異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 はじめてのぼうけん

(11) はじめてのぼうけん 後編

 コトコトと鍋の煮える音が聞こえてきて、醤油とみりんの匂いが食欲をそそる。

「ああ、だめ。よだれが出そう」
「いい香りですね」
「ああ、食べるのが楽しみだ」

 僕とエディとフィルは草原に広げた敷物の上に座っていた。それぞれの前に、レオのお屋敷御用達の家具屋さんに作ってもらったというおぜんが並べられている。
 それぞれにカップに入った緑茶が出されていて、僕とレオとラウルのお膳の上には箸が、エディとフィルの分にはナイフとフォークとスプーンが用意されていた。

 ラウルはマジックバッグから取り出した大きな台の上に魔法陣の刻まれた金属の板をいくつもセッティングして、その上に鍋やフライパンを乗せて調理を始めている。

「おおー、今日もめちゃくちゃ旨そうだな!」

 レオのワクワクした声が響いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 一階層に戻って来た……というより逆さまに落ちて来た僕らは、空の高いところでまたぐるりと重力が逆転して、今度は地面に向かって落ち始めた。

「わぁ……!」

 悲鳴を上げかけた僕は、エディの腕の中で急にふわっと浮き上がるのを感じた。

「あ……魔法……?」
「はい、使えるようになりました」

 強くしがみついていた手を緩めて顔を上げると、そこにはほかの三人も戻って来ていた。フィルは身軽に地面に降り立ち、レオは誇らしげにラウルを抱えて浮いている。
 全員、姿が元に戻っていた。

「良かった! ラウルをちゃんと見つけたんですね!」
「まぁな。勇者様に不可能は無いのだ」

 レオのどや顔を、ラウルの手がグイっと押した。

「おい、もう中学生の姿じゃないんだから、さっさと降ろせって」
「えー、いいじゃん。もうちょっと空の旅を楽しもうぜ」
「はぁ? だって重いだろ」
「あはは、俺は勇者だぞ。ラウルくらい軽々持ち上げられるって」
「いやでも成人男子がお姫様抱っこって、ちょっと」
「うむうむ、良いではないか。われらは愛を確かめ合った仲ではないか」
「そのふざけた口調をやめろ」

 レオの腕の中でラウルがもがくように動いたけれど、勇者の腕力にはかなうはずもない。

「あ、あっちの木のところで昼飯にしようぜ」

 ラウルを抱いたままレオが飛んでいくので僕達も後を追いかけることになり、結局、その木の所で休憩することになった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 僕がおしっこしたいとエディの耳に囁くと、エディははるか遠くに見えていた丸太小屋に連れて行ってくれた。ちゃんとトイレまで設置してある親切設計なのは、みずきという日本人が作り上げたダンジョンだからだろう。

 敷物のあるところに戻って来て、ラウルが淹れなおしてくれた熱いお茶を飲む。
 ホッと息を吐きつつ、すぐそばに生えている木を見上げた。『輝きの実のなる木』とは違って葉も実も無いから、どうも枯れているみたいだ。黒々とした枝がくねくねと空に向かって伸びている。

 調理台の方から、じゅわーっとお肉を焼く音が聞こえて来た。

「もうすぐできるぞーって、おいレオ、またつまみ食いしたな」
「へへへ」

 レオは戻って来てからずっとラウルのまわりをウロウロしていた。手伝いをするわけでもないのに、冗談を言ったりつまみ食いをしたりしながら、半径2メートルの範囲から出ようとしない。大きな図体でうろつかれたら料理するには邪魔だと思うんだけど、ラウルは文句を言いながらも楽しそうに手を動かしていた。

「なー、ラウル。あの学校の立派な桜見た? どうせならあの木の下で花見したかったなぁ」
「ああ、俺も思った。レオの好きな唐揚げとかおにぎりとか作って」
「あと、甘い卵焼きも」
「うん、卵焼きも。それと酒やつまみも用意してさ」
「いいな、どんちゃん騒ぎ。しばらく宴会してねぇなぁ」
「そういやこっちには桜の木は無いのか」
「似たような花の咲く木はあるんだけど、ソメイヨシノみたいな木は見ないんだよな」
「ああ、そうか……。確かに全部がピンクなのもきれいだけど、葉っぱがあるのもそれはそれでいいんじゃないか」
「そうだな、じゃぁ花の季節になったら花見をしようか」

 二人が楽しそうに笑うのを見ながら、緑茶をすする。
 ほっこりとする気分で、僕はエディの肩にそっと寄り掛かった。

 やがて、ラウルの手によって湯気の立つ料理が手際よく配膳されていく。レオはやっぱり手伝おうとしないでさっさと自分の席に着くと、この料理はこうでああでとエディとフィルに説明を始めた。
 それは勇者と奴隷の関係というよりは、お母さんの料理を自慢する小さな子供みたいだった。


 お膳から溢れそうなほどに並べられた料理に、トクトクと胸が鳴る。
 焼き目も美味しそうな生姜焼きと、じっくり味がしみ込んでいるのが見た目にも分かる豚バラ大根と、ほかほか炊き立ての白いご飯と、豆腐とわかめとネギが入ったお味噌汁と、大葉の醤油漬けと、胡瓜と大根の浅漬け……。

 じゅるり。

「すごいです……。夢にまで見た日本のご飯、嬉しすぎて気絶しそう」
「はは、大げさだな。気絶する前に食べてくれよ」
「香りはとてもいいですね。色は茶色ばかりですが」
「エディ、茶色いのはお醤油という調味料の色なんです。めちゃくちゃ美味しいんですよ」
「そうなのですか」
「はい! そういえば、ラウルがお醤油も一から作ったのですか?」
「いや、東の方に発酵文化のある地域があって、そこの職人にお願いして作ってもらった。すべての工程は鑑定眼で分かっていたからさ。日野のリクエストの納豆も、きっとそこで作れると思う。出来たらレオに頼んで送ってもらうよ」
「わぁ、楽しみです」
「とりあえず、冷めないうちに食べてくれ。お貴族様のお口に合うかは分からねぇけど」
「いや、ものすごく旨そうだ。盛大に腹が鳴り出したぞ」
「まぁ御託はいいから、とにかく食えって! 一口食べれば分かるから!」

 レオに勧められて、それぞれお膳に向き直る。

 僕は両手を合わせて挨拶をした。

「い、いただきます」

 ドキドキしながらお味噌汁のお椀を手に取って、一口、こくんと飲んだ。
 口の中に広がる懐かしい味と鼻を抜けていく味噌の香りで、くらくらと眩暈がする。
 視界がじわっと歪んできて、瞬きすると一筋の涙が頬を伝って落ちた。

「おいし……」

 一言呟いた後、僕はもう何も言えなくなって、ひたすら夢中で食べ続けた。

 オーク肉の生姜焼きも、豚バラ大根も、ホカホカのご飯も泣きたくなるくらいに美味しくて、さらに大葉の醤油漬けでご飯を巻いて食べるともうお茶碗のご飯が無くなっていた。

「あ、あの、ごはんお代わりありますか」

 焦ったようにラウルに聞くと、その場の全員がびっくりした顔で僕を見つめていた。

「あ、あれ? どうかしました?」

 エディがふっと目を細める。

「ヨースケがそんなに勢いよく食べるのを初めて見たので、みんな驚いているのですよ」
「ヨースケはいつも食が細いからな」
「だって、すごく美味しいから!」
「ええ、美味しいですね……。とても驚きました。どれも味が強いように思いましたが、この米と一緒に食べると止まらなくなってしまいますね」
「ああ。レオの言っていた通りだったな。この塩気の強い肉料理なんかは、香ばしくてさわやかなハーブのような味もして、酒にも合いそうだ」
「ほらな。やっぱ、ラウルは天才だろ」
「はい、はい、大天才です!」

 僕にお代わりをよそってくれたラウルが照れたように笑った。

「まぁ、この鑑定眼と、レオが買ってくれたこの魔法陣コンロのおかげだな。最近出回り始めたらしいんだが、このつまみ部分で火加減が思い通りにできるんだよ。それまであった魔法陣コンロは一定の熱を発生させるものばかりで、強火にしたり弱火にしたりが出来なくて苦労したんだ」

 ラウルが、さっきまで調理していた台から金属の板をひとつ取って見せてくれる。僕はそこに、見覚えのあるマークがあるのに気付いた。かざした手を図形化した紋章……寝室のテーブルでエディが仕事をするときに、色々な書類や魔法陣に描かれていたものだ。

 僕は横のエディを見上げた。

「エディ、あれって」
「ええ、私の魔導士としての印ですね」
「え?」

 ラウルが目を見開く。

「それは私が設計した魔法陣です。それを金属に刻み込んで製品化したのは、知り合いの道具屋ですが」
「え、じゃ、じゃぁ」

 慌てたように腰に手をやって、ラウルがマジックバッグから色々な道具を出していく。

「この秒数計測器タイマーも、高速撹拌機ハンドミキサーも、小型冷蔵庫も冷凍庫も……」
「ええ、すべて私が手掛けたものです」
「握手してもらっていいですか!」
「はい?」
「いや、あの、ファンなんです!」

 両手を差し出すラウルに困惑した顔をして、エディが僕を見て来た。

「あのね。エディのことが大好きだから手を握って欲しいんだって」
「手を?」
「あなたの魔法陣で、俺がどれだけ助けられたか。特にこっちの世界の米は浸水時間を間違うと炊き上がりがぜんぜん違っちまって……いくらこの目の力で最適な時間が分かってもタイマーが無いから困っていたんです。この秒数計測器はまじで革命で! だって、この世界の一般人は誰も時計を持っていないし、レオが最初に買ってくれたのは不定時法のプラネタリウムみたいなもので料理の役には立たなかったし、ほんと、こんな便利なものを設計できちゃうなんて、すっげぇ尊敬しています!」
「エディはすごいですよね。僕も尊敬しています」

 エディはそっと僕の頭に触れた。

「でも、それはすべてヨースケのおかげなのですよ」
「僕の?」
「ええ。ヨースケの話すあちらの世界の道具を参考にしたのですから。いつも楽しく具体的にお話してくれたでしょう?」
「でも、それを実現できちゃうのがエディのすごいところです」
「ふたりともすげぇよ! 本当にありがとう!」

 興奮したように、ラウルはむりやりぎゅっとエディの手を握り、次に僕の手をぎゅっと握って来た。

「こんな間近に憧れの人と会えるなんて、ほんと感激です」
「は、はぁ……」

 エディは途惑っていたけど、褒められて悪い気はしないようだった。

「はいはい、そこまでー。ラウル、俺とも握手!」
「なんでだよ」
「ほら、『君も勇者様と握手!』したいだろ?」

 なぜか戦隊ヒーローみたいなポーズを取って、レオが言う。
 ラウルはぷっと噴き出し、「わーい、勇者様だー、握手してください」とノリノリで握手していた。

「魔導士殿は今、魔法陣の設計などの仕事をしているのだな」

 フィルはご飯もおかずも全部お代わりを頼んでから、エディに話しかけて来た。

「はい。シルヴェストル家からの援助は切られ、戦争の報奨金も半分近くを屋敷購入などで使ってしまいましたから」
「魔力が戻ったのだから、『癒しの大魔導士』として魔物討伐などの仕事を受ければ良いのではないか」
「いえ、それは」
「それはやめといた方がいいだろうな」

 レオが横から口を出してきた。

「陽介にとっては、シルヴェストルの領地の方がずっと環境がいい」

 フィルが何かを察したようにハッとした。

「なるほど。確かにそうだ。二人はあの平和な田舎で過ごすのが良いだろうな」
「はい。私が魔力を取り戻したことは、王室にはどうか内密に願います」
「了解した」

 神妙な顔でうなずくフィルに、僕は首を傾げた。

「王都って、そんなに治安が悪いんですか?」
「ん? まぁ、一部はな。ヨウスケはどうだ? あそこの暮らしは楽しいか?」
「はい。エディの生まれ故郷はみんな優しくていい人ばかりです。学校でも友達が出来ました」
「そうか、それはなによりだ」
「フィルはどうですか」
「俺か? レアンドルと一緒で相変わらず魔物討伐の依頼が多いな。王都に剣術の道場を作りたいと思っているんだが、なかなか時間が取れなくて進んでいないのが現状だな」
「大剣士様が教えてくれる道場なんて、きっとすごい評判になりますね」

 フィルの大きな手が、僕の頭をポンポンと叩いた。
 僕の顔をじっと見て、懐かしそうに目を細める。

「リュカが剣を習いたがっていたことを、今も時々思い出すんだ……。俺は結局、リュカの力にはなってやれなかったが、ああいう子に広く門戸を開きたいと思ってな。貴族も平民も関係なく学べるように、出来るだけ安い料金設定にしようと考えている」
「はい、きっとみんな喜びます」

 それから、お腹いっぱいになるまで食べた僕は眠くなってしまい、エディの横で少しお昼寝をした。
 どのくらい眠ったのか、目を覚ましたらラウルがお好み焼きを作ってみんなに振る舞っていた。
 僕も食べるかと聞かれたけど、さすがにこれ以上食べるのはもう無理だった。

「うー、胃の小さい自分が恨めしい……」
「ふふ、ヨースケ。簡単なレシピをいくつか書いてもらったので、うちの料理人に今度作らせますね」
「ほんとですか! わぁ、嬉しいです」
「後で、醤油や味噌も送るからさ。レシピもまとめて手紙にするよ」
「何から何まで、助かります」
「いえ、俺も憧れの魔法陣製作者に会えて、興奮するぐらいに嬉しかったんで」

 いつの間にか打ち解けたみたいで、ふたりはなごやかに話をしている。エディがラウルを犯罪奴隷だからといって、ぴりぴりと警戒していたのがはるか昔みたいだ。

「あ、そうだ。陽介、チョコレートあげようか? 俺はいつでもラウルに作ってもらえるし」

 レオがマジックバッグから小さな赤い包みを取り出す。

「あ、待ってくれ! お土産用に全員分用意してあるから。それはレオが食べてくれ」

 ラウルは僕とエディとフィルにも赤い包みをくれた。紐をほどくと、銅貨くらいの大きさの艶々としたチョコレートの粒がたくさん入っていた。

「ああ、いい匂い。ラウルはすごいですね。僕、チョコレートをカカオから手作りできるなんて知りませんでした」
「実は俺もだ。この鑑定眼が無かったら、そもそも作ってみようなんて思わなかった」

 袋からひとつ取って口に入れると、とろりと溶けだして口の中に香りと甘さが広がる。

「はぁ……とろけます」
「はは、気に入ったのなら良かった。俺はさ、かなり恵まれている料理人なんだと思う。勇者レオのおかげで欲しい食材はほぼ手に入るからな」
「それをきちんと形にできるラウルがすごいんだって」

 レオがくしゃくしゃとラウルの頭を撫でる。
 笑いあう二人の前で、エディとフィルは困惑したように手の中のチョコを見下ろしていた。

「これも茶色いのですね。ショーユの色なのですか?」
「違いますよ。これは甘―いお菓子です」
「甘いのですか」
「まるで固めた泥のようだが……」
「フィルもエディも食べてみてください。きっとビックリしますから」
「そうか?」
「まぁ、ヨースケがそう言うのなら」

 おそるおそるといった感じで、それを一粒食べた時の二人の反応が面白かった。目を白黒させたかと思うと、口をそろえて「どうか定期的に買わせてくれ」とラウルに迫ったのだ。

「ええ! そんな、レオの大切な人達から金は受け取れねぇよ」
「いや、定期的にと言うならちゃんと契約を結んだ方がいい」
「レオ?」
「俺もちょっと考えていたんだ。いつまでもこの天才を独り占めすんのも悪いかなって」
「俺は勇者専属の料理人だぞ」
「ああ。それはずっと変わらない。でも、もしラウルが店をやりたいなら資金を出すし、レシピ本を発行するならそれも手伝うよ」
「俺は別に……レオのために料理するだけで満足だよ」
「俺が国中に自慢したいんだ。うちの料理人はこんなにすごいんだぞーって!」
「あはは、そっか。じゃぁ、ちょっと考えてみる」

 みんなが大満足というように大きく伸びをしたり、立ち上がったりし始める。
 そろそろお開きということだろう。

 レオが僕のそばに近づいて来た。

「陽介、楽しかったか?」
「はい! すっごく楽しかったです!」
「ほんとは泊まり込みで5階層まで行きたかったが、今日は色々ありすぎたからなぁ。ラウルもお前も疲れているようだから、またの機会ってことで」
「はい、今日はありが……ああっ! そうだっ!」

 僕はひとつの疑問を思い出して声を出した。
 エディが飛んできて僕を抱き寄せる。

「どうしました?」
「どうした、陽介? 大きな声出して」

 僕は慌ててガイド本『はじめてのぼうけん』をめくった。

「これです! 謎が解けていません!」
「なぞ?」
「謎ですよ! レンガの赤い道。右へ行こうか、それとも左? どちらに行ってもゴールは同じ。ただし、どちらかは影を失い、どちらかは影が増えるかも。この『影を失い、影が増える』って結局何だったんですか?」

 その場の全員がふっと力が抜けたみたいに笑った。

「え? え? みんな答えを知っているんですか」
「ええ。ヨースケ、輝きの実を食べた時、自分の体が光ったことは覚えていますか」
「はい、すごく綺麗でした」
「その時、自分の影はありましたか」
「え?」
「自分自身が光っているのだから、影はありませんでしたよね」
「ええ? そうだったんですか? 地面を見なかったし、ぜんぜん気付かなかったです」
「そうか、うっかりさんだなぁ、陽介は。じゃぁ、そこに生えている大きな木を見て、何か気付かないか?」

 レオに言われ、黒っぽい幹の木を見上げる。葉っぱも実も無くて、寒そうな枝が骨のように伸びているだけの寂しい感じの木だ。特に何も変わったところは無いようだけど。

 僕はガイド本をめくって、この木のイラストが載っているところを読んでみた。

「影鳴りの実のなる木」

 この木は『影鳴りの実のなる木』っていうのか。
 影鳴りって何だろう?
 僕はまたガイド本に目を落として先を読んだ。

「あれあれ不思議が隠れているよ。間違い探しをしてみよう。君の影はとても騒がしいけれど、お守りになるかもしれないね。……これ書いた人はなぞなぞ好きですね」
「ああ、そうだな。間違い探し、してみるといい」

 レオに言われて僕はぐるりと木のまわりを歩き始めた。
 枝にぐっと目を近づけたり匂いを嗅いだりして観察したけれど、どんなところがおかしいのかさっぱり分からない。

「少し離れて全体を見るのもいいですね」

 エディのアドバイス通りにちょっと離れて全体的に見てみると、なぜか少し違和感を覚えた。

「んん? あれ? 影の方がこんもりとしている?」

 僕は屈みこんでじっと影を見ると、なんと影の方には葉っぱも実もたわわになっているのだった。

「うわ、まじで?」

 手を伸ばして地面に触っても何も起こらない。

「うーん」

 少し離れると僕の手の影が地面に映り、パズルが解けた時のようにひらめきがあった。

「そっか!」

 僕は自分の手の影を木の影へと近づけた。たくさんある実の影の中のひとつに触っているかのように指先を動かす。すると、実の影がプルンと揺れた。

「やっぱり!」

 興奮して叫ぶと、指の影をまた実の影に近づけて、実をもぎ取るように動かしてみた。

「おお……すごい……」

 本物の指の方には何も触っていないけれど、僕の指の影は実の影をつまんでいた。
 影を見ながら実を食べるふりをすると、僕の指の影がつまんでいる実の影は僕の影の口の中に消えていった。

「うそ、ホントに食べちゃった」

 実際は味も何も無くて、何も食べてはいないけれど、僕の影は実の影を食べたように見えた。

 ドキドキしながら自分の影を見つめていると、突然、僕の影がぶるんと震えた。見る間に影は地面からのそりと起き上がり、僕の目の前に立っていた。
 背も同じ、形も同じ、でもすべてが真っ黒な僕の影。

「う……な、なんか……やだ」

 真っ黒い影と向き合うのが急に怖くなってエディに抱きつく。

「大丈夫ですよ。害はありません」
「面白いから見ていろよ。その内に歌い出すぞ」

 僕の影はパカッと口を開けると、コロンカロンと木琴のような音を出し始めた。

「これが、歌?」
「そうです。影の歌、影鳴りです。ヨースケ、ちょっとそこら辺を歩いてごらんなさい」
「え、は、はい」

 途惑いながら僕が歩き出すと、後ろから影がついてくる。ずっとコロンカロンと歌いっぱなしで、後ろをぴたりと追いかけてくる。

「え、な、なに? 怖いよ」

 僕がまたエディの腕をつかむと、エディは微笑みながら抱き上げてくれた。

「『影鳴りの実』を食べると、自分の影が現れて魔物を寄せ付けない音を出すのですよ。魔物を引き寄せた『輝きの実』とは反対の効果ですね」

 僕はカランコロンと歌っている自分の影を見た。
 そして自分の下を見て、そこにもちゃんと普通の影がある事に気付いた。

「そっか、影がふたつ! 影が増えるって、こういうことだったんだ! やったぁ! これで第一階層の謎が解けました!」


 僕がはしゃぐと、エディが自然な動作でちゅっと僕のほっぺにキスをしてきた。

「エ、エディ!?」

 僕はびっくりして頬を押さえた。
 レオもフィルもラウルもすぐそこで見ているのに。

「ああ、すいません。あまりにかわいくて」

 エディはぜんぜんすいませんと思っていない声で言った。

「今さらバカップルのすることは、いちいち気にしないぞ」

 レオがからかうように言ったので、フィルもラウルもくすくすと笑った。
 僕は恥ずかしくなってエディの胸にぎゅっと顔を押し付けたのだった。




 こうやって、ぼくのはじめてのぼうけんは終わった。

 ダンジョンの階段はちゃんと復活していて、僕らは無事に地上へと戻って来られた。

 どうしようか少し迷ったけれど、僕は子ブタ型オークを倒して手に入れた魔石を買取所で売って現金を手に入れた。手数料を引かれて銀貨15枚と銅貨3枚。生まれて初めて自分で稼いだお金だ。
 僕はそれをそっとハンカチで包んで、ほかのお金と混ざらないようにマジックバッグへしまい込んだ。


 ダンジョンの前の広場には、知らせを受けたスチュアートさんや使用人さん達がすでに荷物をまとめて馬車で待っていたので、僕らはレオ、フィル、ラウルにお礼を言って、ハグをして別れを惜しみ、手を振って別れた。

 僕が馬車に乗り込もうとするとエディがぐいっと僕の手を握って来た。

「エディ?」
「ヨースケ……」

 エディはじっと僕の目を見た。
 真剣で、情熱を秘めていて、濡れるように輝く瞳。
 エディが何を求めているのかが、僕にはよく分かった。
 それは、僕も欲しくてたまらないものだったからだ。

 エディはスチュアートさんに何かを指示すると、僕の体を強く引っ張るように抱き寄せていきなりそこから転移した。








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