異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 はじめてのぼうけん

(3) 「料理人の誠心」前編

 子供の頃はいつも腹が減っていて、欲しいものといえば常に食べ物だった。食べるものさえあれば生きられる。だから俺は、それ以上を求めたことはなかった。優しさや楽しさは贅沢すぎて、愛情とか幸福なんて、どこか遠い別世界の話だ。

 俺は5歳で親に捨てられた。実の親がどんな奴らだったのか、あまり覚えていない。拾ったのは、盗賊の頭領をしている男だった。名前は知らない。カシラと呼べと言われたから、俺はその頭領をカシラと呼んでいた。

 カシラは俺に食べ物をくれたから、俺はカシラのために働いた。
 普段は雑用ばかりだったが、盗賊働きの時にはおとりをやらされた。
 山道や、人気ひとけの少ない街道で、子供の俺が怪我をしたふりをしてうずくまる。通りがかった裕福そうな馬車が停まり、裕福そうな貴族や商人が降りてくる。そこを盗賊団が襲い掛かるのだ。
 素直に荷物を差し出せば命までは取らなかったが、抵抗する者は容赦なく殺していた。子供の俺を哀れに思って一緒に逃げようとした奴もいたが、そいつはカシラに首を切られて死んでしまった。
 最初はとても怖かったが、何度も繰り返す内に人が死ぬところを見ても何も思わなくなっていった。

 ある日、同じように俺が囮になって襲撃した馬車から、凄腕の護衛が何人も飛び出してきた。形勢不利と見るや否や、カシラは動ける仲間だけを連れてさっさと逃げ去ってしまった。俺には目もくれなかった。俺は心のどこかでカシラを親のように思っていたが、カシラは俺を息子とは思っていなかったのだと思い知った。

 カシラの率いる盗賊団は各地で派手に荒稼ぎをしていたらしく、俺はその一味として罰せられた。犯罪奴隷として20年間働くこと。一緒に捕まった成人の盗賊は全員死刑にされたので、子供であることはきちんと考慮されたらしい。

 借金奴隷は金さえ払うことが出来ればすぐにでも平民に戻れるが、犯罪奴隷は刑期を終えるまで何をしても平民には戻れない。買い手がつかなければ、鉱山や街道整備などの強制労働に回されるだけだ。

 俺はまだ若かったから大きな商家の主人に20年間の契約で買われ、荷物運びとして働くことになった。商家の主人は特に悪辣あくらつでもなく、特に人情家でもなかったので、俺は奴隷としての平均的な待遇を与えられた。食事は一日二回、着替えは三枚、一年に一回新しい服と靴がもらえる。寝床は十人程で雑魚寝、月に一度洗浄薬で体を洗ってもらえた。

 主人が食べ物をくれるから、俺は主人のために働いた。時々、体の大きな奴隷仲間に憂さ晴らしで殴られることもあったが、盗賊団にいた頃より安定した生活だった。

 毎日食事を与えられたので体だけはちゃんと成長して持てる荷物の量も増えていったが、教育を受けていない俺は荷運びのほかには何ひとつ出来なかった。字も読めないし簡単な計算も出来ない。いつか犯罪奴隷としての年季が明けても、行く当てなどまったくない。俺はその現状をまったく疑問に思うことなく、そのまま一生そこで働くものと思っていた。

 俺が欲しいものは食べ物だけで、それはちゃんと与えられていた。優しさや楽しさは贅沢すぎて、愛情とか幸福なんて、どこか遠い別世界の話だった。

 俺は自分の人生をつらいとも苦しいとも思っていなかった。何も考えず、何も感じてはいなかった。
 強烈なほどの光で俺の人生を照らし出す、紅蓮の勇者レアンドル・テオドールに出会うまでは。




「ラウル、今日の昼飯は何をつくるんだ?」

 いつも通りのピッカピカの笑顔でレオが俺の顔を覗き込んできた。
 俺は無意識に目の力を使ってしまったらしく、その赤い頭の上に『レアンドル・テオドール(加藤達也) 食用には向かない』という文字が浮かんで見える。

「あ、ああ、そうだな。ハデスガーデン名物のオーク肉が手に入ればレオの好きな生姜焼きでも作ろうかと思ったんだが」
「だが?」
「日野は和食が好きみたいだから、豚バラ大根でもどうかなと思って」
「おお、豚バラ大根も旨いよなぁ。きっと陽介も喜ぶぞ」

 レオが笑顔のままで、俺から日野へと視線を動かす。
 俺もつられるように日野の方を見ると、ガイド本を手に上機嫌で魔導士や剣士と話しているようだ。

 魔導士の上には『エドゥアール・シルヴェストル 食用には向かない』、剣士の上にも『フィリベール・ヴァランタン 食用には向かない』と文字が浮かんだ。

 だが、日野の頭の上には『リュカ(日野陽介) 食用可能 肉が柔らかく美味』と文字が浮かび、さらに『下ごしらえに血抜きが必要 まず逆さ吊りにして頸動脈に傷を付け……』と下ごしらえの仕方から肉の保存方法、おすすめのレシピがずらりと表示される。

 別に人肉なんて食べようとは思わないんだが……。

 無駄な情報に苦笑しつつ、俺はちょっとの間まぶたを閉じて目の力を抑えた。

「決めました! こっちにします!」

 はしゃぐ声に目を開くと、日野が輝くばかりの笑みで右側を指差している。

「分かりました。では行きましょうか、リーダー」
「えへへ、リーダーって照れますね」

 魔導士が差し出した手を当然のようにつかんで、日野はワクワクした顔で歩きだした。
 剣士も嬉しそうに目尻を下げて、その後ろから歩き出す。
 レオは楽しそうな日野を見て、満足そうに口角を上げた。

 確かに、きれいな子だと思う。
 年の割には幼い印象だが、言い換えれば無垢で愛らしい。
 それに、きっと本人は無自覚なんだろうが、妙な色気を持っている。後れ毛を耳にかけたり視線を流したりするだけで、周りの者をドキッとさせる魅力があった。

 レオが本気で好きになるくらいだから、きっと顔立ちだけでなく心までもきれいなんだと思う。頭のてっぺんから足の爪先まで手入れされていて、中まできれいだというならもう完璧だ。欠けたところがひとつもない。まるで傷ひとつ無い水晶玉みたいだ。美しく透明で、中には何も隠していないようなのに、なぜか奥の奥まで覗き込んでみたいような……。

「あっ」

 日野が道のくぼみに足を取られバランスを崩した。三人の男がとっさに手を伸ばし、一番近くにいた魔導士がその華奢な体を支えて起こした。
 日野はほんのり頬を赤くして、魔導士を見上げた。

 この少年はきっと今まで汚い言葉をぶつけられたことも無く、殴られたことなんて一度も無く、もしかしたら、転んで怪我をしたことすらないのかもしれない。
 無邪気で、素直で、痛みを知らないような無防備さ。きっと、優しさや楽しさが周りにあるのは当然で、生まれた時から愛情や幸福もすべてを手に入れていたんだろう。

「あ、そうだ、陽介」

 レオが小走りで日野の元へ走り、マジックバッグから子供用のような短い槍を出した。先の部分にふわふわの毛皮のカバーが被せてある。

「これやるよ」
「え、僕に?」
「光の精霊の件の後、結局、攻撃に使える魔法は習得できなかったんだろ?」
「はい、がんばったんですけど、どうしても自力で魔力が動かせなくて……。でも、僕、槍なんて使ったことが無いんですけど」
「ああ、それなら大丈夫だ。軽量化の魔法陣も付与してあるし、穂先はミスリルだから、力の無い陽介でも使えるはずだぞ」

 レオはカバーをはずして日野の細い手に槍をもたせた。貴重なミスリル製で、しかも魔法陣を付与された武器など、Aランクの冒険者でも所持している者は少ない。
 日野はそれがどれだけ高価なのかも知らずにキャピキャピした声を出した。

「わぁ、すごい! 軽いです! 僕、ミスリルって初めて見ました! すごくきれいですね……」
「ヨースケ!」

 日野が素手で刃先に触ろうとするから、魔導士が慌ててその手をつかんだ。

「触れてはいけません。ミスリルの切れ味を知らないのですか。ちょっと力を入れただけで指を落としてしまうんですよ」
「ええ? そんなに切れるんですか?」

 魔導士はレオの手からカバーを取って槍にかけ、ぐいとレオに突き出す。

「ヨースケに武器なんて持たせないでください。怪我をしたらどうするんですか」

 レオははぁーっと大げさにため息を吐いた。

「エドゥアール。せっかく冒険に来たのに、一匹もモンスターを倒せなかったらダンジョンの醍醐味だいごみが無ぇだろが」
「ヨースケの安全が第一です」
「過保護すぎるぞ。たとえ怪我をしたって癒しの魔法で治せるんだから、ちょっとくらい冒険させてやってもいいだろ」
「ちょっとでも痛い思いをさせたくないんです」

 睨み合う二人の間でオロオロとしていた日野は、魔導士の袖をきゅっとつかんだ。

「エディ……あの、僕、一匹でいいからモンスターを倒してみたいです」

 甘えることに慣れた仕草と、あざといほどにかわいい上目遣い。

 レオも魔導士も、一瞬で睨み合うのを忘れたようだった。

「だよな、だよな。せっかくダンジョンに来たらモンスター倒して魔石やアイテム欲しいよな」
「ヨースケ、モンスターなら私が何匹でも倒しますし、欲しいものがあれば何でも買いますよ」
「ばっか、自分で倒すから楽しいんだって。異世界でダンジョンに来てるんだぞ。何もしないで帰れるかよ。分かってねぇなぁ」
「同郷だからって何でも知っているような顔はしないでくれますか」
「お前さぁ、あまりに過保護だと恋人というよりオカンみたいだぞ」
「オカン? なんですかそれ」

 言い争いというよりじゃれ合うようにワイワイしているレオ達から目をそらして、俺は透けている階段を見た。ダンジョンの一階層に降りて来てからけっこう経つが、まだどこにも進んでいない。レオ達はこういう茶番を今までにも何度も繰り返してきているんだろう。俺は何となく、澄み切った空を見上げた。

「悪いな、ラウル。くだらないバカ騒ぎに思えるだろうが、大目に見てやってくれるか」

 俺のすぐ横に来て、背の高い剣士が苦笑した。

「え……はぁ、まぁ」

 平民上がりの勇者レオと違って、本物の貴族である剣士が奴隷に対して気楽に話しかけてくるとは思わなかった。とっさにどうすればいいか分からず、レオに話すようにタメ口で答える。

「あいつら、いつもああなのか?」
「そうだな。いつもあんな感じだ」

 俺の無礼な言葉遣いを咎めもせずに、剣士は鷹揚おうように笑った。

「ヨウスケはこれまでに何度も死にかけ、つらい思いをしてきたからな。レアンドルも魔導士殿も、あの子には幸せになって欲しくて、ついついかまいすぎてしまうのだろう」

 俺は聞き間違いかと思って、剣士の顔を見上げた。

「え……死にかけた……誰が?」
「なんだ、ヨウスケのことはレアンドルから聞いていないのか」

 驚いたように剣士が俺を見下ろす。

「ああ、詳しくは何も。ただ、大好きな子に会いに行くからついてこいと」
「そうか……。うーむ、これはまずいな」
「え」
「最近どうも口が軽くなってしまっているらしい。これ以上はやめておいた方がいいだろうな」
「いや、死にかけたなんて言われたら、すごく気になるんだが」

 剣士はひょいと肩をすくめた。

「詳しいことは本人に聞いてみるといい。だが、ヨウスケはつらい思いをしてやっと魔導士殿のもとで幸せに暮らせるようになったのだ。ラウルも優しくしてやってくれるか」

 日野の方を振り返る。やはり、愛されることに慣れ切った貴族の子供にしか見えない。だが、死にかけるほどつらい目にあったというのなら、あいつも俺と同じように勇者レアンドルに救われたということなんだろうか。

「俺はレオの奴隷だ。レオが大事に思っている相手を、俺がないがしろにするわけがない」

 カシラは俺に食べ物をくれた。商家の主人も俺に食べ物をくれた。だから俺は二人のために働いた。
 レオは俺に人生のすべてをくれた。だから俺はレオの望むことなら何だってする。

「そうか。レアンドルが信頼している者に対して、余計なことを言ったようだ」

 剣士はにっこりと笑顔を寄越してから、まだワイワイ言い合っている三人の方へ近づいて行った。
 日野は心配性の魔導士の説得に成功したようで、ミスリルの槍を両手に掲げている。その穂先がキラっと光った。

「やったー! 僕、オークを倒してお肉ゲットします!」
「そうかそうか、そしたらラウルが美味しい豚バラ大根作ってくれるぞ」
「ほんとですか、すごい! 楽しみですー!」

 日野は俺の方を向いてぶんぶんと槍を振る。

「おい、ミスリルの穂先を振り回すな。危ないぞ」
「あ、はい! 大変!」

 慌てたようにカバーをかけると、日野はまたぶんぶんとそれを振った。
 俺は苦笑しつつ手を振り返す。

 意気揚々といった感じに歩き出した日野を中心に、勇者一行がやっとダンジョンの道を進み始めた。
 その数歩後ろをついてゆっくり歩き出した俺を振り向き、レオが足を止めた。俺が追いつくのを待って、横に並んで歩き始める。

「レオ、日野のそばにいなくていいのか」
「ああ。俺があんまりべったりすると、エドゥアールがピリピリするからな。嫉妬深いんだ、あいつ」
「そっか」
「なぁ、ラウル。今度、お前にもミスリルでなんか作らせようか? 包丁とかさ」
「あはは、やめろって。ミスリルで包丁なんか作ったら、まな板ごと切り落としちまうだろ」

 レオはきょとんと俺を見返した。

「なるほど、確かに」
「それに、奴隷にミスリル製のものなんて、普通与えねぇよ」
「何を言う。奴隷に贈るんじゃなくて友に贈るものなんだから、何もおかしくないぞ」

 屈託なく言い放って、レオはポンと手を叩いた。

「そうだ。調理器具じゃなくて護身用のナイフにしよう! これからもモンスターの討伐とかであちこち行くだろうから、ラウルも良い武器を持っていた方がいい」
「俺もついて行っていいのか」
「もちろん! 色んな国に行くから、色んな食材が手に入るぞ! ラウルがどんなものを作ってくれるか、めちゃくちゃ楽しみだ」

 俺の作ったものを食べて、レオが美味しいと笑う。
 俺はそのために生きているんだと思う。
 そういう思いが重すぎるのは分かっているので、レオには言わないけれど。

「ああ、大いに期待しててくれ。旨いものを作るよ」
「期待してる」

 ニカッと白い歯を見せて、レオが笑った。

 笑顔を見せてくれる。たくさん話しかけてくれる。俺を友だと言ってくれる。
 レオは俺に優しさをくれた。楽しさもくれた。愛情や幸福も与えてくれた。
 何も考えず、何も感じていなかった俺に、人間として生きる意味をくれた。

 返す方法が分からないくらいにたくさんもらってしまったから、俺はレオのために生きようと決めている。
 俺の人生全部を、レオのために使おうと思う。


 レオは笑顔のまま、また俺から日野の方へ視線を向けた。
 日野は魔導士の顔を見上げて、何か楽しそうに話している。

 日野が笑うと、レオも嬉しそうだ。
 それなら俺は日野の笑顔のために料理を作る。
 レオの望み通りに何だってする。

 この目の力も、前世の記憶も、きっとそのためにあるのだから。





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