異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 はじめてのぼうけん

(10) はじめてのぼうけん 前編

「同じものとは?」

 エディが僕の肩を抱き寄せ、光の精霊とハデスを見比べた。

「これも、私も、同じようにして生まれました。悠久の時をかけて、ゆっくりと大地の力が集まり、ある日突然意識を持ったのです」

 肩に乗せられたエディの手がピクリと動いた。

「大地の力……」
「えっと、見た目はぜんぜん違いますよね……?」

 僕が首を傾げると、ハデスは僕のそばに浮かんでいる光の精霊を指差して言った。

「これがこういう姿をしているのは、あなたがそう望んだからです」
「え……」
「そして私がこの姿をしているのは、ミズキがそう望んだからです」
「みずき……さんって、誰ですか?」
「ミズキは私の友達です。私はミズキを探しています。ミズキを知りませんか」
「みずきさんですか? ええっと……」

 僕は向こうの世界の知り合いと、こちらの世界に来てからの知り合いを必死に頭の中で思いめぐらせてみた。

「あっ! そういえば幼稚園に通っていた頃、同じ組に瑞希ちゃんっていう女の子がいましたよ」

 幼稚園に通い始めて間もなく僕は入院してしまったので、その子とはほとんど話したことも無かったけれど。

「ミズキは今どこにいますか」
「ずっと会っていないからはっきり分からないけど、大学生になったって聞いたことがあります」
「ダイガクセイとは何ですか」
「ええと、大学で学んでいる学生のことです」

 ハデスは首を傾げた。

「ガクセイ……チューガクセイとは違うのですか」
「中学生よりもっと専門的で難しいことを学んだり研究したりするところですよ」
「そうですか……」

 ハデスはよく分からないらしくて、さっきとまったく同じ角度で首を傾げている。

「えっと、みずきという名前はそんなに珍しくないので、ハデスさんの探しているみずきさんと同一人物かどうかは分からないんですけど……」
「そのミズキはトラックに轢かれて死にましたか」
「ええっ! い、いえいえ死んでなんかいません! 瑞希ちゃんは今も元気です」
「そうですか……。トラックに轢かれて死んで生まれ変わったミズキを知りませんか」

 死んで生まれ変わった?
 僕はびっくりしてハデスをまじまじと見返した。

「ハデスさんが探している人は転生者なんですね」
「はい。ミズキはそう言っていました」
「……ごめんなさい。僕は転生したみずきさんには会ったことが無いです」

 ハデスは無表情に僕を見返した。
 一時停止した動画みたいに、まつ毛も頬もピクリとも動かない。

「あの……ハデスさん?」

 数秒間固まった後、やっとハデスは口を開いた。

「あなたはミズキと同じ匂いがするし、私と同じ生まれのものをそばに置いている。非常にミズキと似ているのに、何も知らないとは残念です」

 ハデスの顔はあまり表情が変わらないけれど、ミズキという人をとても大切に思っていて、とても会いたがっているのは伝わって来る。

「エディ、あの、僕達でミズキっていう人を探してあげることって、出来ますか」

 いつものようにエディを見上げようとして、すぐ間近に顔があってちょっとだけびっくりした。今、僕らの背の高さはほとんど同じだ。

 エディは少し沈んだ顔で「おそらく不可能です」と答えた。

「どうして……」
「ヨースケ。あなたの光の精霊は、元は偽神にせがみになりかけたものだったと教皇様がおっしゃっていたのを覚えていますか。自我を持ったばかりの巨大なエネルギー体は、最初に出会った人間の影響をもろに受けてしまうと……」
「はい、覚えています」
「つまり、ヨースケと出会ったことでこれが光の精霊になったように、ハデスはミズキという人物と出会ったことで、ハデスガーデンというダンジョンになったのでしょう」
「その通りです。私はミズキの望みのままにダンジョンになりました」
「ダンジョンになる? そんなことが出来るんですか?」
「私達は何にでもなれます」

 返事をするように、光の精霊が瞬く。
 ハデスは、みずきさんの望む通りにダンジョンになったと聞いて、僕はある事に気付いた。

「……じゃぁ、ハデスさんがみずきさんと最初に会ったのは……」
「はい、私が生まれたばかりの頃です。ミズキは私に『冒険がしたい』と言いました」

 僕はまたエディを見た。エディが重々しくうなずく。

「そういうことです。ハデスガーデンというダンジョンがこの地に発生してから、すでに150年以上経っていますから」

 こっちの世界での人間の寿命は貴族が80から90歳くらいで、平民だと60歳くらいだと学校で習った。食べるものも受けられる医療もまったく違うからだ。
 どちらにしても150年以上生きるのは無理だ。

「あの、ミズキという人は、エルフとかではなくて人間なんですよね」
「はい、ミズキは人間です」

 ではもうとっくにミズキという人物は亡くなっているということになる。

「ハデスさん……あの、ミズキさんに最後に会ったのは」
「28745日前です」

 大きな数字を言われて僕はちょっと焦った。

 あわわ、暗算苦手なんだけど。んーと、計算機欲しいよ。こちらの世界でも一年は365日だから10年で3650日で、うー、とにかく、百年まではいかないけど何十年も経っているってことだよね。

「最後に会った時、みずきさんは何歳だったんですか」
「分かりません」
「えーっと、初めて会った時と見た目とかに変化はありましたか? 白髪が増えたりしわが増えたりとか」
「ここに来る時はいつも、私と同じチューガクセイの姿でした」
「あ、そっか」

 僕は何となく自分の頬を触った。
 すべすべツルツルのリュカの肌と違って、日野陽介の肌は少しだけ荒れた感じがする。そう、ここに来るとみんな十代前半の姿になるんだ。

「それじゃぁ、みずきさんと初めて出会った日から会えなくなる最後の日まで何日くらい経っていましたか」
「26612日目でした」

 やっぱり大きな数字だ。
 二人は何十年間も一緒に過ごしてきたんだ。
 そして会えなくなってからも、また何十年と月日が流れている。

「その日、みずきさんはここを出る時に何か言ってましたか?」
「ハデスー、俺今日はもう帰るわ。今ちょっとリョーシュの仕事が忙しいけど、落ち着いたらまた来るな。楽しそうな新しい仕掛け思いついたんだ。早く試してみたいなぁ……と言っていました」

 僕はちょっと瞬きした。

「正確に覚えているんですね」
「ミズキが言ったことはすべて覚えています」

 その軽い口調から考えると、みずきという人はまたハデスの元に来るつもりだったらしい。でも何かがあって来られなかった。急な病に倒れたか、不慮の事故にあったのか。多分、きちんとお別れを言えないまま天に召されてしまったんだ。

 僕はそれをどう伝えたらいいのかと困ってしまって、一歩ハデスに近づいた。

「あの、ハデスさん」
「ヨースケ」

 ハデスの手を握ろうとする僕を、ぐいっとエディが引き戻す。

「わっ……エディ、大丈夫ですよ。ハデスさんは光の精霊様の仲間です」

 心配そうなエディに笑ってみせると、光の精霊が同意するように僕のまわりを飛んだ。

「ですが」

 ハデスはそんなエディと僕を順に見て、ひとつの質問をしてきた。

「先程からこの人はあなたにしつこく触れてきていますが、それはなぜですか」
「え、さ、さきほどって」
「壁に押し付けて動けなくして、口と口を何度もくっつけていましたよね」
「うっ、そ、そこから見ていたのですか」

 う、うわー良かった。
 あのままベッドに雪崩れ込まなくて本当に良かった。
 僕は両手で熱い頬を押さえた。

「この人はあなたのことをじろじろと見ているし、あなたにしつこく触ろうとするし、あなたが離れようとしてもそうさせないですよね」
「それは」
「恋人同士ですから当然です」

 エディは後ろから僕の腰をぎゅっと抱いて、耳元にチュッとキスをした。

「エディ……」
「恋人というものはミズキに聞いたことがあります。女性と恋人になると、いずれ結婚して、子供を作るんですよね」
「あ……まぁ、そう……そういう人もいますね」

 僕達は結婚も出来なければ子供も作れないけれど。

「エディは僕にとって一番大切な人です」
「私もヨースケが一番大切です」

 エディが後ろから頬を寄せてくるから、僕もそちらに頬を擦り寄せた。

「私はミズキが一番大切です。ミズキは私の友達だと思っていましたが、恋人なのですか」
「うーんと、友達が一番大切だという人もいます」
「そうですか。どちらにしても私はミズキが何よりも大事です。どうしたらミズキに会えますか」

 多分もう会えません……。
 そんな残酷なことを言いたくないけど、このまま来ない人を待ち続けるのだって残酷だ。

 僕は腰に回されたエディの手をそっとはずして、ハデスの前に立った。
 深く呼吸をしてから、日本の中学生の姿をしているハデスに向き合う。

「ハデスさん。あの、気を落とさないで聞いて欲しいんですけど……ええと……みずきさんはもう亡くなっていると思います。人間って、その、そんなに長生きできないんです」

 ハデスは感情のこもらない声を出した。

「ミズキが死んだ」
「は、はい。その可能性が高いと思います」

 受け入れられないのか、ハデスはまた同じように声を出した。

「ミズキが死んだ」
「えっと……人間ってけっこう弱くて、病気や怪我で簡単に死んでしまうんです。どんなに頑張っても寿命というものがあるので、長くても百年くらいしか生きられませんし……。それ以上生きるのはまず難しいと思います」
「ミズキはまた来ると言いました」
「はい……きっと、みずきさんもまた来たかったんだと思います」

 このダンジョンが五階層までは初心者に優しい構造になっていることも、輝きの実のなる木や、ぷぎゅぷぎゅと鳴く子ブタ型オークや、この日本の学校のような空間も、全部みずきという人物の望む通りにハデスが作ったものなんだろう。
 まだ少ししか見ていないけれど、きっと楽しい仕掛けがいっぱいあるダンジョンなんだと思う。

「きっと普段のお仕事が大変でも、あなたといる時間だけは少年の気持ちになれたんじゃないでしょうか。それは楽しくてしょうがなかったと思います。でも……理由は分かりませんけど、きっと病気か何かで、来たかったのに来られなかった。みずきさんも残念だったと思います」

 ハデスは無表情のまま、じっと僕を見た。

 最初は作りものみたいなニコニコ顔で挨拶をしてきたけれど、それもきっとみずきという人の教えだったんだろうなと思う。『初対面の相手にはニコニコ笑って、こんにちはと言うんだぞ』とか言われたんじゃないだろうか。

「ミズキがまた来たいと思っているなら、私はいつまででも待ちます」
「え、でもみずきさんは……」
「ミズキはニホンという国でトラックに轢かれて死んだと言っていました。死んだ後、この国の人間として生まれ変わったと。ミズキはもう一度生まれ変わるかもしれません」

 僕は何て言っていいのか分からなかった。
 エディが足を引きずりながら僕の隣に並び、静かに言った。

「そうですね。生まれ変わりの仕組みは分かりませんが、可能性はゼロではないと思います。あなたには悠久の時がある。もしも私があなたなら、同じように待つことを選択するでしょう」
「はい。私は待ちます」

 無表情だったハデスの口元がわずかに笑みの形に動いた気がした。

「エディ、でも」

 来るかどうか分からないみずきさんをまた何十年も待ち続けるハデスを想像してしまって、少し胸が苦しくなる。

「この者はダンジョンであって人間ではありません。時間の感じ方も、きっと人間とは違うと思いますよ」
「はい。私はいくらでも待てます」

 まるで迷いがすっきり消えたかのように、ハデスは断言した。

「あなた方に会えて良かった」

 ハデスは僕とエディに小さな手帳のようなものを差し出した。

「お礼にこれを差し上げます」
「え、これって……」
「なんですか、これ」
「セイトテチョーです」
「セイトテチョー?」
「この学校のセイトだと証明するものです」
「わぁ、これ表紙にハデス学園って書いてありますよ。中には校歌も校則も印刷してあるし」

 マンガにでも出てきそうな学校名にワクワクする。

「校則一、ハデス学園の生徒は楽しいことを一番に考えること。校則二、ハデス学園の生徒は常にダンジョンを面白くすることを考えること。だって!」
「すべてミズキが考えたものです」
「やっぱり」
「このセイトテチョーを持っていればどの階層からでもここに来ることが出来ます。私に出来ることがあれば、いつでもあなた方の力になります」
「ありがとうございます。嬉しいです。あっ」

 お礼を言ってから、僕はやっと本題が何だったのかを思い出した。

 いつも僕は考えが浅くて、すぐに自分のことばかりでいっぱいいっぱいになってしまって、肝心なことを忘れてしまう。
 でも、勇者レオが助けに行ったからには無事でいるとは思うけれど……。

「あの、ではさっそく力を借りたいんですが、ラウルを知りませんか」
「らうる」
「僕達の友達です。第一階層に出来た大きな落とし穴に落ちてしまったんですけど……。光の精霊様が僕達をここに導いてくれたので、きっとここにいると思うのですが」
「ああ、そうでした。その人なら無事ですよ。もう一人の友達と一緒にいます」
「そうなんですね。良かったぁ」

 やっぱりレオはラウルを見つけたんだ。
 ホッと胸をなでおろすと、ハデスは淡々と言葉を続けた。

「さて、あちこちつなげた空間もすべて元に戻さなくては。ここも本来は私とミズキだけの空間ですし、ちょっと賑やかになり過ぎましたね。学校の床やら壁やら階段の大鏡やらに、いちいち驚いて騒いでいる者もいるようですし」

 それはきっとフィルのことだ。レオとラウルは元日本人だから、学校の建物を珍しがったりはしないし。

「では、また会いましょう。さようなら」

 ハデスがそう言った途端に、いきなり空に巨大な黒い穴が開いた。
 僕とエディの体がふわりと浮き上がる。

「え、え、なに」
「ヨースケ!」

 僕らが焦って互いに手を伸ばし合うのを見ながら、ハデスはきょとんと見上げて来た。

「さようならと言ったら、さようならと返すのではないのですか」
「え、ちょっと待って、こんな強制的に?」

 光の精霊がぴゅーっと飛んで、浮かんでいる僕に追いついて来る。
 次の瞬間、ぐるんと重力が逆を向き、僕とエディは真っ逆さまに空に向かって落ち始めた。

「ひゃぁー!」

 悲鳴を上げる僕を、空中でエディがつかまえ抱きしめる。
 僕は空へと落ちながら、はるか上にある逆さまの学校を見上げた。

「さようなら、ハデスさん! さようならー!」

 逆さまのハデスがどんどん遠ざかっていく。彼が手を振っているのが見えた途端に穴は閉じ、僕らはぺいっと一階層に吐き出された。





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