異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 はじめてのぼうけん

(8) たいせつなもの 中編

 いくら野球部で走り込みをしていたといっても、これはただの中学生の体であって勇者レアンドルの体とは比べようもない。それに、中学生の俺は身長が150センチくらいだったから、単純にストライドが違っていて一歩が小さい。

「ああ、くそ、どこだよ!」

 すべての教室を見て回るくらい、あっという間に終わると思っていたが、この体ではそうはいかなかった。

「ラウル! ラウル―! いるんなら返事をしてくれ!」

 叫びながら走り回ったせいで、すでに息が切れている。
 二階の教室前の廊下で足を止め、膝に手をついて、ゼイゼイと肩で息をする。レアンドルの体ではまず経験したことのない疲れだった。
 自分が誰より強いことも、ほとんど疲れないことも当たり前だと思っていたが、実は勇者というのは相当チートな存在だったらしい。

 額の汗を手の甲で拭うと、いつの間にか廊下の窓がひとつ開いていて、さぁっと涼しい風が吹いてくる。気持ちが良くて窓辺に寄ると、目の前に薄いピンクの花びらがはらはらと落ちて来て、俺は反射的にパシッと片手でつかんだ。

「桜か……」

 二階から見下ろす校庭の隅に、見事な桜の木がどっしりと鎮座している。両手を伸ばしても抱えきれないくらいに太い幹が、四方に伸びる太い枝とこんもりと咲いている満開の花を支えている。

 ラウルがいたら、あの桜の下で花見をするのに。
 酒は持ってきていないけれど、食材はたっぷりマジックバッグの中にある。
 俺の好きな唐揚げと甘い卵焼きを作ってもらって、陽介達も交えてみんなで食べれば、きっと楽しいピクニックになるのに。

 胃袋をつかまれるという表現はよく聞くが、まさに俺はラウルに胃袋をつかまれていた。
 でも、それだけじゃない。
 ラウルがそばにいれば楽しいし、いないと物足りない。このたった数ヶ月で、俺の横にはラウルがいるのが当たり前になっていて、これも使い古された表現だけど、ラウルの存在はまさに空気みたいに自然に馴染んでいたんだ。

 だから今、こんなにつらい。人間は、たとえ勇者だって、空気が無ければ生きていけないから……。

「ラウル……」
「こんにちは」

 突然、間近で声が聞こえて、俺はとっさに大きく飛び退すさった。

「誰だ」

 声をかけられるまでまったく気配を感じなかった。
 身構えて、声の主を睨む。

「こんにちは」

 そいつは同じ言葉を繰り返し、わざとらしいニコニコ顔で俺をじっと見てきた。

 詰襟の学生服を着た少年だったが、こいつはラウルじゃないと直感的に思った。
 作りものみたいな笑みを顔に貼り付けているのが気持ち悪い。
 こんなやつがラウルのはずがない。

「答えろ。誰だと聞いている」
「こんにちはと言ったら、こんにちはと返すのではないですか」
「は?」
「おかしいな。ミズキはそう言っていたのに」

 少年は笑顔のままで呟き、しつこくもう一度同じ挨拶を繰り返した。

「こんにちは」

 俺が眉をしかめても、そいつはそれ以上何も言おうとしない。
 ただニコニコしたままで俺の方を向いている。

「…………こんにちは」

 俺が仕方なく挨拶するとやっと納得したらしく、そいつは俺の最初に問いかけに答えた。

「私が誰かと聞きましたね。私はハデスです」
「ハデスだと? ハデスガーデンのハデスか?」
「はい、ハデスガーデンのハデスです。ミズキが付けてくれた名前です」
「みずき」

 水木? 水城? それとも瑞樹だろうか?

「みずきって誰だ?」

 ハデスと名乗った少年はニコニコとした表情を崩さない。

「ミズキはチューガクセイでした。チューガッコウはとても楽しかったそうです」
「楽しかった……ということは過去形か? みずきはもう中学生じゃないのか?」
「はい、ミズキはチューガクセイからボーケンシャになって、次にリョーシュになりました」
「領主? というとラングドンか?」
「違います。ミズキはミズキです」

 俺は顎に手を置いた。

 中学生から冒険者、そして領主になったと言われれば、思い当たるのはラングドンの曾々爺さんだ。ネーミングセンスといい、ダンジョンの運営の仕方といい、その爺さんは転生者だった可能性がある。名前は今の領主と同じラングドンだったはずだが、もしかしたら転生前の名前がミズキだったのかもしれない。もしそうなら、きっとミズキという名前は親しい者にしか教えなかったんだろう。

 ひとつひっかかるのは、それが百数十年も前だということだ。そんなに前の日本人が、現代の中学校を知っているはずがないし、ダンジョンにハデスガーデンなんて名付けるとは思えない。それとも、転生は時も超えるんだろうか。

「で? そのミズキがどうした」
「私はミズキを探しています。ミズキを知りませんか?」
「知らねぇな。今世でも前世でも、そんな名前の知り合いはいないぞ」

 ハデスは笑顔のままだったが、がっかりしているのがなぜか伝わって来た。

「そうですか……あなたも知らないのですか。どうしてだろう。あなたもミズキと同じ匂いがするのに」
「おいっ」

 俺は反射的にハデスの腕をつかんだ。

「今、あなたと言ったな」

 勢い込んで尋ねると、ハデスはうなずいた。

「はい、言いました」
「ミズキと同じ匂いがするってやつは、俺のほかにもいるんだな」
「はい、あなたを含めて三人います」
「俺とラウルと陽介か」
「名前は分かりません」
「ああ、そうか。じゃぁ、質問を変える。他の二人はどこにいる」
「この最下層にいます」
「最下層……」
「はい。ここは私とミズキだけの空間ですから、本来はほかに誰も入れません」

 二人だけの空間に、今いるのはこいつだけ。
 もし俺の想像通りにミズキという人物がラングドン一世なら、もうとっくに死んでいるはずだが……。

「俺のほかの二人にもミズキのことについて聞いたのか」
「ひとりには聞きました。もうひとりには、これから聞きに行きます」
「最初に聞いた奴は、ミズキを知らないと答えたんだな」
「はい」
「そいつは今どうしてる」
「さぁ」
「さぁ?」
「ミズキを知らない者にはもう興味がありません。ですからあなたにも用はありません。手を離してくれませんか」

 俺はハデスの腕をつかむ手に、ぐっと力を込める。

「そっちに用が無くても俺にはあるんだよ! お前が落とし穴を発生させた張本人なんだろ」
「落とし穴……? ああ、ここと上の階をつないだことですか」
「つないだ?」
「はい。私はここから動けません。だから、ミズキのことを聞くためには、あなた達にこちらへ来てもらわなければなりませんでした。でも、せっかく空間をつなげたのに、その時ここに来てくれたのはたったひとりだけでした。しかも、もうひとりが引き返してハデスガーデンを出て行こうとしたので、私は出口を閉ざしたのです」

 それで、ダンジョンの出口への階段が消えたのか。
 そのせいでエドゥアールは怪我をして陽介が泣くことになったが、こいつにとってそんなことはどうでもいいんだろう。

「つなげるとか、閉ざすとか、ハデスはこのダンジョンを自由に動かせるんだな」
「もちろんです。私はハデスガーデンそのものですから」

 そのもの。
 やはりこいつは、エドゥアールが言っていたダンジョンの意思ってやつだろうか。

「ということは、お前が空間をつないだのは一か所だけじゃねぇな」
「はい、空間をつなげるのは初めてのことなので、いくつか試しにつなげてみました」

 それで、ベヒーモスがいるような下層階と上層階がつながってしまったのか。そのせいで新人冒険者が何十人も重傷を負ったわけだが、それもハデスにとってはどうでもいいことなんだろう。
 俺はため息をついて頭を抱えたくなったが、ぐっと我慢した。

「いろいろ文句を言ってやりたいが、とりあえず今はいい。最初にお前が質問した相手はこの階層のどこにいるんだ?」
「先程も言いましたが、知りませんし興味もありません」

 そっけない言葉とニコニコ顔があっていなくて、どうも不気味だ。
 ダンジョンの意思、ダンジョンそのものとは、いったいどういう存在なんだろうか。

「お前さ、なんでミズキってやつを探しているんだ?」
「ミズキは私の友達です。私はミズキに会いたいのです」

 嘘っぽいニコニコ顔が、一瞬だけ本物になる。

「そうか、友達か」

 俺はハデスの両肩をつかんで、真正面からニコニコ笑っている顔を見た。

「ハデス、よく聞いてくれ。俺も同じなんだ。お前がミズキという友達を探しているのと同じように、俺も大切な友達を探しているんだよ」
「あなたにも友達がいるのですか」

 仮面のような笑顔が、少し動いたようだった。

「そうだよ。すごく大切な友達なんだ。だから教えてくれ。俺はお前が最初に質問したという相手に会いたいんだ。それは俺の大切な人かもしれない」

 ハデスは少し黙り、何かに集中するように目を閉じた。

「ハデス……」

 ぱちりとハデスの目が開いた。

「その人は今、図書室にいます」
「そうか、図書室か!」

 俺が叫ぶと同時に、ちょうど風が吹いてきて、またいくつもの花びらが運ばれて来る。

「分かった、サンキュー、ハデス!」

 俺は喜び勇んで走り出し、すぐに急ブレーキをかけた。

「って、図書室ってどっちだよ!」

 叫びながら振り向くと、そこにはひらひらと舞っている桜の花びらがあるだけだった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 薄いピンクの花びらが一枚、はらはらと目の前に落ちてきたが、私はそれをぴしりと指先で弾き飛ばした。

「どういうことだと思います?」

 自分の声が、地の底から這いあがろうとする魔物のうめきに聞こえる。

「え、なんのことだ? すぐに追いかけなくていいのか?」

 剣士が途惑った顔で私に聞いてくる。
 ヨースケを追って行きたいのだが、来るなと拒絶されてしまったので動揺しているのだろう。

「ええ、もちろん追いかけますとも。でも、『ついてこないで』とは、いったいどういうことなのかと思ったのです」
「いや、それは……なんというか、急に自分の姿が変わってしまって、ヨウスケも気が動転したのではないか」
「動転? 気が動転したからといって、なんで私を遠ざけるんですか」

 いつもよりはるかに低い私の声に、若干じゃっかん怯えを含んだ目で剣士が答えた。

「それは、だから、魔導士殿もあの顔を見ただろう? 完璧に美しいリュカの顔とはだいぶ違っていたから、その、気後れしたというか、なんというか……いやあれはあれで可愛かったが」
「可愛かったですよね」
「あ、ああ」
「表情がくるくる変わって、いつも通りに幼気いたいけで愛らしくて」
「そうだな、その通り」

 私はぎろりと剣士を睨んだ。

「それがどうして、気後れなどするんです?」
「ま、まぁそれは、やはり美しさという点では、そのぉ、リュカに対する劣等感というか、引け目というか……そういう感情があるのではないか」
「はぁ? なんですかそれ!」

 私は思い切り吐き捨てるように言った。
 気圧されたように、剣士が一歩、後ろへ下がった。

「ま、魔導士殿?」
「これでよく分かりました」

 ふつふつと腹の底に怒りが湧いてくる。

「な、何が?」
「ヨースケが、私の想いの深さをまったく理解していないということが」

 互いに唯一無二の相手だと……。
 魂が溶けあうほどに深く愛し合っていると思っていたのは、私だけだったのか。

「毎日愛していると囁いても、毎日抱きしめてキスをしても、まだまだ伝わっていなかったということですね」

 ヨースケに名前を呼ばれるたびに、ヨースケが私に駆け寄ってくるたびに、いつもどれほどの喜びが私の心を震わせているのか。

 同じベッドで目覚めるたびに、向かい合って食事をするたびに、手をつないで歩いたり微笑み合ったりするたびに、どれほどの幸福感で満たされているのか。

 いつもいつも、強すぎる独占欲と執着を胸の底へ抑え込んで、ヨースケには優しく甘い面だけを見せることに、どれほどの自制心を使っているのか。

 そんな私の強い気持ちが、姿が変わったくらいで消え去るものだとでも思っているのか。

「これは……怒ってもいいですよね。怒っても仕方ないですよね」

 もしも魔法が封じられていなければ、この一帯が砂漠になっていたかもしれない。
 グチャグチャに荒れる心のままに魔力も荒れていたことだろう。

「ヨースケ、どうして……」

 悔しさと同時に、悲しく切ない感情も湧いてくる。
 私はそれほど信じられない男なんだろうか。

 ふーっと息を吐いて気配を探る。

 ヨースケの体には私の魔力が流れているから、魔法が使えなくても場所は分かる。どこかの部屋に入ったようで、ヨースケはある一点から動かなくなっていた。

 そちらの方角へ足を踏み出せば、ひねった足首がズキンと痛みを訴える。
 よろめいた私を、剣士が腕をつかんで軽々と支えてくれた。

「魔導士殿、無理をするな。俺が行こう」
「いえ、剣士殿は勇者殿のどれ……料理人を探してください」
「だが、その足では」
「ヨースケと二人で話がしたいのです。二人きりで話をさせてください」

 つかまれた腕をそっと離して、少し若返った剣士の顔を見上げる。

「あの子は私の恋人です。これからきっちり、恋人同士の話をします」







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