異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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第10話 まさか心から愛する人と

10-(8) 兄

 赤い髪をなびかせて、レオが自信満々に立っている。
 月が明るすぎて星は少ない。
 足元の石畳には、月光による薄い影が差している。
 レオと僕の周囲にわずかに風が吹いて、気付くと二人とも魔導士の黒いローブを身に着けていた。

 人のいない王宮の庭、月に照らされる兄と弟。

「ある国で起こった出来事です。王様のもとに双子の男の子が生まれました。二人は魔法の才能に恵まれ、成人する頃には大魔導士と呼ばれるまでになっていました……」

 教皇様の声がナレーションのように流れ始める。
 人前で話すことに慣れている、響きの良い聞きやすい声だ。

「けれども若い二人は自分こそが魔法の一番の使い手だと言って譲らず、ある満月の晩にこっそり勝負をしたのです……」

 ざあぁ……と、強い風が吹いて、僕とレオのローブがはためく。

「……兄は言いました」

 廊下から、教皇様がレオに向かって手で合図をする。
 レオが一歩前に出て、胸を張った。

「お前がどんなに恐ろしい魔法を使っても、私はそれを打ち消して見せよう」

 ケンカ仲間に言うみたいに、対等なライバルに言うみたいに、これから始める魔法合戦にワクワクしているみたいに、レオは言った。
 そのまま舞台に立てるような、良く通る主役の声で。

「すると、弟は言いました」

 教皇様が僕に手で合図するから、僕はドキドキしながら一歩、前へ出た。

「兄さんが、どんなに、う、う、打ち消そうとしても……決して、け、消せない、魔法を使いましょう……」

 うわ、下手くそだー。
 不自然だし、どもっているし。
 心臓が爆発しそうだよー。

 ちらっとルイに目をやると、彼はわずかに首をかしげて僕を見ていた。

 おお、見ている、見ているよ!

 千年前に魔法比べをした時、ルイは何を思っていたんだろう。
 絶対にお兄さんに勝つぞって気持ちかな?
 それとも、遊びの延長みたいにワクワクしていたのかな?

 教皇様のナレーションが続く。

「そしてなんと弟は、この国の名前に呪いをかけたのです。この国中の、いえ世界中の誰かがこの国の名前を呼ぶたびに、ひとつずつこの国に災いが襲い掛かるようにと……」

 教皇様に言われ、僕は困った。
 えっと、呪い?
 呪いってどうやるの?

「え、えーいっ、のろわれろー」

 呪いをかける動作とか、どうしたらいいのか分からなくて、両手を空に向けて万歳みたいな姿勢になる。
 その手の先から黒い煙みたいなものがぶわーっと噴き出してくる。
 それは幾千幾万の黒い鳥のような姿になって、夜空を埋め尽くす勢いで広がっていく。

「わわ」

 教皇様が幻覚で演出してくれたんだろうけど、僕はそれにびっくりして転びそうになってしまった。
 レオが笑いをこらえるような顔をしている。

「兄は慌てました。災いが次から次へと降りかかってきます。ひとつひとつ打ち消していく時間は無く、彼は腰に下げた王家の宝剣にその災いを吸収していきます」

 腰に差した魔剣の柄を握り、レオがかっこよくポーズをとる。
 シュン、と柄から光る刃が生えてくる。

 うおお、まさに〇〇〇セイバーそのものじゃん!

 僕がひそかに感動していると、レオの顔色が変わった。

「うお! と、と……!」

 光る刃が急にうねうねと動きだしたかと思うと、ぶわっと百匹ぐらいの蛇になって暴れ出したのだ。

「ひゃぁ!」

 僕は腰を抜かして、その場に座り込んでしまった。

 そ、そうだった!
 これって、今は魔剣なんだよー!

「い、いかに王家の宝剣といえども! 無限に災いを吸収し続けることはできません!」

 教皇様のナレーションが叫び声みたいになって、レオは百匹の蛇と格闘しながらむりやり魔剣の刃をひっこめた。

「「ふう……」」

 教皇様とレオの溜息が重なる。
 僕もホッとしたけど、すぐに立ち上がれない。

 そのままで教皇様のナレーションが続いていく。

「兄は考えました。この国の名が呼ばれないようにしてしまおうと。そして、兄の魔法は世界中からこの国の名前を奪っていきました」

 レオが片手を高く上げると、そこへ周り中から光が集まっていく。無数の黒い鳥で真っ黒く染まった夜空が、今度は全方向から集まってくる光の粒で、眩しいくらいに輝いていく。そして、それらがすべてレオに集まっていき、レオは両手で胸を押さえ、ニコッと笑った。

「それ以来、誰一人として、かの国の名前を呼んでいません……」

 教皇様のナレーションが終わり、僕らはルイの方を見た。

 ルイは再現をしている間はずっと僕に視線を寄越していたんだけど、終わったらまた首を傾げて、ぼんやりとした表情に戻ってしまった。

「ル、ルイさん……何か思い出しませんか?」

 ルイの目がちらっと僕に向く。
 反応は薄いけれども、少なくとも僕の声は聞こえている。

「ルイさんはお兄さんが死んだと聞かされて、つらくて自分を呪ってしまったんでしょう?」

 ルイの目がまた僕を見る。

「それだけ大事なお兄さんだったんでしょう? そんなお兄さんと魔法比べをしたこと、覚えていないんですか?」

 ルイは体ごと僕に顔を向けた。
 正面から、青い瞳がみつめてくる。

『兄さん』

 リュカに似た形の良い唇が動く。

「そ、そうです。大事なお兄さんだったんですよね」
『俺の、大事な、兄さん……』
「そう、お兄さんと魔法比べをしたんでしょう?」
『……まほうくらべ……』

 まるで振出しに戻ったかのように、ルイは宙に視線をさまよわせた。

「ルイさん!」

 返事は無い。
 ルイは僕に興味を失ったかのように体の向きを戻して、満月を見上げた。

「ルイさん……」

 僕は泣きたくなってかがみ込み、床に横たえられているエディの手を握った。
 体温が低い。
 呼吸も弱い。

「お願いです……思い出してください……このままじゃ、エディが……エディが死んじゃうよぉ……」

 目尻に涙が滲んでくる。
 パンパンと手を叩く音が高く響いた。

「ほら、泣いてないで。配役を替えてもう一度やるわよ!」

 叱咤する声に顔を上げる。
 意識を廊下へ向けると、教皇様が横を向き、つかつかと歩き出したのが見えた。
 教皇様はジュリアンの前に立つと、ずいっとそのかわいい顔を近づける。

「やれますよね、ジュリアン様」

 ジュリアンの顔色が一気に蒼ざめ、その体が震え出す。
 傍らにいるフィルが困惑した顔で、ジュリアンと教皇様を見ている。

「わ、私にはできない……」

 顔をそむけるジュリアンの腕を教皇様がガシッとつかむ。

「本当は分かっているのでしょう? 兄の役を、誰がやるべきか」
「待ってくれ!」

 レオが走って廊下へ出て行く。

「もう一回俺がやるからっ」
「いいえ。レアンドルではルイの心につながりません。ジュリアン様、逃げないで。あなたはそれを知っている。誰よりも自分がふさわしいということを」

 ジュリアンが首を振る。

「私はふさわしくない……私は、ひどい罪を……」

 教皇様がジュリアンの唇をそっと押さえた。
 自分より高い位置にあるジュリアンの目を、射るように強く見ている。

「ねぇ、どうして魔導士の弟は兄が死んだと聞かされて自分を呪ったのかしら。どうして魔導士の兄は弟のしでかした罪を胸に封じて死んでいったのかしら。ロイとルイは、本当にただの兄弟だったのかしら……。ねぇ、そう思わなくて?」

 ぎくりとジュリアンの肩が跳ねる。

「きっと、誰よりも何よりも特別な兄弟だった。私はそう思うのだけれど」
「とくべつ……」

 ジュリアンの頬も唇も血の気を失って白っぽくなっている。

「そう、そこには特別な感情があったに違いない。ルイの兄の役はね、弟を特別に……本当に心の底から特別大事に思っている兄にしか、できないと思うのです」

 弟を大事に思っている兄?
 ああ、そういえば、ジュリアンには5歳の弟がいるって言っていたっけ。
 何度もお話を聞かせてあげていると言っていたから、きっと大切な弟なんだろうな。

「教皇様は、どこまで知っておいでなのですか……?」

 ジュリアンの声が怯えるように震えている。

「安心しなさい。私が知っていることは、本当にわずかな事柄だけです。私は神ではなくて、ただの聖職者です。神が私に教えてくれるのは、いつも必要な断片だけですから」

 教皇様は両手でジュリアンの両手を握った。

「私がそれを神から知らされたということは、それは必要・・なことだったということです。ジュリアン様……そのどうにもできない苦痛を胸に抱いた状態で、あなたが今ここにいる。それは必要なことだった。すべてが今のためにあったのだと思えばいいのです」

 唇をわななかせて、ジュリアンはうなずいた。
 ぎゅっと目を閉じて、何か観念したかのように、というより覚悟を決めたかのように目を開いた。

「分かりました……」

 ジュリアンは蒼白な顔で、かすかに震えている。
 そんなに嫌なのかな……。
 ダンジョンの中でも、魔剣の瘴気で苦しそうだったのに、大丈夫なんだろうか。

「ジュリアン様……」

 心配で牢から出て駆け寄ると、ジュリアンは僕に向かって微笑んでみせた。

「大丈夫、私はきちんとやりとげる」

 どう見ても無理して笑っているみたいで、なんだか痛々しい。

「本当に大丈夫なんですか、あの、教皇様……」

 助けを求めるように教皇様へ近づくと、両肩をぐっと強くつかまれた。

「おろおろしないの! しっかりしなさい、ヨースケ。エドゥアールを救いたいのでしょう?」
「は、はい。僕はエディを助けたいです」
「では、その事だけ考えていればいいのよ。さ、やり直しましょう。二人とも位置について」

 背中を押されて牢に入り、僕はさっきと同じ場所に立った。
 ジュリアンはレオに渡された亜竜蝙蝠の羽を手に巻いて、魔剣を腰に差して独房の中に入ってきた。

 柔らかな風が吹き、ジュリアンと僕が魔導士の黒いローブ姿になる。
 銀色の髪に月光が差して、冴え冴えと美しい。

 ジュリアンは深呼吸して、僕を見た。
 薄い青の瞳がじっと僕を見つめる。

 僕も深呼吸してジュリアンを見た。
 今からこの人が僕のお兄さんだ。

 満月の夜の下、兄役のジュリアンと、弟役の僕が見つめ合う。

「ある国で起こった出来事です。王様のもとに双子の男の子が生まれました……二人は魔法の才能に恵まれ、成人する頃には……」

 教皇様の声がまた、満月の夜の庭に優しく響き始める。
 ざあぁ……と風が吹き抜けて、僕とジュリアンのローブがはためく。

「……そして、兄は言いました」

 廊下から、教皇様がジュリアンに向かって手で合図をする。

 ジュリアンは僕に向かって、ふわりと微笑みかけた。

「お前がどんなに恐ろしい魔法を使っても、私はそれを打ち消して見せよう」

 その声はスッと僕の中に入ってきた。
 レオが言ったセリフと一字一句違わないのに、ジュリアンの声は、レオのものとはまったく違っていた。

 この兄は、弟と張り合っていない。
 けんか仲間でも、ライバルでもない。
 魔法合戦にワクワクもしていない。

 その声は、ただ慈愛に満ちていた。
 魔導士の弟が、どんなやんちゃをしても、どんな失敗をしても、全部受け止めて、全部引き受けてやると言っているみたいだった。

 ジュリアンの演じる兄は、はっきりと、明確に『兄』だった。
 弟がすごく大事だから、守ってあげると言っているみたいに。
 弟がすごく大事だから、頼って欲しいと言っているみたいに。

「兄さん……」

 僕の口が勝手に動いた。

 ひやりとしたものが僕の体を包んできた。
 ルイが、僕の体に近づいてきて、ぴったりと重なる。

「陽介!」
「ダメです、レアンドル!」

 飛び込んで来ようとするレオを教皇様が止めている。

「だが、リッチにとりつかれたぞ」
「エドゥアールを救うためです! それがあの子の望みでしょう!」

 体全部が冷たい。
 リッチは肉体を持っていると思っていたけど、ルイは実体のない幽霊のように僕に同化して、僕の存在と重なっているように感じる。

 でも、大丈夫。
 怖くは無いし、苦しくも無い。

「兄さん」

 僕の口がまた動く。 
 ジュリアンが慈しむように微笑む。

「ルイ」

 呼ばれたとたんに、僕と重なったルイが震える。
 ルイの思いが伝わってくる。
 強い後悔。そして、強い憧憬……。

「俺が兄さんの弟でなかったら……兄さんは名前の呪いを胸に抱いて死ぬことも無かっただろうに……」

 ルイの言葉はとても悲しい。
 ジュリアンは兄として、僕が発するルイの声を静かに聞いている。

「兄さんが俺の兄さんでなかったら……きっと、平穏で幸せな一生を送れただろうに……」

 僕の目から、勝手に涙が流れてくる。

「俺と兄さんが兄弟でなかったら、こんなことにはならなかった……。兄さんが俺を大事に思ってくれていることは、分かっていたのに……。俺は、素直になれずに意地を張って、バカみたいにはりあって……。俺のような者が弟だったせいで兄さんは…………」

 ルイの気持ちが流れ込んできて、とても苦しい。

 大事な人を傷つけてしまった。
 大事な人を大切に出来なかった。
 大事な人なのに、大事に思っていると一度も言えなかった……。

「兄と……弟であるということは、もう変えられぬ……」

 ジュリアンが優しくゆっくりと言った。

「何をどう後悔しても、時は巻き戻せぬ……」

 薄い青の瞳から、光る涙が零れ落ちていく。

「だが、ただひとつ、言わせて欲しい。そなたがたとえ弟だとしても……そなたといられた日々は私にとって幸福だった。それだけは伝えたい。私は幸福だった」

 それは双子の魔導士のお兄さん役として言っているはずなのに、まるでジュリアンが僕に言っているような不思議な気持ちになった。

 僕の中から、そして重なったルイの中から、何か、温かいものが溢れてくる。
 ルイの心が幸福に満ちてくる。

「はい……俺も、幸せでした」

 床に横たわるエディの胸のあたりがぽうっと光り出す。
 光はジュリアンの方へ向かい、その体を包み込む。

 ジュリアンの体がぴくっと反応した。

『ルイ、私をここから解放してくれるか』

 ジュリアンの口から、ジュリアンじゃないような声が聞こえた。
 僕は、ルイは、笑ってうなずいた。

「はい、兄さん。……兄さんの心臓を、兄さんの魂を、このままにしておけないから」
『私と共に、向こう側へ行こう』
「はい、兄さん……共に行きましょう……」

 僕の手が勝手に動いて、エディの胸に触れる。
 まるで、オーケストラを指揮するように、両手が大きく揺れ始めた。








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