異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第10話 まさか心から愛する人と

10-(7) 弟

「リッチ……?」
「俺のテントでトランプしただろ、リッチ抜き」

 レオが言う。
 レオのテントで僕らはいっぱい遊んだ。ババ抜きの代りにリッチ抜きをした。ジョーカーの代りに描かれていたのは、骨と皮だけの恐ろし気な魔導士の姿だった。あの化け物は浄化するのが面倒だとレオが言っていて……。

「あ……アンデッドの親分ってやつ?」
「ああ……」

 僕はレオに抱えられたまま牢屋の中を見た。
 さっきはエディだけしか目に入っていなかった。
 横たえられたエディの向こう側に、黒い影のようなものが佇んでいる。
 トランプの絵札に描かれていたような骨と皮の化け物とは違って、そこにいるものは人間の形をしているようだけど……。
 影はただそこにじっと立っているだけで、動く気配は無い。目を凝らすと若い男の人のようだけど、暗すぎてはっきりとは見えない。

 リッチっていうのは不死の化け物……なんだよね?
 でも、寒気も感じないし、体も震えないし、臆病なはずの僕に全く怖さを感じさせない。なんというか、ただそこにいるだけで害は無さそうに見える。

 でも、レオは警戒したように険しい顔をして、魔剣を持っていない方の手を独房の中へ向けた。その手に光が集まっていく。

「レアンドル、浄化してはいけませんよ!」

 教皇様がすぐそばまで来ていた。

「はぁ? なんでだよ!」
「あれが双子の魔導士の弟だからです」

 フィルとジュリアンも教皇様の後ろで目を見開いている。

「あれが……千年前の伝承にある魔導士の片割れ……」
「千年もの間、リッチになってこの世に留まっていたというのか」

 双子の魔導士の弟は、国の名前に呪いをかけた張本人だ。
 僕は不安になって教皇様に聞いた。

「エディをあんな近くに寝かせていて大丈夫なんですか」
「ええ、危険はありません。魔導士の弟は動かないリッチですから」
「動かない?」
「時が止まっているかのように全く動きません。私が教皇になってから一年に一回ずつ様子を見に来ているのですが、この百年の間、この者に変化はありませんでした」

 教皇様は前へ足を踏み出し、鉄格子の隙間から魔導士の弟をじっと見た。

「あのようにじっと立っているだけで、動くことも無く、言葉を発することも無く、こちらからの呼びかけにも反応しません」

 レオは僕を腕から降ろすと、教皇様の隣に立って鉄格子の中を睨む。

「なぜ、ここにずっと置いておくんだ? リッチなんて不浄の者を教会の地下に放って置くなんて……。しかも千年もの間だろ? まったく意味が分かんねぇんだけど。さっさと浄化すれば良かっただろ?」
「神託が無かったのです」
「は?」
「私にも、前の教皇にも、その前の教皇にも、浄化せよとの神託は降りませんでした。ですから、そのままに放置されてきたのです」

 放置。
 動かないまま、光も空気も無いこんな場所に、千年も。
 佇む姿にいくら目を凝らしてみても、魔導士の弟は影をまとわせているかのように暗く、その表情が見えない。

「記録を読んだ限りでは、千年前、双子の魔導士の弟は国の名前に呪いをかけるという恐ろしい術を使った罪でここに投獄されました。逆らうことも無く、大人しく収監されたそうです。ですが、この牢獄で十年余り過ごした頃、『名前』を胸に封じていた双子の兄が衰弱死したことを聞かされ、その直後に自らを呪って不死のリッチになったとか……。それ以来、何も見ず、何も聞かず、悲しみもせず、喜びもせず、影のようにここに佇んでいるのです。一度も動いたという記録はありません」

 兄の死を知って、弟は自分を呪った……。
 それはとても悲しいことのような気がする。
 ジュリアンに教えてもらった昔話には、そんな結末は伝えられていなかった。

 僕は床に横たえられたエディを見る。
 大丈夫、エディはまだ生きている。

「教皇様……ここに、すべて揃いました。『名前』も『宝剣』も『兄』も『弟』も」

 エディの胸の中に封じられた『名前』と『兄』の心臓。
 災いを吸い込んで魔剣になった王家の『宝剣』。
 そして、不死のリッチになって千年間動かなかった魔導士の『弟』。

 教皇様は小さい子を褒めるように、僕の頭を撫でた。

「そうですね。ちゃんと揃いましたね。レアンドル、その魔剣……いえ、王家の宝剣を独房の中に置いてくれる?」

 レオは小さい入り口を潜って中に入り、エディの体と魔導士の弟とちょうど三角形になるような位置に剣を置いて、そっと包みを剥がした。

「うっ」

 ジュリアンとフィルがひきつった顔で、二、三歩後ろへ退く。
 教皇様は吐き気を押さえるかのように、口元を手で覆った。

「うわー、混沌カオスだなこりゃ」

 レオが口を歪めながら、通路へ出てくる。

 僕は目を瞬いた。
 房の中はしんとしていて、何も変化していない。
 きっと彼らに見えているものが僕には見えていないんだ。

「レオ」

 レオの顔を見ると、大きな手がぽんぽんと僕の頭を叩いた。

「そっか、陽介には見えないか。あの中ではな、『名前』が発する膨大な魔力と、魔剣から溢れるドロドロの瘴気と、リッチの発する不浄の気が、なんつうかこう……混じり合ったり反発しあったりして、ちょっとすげぇことになっているんだ」
「そう、なんですか……?」

 僕の目には、まったく何の変化も見えないんだけど。

 それでも、四人がひきつったような顔で牢屋を見ているから、緊迫した空気にごくりとつばを飲む。

「あ……」

 息をつめて見ていると、静止画のように動きの無かった牢屋の中で、僕の目にも分かる変化が起こり始めた。
 魔導士の弟の姿が見えてきたのだ。
 そこだけ闇をまとっているように暗かったものが、黒い霧が晴れていくようにゆっくりゆっくり明るくなってくる。

 彼は金色の髪をしていた。
 以前、エディが着ていた正装のように、宝石がたくさん縫い付けられた黒っぽいローブを着ていた。豪華なローブは、まるで千年の間、ずっと時が止まっていたかのように、どこも汚れていないし傷んでもいない。
 閉じられていた彼のまぶたがうっすらと開いて、ビー玉みたいな青い瞳が見えてくる。

 魔導士の弟は、とても美しい青年だった。

「リュカに、似ている……」

 呟いた僕を、教皇様以外の三人がぎょっとしたように見た。

「そうね、ヨースケによく似ている」

 教皇様は、それを知っていたかのようにうなずく。

 本当によく似ていると思った。
 もしもリュカが成長期に食事制限を受けなかったら、きっと背も伸びただろうし、こんな感じに育っていたんじゃないかな……。
 まぁ、金髪に青い目の美青年だから、そう思うのかもしれないけれど。

 リュカに似た青年は自分が何をしているのか分からないみたいに、ぼんやりとした顔で視線をさまよわせている。何かを考えるみたいに首を傾げ、横たえられているエディや、床に置かれている魔剣を目に映すんだけど、それが何か認識できていないみたいだ。

「き、教皇様、あの人の名前は何て言うんですか」
「ルイよ。兄がロイで、弟がルイ」

 僕は牢屋の小さい入り口から中へ入った。

「おい、陽介」

 慌てたようにレオがついてくる。

「だめだ、危ないから……」
「ルイさん!」

 僕は大きな声でルイに呼びかけた。

「ルイさん、お願いです! エディを助けてください!」

 ルイはゆっくりと僕に視線を合わせた。
 そして、初めて僕の存在に気付いたみたいに少し目を開いた。

「聞こえているのか……?」

 レオが呟く。

 僕はエディのそばにかがんで、ルイを見上げた。

「お願いです。エディを助けてください。この人の中に、国の名前と呪いがあります。ルイさんがかけた呪いなんです。呪いをかけた本人なら呪いがとけますよね。お願いします。どうか呪いをといてください」

『……のろい……』

 ルイが小さく呟くのが聞こえた。
 
 僕の心臓が、すごくドキドキしてくる。
 大丈夫、僕の声はちゃんと届いている……。

「そうです。呪いです。あなたはお兄さんと魔法比べをして、その時、国の名前を呪ったんです」

『……まほうくらべ……』

 瞳が閉じられ、長い指がこめかみに当てられる。
 ルイは眉を寄せ、思い出せないのか、首を振った。

『……わからない……』

 そして力の無い瞳で、またぼんやりと視線をさまよわせ始める。

「ルイさん……あの、ルイさん……!」

 その後は、何度話しかけても反応が無かった。

「そんな……お願い、思い出して……!」

 近づいてそのローブをつかもうとすると、レオが僕の手をつかんで止めた。

「襲って来ないとしても、こいつはリッチだ。お触わり禁止だぞ、陽介」
「でも、せっかく四つの条件を全部揃えたのに、これからどうしたら……」
「そうだわ!」

 教皇様がパンと手を叩いた。

「再現、しましょう!」
「再現……?」
「そうです。再現です!」

 すごく良いことを思いついたとでも言いたげに、教皇様の頬が乙女のように紅潮してくる。

「ここまで来たのですから、魔導士の弟には何が何でも思い出してもらわなくては。ですから、魔法比べをした千年前の満月の夜を再現して見せるのです。ああ、だから私はここに立ち会っているんだわ」

 少し興奮したようにそう言うと、教皇様は廊下の先を振り返った。
 階段を下りたところに、聖職者の人達が固まっていた。
 教皇様が手を上げて合図をすると、一人のエルフの男の人が走り寄ってくる。
 さっき『妖精の羽』の壁を撫でていた時に、僕に話しかけてきた人だった。

「タペストリーは持っていますか」
「はい、ここに」

 彼は腰に下げたマジックバッグからまるめた布を取り出した。

「シメオン。あなたもここにいなさい」
「よろしいのですか」
「ええ。これがうまくいくかどうかで、あなたの運命にも深く関わってくることですからね」
「僕はどちらの結果になっても、運命を受け入れますよ」
「ふふ、あなたはそうでしょうね」

 僕は鉄格子越しに教皇様とエルフの男の人を順に見た。

「あの……?」
「ああ、あなたたちにも紹介しておきましょう。彼はシメオン、『名前』を受け継ぐことになっている候補者です」
「『名前』を……」

 ぎゅっと胸が苦しくなる。
 エディから心臓を取り出して、『名前』と共に呪いを引き受ける予定の人。

 シメオンは少し困った風に笑った。

「そんな目で見ないで。僕は『名前』を欲しいと望んでいるわけでは無い。封じるしかないなら、僕がその受け皿になると言っているだけだよ」
「あ、ごめんなさい、つい……」

 シメオンがエディを殺そうとしているわけじゃない。
 むしろ、この人はエディと同じ立場の人なんだ。

「僕は君みたいな優しい子が好きだよ。だから、君の好きな人の無事を祈るよ」

 シメオンは微笑み、牢の中に入って来て、手に持っていたタペストリーをその場に広げた。
 それは、かの国の転移陣の部屋にかけてあったタペストリーとすっかり同じものだった。
 満月の下で魔法使いの男の子が二人、向かい合っている図柄のもの。

「それでは始めますか」

 教皇様が腕まくりをしながら入ってくる。

 広いと思っていた独房も、エディ、レオ、僕、シメオン、教皇様、そして動かないルイがいるので、だいぶ狭くなってきていた。

 ジュリアンとフィルは廊下から、ことの成り行きを見守っている。

「さ、やるわよ」

 教皇様は楽しげに笑いながら、両手で優しくタペストリーを撫でた。
 すーっと撫でると、その部分がすーっとタペストリーから消える。
 そして、今度は手を上にかざしてすーっと横へ滑らす。
 すると、牢屋の天井の一部に夜空が現れる。

「え……」

 教皇様はまたタペストリーをスーッと撫でて、次に上で手をスーッと滑らす。
 何度もそれを繰り返すうちに、天井の低かったはずの牢屋の中が、満月の夜空の下、王宮の庭のような広い場所になっていた。

「うおお、なんだこれ」

 レオがキョロキョロとあたりを見回す。

「教皇様、すごいです。本当の夜空みたい……」

 タペストリーに描かれていた満月の夜をここに再現したんだ。

「こんな魔法は初めて見たな」

 フィルの声が聞こえる。

 あれ? フィルとジュリアンはどこ……?

 意識を廊下へやると、ちゃんと独房の外が見えた。
 鉄格子越しにフィルとジュリアンがこっちを見ている。

 満月の夜の庭と、石造りの牢屋が、重なって存在している。
 夜空に意識を向けると夜空が、牢屋に意識を向けると牢屋が見える。
 幻覚のようなものなんだろうか。

「ま、こんなもんでしょう。なかなかうまく出来たんじゃなくて?」

 教皇様は嬉しそうにうなずくと、僕の肩に手を置いた。

「ヨースケ、あなた、双子の魔導士のお話は知っている?」
「はい、ジュリアン様に教えてもらったので、ちゃんと覚えています」
「そう。ではあなたはルイと同じ金髪ですから、弟役をやってみましょうか」
「役? ここで演じるんですか」
「そうよ、再現すると言ったでしょう? あなたにしか弟はできないわ」
「は、はい……」

 ど、どうしよう。
 僕、学芸会でも木の役とか村人3とかしかやったことないんだけど。

「それと、兄の役は……」

 教皇様の視線が、レオ、フィル、ジュリアンの三人に順番に移っていく。
 ジュリアンは演技が苦手なのか、蒼ざめた顔で首を振った。

「あ、俺! 俺がやる」

 レオが鉄格子の前に行って、フィルとジュリアンを後ろに隠すようにして立候補した。

「俺なら魔剣を触っても平気だし、俺が適任だろう? なんといっても、勇者だからな。勇者は特別なんだ」

 教皇様は首を伸ばしてレオの後ろの方を見たけれど、ちょっと息を吐いてうなずいた。

「そうね、分かりました。それではその配役でまずはやってみましょう」

 レオは床に置いてある魔剣を拾うと、柄だけのそれを腰に差した。
 教皇様とシメオンが房の中から出て行く。

 満月の夜の下、兄役のレオと弟役の僕が向かい合った。







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