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おまけの章 はじめてのやきもち

(6) 愛されている心と体

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 ダンジョンのある街の名はハデスガーデンといった。

「ハデス、ガーデン?」

 僕はなんとなく違和感を覚えて、向かい側に座っているレオをぱっと見た。

「俺じゃないぞ。まぁ『冥界の王の庭』なんて、いかにも俺が付けそうな名前だけどさ」

 レオはいたずらっぽく笑う。

「じゃぁ、誰が……」
「ベルトランの曾々ひいひい爺さんだそうだ。もうとっくに亡くなっている」
「転生者、だったんですか」
「おそらくな。だが当の本人は日記などの記録をひとつも残さなかったらしい。息子による手記があるんだが、それには転生者だとはっきり分かる記述は無いんだよな」


 ハデスガーデンは二重の城壁に囲まれた街だ。
 一つ目の壁は、街の中心にあるダンジョンとそれに関係する施設のエリアを囲んでいる。
 二つ目の壁は、その外側に広がっている商業施設のエリアや、一般住人のエリアや、領主様と貴族が住むエリアを、大きくぐるりと囲んでいる。
 壁は外敵から街を守るためのものではなくて、万が一ダンジョンでスタンピードが起こった場合、溢れて来た魔物を街の外へ出さないためのものらしい。


「なんだ、この街の創始者までもがレアンドルのいう異世界からの生まれ変わりだとでもいうのか? 転生者というのは、案外そこら中にごろごろといるのだな」

 レオの隣でフィルが呆れたように笑う。
 僕の隣にいるエディは、さらりと髪を揺らしてこちらに顔を向けてくる。

「ヨースケのいた世界には冥界の王というものがいたのですか」
「い、いえ。冥界の王ハデスというのは想像上の存在です。確かギリシャ神話の神様の内のひとりで……」
「神の内の、ひとり?」
「あっちじゃ神がうようよいたんだよ。ええと、ギリシャ神話だけで二十何人か、俺と陽介のいた日本なんて『やおよろず』とかいって八百万人もいたんだから」
「八百万……? そんなにいて混乱は起きないのですか」
「あはは、まぁなぁ、そう思うよなぁ。あっちの世界の神は、なんつうか、こっちの神みたいに実際に力を使って人間に干渉してくるわけじゃなかったからな」
「そう、なんですか?」

 エディが首を傾げた時、僕達の乗っている馬車がゴトンと揺れた。

「わっ」

 エディがごく自然に僕の腰を支えてくれたので、僕はニコッとエディに微笑みかけた。

「ありがとう、エディ」

 その時、レオとフィルが伸ばしかけた手を苦笑しながらひっこめるのがちらりと見えた。けれど、僕が何か言うのも変な気がして、そのままエディに支えられながらゴトゴト揺れる馬車の窓の外へ目を移した。

 馬車は、領主様の館があった貴族のエリアから、たくさんのお店が並ぶ商業施設のエリアに入って来ていた。ここはエディと僕が住んでいる街と少し似ていて、ちょっとデコボコした石畳の道と、お店の軒先にはそれぞれ金属で作られた立体的でかわいい看板が下がっている。でも、あの街よりもずっと道幅が広くて、人通りもすごく多かった。

「賑やかな街ですね」
「ベルトランの曾々爺さんは、未開の地だったここに生まれたてのダンジョンがあるのを見つけて、自ら潜って完全攻略して、そこで得た宝物を売って稼いだ金で周囲に街を作ったんだそうだ」
「すごい……。一代で街を作ったんですか」
「ああ、それに、ダンジョンにおけるルールを初めて設けたのもその爺さんらしいぞ。実力によって入れる階層を分けたり、弱い冒険者から略奪することを禁じて、そのルールを破ったものには罰則を課したりしてな。それから出来るだけ死人が出ないようにと新人冒険者のためのガイド本を作って、講習までしてやったらしい。この国における冒険者ギルドの基礎を作ったのも、その爺さんなんだそうだ。それまではガイド本なんてものは存在しなかったんだが、今ではギルドで冒険者から情報を募集していて、随時最新版が出されているそうだ」
「わぁ、すごい人だったんですね」
「現領主のベルトランもその遺志を引き継いでいて、新人が入れる5階層までは警備の兵士を常駐させていて、怪我人の救護や冒険者同士のトラブルの仲裁なんかをさせているんだ」
「そうだったんですね。僕、あの食事の時はガチガチに緊張してしまって何も話せなかったけれど、もっとダンジョンのことを聞いてみれば良かったですね」
「ああ、そうだな」

 レオがふっと優しく笑い、フィルがその横でうなずいた。
 エディがそっと僕の頭をぽふぽふと撫でた。

「ほら、陽介。内側の城壁が見えて来たぞ。あの中に入るとダンジョンの入り口が見えてくる」

 城壁の門には通る人達をチェックする兵士がたくさんいたけれど、僕らが乗っているのは領主様の馬車なのでまったくのノーチェックで門を通ることが出来た。

「うわぁ……」

 中は門の外とはがらりと雰囲気が変わっていた。歩いている人達の服装や体格が明らかに違う。鎧や盾などの防具を身に着けていて、剣を腰に下げたり斧を担いだりしている者もいる。

「すごいすごい……冒険者の街だぁ……!」

 道の先には金ぴかに飾られた巨大な扉がついた建物があって、その周囲を兵士が囲んでいる。扉は大きく開け放たれていて、その建物の屋根には幾何学的な模様の立派な紋章がついていた。それは奥様が僕にくれた手紙のろうのスタンプと同じ紋章だった。

「あれがダンジョンの入り口ですね」
「ああ、本当の入り口は地面にあいた穴だけなんだが、街の創始者がその上に囲いと屋根をつけて管理するようになってから、代々大きくしていったらしい。今ではあの中にダンジョンへ入るための受付と、戦利品の買取所と、ギルドの出張所と、兵士の待機所があるんだ。それと……」

 レオは半分笑うような顔で、その隣のとんがり屋根の建物を指差した。

「あれが教会だぞ」

 僕のウエストに回されたエディの手に、ほんの少し力が入ったのが分かった。僕はハッとしてエディを見上げ、エディの手にぎゅっと自分の手を重ねた。

 領主様の奥様がくれた教会あての手紙は、今、僕の腰に下げてあるマジックバッグの中にあった。



◇◇◇◇◇

 あの時、きらびやかな髪飾りを付けて部屋に戻った僕を、すっかり身支度を終えた三人が待っていて、口々に似合うと褒めてくれた。

 僕は教会あての手紙を隠さずに手に持っていたので、一瞬、三人の視線がそれへ向けられたのが分かった。

「えっと、これは教会あてのお手紙で……」

 言いかけた途端、レオはぶぷっと噴き出してあはははと大笑いをはじめ、フィルは「あー、なるほど」と小さく呟き、腕を組んで苦笑した。
 エディは無言で僕の腰にマジックバッグをさげてくれて、僕の手からその手紙を取ってすっとバッグに入れた。

「エディ、あの、これは……」

 僕が説明しようとすると、エディは僕の唇に指を置いて首を振った。

「それはあの奥方からヨースケがもらったものです。私に内容を言う必要はありません」
「えっと、でも」

 エディは僕の前に屈んで目を合わせ、優しく微笑んだ。

「もちろん、それを一生しまい込んだままでいられるように、一生ヨースケが不安にならないようにしていくつもりですよ。私は生涯ヨースケと離れたくありませんから」

 僕はエディの首にがばっと両手で抱きついた。

「僕も絶対にエディと離れたくありません。絶対の絶対です」
「ヨースケ……」

 エディも僕の背中に手を回して抱きしめてくれる。
 僕は頬をエディにすりつけて、エディの優しい香りを吸い込む。
 きつく抱き合う僕達の後ろから、からかうような声が聞こえてきた。

「はいはい、お前らが順調なのはもう十分に分かったから。人前でそれ以上いちゃつくなよー。べろちゅーとか見たくねーぞー」
「べ、べろ……! そ、そんなこと人前でしません!」
「そうかそうか、人前でしないか。じゃぁ二人きりならするのか」
「え、そそそそれは……!」
「それは?」
「そ、それは……ま、まぁ……僕達は恋人同士ですし、その……ちゅーなんていくらでも」
「いくらでも?」
「だ、だから……!」

 レオはニヤニヤと楽しそうな顔で僕を見下ろす。
 僕は自分でも分かるくらいに真っ赤になってしまって、「えっと、だから」とレオに何かを言おうとしたけれど、その口をエディが後ろからそっとふさいできた。

「ヨースケ、恋人同士のことは二人だけの秘密にしましょう?」
「ふぁ、ふぁい……!」

 レオとフィルが楽しそうに見下ろしてくる中、僕はさらに真っ赤になりながらこくこくとうなずいた。

◇◇◇◇◇




 僕達が乗る馬車は領主様の馬車だからなのか、進むごとに周囲の視線がこっちに集まってくるようだった。
 大勢の冒険者に見守られながら、馬車はダンジョンの入り口前の噴水のある広場に停まる。
 
 御者ぎょしゃさんが二人降りて来て扉を開け、カタンカタンと小さな階段を設置してから少し離れて控えた。

「よっし、到着」

 まずレオが堂々とした態度で優雅にその階段を下りた。
 途端に、どぉっと歓声が上がる。
 僕がびっくりして窓の外を見ると、冒険者らしい服装の男も女もベテランも新人も興奮したように手を振っているのが見えた。
 さすが『紅蓮の勇者様』は冒険者達に顔を知られているらしい。『勇者さまぁ』とか『かっこいいー』とか、黄色い声や野太い声が聞こえてきた。

 ワーワーとした歓声の中、レオの次にフィルが降り、エディが降り、そしてエディに手を取ってもらいながら僕が降りた。

 その間もずっと歓声は鳴りやまなかった。というより、全員が降りて御者さん達が挨拶をして馬車が離れて行っても、まだまだやまない。というか、どんどん大きくなって雄叫びのようなものが混じってきている。
 周りに群衆が集まってきて、手を振ったり、ぴょんぴょん跳ねたり、必死にアピールしている様はまるでアイドルのファンみたいだ。

 レオが僕の方を向いて何か言った。でも、歓声がすごすぎて聞こえないので、僕はレオに駆け寄った。

「なんですかー?」
「受付に行くぞ! 陽介は初心者だからまずは登録しないと!」
「はい! 分かりました! レオ! やっぱり勇者様一行はすごい人気なんですね!」

 声を張り上げると、レオは笑って顔を近づけ、大きな声で言った。

「何を言ってるんだよ! あれはほとんどが陽介を見て声を上げているんだぞ!」
「ええ? 僕? なんで?」

 レオが大げさに呆れたような顔をする。

「そりゃ、陽介がめちゃくちゃ美人だからだろうが!」

 僕が美人?
 首を傾げそうになって、鏡の中の絶世の美少年の姿を思い出した。

「ああ! そっか! リュカはめちゃくちゃ美人ですよね!」
「はぁー?!」

 レオは目を真ん丸くして僕を見下ろした。

「陽介、お前、それ本気で言っているのか?!」
「え?」
「きれいなのは陽介だろ!」
「ええ?! だって、この体はリュカの……」

 僕がぱちくりとレオを見上げた時、歓声をかき消すようにどぉんと地面が揺れた。
 僕が振り向くより早く、エディが僕の体を抱き上げて大きく後ろへ下がる。

 ダンジョンの入り口から、雪崩のように人が溢れ出してくる。
 歓声とは明らかに違う声が聞こえて来た。
 怒声と、悲鳴と、泣き声だ。

「エディ……!」
「何か異変があったようですね」

 怪我人がいっぱいいるみたいだった。冒険者も兵士も、比較的無事な人が血を流した怪我人を支えて必死に走ってくる。

「勇者殿! 剣士殿!」

 叫ぶエディに応えるようにフィルがすらりと剣を抜いた。
 でも、レオは腕を組んで、なぜか余裕でするりと顎を撫でた。

「勇者殿、すぐ救援を!」
「レアンドル、行くぞ!」

 焦る二人を見て、レオはニヤリと笑う。

「不思議だよなぁ」
「はぁ?」
「何がですか?」
「今日の俺は初心者コースだけをまわるつもりだったのにさぁ」
「だからどうした」

 フィルがちょっとイラつく声を出す。

「うーん、やっぱ、生まれながらの英雄ってやつは、なぜかいつも絶好の見せ場が用意されてしまう運命なんだなぁ」

 『助けてくれー』『ベヒモスだぁ』などと怒号が飛び交う中、レオは僕に向かってウィンクをした。

「レオ……」

 周囲の状況と、余裕のレオのあまりの温度差に僕が途惑っていると、レオがやっと腰の剣を抜いた。

「俺様の大活躍を陽介に見せてやりたいところなんだが、まぁ仕方ない。危ないからエドゥアールと一緒にここで待っていろよ」
「は、はい」
「エドゥアール、怪我人の治療を頼む」
「分かっています」
「んじゃ、フィリベール」
「ああ、さっさと行くぞ!」

 二人が駆け出し、エディは僕を抱いたまま広場へ運ばれてくる怪我人と衛生兵らしき人達の方へ進んでいく。

「大魔導士様だ」
「癒しの大魔導士様だ」

 わぁっと声が上がる。

「責任者は」
「私です!」

 ひとりの兵士が声を上げて駆け寄り、ビシッと踵を合わせて音を鳴らした。

「では私の周囲に怪我人を集めてください。片っ端から癒しの魔法をかけていきます。傷のひどい者を私の近くに連れて来て、動けるようになったものはすぐ離れるように誘導してください」
「はい! すぐに!」
「それと、この子にはけっして誰も触れないように。いいですね」
「はい! けっして触れません!」

 兵士はまた踵を鳴らしてから、大きな声で他の兵士に指示を出し始めた。
 エディが僕を広場に下ろしてから、少しかがんで目を見て来た。

「ヨースケは私のそばに」
「はい」
「離れてはいけませんよ」
「はい」
「それと、たくさん血を流している人を見るのは怖いかも知れませんが、何でもないような顔をしていてください」
「何でもないような……?」
「ええ。心の動揺をできるだけ顔に出さずに、優しく微笑んでいて欲しいのです。あなたが蒼ざめた顔をしていると、怪我人はさらに動揺してしまいますから」

 エディは僕の頬を軽く撫でた。

「できますか」
「は、はい。みんなが安心できるように、僕は微笑んでいます」
「いい子です」

 エディは笑顔でうなずいてから、姿勢を正し、集中するように目を閉じた。
 いつもはかざした手から淡い光が出てくるのだけど、今日は体全体からゆらゆらと光が立ち上り、それがドーム状に周囲に広がっていく。
 エディの横にいる僕の体は、まるで温泉に入っているみたいに温かくなって来た。

 腕がちぎれそうになっている人、お腹がえぐれて中身が出そうになっている人、うめき声を上げる人、悲鳴を上げる人、泣いて祈っている人が次々と運ばれてくる。

 けれど、エディの出す柔らかな光に触れると、苦しそうに唸っていた人が安らいだような顔になり、みるみる傷が治っていって、目に見えて元気になっていった。

 僕はエディの力を知っていて、どんな怪我だって大丈夫だと分かっていたので、エディの横でずっと穏やかな顔を崩さずに微笑み続けた。




◇◇◇◇◇

「女神様? ですか?」

 僕は飲んでいたお茶を噴き出しそうになって咳き込んだ。

「ああ、怪我を治してもらった連中や衛生兵たちの間ではその話でもちきりだったぞ」

 フィルがハンカチを差し出しながら、僕の背中を撫でてくれる。

「あの、僕、男なんですけど」
「ああだが、その髪飾りとローブ姿のせいで男女どちらにも見えるからな」
「そう……ですか?」
「特に生死の境をさまよった奴らは、本物の女神様を見たと騒いでいるらしい」
「ええ? 本物の女神って……」

 驚く僕をフィルが楽しそうに見ている。


 ダンジョン上の大きな建物の中にある領主様の執務室で僕らは休ませてもらっていた。お茶と果物の砂糖漬けが出されて僕とフィルはゆったりと休憩しているんだけれど、実は領主様本人は今日の出来事の後始末でまだ忙しく働いているらしい。

 僕とフィルは向かい合わせの席に座ってお茶を飲んでいた。
 隣にエディがいないのは久しぶり過ぎて、何となく落ち着かない。

 怪我で動けずに内部に取り残された冒険者がかなりの人数いるらしく、エディは衛生兵にお願いされて渋々といった様子でダンジョンへ降りて行った。

 過保護なエディは僕をすっごく心配して、レオとフィルに対して、絶対に僕から目を離さないようにとしつこく頼み、僕にも絶対に二人から離れるなと念を押してからやっと出発して行った。


「そういえばレオは? トイレですか?」
「いや、一緒にダンジョンへ連れて行くはずの料理人が来ないらしくてな、今、確認に行っている」
「料理人?」

 僕が聞き返すとフィルはちょっとしまったという顔をした。

「そういえばレアンドルに口止めされていたんだった。なんでも相当珍しい料理を出す料理人でな、ヨウスケをびっくりさせるから内緒にしてくれと言われたのをすっかり忘れていた。すまん、聞かなかったことにしてくれるか」

 僕はクスッと笑って自分の口に指で触れた。

「はい、何も聞かなかったことにしますね」

 フィルは眩しそうな顔をして目を細め、なぜかまじまじと僕の顔を見つめてきた。

「フィル?」
「きれいになったな、ヨウスケ……」

 しみじみと言われて、僕はきょとんとフィルの顔を見返した。

「きれいに、なった・・・?」

 フィルの精悍な顔がこくりとうなずく。

「ああ、きれいになった。よっぽど魔導士殿に大事にされているんだろうな」

 僕はぱちぱちと瞬きして、首を傾げた。

 もちろん、めちゃくちゃ大事にされている。エディはまるで宝物みたいに僕を慈しんでくれて、愛情を注いでくれているし、僕は毎日ぬくぬくとエディの優しさに包まれて生きている。
 でもそれときれいなのと、どういう関係が……?

「あの、でもこの体はリュカのもので……だから、きれいなのはリュカですよね」

 フィルは首を振った。

「リュカとヨウスケは別人だ。同じ体を使っていても、その表情のひとつひとつ、仕草のひとつひとつがまったく違う。お前らは、世の中にいる双子というものよりもぜんぜん似ていないと思うぞ」
「僕とリュカが似ていない? 同じ顔なのに……?」
「ああ、まったく似ていないよ」

 フィルは髪飾りのついている僕の頭をそっと触った。

「本当にヨウスケはきれいになったぞ。初めて会った頃のオドオドしていて素直で純真なヨウスケもかわいかったが、今は少し落ち着きがあって、ほのかに色気まで備わっている」
「え? えっと、僕に色気……?」
「ああ、少しだけ大人になったよ。自分じゃ気付かないか? おそらく、その表情の中に『愛されている』という自信が満ちているせいなんだろうな。兵士どもが女神と間違えるのも納得だ」

 僕は両手で自分の頬を包んだ。

「愛されて、いるから……?」

 フィルは僕のその手の上に自分の手を重ねてくる。

「好きな人から好かれる。愛している相手から愛される。それって実はすごいことだと思わないか?」

 茶色い瞳が真剣に僕を見ている。

「愛されている心というものは、その体にまでも影響を及ぼしていくのだろうな」
「えっと、僕……きれいに、なっているんですか。初めて出会った頃よりも……」
「ああ、まるで進化するみたいに、どんどんきれいになっている」

 フィルは僕の手に重ねていた手をすっと離した。

「見つめ続けていると、うっかりキスしそうだ」

 そう言って目をそらし、わざとらしく咳払いをした。

 もしも愛されることで僕がきれいになったのなら、それは全部エディのおかげだ。毎日毎日、溢れるくらいの愛情を注がれているから。

「でも、僕はずっと……リュカにもらったこの姿のおかげで優しくしてもらえるんだと……そう、思って……」
「ヨウスケ、今のお前の美しさはもうとっくにリュカからの借りものなんかじゃない、ヨウスケ自身のものだ。魔導士殿が今愛しているのはリュカではなく、ヨウスケ・・・・だろう? それをお前が否定してしまったら、さすがに魔導士殿がちょっとかわいそうになるな」

 僕はガタンと椅子から立った。

「あ、僕……会わないと……!」
「ヨウスケ?」
「エディに会わないと」

 ワーッと、言葉にできない気持ちが体中に溢れてくる。

 会って、伝えなくちゃ。
 ごめんなさい、愛しているって伝えなくちゃ。

「エディ……」

 僕がドアの方へ歩き出すと、がしりとフィルに腕をつかまれた。

「おい、ヨウスケ、どこへ行く気だ」
「エディのところへ」
「今はダンジョンへは入れないぞ」
「あ……」

 そうだ。いつもより危険な魔物が出てただでさえ混乱しているのに、僕一人で中へ行けるはずがない。
 フィルは僕の肩をポンポンと叩き、安心させるように微笑んだ。

「大丈夫。すぐ戻って来るさ。魔導士殿も、ヨウスケから離れがたい様子だったからな。伝えたいことはその時に伝えればいい」
「はい、はいそうします」



 その後、レオが部屋に入って来て何かを言っていたけど、とにかくエディに会いたくてたまらなくて、僕はぜんぜん話を聞く余裕がなかった。


 そして、やっとエディが戻ってきた時、僕は人前も何もまったくかまわずに、おもいっきり抱きついてその唇に吸い付いたのだった。






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