだから、少しくらい無理をさせてくれ」

 僕の髪を撫でる手はほんのわずかだけど震えているようだ。

「えっと、でも、ジュリアン様……」
「そうそう、明日になったら、全身ひどい筋肉痛になるだろうなぁ! だが、目を覚ましたエドゥアールに癒しの魔法をかけてもらえば一発で治るぞ。だから、心配するな、陽介」

 レオがニカッと歯を見せて笑う。

「ああ、その通りだ、心配いらぬ」

 ジュリアンが笑って言うから、僕はちょっと安心した。


 魔剣は亜竜蝙蝠の羽で何重にも包んでから、レオがマジックバッグに入れていた。
 そうすると、瘴気をだいぶ抑えられるらしい。

「では、昨日来た道を引き返すことになるが、疲れた時はすぐ言ってくれ。こまめに休憩を挟みながら行こう」

 フィルが出発の挨拶をしているところに、

「あの……」

 と、僕はちょっと疑問に思ったことをぶつけてみた。

「転移とかって、できないんですか」
「ああ、ラスボスを倒すと転移陣が現れるダンジョンもあるが、ここにはそういうのは無いんだ」
「ああ、いえ、そうじゃなくて」
「そうじゃないというと?」
「エドゥアールが転移陣無しで転移したのは、『名前』の膨大な魔力があったからだぞ」

 と、レオが口を尖らせて説明する。
 自分が出来ないのが悔しいみたいだ。

「い、いえ、そのことじゃなくて、僕がさらわれた時のあの丸い敷物の……」
「あれはだめだ!」
「危険すぎる!」
「良い子は真似しちゃだめだ!」

 三人にすごい剣幕で叱られて、びっくりする。

「だ、だめなんですか?」
「絶対にダメだ!」

 レオが怒ったように腕組みする。

「あんな不安定なもので転移するのは危険すぎる。転移先の敷物がほんの少しでも汚れたり破れたりして魔法陣が不完全になれば、彼方の空間で迷子になるんだぞ」
「そ、そうなんですか……」
「あの魔族の王子も向こう見ずっつーか無茶苦茶するよな。無事に転移できたから良かったものの、いや、さらうのは良くはねぇが、ほんとにほんっとに危なかったんだからな!」

 アランは、ほんとに破天荒な人だったんだ。
 王子のくせに、一人で敵国に乗り込んで、危険な転移陣まで使って。
 すごく怖い目にあったはずなのに、なんだか僕は笑ってしまった。
 あの人は今頃、どうしているんだろう?
 吹雪のお城も壊れちゃったし、カミーユと一緒に、お父さんの魔王様に厳しく怒られたのかなぁ?

「何笑っているんだ、陽介」
「いえ、分かりました。このダンジョンに裏技は無いってことですね」
「そういうこと。さ、急ごうぜ。地上へ出たらすぐ世界教会へ連絡しなくちゃな。婆さんも、気が気じゃないだろうしな」
「はい、宝剣を手に入れたから一歩前進ですね」

 帰り道は来るとき以上にスムーズだった。ドラゴンにエンカウントすることも無く、抱っこされている僕以外はまたひたすら耐久マラソンを続けて、その日の夜には無事に地上に戻って来たのだった。




「良く来ましたね、ヨースケ」

 ぐらぐらする視界の中で、教皇様が手をかざすのが見えた。
 柔らかい光が降り注いできて、転移による酔いはすぐに治まった。

「ありがとうございます! 教皇様!」

 僕の声は場違いなくらいに弾んでいる。
 レオ達に頼りっぱなしで、実は自分では何もしていないのだが、ダンジョンを攻略してきたという誇らしさと、これでエディに会えるという希望とで、どうしようもなく胸が膨らんでいるのだ。

 転移陣のある海底の部屋で、教皇様をはじめ十数人の聖職者がずらりと並んで出迎えていた。
 そこへ僕らは順番に転移してきた。
 レオと僕のほかに、『剛腕の大剣士』も『氷の第三王子』も共に来るようにと、教皇様に言われたからだ。
 僕のほかはみんな転移に慣れているみたいで、誰も酔っていないようだった。


 昨夜、ダンジョンから地上に戻ってすぐにジュリアンは直接教皇様と手紙のやり取りをした。教皇様はすぐに翌朝の転移陣使用の許可を取ってくれた。僕らはフィルのお屋敷で休ませてもらって、ちゃんと正装に着替えてから世界中央教会を訪れてきていた。


 ジュリアンが一歩進み出て、右足を少し後ろに引くと、右手を左肩に置き、左手を右肩に置き、ほんの少し膝を曲げてから伸ばした。
 その後ろで、フィルも同じことをする。

 僕がぽかんと見ていると、教皇様と後ろに並んでいる聖職者の全員が、ジュリアンとフィルに向かって同じように動いた。

 あ、挨拶だ!
 これがちゃんとした礼儀作法、ちゃんとした教会の挨拶なんだ!

「あ、ぼ、僕も」

 えっと、右手を左肩に置いて……。

「ヨウスケ、足が先だ」
「え、は、はい」

 フィルが見本を見せるようにもう一度やってくれたので、僕はそれを真似しながらたどたどしく挨拶をした。
 教皇様が噴き出すのをこらえるような顔をして、同じ挨拶を返してくれる。

「よくできました。ヨースケは挨拶が出来ていい子ですね」

 と、言いながらちらりとレオを見る。

「俺は堅苦しいのが苦手なんだ。さっさと地下とやらに行こうぜ」
「もう、相変わらずなのね、レアンドル」

 教皇様は今日も少女みたいにぷくっと頬を膨らませる。

 わ、やっぱりかわいいな。

 200歳越えの乙女は、軽く咳払いをしてから僕達に向き直った。

「それで、王家の宝剣は」
「おう、ここにあるぞ」

 レオが無造作に亜竜蝙蝠の羽をめくり、魔剣をむき出しにする。

「あ、ここで開けては……!」

 突如、ビリビリビリと空気が震え始める。
 『妖精の羽』で出来た透明な壁が白く曇り始め、ぼこぼことあちこち歪み始める。
 「わぁ」とか「きゃぁ」とか複数の男女から悲鳴が上がる。

「ひ……」

 身をすくめる僕を庇うようにフィルが抱きしめてきて、レオを一喝した。

「こら、レアンドル!」
「こ、こんなところで包みを開けないでちょうだい!」
「おっと」

 レオは周囲の騒ぎにも平気な顔をして、ばさっとそれをまた亜竜蝙蝠で包んだ。
 同時に壁のぼこぼこする動きが止まる。
 ガラス張りの水族館みたいだった空間が、白くデコボコに歪んだ洞窟みたいになってしまった。

「レアンドル、あなたという子は……」

 呆れたように言う教皇様の後ろで、まだどよどよと興奮したざわめきが消えない。
 教皇様は少し蒼ざめた顔で魔剣の包みを見た。

「確かにそれは本物のようね。ものすごい瘴気だわ……」

 僕には瘴気とか魔力とかを感じ取ることはできない。
 でも、ジュリアンがひどく憔悴したのを目の当たりにしたので、この魔剣がすごく怖いものだっていうのは分かっている。
 『妖精の羽』という植物は悪意や殺意に反応すると言っていたから、瘴気というのはそれに近いものなんだろう。

「皆さん、落ち着いて。もう大丈夫よ。動揺がおさまった者から、壁を鎮めていってくれるかしら」

 教皇様の声を聞いて、聖職者のうちの何人かが壁に向かう。見ると、エルフは冷静な顔で壁に向かい、人間はまだざわざわと落ち着かないみたいだった。手を握り合ったり、深呼吸したりしているのが見える。

「ヨースケもお願いできるかしら?」

 教皇様が僕のそばに来て言った。

「え? 僕ですか?」
「ええ。妖精の羽を慰めるように、優しく撫でてあげて欲しいのです」
「撫でるんですか」
「そう。落ち着いてね、大丈夫だよ、と声をかけながら撫でてみて」
「は、はい、分かりました」

 教皇様に言われて、よく分からないまま歪んでしまった壁に向かう。
 白くなってぼこっとへこんでしまった部分をそっと撫でてみる。

「落ち着いてね……大丈夫だよ……」

 すると、『妖精の羽』で出来た壁は次第に透明に戻っていって、平らになってくる。

「わぁ、治っていく……良かったぁ……」

 きれいになるのが嬉しくて、手の届くところを撫でていると、エルフの男の人が近付いてきた。

「君って、人間だよね?」
「はい」
「そうか、やっぱり人間か。ちょっと心配だな」
「えっと、心配って……?」
「君みたいな子は、人間の社会の中では生きにくいんじゃないかな。優しすぎて、競争するのに向いていないし」
「え……」

 言い当てられてびっくりする。
 確かに前の世界では、僕は学校ですごく浮いていてうまく生きられないと思っていた。それは僕の顔が醜いせいかと思っていたけど、『陽介』は同じ顔でもうまくやっていけているようだし……。夢の中で会った『陽介』は凛としていて、優しくて、ぜんぜんブサイクに見えなかった……。

「もしもつらくなったら、いつでも教会においで。これだけ『妖精の羽』に好かれているんだ。君は聖職者になるのに向いていると思うよ」

 僕みたいに弱気で卑屈な人間も、教会では受け入れてもらえるのかな……。

 ちらっと考えて、僕はぶんぶんと大きく首を振った。

「い、いえ! 僕は好きな人と一緒に暮らすので!」
「好きな人と?」
「はい。僕、聖職者なんて向いていません。頭の中はいつも、好きな人のことでいっぱいだから」

 エディが目を覚ましたら、絶対に僕はキスをする。
 抱きついて、しがみついて、もうずっとくっついている。
 今までのことをいっぱいお話して、いっぱい頭を撫でてもらって、それから、それから……。

 なんだか、考えたら顔が熱くなってきた。
 エルフの男の人は目を丸くして、噴き出すように笑った。

「そうか残念。好きな人とお幸せに」
「は、はい、ありがとうございます」


 手の届かない天井などは、風魔法を使える人が浮いて治している。ざわざわと騒いでいた人間の聖職者達も次第に落ち着いてきたみたいで、『妖精の羽』を鎮めるのに参加し始めた。

 でも、魔剣を持っているレオはもちろん、フィルもジュリアンも参加していない。
 なぜか教皇様も、微笑んで見守っているだけだ。

「ああ、俺のように戦いを好む剣士や、政治をやるような人間は、ちょっとこういうのには向かないんだ」

 僕の疑問に気付いたかのように、フィルが苦笑しながら説明した。
 ジュリアンも後ろでうなずいている。

「俺はできるぞ。正義の勇者だからな。でも今は魔剣を持っているからな」

 ふんと鼻息を吐いてレオが言う。
 レオはどんなことにも負けず嫌いだ。

 壁の修復が終わると、教皇様はみんなを集めた。

「予定外のことがありましたが、今から地下へ向かいますよ。準備はよろしいですか」

 みんながうなずいたので、教皇様は先頭に立って歩き始めた。
 僕はちょっと走って教皇様の横に並んだ。

「教皇様、あの、エディは」
「すでに地下へ運んでありますよ」
「あの、あの、大丈夫ですよね」
「ええ、小さき神の天啓を信じましょう」

 僕は自分の胸元を押さえた。
 砕け散ったお守りは革袋に入れてずっと持ち歩いている。

 三つ目の神様、どうかエディをお守りください。




 地下への扉は何の金属か分からないけれど、鈍い青に光っていて、その表には何百本もの鍵が刺さっている。聖職者は一人一本ずつ鍵を持っていて、全員の鍵が無いとここは開けられない。教皇様は宣言通りに、三日以内に全部の鍵をかき集めたらしい。
 それがちゃんと賛同をもらってのものか、教皇様の強権によるものかは分からないけれど。

 深海の底のさらに地下にある牢屋なんて、どんな恐ろしいものを閉じ込めるつもりで作ったんだろう。しかもそれが、世界教会の真下にあるなんて。

「神の御許みもとでしか鎮められない罪人や怪物もいるのですよ」

 地下に通じる扉の前で、僕の心を読んだかのように教皇様が言った。

 教皇様の後ろからついて来ていた聖職者の人達が、わらわらと前へ出て、重い扉をよいしょと開けていく。
 開いた扉の中にはすでに何人かが待っていて、下へ続く階段が見えてくる。

「あれ? え、まじ? もう鍵開いちゃってんの?」

 レオは拍子抜けしたような顔で言った。

「ええ。準備をするのに先程開けましたから」
「ええええー? これだけ大掛かりな術を使った扉が開くところなんて、めったに見られるもんじゃないのに? 俺達が来る前に開けちゃうとか、ひどくないか?」
「レアンドル、これは見世物じゃありませんよ」

 口を尖らせているレオに、教皇様は呆れた声を出す。

「でもさー……」

 まだ不満げに呟くレオを無視して、教皇様はさっさと扉から入って階段を降り始める。聖職者の人達は、ついてくる人と残る人に別れたみたいだった。

 僕達も教皇様の後ろに続いて階段を下りていく。それは何の変哲もない石の階段で、コツコツと硬い足音が響いていく。

 一定間隔で壁に松明たいまつが灯っている。近づくと、少し煙いような油っぽいような臭いがするから、魔法の光では無くて本物の炎だ。

「こんな海底の地下で火を燃やして、空気は大丈夫なんですか?」
「ええ。早めに扉を開けたのは風魔法で地下を換気するためでもあったのですよ。今も入り口のところに残った者は換気を続けています」
「そうなんですね。太陽の光の届かない海の底なのに、ぜんぜん寒くないのも、何か魔法を使っているからですか」
「ええ、換気のついでに暖かい風を送っています。普段は光も空気もまったく届かない暗く冷たい牢屋なんですよ」

 教皇様は普通に言ったけれど、つまりここに閉じ込められているものは光も空気も必要としないものということだ。
 三つ目の神様の天啓では、双子の魔導士の弟がここにいるということだったけれど……。

「ここに人間を入れたりはしないですよね」
「ふふ、人間を収監する場合はちゃんと空気を循環させる魔法陣や温度管理の魔法陣を使いますよ」

 では、入れることもあるのだ。
 海の底のさらに下、扉を閉められてしまったら、光も空気も届かないこの場所に。

 僕は何となく寒さを感じて、両手で自分の腕をこすった。

 長い階段を降り切ると、一本の長い廊下が続いている。
 廊下の両脇はすべて太い鉄格子のはまった牢屋が並んでいた。

 僕は教皇様を振り仰いだ。

「あの、エディは……」

 教皇様は微笑んだ。

「左の一番奥の独房です」

 僕は奥へ向かって駆け出した。

「おい、陽介」

 レオが声をかけてきたけど、引き留めたりはしなかった。
 牢屋の房は10個くらいあったと思うけど、僕は奥を目指して一目散に駆けた。
 体力が無いからちょっと走っただけで息が切れる。
 でも心が逸ってしょうがなかった。
 僕は左の奥の牢屋の小さな出入り口を潜った。

「エディ!」

 思ったより広い独房の中、石の床に横たえられた黒衣の男性に、飛びつくようにすがりつく。

「エディ、エディ」

 もう透明なドームには覆われていない。
 この手で触わることができる。

 エディは白い顔をして、僕の声にも反応しない。

 僕は震える手でエディの頬にそっと触れた。
 冷え切ってはいないけれど、あまり温かくない。
 指を鼻先へ持って行くと、かすかに呼吸をしているのが分かる。

 ちゃんと生きている。

 胸が震える。
 好き、大好き。
 僕のエディがここにいる。

「エディ、僕、来たよ。王家の宝剣、持ってきたよ」

 その時、いきなりレオが僕を抱きかかえて牢の外へ引きずり出した。

「レオ、やだ、離して」
「下がっていろ、陽介」

 僕を庇うように前へ出て、レオが怖い顔で牢屋の中を睨んだ。

「リッチがいる」







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