異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 はじめてのぼうけん

(7) たいせつなもの 前編

 薄いピンクの花びらが一枚、手の中に落ちて来た。

「さくら……?」

 気付けば、樹齢百年は越えていそうな大きな桜の木の下に、俺は立っていた。
 花は完全に開ききっていて、風もないのに花びらがはらはらと散ってくる。
 晴れた空の青色に、満開の桜の薄紅色が映えていて、やけに美しかった。

「レオ! こっちにも桜の木ってあったんだな。全部散っちゃう前に花見でもしようか? レオの好きな唐揚げをたくさん作って、おにぎりと甘い卵焼きと、それから……」

 言いながら振り向くと、そこには誰もいなかった。
 目に映るのは無人の校庭と静かな校舎だ。

「ええと…………ああ、そっか……」

 俺は苦笑した。
 そうだった。俺はダンジョンの中で突然現れた落とし穴に落ちたんだった。
 最後に見たのは日野の方へ手を伸ばすレオの後ろ姿で……。



 俺はまた、大きくそびえる桜の木を見上げた。
 これは、死ぬ前に見るという走馬灯のようなものなんだろうか。
 はらはらと散り続ける桜は確かに日本人にとっては懐かしさを覚えるけれど。

 どうせ最後に見るなら、俺はレオとの思い出を見たかった。
 一度も買い物をしたことが無い俺のために、食材探しにつきあって一緒にあちこちの市場をまわってくれたこととか。
 奴隷の俺にマジックバッグやら調理道具やら自由に使える金までも与えて、周囲を呆れさせたこととか。
 カレーライスを初めて作った時に、目を潤ませながら感激して食べてくれたこととか。
 ラーメンを作った時も、ハンバーガーを作った時も、アイスクリームを作った時も、こっちがびっくりするくらいに大絶賛して『愛してる』と言ってくれたこととか。

 もっと、美味しそうな顔を見たかった。
 もっと、喜ぶ顔が見たかった。
 もっと、そばにいたかった。
 レオ、俺は…………。



「こんにちは」
「え、こ、こんにちは」

 不意に声をかけられ、裏返った声で挨拶を返す。
 中学生くらいの男の子が、いつのまにか近くにいてニコニコと笑っていた。
 目鼻立ちのはっきりした芯の強そうな子で、黒い学生服を身に着けている。

「お、詰襟つめえりか。懐かしいな」

 思わず出た俺の呟きに、男の子は首を傾げた。

「あなたも似たものを着ているのに」
「え……」

 言われて俺は自分の体を見下ろした。確かに俺も学生服を着ていて、その胸には校章バッジと二年生の学年章と『坂崎』と書かれた名札が付けられていた。

「おお……? これ、俺が中学生の時の制服だ。な、なんで……?」
「ここがチューガッコウだからですよ」

 男の子はさっきと同じようにニコニコしていたが、その笑顔がどことなく不自然で俺は身構えた。

「お前、誰だ?」
「私はハデスです」
「ハデス? ハデスガーデンの、ハデス?」
「はい、ミズキが付けてくれた名前です」
「みずき?」
「はい、ミズキです」

 また新しい名前が出て来た。
 どうやらこれは死ぬ直前の走馬灯ではないみたいだ。

「ミズキはチューガクセイでした。チューガッコウはとても楽しかったそうです」
「じゃぁここはミズキってやつの通っている中学校なのか? それで? ええと、ハデスはなんでここにいるんだ?」
「私はミズキを探しています。ミズキを知りませんか?」

 俺は首を振った。

「いや、みずきなんて知り合いはいないな。そもそもみずきって苗字なのか、名前なのか? そいつは男? それとも女?」

 男の子はニコニコしたまま俺を見返してくる。

「ミズキはミズキです。本当に知りませんか? あなたはミズキと同じ匂いがするのに」
「におい?」

 俺は自分の腕に鼻を近づけてクンクン嗅いでみた。

「別に何の臭いもしねぇけど」
「そうですか。あなたはミズキを知らないのですね」
「ああ、悪いが知らない」
「残念です」

 ハデスはニコニコした顔のままで、ふっと煙のように消えてしまった。

「あっ、おい、ちょっと待て……!」

 俺は慌てて引き留めた。

「ハデス! おい、ハデス! もう一回出て来てくれ!」

 誰もいなくなった校庭に、俺の声が虚しく響く。
 だが、何度呼んでもハデスはもう姿を現さなかった。

「なんなんだよ……。何の説明も無く、言いたいことだけ言いやがって」

 あいつはハデスという名前からしてダンジョンに関係の深い奴だったはずだ。
 落とし穴に落ちた俺が何でこんなところにいるのか、なぜこっちの世界に日本の中学校のような建物があるのか、ここもダンジョンの中だとしたら、いったい何階層なのか。
 聞きたいことはいっぱいあったのに。

「うあー、まじか」

 何も分からないまま、またひとりで取り残されてしまった。
 俺は困って両手を頭に置いた。
 そこで、ハッと強い違和感を覚える。

「え……なんだこれ」

 料理の邪魔にならないように後頭部でまとめていたはずの髪が、短髪になっている。
 俺は焦って自分の手を見た。腕や足を触り、顔を触る。

「ええ……まじか」

 大人の俺が、中学生の時の制服を着ているという時点で気付くべきだったかもしれない。
 背は縮み、荷運びで鍛えられたはずの手足に筋肉は無くなっている。
 俺はどうやら、中学生だった時の坂崎陽人はるとの姿をしているようだった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 薄いピンクの花びらが一枚、手の中に落ちて来た。

「え……さくら……?」

 ふと顔を上げて、僕は声を上げた。

「ええ、なんで? 学校がある!」

 いきなりトンネルを抜けたみたいに僕達は広い場所へ出ていた。急に明るくなったせいで目がシパシパするけれど、三階建ての白い壁の校舎と、きれいに白線の引かれた校庭と、そして校庭の片隅に幹の太い立派な桜の木が見えた。僕の通った学校とは少し違うけれど、日本によくあるタイプの学校だと思う。

 光の精霊の導くままに暗闇の中を歩いて来たけれど、ゴールがこんなところだなんて思いもしなかった。

「光の精霊様、ここにラウルがいるんですか?」

 僕の問いかけに応えるように光の精霊はくるくるとまわり、チカチカと合図してからふっと消えてしまった。

「精霊様? あれ、精霊様?」

 僕がびっくりしてキョロキョロしていると、エディが冷静に教えてくれる。

「あれはまだ力が弱いですから、今日はもう活動の限界なのかもしれませんね。休ませてあげましょう」
「はい、そうなんですね。分かりました」

 と、フィルに担がれているエディの方を見て、僕は目を丸くした。
 驚きすぎて、息が止まって、声が出ない。

「魔導士殿、降りられるか」
「ええ、ありがとうござ……」

 地面に降ろされたエディは、驚いたように言葉を止めてフィルを見た。

「あの……剣士殿、縮みました?」

 言われたフィルも、エディと同じように驚きで目を見開いた。

「魔導士殿こそ、なんというか、ずいぶんとあどけない……」

 フィルもエディも、若返ったかのように姿が変わっていた。
 フィルは頭ひとつ分くらい背が低くなって、少しだけ腕や足が細い感じで、エディは黒ではなく臙脂えんじ色っぽいローブ姿で、髪は肩よりも短かった。

「あの、エディ……ですよね」

 僕がその臙脂のローブをそっとつまむと、少年はこくりとうなずいた。

「はい、私です」

 ええ、なにこれなにこれ。
 少年エディがメチャクチャかわいいんだけど?
 うわー、今こそ写真撮りたい。
 スマホがあったら絶対に待ち受け画面にするのに。

 僕は興奮して声を上げた。

「わぁ……。エディ、すごくかわいくて、すごく素敵です」
「おおう? なんだこりゃ?」

 すぐ横で大きな声がして見ると、野球部のユニフォームと帽子を身に着けた男の子が、自分の二の腕をぐいぐいとつかんでいた。かなり日に焼けていて、眉のしっかりした顔立ちの少年だ。

 突然、知らない子が現れて、僕はポカンとしてしまった。

「えっと……あなたは、誰ですか?」
「はぁ? 誰って、お前が誰だよ」
「え……? 僕、えっと、僕は陽介です」
「え、マジで? 陽介なのか?」
「え、は、はい」

 野球少年は陽介という名前を知っているようだった。

「そっかぁ、名前の通りにもろ『日本人』って感じだな」

 野球少年がニカッと歯を見せて笑う。

「日本人……?」

 僕は自分の体を見た。
 エディとおそろいの黒いローブを着ていたはずなのに、なぜか制服みたいなブレザーを身に着けている。

「え……え……どうして?」

 その制服には見覚えがあった。
 僕があっちの世界で通っていた中学校の時の制服だ。

 僕は少し背の縮んだフィルと、野球部の少年と、若いエディを順に見つめた。
 フィルは口が開きっ放しになっていて、野球少年はワクワクした顔をしていて、少年エディは優しい目をして僕を見ていた。

「お前、ヨウスケなのか……?」

 フィルは信じられないものを見るように僕を凝視して、かすれた声で聞いてくる。

「何を言うのです。話し方も仕草も表情もヨースケそのものじゃないですか」

 少年姿のエディがにっこりと僕に微笑んだ。

「そうですよね、ヨースケ」
「あ……え……?」

 僕は、やっと何が起こっているのか気付いた。
 そして、さぁっと体温が下がるくらいに蒼ざめた。

「そんな……うそ……」
「へぇ……ダンジョンってのはホント何でも有りだな。どういう仕組みか分からねぇけど、俺達、十代前半の年齢に戻っているってことだろ。しかも俺と陽介はあっちの世界の姿になっている」

 フィルが瞬きして野球少年に聞いた。

「お前、レアンドルなのか?」
「ああ、レアンドルだ。これは転生前の姿だよ。俺、十代の頃は野球っていうスポーツに夢中でさ。毎日毎日練習していたから、ほら、真っ黒に日焼けしているだろ?」

 そして屈託のない顔をして、僕をじっと見た。

「陽介は、随分と生っちろいなぁ。中学の時、部活に入ってなかったのか?」
「僕……ぼくは……」

 僕は中学の頃もいじめられていた。
 一日一日が苦しくてたまらなかった。
 今思えば家族に相談して、休むなり転校するなり何か出来たはずなのに、僕は家族にも嫌われていると思い込んでいたから逃げ場が無くて、ただただ地獄に行く気分で毎日学校へ通っていたんだ。

「ぼく……は……」

 口がちゃんと動かない。
 何を言えばいいのか分からない。

「ああ! ってことは、ラウルも坂崎陽人はるとの姿になっているのか? やべぇな、俺、陽人の顔知らないのに」

 野球部のユニフォームを着たレオは、ラウルの姿を探すようにキョロキョロし始めた。

「まぁいいや! 姿なんてどうでもいいから、とりあえず手分けして探そうぜ」
「レアンドル、探すと言っても……」
「見覚えのない服を着ている奴がいたら、多分それがラウルだから!」

 一刻も早く見つけたいという気持ちが、レオをそわそわとさせているのが分かった。

「いや待て、ここで別れるのは危険じゃないか?」
「ダンジョンの意思ってやつが俺達に危害を加える気なら、もうとっくにそうしてるだろ。とにかく俺はさっさとラウルを見つけたいんだ。じゃ、先に行くから!」
「おい、レアンドル!」

 レオはフィルの制止も聞かずに駆け出し、野球少年の姿で身軽に校舎の中へ入って行く。

「ああ行っちまった……。本当にここにラウルがいるのか?」
「ええ、ヨースケの光の精霊は信ずるに値すると思いますよ」

 少年エディがびっこを引きながら、僕へ近づいてくる。
 体が若返っても、怪我は治っていないようだった。

「ヨースケ、私達も行きましょう。すみませんが、手を貸してもらえますか」

 黒いきれいな瞳が優しく細められ、こちらへ手が差し伸べられる。きれいな長い指先は大人のエディと変わらない。
 こんな素敵な男の子に、僕が触っていいんだろうか。
 忘れていた強い劣等感が蘇り、僕の体がこわばっていく。

「ふふ、背が同じくらいだから目線が一緒ですね。何だか新鮮です」

 少年エディのめちゃくちゃかわいい笑顔が、僕の心臓を直撃する。
 ぎゅうっと胸が苦しくなって、手が震えてしまって、僕はじり、じり、と後退りした。

「ぼ、僕は……」

 エディもフィルもレオも、僕の顔に対して嫌悪感を表したり、醜さに顔をしかめたりはしなかった。
 しなかったけれど、でも。
 でも……!

「や……」

 僕は両腕を交差してばっと顔を隠した。

「ヨースケ? どうしました?」

 僕はずっと醜いと言われて来た。
 何年も、毎日毎日、言われて来た。
 ブサイクだとか、汚いだとか、気持ち悪いだとか、そういう言葉をぶつけられてきた。
 それはもしかしたら、からかったり、いじわるだったり、相手の悪意のせいだったりしたのかもしれない。
 実際に、リュカの魂を持つ『陽介』は、ぜんぜんブサイクには見えなかった。

 でも。
 それでも。
 ずっと言われ続けて心に刻み込まれた僕の『醜さ』を、僕は簡単に否定できない。

「ヨースケ?」
「やだ……! み、見ないで……!」

 僕は恥ずかしさと居たたまれなさに我慢できなくなって、エディに背を向けて走り出した。

「ヨースケ!」
「おい、どこへ行く!」
「いやぁ! ついてこないで!」

 僕は叫んで校舎の中に飛び込んだ。
 リノリウムの床をきゅっきゅっと蹴って、廊下を奥へ奥へと進んでいく。

 職員室、理科室、理科準備室、家庭科室、家庭科準備室、各部屋の前を通り過ぎる。
 いじめられて逃げ込むなら、いつもトイレか保健室だった。
 僕はその時の習性で保健室を探して入り込み、ガチャリと内側から鍵をかけた。

「うう……」

 ドアの前で座り込んで、両手で顔を覆う。

 見られた。
 見られてしまった。
 リュカとは似ても似つかない僕の顔を。

 分かっている。
 エディが愛しているのはリュカじゃなくて、僕だ。
 ヨースケのことが好きだと何度も言ってくれたし、ちゃんと実感もしている。
 強く、深く、誰よりもエディに愛されているって。

 でも……エディはこれまで日野陽介の顔を知らなかった。
 美しいリュカの顔しか知らなかった。
 もしも僕がこのまま一生日野陽介の姿のままだとしても、エディは変わらずにいてくれるの……?

 不安と怖さで、心の中が満ちてしまって、他に何も考えられない。
 僕は、保健室の床に座り込んだまま両腕で頭を抱えこんだ。






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