異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 はじめてのぼうけん

(6) 「勇者の動揺」

「ラウ……ル……?」

 音も無くいきなり現れた落とし穴は、同じように音も無く一瞬で消え去った。
 まるで何事も無かったかのように、そこには牧歌的ともいえるような草原が広がっている。奥に、ラウルを呑み込んだまま。

「ラウル! ラウルぅ!」

 草原の乾いた空気にヨースケの金切り声が響く。エドゥアールに抱えられながら、地面に向かって必死に手を伸ばしている。

 フィリベールが慌てたように地面に触れたが、難しい顔で首を振った。

「ダメだ、さっきの大きな気配も消えている」
「お前ら、ちょっと離れてろ」

 言うなり、俺は全力で魔力を下に叩きつけた。
 ダンジョンの壁や床には、どんなことをしても穴をあけることは出来ない。たとえ勇者でも、ダンジョンの中ではダンジョンのことわりから逃れられない。分かっていても、そうせずにはいられなかった。

「くそっ……くそがっ……」

 ドォン、ドォン、ドォンと派手な爆発音が鼓膜を打ち、もうもうと土煙が上がったが、地面はびくともしなかった。

「やめろレアンドル! ここにはヨウスケがいるんだぞ!」

 間一髪で爆発から飛び退すさったフィリベールが抗議するように叫ぶ。
 俺はふっと息を吐いた。

「陽介にはエドゥアールがいるだろう」

 自分の発した言葉が自分を責め立てるように、胸の奥にズキンと響いてくる。

「ええ、ヨースケには私がいます」

 空を見上げると、陽介を抱いたエドゥアールが俺を刺し貫くようなすごい目で睨んでいた。

「たとえ何があっても、ヨースケには傷ひとつ負わせません。命を懸けて」

 怒りのあまり声を震わせてエドゥアールが宣言する。

「レオ……」

 ヨースケは泣きそうに目を赤くして俺を見ていた。
 爆発が怖かったのではなく、きっとラウルが落ちてしまったことを自分のせいだとでも思っているんだろう。

「分かっている」

 陽介は絶対の信頼をエドゥアールに寄せ、エドゥアールは常にその信頼に応えている。
 そこには完璧な絆がある。

 俺は二人を見ていられなくて目を伏せた。

「分かって、いたんだ。陽介にはエドゥアールがいる」

 確かに、このメンバーの中で一番弱いのは陽介だった。
 でも、ラウルも同じだったんだ。
 奴隷として生きて来たラウルは戦ったことも無く、魔力も封じられている。
 多少素早く動けたとしても、あの時、落とし穴に対して無力であることは同じだったのに。

 膝を折り、地面をつかむようにガリッと指を突きたてる。

 一目見た瞬間に友になれると思った。
 話してみたら驚くほど波長が合った。
 一緒に過ごすだけで、毎日が楽しかった。
 そばにいるのがあまりにも自然で、当然のようにこれからも俺のそばにいるものだと思っていた。

「ラウル」

 ラウルは俺を信じていた。
 いつでも俺に絶大な信頼を寄せていた。
 でも、俺はラウルの信頼に応えてやらなかった。

「ラウルには、俺しかいないのに……」

 自分の口から出た言葉が、また自分の胸を締め付ける。
 何が勇者だ。聞いて呆れる。大切な人ひとり守れないなんて。

 フィリベールが近付いて来て、俺の肩に手を置いた。

「とにかく下へ急ごう。あの落とし穴のような罠でラウルがどこまで落ちてしまったのか分からないが、一階層ずつ探していくほかないだろう。ここで嘆いている暇は無いぞ」

 そして宙に浮いている二人を見上げ、冷静に言った。

「魔導士殿、ヨウスケを連れてダンジョンから出ていてくれるか」
「分かりました。行きましょう、ヨースケ」
「レオ、フィル」

 陽介が祈るように真剣な目で俺達を見る。

「絶対にラウルを助けてください」
「ああ、必ず」

 重々しくフィリベールがうなずく。

「あ……」

 俺はうまく言葉が出て来なくて、つまったような声が出ただけだった。いつもなら『俺を誰だと思っている。世界最強の勇者様だぞ』などと軽くおどけてみせるはずなのに……。

 俺は結局何も言えず、ただこくりと陽介にうなずいて見せると、くるりと背を向けて走り出した。

 なんだろう。
 おかしい。
 息が苦しい。
 急がなきゃいけないのに、うまく走れない。

「レアンドル」

 後ろからフィリベールの足音が追ってくる。

「なぁ、どう思う?」
「なに、が」

 自分の声が自分のものじゃないみたいに聞こえた。

「この異変は先程の騒ぎと関係があると思うんだが」
「さわぎ……?」

 俺が疑問を込めてフィリベールの顔を見る。

「だいぶ下の層にいるはずのベヒーモスなどが浅い階層に出たことだ。もしかしたら、さっきのような穴が他にも出現して、上層と下層がつながってしまっているのかもしれないぞ」

 俺はぎくりとして足を止めた。
 フィリベールが俺を見て、ぎょっとしたように目を開いた。

「おい、どうした。ひどく顔色が悪いが」
「じゃぁ、ラウルはベヒーモスが出るような下層へ落ちて行ったって言うのか……?」

 喉の奥が干からびたみたいにかすれた声が出た。

「まだ何も分からん。あくまでも可能性の話だ」
「でもラウルは包丁くらいしか武器になるものを持っていないんだぞ。奴隷だから魔法も使えない。ベヒーモスなんかに出くわしたらそれこそ一瞬で……」

 その先は怖くて言葉に出来なかった。

 だって、あいつ、一生俺の料理人でいるって言ったんだ。
 『仕方ねぇなぁ』なんて笑っていたけど、あの顔は本気で喜んでいた。
 あんなに気が合って楽しい奴は他にいない。
 ずっと、ずっと、俺とラウルは一緒にいるはずだったんだ。

 それが、あの一瞬の判断ミスで、たった一度の失敗で、永遠に失ってしまうのか……?

「レアンドル、大丈夫か、真っ青じゃないか。……お、おい、嘘だろ。呼吸だ、呼吸しろ!」

 フィリベールがバシバシと背中を叩いてくる。
 ひゅーっと喉の奥から変な音がして、俺は体を折って大きく咳き込んだ。
 ゲホゲホとむせる俺の背を撫で、フィリベールは呆れたような声を出した。

「まったく、そんなに大事ならどうして……」

―――― どうしてあの時真っ先に助けなかったのか。

 ジワリと目元が熱くなってくる。

「ほんとに……ほんとに俺はバカだ……」

 ラウルが大事だ。
 ものすごく大事だ。
 今さらになって、はっきり自覚する。

「あいつは俺が必ず助ける」
「ああ、勇者レアンドルは反則的なほどの強運の持ち主だからな。きっとラウルも無事でいるさ」

 楽観的なフィリベールの言葉に救われたような気がして、なんだか体が軽くなった。

 そうだ、勇者の幸運レベルはMAXだ。
 カードゲームでは必ず勝つし、どんなことだって、結局俺の思い通りになってきた。
 
 大好きなリュカは平和な日本へ行ったし、陽介は幸せそうに笑うようになったし、俺は世界最高の料理人を手に入れたんだ。
 一生そばにいると誓った料理人が、俺の友が、このまま永遠に会えなくなるはずがない。

「そうだよな、絶対に大丈夫だよな」

 自分に言い聞かせるように呟き、大きく深呼吸して体勢を立て直す。
 再び前へ進もうとした時、ふっと視界が暗くなった。

「え?」
「ん?」

 一瞬、自分が眩暈めまいでも起こしたのかと思ったが、遠くから小さな悲鳴が聞こえてザワリと鳥肌が立つ。

「今のは」
「まさか陽介か?」
「まだダンジョンを出ていなかったのか?」

 俺は光魔法で周囲を照らそうとした。

「うぇ? な、なんだ?」
「どうした、レアンドル」
「魔法が発動しない。いや、魔力そのものが動かせない」
「はぁ? それはどういう」
「嘘だろ、まじかよ! エドゥアールも同じ状態ならこれは相当ヤバイぞ!」

 あいつは剣技も格闘技もからっきしだ。魔法が使えないエドゥアールでは陽介を守り切れない。
 駆け戻ろうとして、方向を見失う。
 晴れ渡った空があったはずの上に顔を向けても、真の暗闇があるだけで星すら見えない。

「どっちだ、どっちへ行けばいい?」

 暗闇の中からフィリベールの焦った声がする。
 俺は大声を張り上げた。

「おーい、陽介―! エドゥアール! どこだー!」

 呼びかけに答えて、遠くから小さく「レオ―!」と俺の名を呼ぶ声がした。
 そして、小さくぽうっと何かが光った。

「あれはヨウスケか? まだ輝きの実の効果が?」
「いや、あの光はおそらく違う……とにかく行こうぜ!」

 フィリベールと共に小さな光に向かって急いで駆け戻ると、足を投げ出すように座っているエドゥアールに陽介がしがみついて泣いていた。

「レオ! エディが、エディが……!」
「大丈夫ですよ、ヨースケ。たいした怪我ではありません」

 小さな光に照らされた中で、エドゥアールが陽介の背中を慰めるようにポンポンと叩いている。

「魔導士殿、どうしてまだダンジョンを出ていないのだ?」
「それは……」
「登っている途中で階段が消えちゃったんです! それですごく高いところから落ちてしまって、エディは僕を庇ってくれて……」
「大丈夫、少し足をひねっただけです。ただ、癒しの魔法が使えなくて……」
「マジックバッグも使えないんです! だからポーションも出せないんです!」

 言われて俺も自分のマジックバッグに触れてみたが、確かに何も取り出せなかった。

「どういうことだ? 魔力が使えないなんてことがあるのか?」
「普通なら有り得ませんが、ここはダンジョンの中ですから」

 ダンジョンの中はダンジョンだけのことわりで動いている。倒した魔物は死体を残さず、魔石や宝物をドロップするし、俺達がダンジョン内で死ねばその死体も消える。階層ごとに季節や環境が違っていたり、外の常識とは違う仕組みで成り立っていたりする。

「だが、このハデスガーデンでは魔法が使えないという現象は起こったことが無いはずだ」
「おそらく、我々を外へ出す気が無いのでしょう」
「は? 誰が?」
「ダンジョンの意思がです」
「ダンジョンに意思などあるのか?」

 フィリベールは驚いているが、俺はどこかで納得していた。

「確かに、そう考えると説明はつく。俺達はそいつの腹の中にいるんだから、魔力を封じようと思えば可能なんだろう」
「では、この光はなんだ? 魔力が使えないのになぜ光っている?」
「あ、この光は、光の精霊様です。僕がお願いしたら出て来てくれました」
「ええ。ヨースケの光の精霊は、どうやらダンジョン内のことわりに支配されない存在のようですね」

 光の精霊は陽介に懐くようにその頬や髪をかすめて飛び、また宙に浮いた。

「その精霊とやらは他に何が出来るのだ?」
「力のほとんどをエディに渡したので、今は光ることしかできないはずです」
「そうか……」

 フィリベールが息を吐いて腕を組む。

「まぁ、光ってくれるだけでもありがたいよ」
「そうだな。この光が無ければ合流も出来なかった」
「はい。光の精霊様は、僕が暗い道で迷ったら照らしてくれるという約束を、ちゃんと果たしてくれました」

 陽介は、自分が褒められたかのように少し微笑んだ。

「だが、このままではらちが明かないな。ダンジョンが俺達を外へ出さないようにする理由は何だ? いったい何が目的だ?」

 イラ立ったフィリベールの声に、エドゥアールが首を振る。

「分かりません……。我々の共通点と言えば、大きな魔力でしょうか」
「いや、もうひとつある。俺と陽介とラウルは異世界の記憶を持っている」
「確かに。異世界の者が三人も揃うというのはめったにないことでしょうね」
「転生者だから狙われたというのか?」
「ああ。このダンジョンの最初の攻略者は転生者だった可能性があるわけだし」
「あ……領主様の曾々ひぃひぃおじいちゃんですか?」
「そうだ」
「でも、ヨースケの元いた世界とこのダンジョンに何の関係があるのです?」
「さぁな。ダンジョンの意思とやらと、直接話が出来ればいいんだが」
「話が出来ればラウルを返してもらえるでしょうか」
「可能性はゼロじゃない、と思うが」

 するといきなり陽介が立ち上がり、メガホンのように口の横に手を置いた。

「ダンジョンさーん、ラウルはどこですかー? 返事をして下さーい!」

 陽介の澄んだ声が暗闇に響き渡る。
 もちろん返事は無かったが、陽介とエドゥアールを照らしていた小さな光が、何かを合図するようにチカチカとまたたいた。

「光の精霊様? どうしたんですか?」

 光はまた瞬いて、すいっと前へ移動する。まるで誘うように陽介のまわりをまわり、また同じ方向にすいっと移動した。

「もしかして、道案内をしてくれるんですか?」

 返事をするように光がチカチカする。

「ほんとですか? ラウルの居場所が分かるんですか?」

 光はチカチカしつつ、またすいっと前へ進んだ。

「おい、まじか! ラウルの所へ行けるっていうのか?」

 俺が手を伸ばすと、光はスッとよけて陽介の肩にとまった。

「きっと行けますよ」

 陽介がぎゅっと俺の服をつかんで見上げてくる。

「行きましょう、レオ。光の精霊様は良い人です」

 エドゥアールがよろめきながら立ち上がる。

「それは信頼できる存在だと私も思います。少なくとも、ヨースケにとって危険なことはしないはずです」

 俺は陽介のまわりを舞う小さな光を見つめた。これは自我を持ってしまったエネルギー体で、偽神にせがみにもなりうる危険なものらしいが、最初に出会った人間が陽介だったおかげで『光の精霊』となったものだという。

「分かった。どうせ他に手は無いんだ。陽介の光の精霊を信じてみる」
「はい!」

 すると、すぐ横でわぁっと変な声が上がった。

「な、何をするんですか」
「怪我で歩けないんだ。仕方ないだろう」
「で、ですが……!」

 フィリベールが、まるで荷物を担ぐように肩にエドゥアールを抱え上げていた。

「四の五の言うな、魔導士殿。さぁ、ヨウスケ、行こうか」

 うながされた陽介は、なぜかぷくっと頬を膨らませた。

「陽介?」
「うー、エディは僕のエディなのに……。僕が抱っこしたいです」
「いや、無理だろ。潰れちまうぞ」

 冷静に突っ込みを入れると、陽介はさらにふくれっ面をした。

「僕、絶対体を鍛えます。そしてエディを抱っこできるようになってみせます」
「ま、まぁがんばれ。でも今はこのままで行こうな」
「……はい」

 光の精霊を先頭に、俺達は歩き始めた。
 光源はそれひとつしかなく、少し離れると真っ暗闇だから、どこをどう歩いているのかあやふやで分からなくなっていった。
 初めは地面を踏んでいる感触がしていたが、次第にそれも薄れていき、どこかふわふわした空間を進んでいく。

 陽介はまっすぐに前を向いて歩き、フィリベールは荷物のように肩にエドゥアールを担いだままずんずんと進んで、初めは嫌がっていたエドゥアールは諦めたようにフィリベールの肩の上でぐったりとしてしまった。



 現実感が遠のいていき、視界が少しずつぼんやりとして来て、俺はその内にラウルのことを考えていた。

 俺達は勇者と奴隷という立場だけれども、日本の若者同士みたいに、毎日軽口を言いあって、毎日笑いあっていた。
 対等な友でいたかったし、対等な友でいられたと思う。
 ラウルはいつも楽しそうにしていたし、俺に親愛の情を寄せてくれていたのは、その表情を見れば良く分かった。

 だから、少し、不思議だった。
 今日は何で遅刻してきたんだろう?
 今まで寝坊もしたことが無いし、時間も守る奴なのに。

 もしかしたら来るのが嫌だったんだろうか。
 俺は次々と勝手に予定を決めてしまうから、その強引さに嫌気がさしたんだろうか。

 ああ、会えたら絶対に確かめよう。
 不満はないか、嫌なことはないか、俺をどう思っているのか。

 もっと、ちゃんとラウルを見よう。
 無理していないか、頑張りすぎていないか、俺をどう思っているのか。

 わがままばかりを言ってしまう俺のそばに、本気でずっといたいと思ってくれているのか。

 会えたらちゃんと謝ろう。
 守れなかったことを謝って、いっぱい謝って、謝り倒して許してもらおう。
 そしてこの先は絶対に守ると誓おう。
 これからはもっと優しくするし、もっと大事にするって宣言しよう。

 会えたらラウルを抱きしめる。
 絶対に抱きしめる。
 きっと照れて嫌がるだろうけど、それでもぎゅうっと抱きしめる。

 ああ、そんな強引なところがダメなんだろうか。
 でもきっと我慢できずに抱きしめると思う。

 早く会いたい。
 ラウルに会いたい。
 俺のラウルに、早く会いたいよ。








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