異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 聖女の称号

(4) 見せかけの奇跡


『空と大地と水の女神を祀る13階層から成る地下神殿』は地上1階層、地下12階層から成る遺跡だ。各階層は無数の柱と階段と彫刻群から出来ていて、吹き抜けになっている中心部から四方に向けて、段々畑のように広がっている。
 すでに信仰は廃れて観光地のようになっていたので、遺跡の中には誰でも入ることが出来た。
 一月ひとつきほど前に異変が始まるまでは。

「では、すでに御存じの方もいると思いますが、この地で起きている摩訶不思議な現象を実際に御覧いただきましょう!」

 シメオンの仰々しいセリフの後に、盛り上げるような音楽が鳴り響く。

 まるでマジックショーの助手のように教皇様のお弟子さんが4人、四つの方向から出てきてにこやかに挨拶をした。種も仕掛けもありませんとでも言うように、くるりと一回転して見せる。僕には魔力とかそういうものがまったく見えないけれど、魔法を得意とする人には魔力を帯びた道具などを持っていればすぐに分かってしまうものらしかった。

 彼らは音楽に合わせるように軽い足取りで、それぞれ別々の階段を使って下へと降り始める。

 この神殿は各階層に無数の階段と柱と彫刻があって、一見すごく複雑なつくりに見える。けれど、どの階段を選んでどの経路をたどったとしても、下へ下へと降りて行けば最終的には最下層の中心にたどり着く。本来は、子供でも迷うことのない構造の建造物だった。

 けれど、4人が降り始めて間もなく、見ている者は一様に目をしばたいた。さっきまで4人が階段を下りていたはずなのに、複雑に入り組んだ柱や彫刻の影からチラチラと見えていたはずの彼らの姿が、いつのまにかどこにも見えなくなっていたのだ。

「本当に消えた……」

 僕はあらかじめ教皇様からそういう異変が起こるということは教えてもらっていたけれど、実際に目にするとすごく不思議だった。

 遺跡の中に転移陣はひとつも無いし、彼らは何も魔道具を持っていなかったし、エディのように転移陣無しで飛べる人なんて他にはいないはずだ。しかも、この地で異変が起こり始めてから次々に消えたのは、魔法を使えない一般の観光客だという。

 ざわめく観衆に向かって、シメオンが説明をする。

「ご安心ください。今までに姿を消した全員が、五日ほどの間に無事に戻って来ています。おそらく、この遺跡内では空間と時間が歪んでいるものと思われます」

 一月ひとつきほど前、観光客が次々と消息不明になって地元では大騒ぎになったのだが、その五日後、消えた観光客らが何事も無かったかのように普通に階段を登って戻って来た。

 何があったのかと聞かれた観光客らは、その誰もが自分が行方不明になっていたことを知らなかった。ただ階段を降りて行ってすぐ引き返してきただけのつもりが、いつのまにか数日経っていたということらしい。

 光の精霊様と初めて会った時、僕とエディも同じような体験をした。光の精霊様の作り出した空間の中にほんの数十分間いただけだったのに、こちらでは28日間も経過していたのだ。

 僕は荘厳な遺跡に目を向ける。やっぱり、ここにいる何かは光の精霊と同じような存在らしい。


「皆様、ご理解いただけましたでしょうか。『空と大地と水の女神を祀る13階層から成る地下神殿』においては、このように誰も下へ降りることが出来なくなっているのです。つまり、これまではこの異変を鎮めるどころか、原因を調査することすら、まったくできていないのです!」

 そこでシメオンは言葉を止め、息を吸って声の音量を上げた。

「果たして、異空間に消えることなく無事に最深部へ辿り着き、その原因究明、もしくは異変を鎮められる者はこの中から現れるのでしょうか!」

 ジャジャーン、と楽団が派手な音を鳴らす。
 貴賓席に座る王族の何人かが、期待するようにパチパチと拍手をした。

「それでは、『聖女』に名乗りを上げた進取果敢しんしゅかかんな若者をここにご紹介していきましょう! 世界教会の枢機卿の方々が推薦する将来有望な14名です!」

 先程、妖精の羽をひどく濁らせてしまった若い聖職者達が、名誉挽回とばかりに祭壇の最前列へと進み出て行った。14人全員がずらりと並んだのだけど、中には怯えたような顔をしている子もいる。きっと、この中で勝ち抜く自信がなくても、師匠が見ている前では棄権することが出来なかったんだろう。

 シメオンが前に出て、並んでいる列の左端を手で示した。

「来賓の皆様から向かって一番右から紹介して参ります。枢機卿クレマン様の第一弟子セレスティーヌ殿ぉ!」

 紹介された少女は利発そうな顔をツンと反らせて手をあげると、流れる音楽に合わせて階段神殿の方へと歩き出した。

「セレスティーヌ殿はエルフの国・南方の領地シュドゥの公女として生を受け、幼少の頃より聖光魔法に親しみ、その才にも恵まれ、特に対アンデッドにおける浄化魔法を得意とされ……」

 シメオンが詳しく紹介する声と行進曲のような音楽をバックに、若い聖職者の女の子が階段神殿の周囲を堂々とした足取りで一周していく。

 それからシメオンによって次々と儀式の参加者が紹介されて、ひとりひとりが自分をアピールするように階段神殿のまわりを歩き始めた。

 そのたびに拍手が起こり、声をひそめたようなざわめきが起こる。そのざわめきに耳をすましてみると、誰が一番早く下に辿り着けるかを予想しあい、不謹慎にも賭けをしているようだった。

 これは何だか、どこかで見たような光景だ。

「ううん? パドック……?」

 僕がチラッと振り返るとレオが親指を立ててニカッと笑った。

「いい演出だろ? ほんとはひとりひとり倍率を変えて、競馬みたいに大々的に賭けをやりたかったんだけどなぁ」
「レオ」

 ちょっと咎めるように見ると、レオは楽しそうな顔を近づけて耳に囁いて来た。

「どうせ出来レースみたいなもんなんだから、せいぜい派手にやらないとな」
「それは、そうですけど……」


 レオが言うように、この儀式が出来レースというのは本当だった。
 すでに神託は降りていて、この地の異変を鎮めるのは僕だと分かっている。
 それなのに、わざわざこんな『やらせ』のようなことをするのは、僕の力が異常だからだと教皇様が説明していた。

『あなたがひとりで神殿に降りて行ったら、それだけであっという間に解決しちゃうんだもの。本来、偽神にせがみになるような巨大な力を鎮めるなんて、命がいくつあっても足りないような危険な任務なのよ。でも、ヨースケはあまりに簡単にそれを成し遂げてしまうから、見ている人にはその大変さがいまいち伝わらないのよねぇ。だから、どうしても比較対象が必要になるの』



 教皇様の言う比較対象・・・・の14人が、それぞれ別の階段の前へと歩いて行く。

 緊張した顔、やる気に満ちた顔、そしていくつかの自信満々な顔。

 ちくりと胸が痛んだ。きっと聖職者になるための勉強を一生懸命やっている優秀な子達に違いない。それなのに、魔力も体力も知力も劣っている僕が圧倒的に勝ってみせなくてはならないのだ。

 でも……。

 深呼吸してぐっと気を引き締める。

 でも、これは僕が自分で選んだ道だ。この先、シルヴェストルから一歩も出ずにひっそりと生きていくのか、この世界の役に立つ人間として世界各地を回って生きるのか。教皇様は「無理強いはしない」と言ってくれたけれど、僕はその時「頑張りたいです」と即答していた。

 だって僕にしかできないことがあるってすごいことだ。こっちの世界に来てから、僕は優しい人達に幸せにしてもらうばかりで何ひとつ返せていない。せっかく役に立てるチャンスなのに、隠れて生きる方を選ぶなんて有り得ないことだと思う。

 だから『聖女』という称号は、僕が表に出るためにはどうしても必要なものだ。僕自身を守り、エディも守れる絶対的な身分を、誰もが納得する形で手に入れなくてはならない。



「……陽介は、少し変わったな」

 耳のそばでレオの声がする。

「そうですか?」
「ああ。初めて会った頃よりも大人の顔になった」
「大人の顔に?」

 嬉しくて聞き返すと、レオはクスッと笑った。

「ほんのちょっぴりだけどな」
「ちょっぴり、ですか」
「まあ3ミリくらい」
「えー、3ミリって何の単位……」

 笑いそうになって、慌てて表情を取り繕う。
 今は、子供っぽい表情は厳禁だ。
 ごまかすようにコホンと咳払いすると、レオはまたクスッと笑った。

「そうそう、今は無邪気で可愛い陽介は封印だな」
「は、はい」

 レオはいっそう声をひそめて僕に囁く。

「世界教会はこれを『鎮静の儀式』なんて銘打っているが、これは教会主催の大々的な『聖女』伝説のパフォーマンスにすぎない。主役は陽介で、あいつらは主役のための引き立て役だ。あいつらが何をどう頑張ろうと、神殿の奥には行けないんだ。だが、慌てるな。全員が失敗してざわめきがおさまり、会場の視線がすべてこっちに集まってから、陽介は「いざ真打しんうち登場」ってな感じでゆっくりと階段神殿を降りて行けばいい」
「……わ、分かりました」

 人生において常に主役だったレオはそれを当然と思っているみたいだけど、いつも脇役だった僕はなんだかちょっと罪悪感を覚えていた。余裕があるような顔で澄ましていて、実は全員が失敗に終わるのをじっと待っているのだから。

「大丈夫だ。危険は無い」
「はい……」
「万が一の時は俺もエドゥアールもいる」
「はい」
「だからそんな顔するなって、エドゥアール」
「え」

 振り向くと、エディの顔は少し蒼ざめていた。

「……分かっています」
「大丈夫ですよ、エディ。だって、あそこにいるのは光の精霊様の仲間ですから」
「ええ……よく分かっています」

 何度も何度も危なくないことを教皇様に確認して、エディも納得してこの儀式に参加したのに、いよいよとなったら僕よりエディが緊張しているみたいだった。

「あっ」

 レオがハッとしたように神殿へ視線をやる。

「いよいよ始まるぞ」

 楽団による音楽は最高潮に達して、それに合わせるように若い聖職者達がそれぞれに動き始めた。ここでは「よーい、ドン」みたいな掛け声は無いものらしい。

 身体能力に自信のある者は大きくジャンプしながら、あっちこっちの階段に飛び移りつつどんどん下り始める。

 風魔法を得意とする者は浮き上がって、階段を使わずに吹き抜けを降りようと試みる。

 聖光魔法を得意とする者は祈りを口にしながら、清浄の光や浄化の光を発しつつ階段を下りていく。

 強い魔力のおかげか、聖光魔法のおかげか、誰も消えることなく順調に神殿を降りていくのが見える。

「……すごいぞ、さすが『聖女』候補だ!」

 固唾を呑んで見守っていた観衆が、おおっとどよめく。


 その時、奇妙な音が聞こえ始めた。ゴォン、ゴォン、と響く低い音、カタカタカタと何かが動く音、そしてガタン、ガタンと何かがはまるような音。

 さらにどよめきが大きくなった。
 遺跡自体が動き始めたことに、みんなが気付いたからだ。

 まるで意思のあるカラクリ細工のように、柱や階段を構成する石がガタンとずれ、ひっくり返り、横に滑り、積み木のようにガコンガコンと組み替えられていく。

 アトラクションのように動き始めた遺跡の中で、若い聖職者達も慌てて走り出した。経路を変えたりジャンプしたりしてどうにか下へ向かおうとするのだが、遺跡の変化するスピードもそれに合わせるように速まっていく。みんな全力疾走しているのに、めまぐるしくどんどん道が変わってしまって、どうしても下へ降りられないようだ。

「わぁ……」

 僕はつい感嘆の声を出してしまった。

 遺跡を構成する柱や彫刻や階段がかなりの速度で組み変わっていくのに、けして人には当たらず、怪我をさせることは無いようだった。

 必死に走っている彼らは面白くも何ともないだろうけど、外から見ているとパズルの早業はやわざみたいで何だか楽しそうだ。

 そしてとうとう、全身全霊で降りようと頑張っていた彼らも、ポイッポイッと次から次へと追い出されるように地上に戻り始めた。呆然とした顔でへたり込んでいる若い聖職者達を見て、教会の偉い人達も、各国の貴人達も、がやがやと興奮している。

 ええと、これで全員終わったのかな?
 14人全員が失敗したのなら、次は僕の番なんだけど。

 疲労困憊といった感じでぐったりしている彼らをひとりひとり数え始めたところで、僕はあれっと首をひねった。

「ん? 15人いる?」

 もう一度数え直そうとした時、下から地鳴りのようなものが聞こえてきて、地面が揺れた。

「ええ! 地震?」
「ヨースケ!」

 ぐらりとする僕を、エディがとっさに支えてくれる。

「いや、地震じゃない。これは水だ!」

 レオの言葉に重ねるように耳をつんざく悲鳴が届いた。

「きゃぁー!」
「わあぁぁぁぁ! 水がぁぁぁ!」

 ひゅんひゅんと吹き抜け部分から3人の聖職者が飛び上がって来て、彼らを追いかけるようにざっぱーんと大きな水しぶきが上がった。蛇というか、竜というか、大量の水が生き物みたいにうねって飛び回る彼らに襲い掛かり、虫を叩き落とすようにぶつかっていく。

「うわぁ!」

 二人が地面に落とされ、残り一人がはるか遠くに飛んで逃げていく。教会の関係者が落ちた子に駆け寄り、癒しの魔法をかけるのが見える。

 教会の関係者も各国の王族も水しぶきを浴びて小さな悲鳴を上げた。

「こりゃやばいな。行くぞ、陽介。来賓が帰っちまうとパフォーマンスの意味が無くなる」
「はい!」

 走って行こうとしてガクッとつんのめる。エディが後ろから手をつかんでいた。

「ヨースケ……」

 その声や瞳や頬の色で、僕は理解する。
 この世の誰よりも、いや、この世界だけじゃなくて向こうの世界を合わせても、全人類の中で僕を一番心配してくれる人だ。

 僕は思いっきり明るく笑った。

「エディ、僕を信じて」

 つかまれた手を逆につかんで、エディの手をぐっと引いた。
 エディは目を見開いて僕をじっと見ると、蒼い顔のまま少し微笑んだ。

「ええ、信じます……」
「はやく!」

 レオが手招きする。
 僕はエディの手を引いたままで、大きな透明の板の前を回って階段神殿に行こうとした。

「あ、水が!」

 でも、それ以上は進めなかった。
 水が渦を巻き、淵まで溢れてきて僕の足を濡らす。
 階段神殿は、すっかり水没してしまっていた。
 うねる水を前にして、泳げない僕にはこれ以上進みようがない。

 エディが僕から手を離し、片手を水に向けて何かしようとするのが分かった。

「エディ、ダメです!」
「やめろ、エドゥアール! 敵対するな!」
「しかし……!」
「陽介、とりあえず派手なことをして周囲の視線を集めろ。まだ儀式が終わっていないことをアピールするんだ!」
「はい! 光の精霊様、お願い!」

 僕の呼びかけに応じて、光の精霊が強烈に眩しい光の矢を、数十本空へと放った。

「お、おい、あれを見ろ!」
「何だあれは」

 逃げようと浮足立っていた貴人達や教会のお偉いさん達がポカンと空を見上げる。

 その空を覆い尽くすように、光で描かれた巨大な魔法陣が浮き上がっていた。
 まるで今にもレーザー光線が降り注いできて、すべてを焼き尽くしそうな迫力だ。

「うは、派手だなぁ」

 レオが感心したように声を出す。

「は……? え……?」

 エディがきょとんと僕を見る。

「どういうことですか。あれはスープを保温しておく陣ですよね……?」
「ええと、はい」

 スープ皿の下に敷いておくと、いつまでもスープが温かいという便利な魔法陣だけど、今の状況で空に描くようなものじゃない。

「見慣れた魔法陣なのでつい……えっと、ナイショですよ」

 僕は人差し指を立てて唇に当てる。
 エディがくすっと笑った。

「まぁ、よほどの知識が無ければ魔法陣の意味まで読み解けないでしょうが……」
「ほら、陽介。次は何が起こるのかってみんながこっちを見ている。ダメ押しで何かしてみろ」
「は、はい! 光の精霊様! 翼を!」

 僕はそう叫ぶと、両手を大きく広げた。

 ばっさーと大きな羽音とともに、僕の背中に三対六枚の黄金の翼が顕現する。
 おおおおおっ!と地鳴りのような歓声が上がる。

 黄金の翼は空の魔法陣に届きそうなくらいに大きく、輝きながらゆったりと動いている。中二病気味の僕が一番カッコいいと思うもの、僕が好きだったアニメのキャラの最強装備・熾天使の翼だ。

 何の効果も無い魔法陣と、綺麗なだけの光の翼。
 これは僕がかっこいいと思うものを光の精霊が見かけだけ再現してくれたもので、攻撃力も防御力も無い。ちなみに飛ぶことも出来ない。

 でも、観衆には喜んでもらえたようだ。
 興奮がMAXに達したのか、手を打ち鳴らし、足を踏み鳴らして歓声を上げている。

 光の精霊や水の精霊が使う力は、人間やエルフなどが使う魔力とは違う仕組みのものらしい。だから空に描いた魔法陣や僕の背中に生やした翼は、彼らの目には奇跡にしか見えなかったんだろう。


「ええと……」

 さて、ここからどうしようか。

 逃げようとしていた観衆を惹きつけることは出来たけれど、水の中の神殿には入ることが出来ない。

 僕はとりあえず、翼を生やしたままでもう一段だけ階段を下りてみた。すると、足に触れてくる水がとても温かくなっているのに気付いた。

 スープを保温する魔法陣が、効いている?
 それとも、ここにいる存在が僕の気持ちに応えてくれている?

「え、えーと……水の精霊様……聞こえますか?」

 水没した神殿に向かって、小さく呼びかけてみる。
 大声を出すと僕の子供っぽい話し方が周囲にばれてしまうので、あくまでも小声だ。

「水の精霊様……僕は泳げないのでそちらに行けません。お願いです。上がって来てもらえませんか」

 神殿にいる存在が、本当に水の精霊なのかは分からない。
 でも、ミズキという人が望んだから、ハデスはダンジョンになった。僕が望んだから、光の精霊は光の精霊になった。ハデスの言葉を信じるのなら、きっとここにいる存在も僕が望んだものになってくれるはず……。

 うねっている水が僕の正面でゴボゴボゴボと盛り上がって来る。
 僕もエディもレオも、息を呑んでそれを見た。

 そしてこの場にいる全員が、畏れと期待を込めて注視する。

 水の精霊って、どんな姿なんだろう。
 さっきのうねる水みたいに竜や大蛇の姿かな。それとも、神殿の彫刻にあるようなグラマーな女神の姿なのかな。

 水が山のように盛り上がって、グネグネと揺れている。けれど、はっきりとした形にはならない。

 あれ……?

 もしかして、僕が悩んでいると水の精霊も困るのかな? 確かハデスは僕が望んだ姿になるって言っていたような……。

 空の魔法陣に届きそうなほど大きく膨らんだ水が、まだ粘土みたいにうねうねと動いている。

 あ、やばい。僕が迷っていると、水の精霊も迷っちゃうんだ。

「あ、あの、と、とにかく綺麗でかっこいいものになって下さい……!」

 囁くように告げると、水はやっとゆっくり変形し始めた。

 まず見えたのは、透明な翼だ。

 もしかして、今の僕の姿を真似ているの……?
 確かに熾天使っぽくてかっこいいけれど。

 でも、じっと見ているとその翼は僕のような三対六枚の翼ではなくて、左右に一枚ずつの普通の翼みたいだった。
 そして、聖衣を着ているようなゆったりしたシルエットが見え始める。

 そうか。僕がかっこいいと思うアニメのキャラに似た天使かな。

 僕と相対する大きなそれは、翼の持つ聖衣を来た男性になる。けれど、その顔は僕のものでもアニメのキャラのものではなかった。

「う、うそ……」

 カッと頬が熱くなる。
 僕が望む姿って、ええ? そういうこと?

「え、私……?」

 後ろでびっくりした声がする。

 水の精霊はエディの姿をしていた。エディそっくりの優しい顔で僕に微笑みかけてくる。

 そりゃ、エディは綺麗でかっこいいけど、ええ……?
 こ、これって、いいの?
 もろに自分の願望があらわになってしまったみたいで、ちょっと恥ずかしいんだけど。


 声も出せずに超大型の天使エディを見上げていると、そのすぐ横にシャラシャラと光が集まり出した。いくつもの小さな虹みたいに七色に乱反射しながら、その光までもが巨大な天使の姿を形作っていく。

「ふ、ふたご……?」

 エディそっくりの輝く天使がもうひとり。

 僕はあんぐりと口をあけたまま、しばらく何も言えなかった。

 同じように、その場にいる誰もが、しばらくの間何も言わなかった。
 何も言えなかったんだと思う。


 空には巨大な光る魔法陣、その下には水没してしまった神殿の遺跡。
 六枚の翼を広げた『聖女』の僕と、双子のような水と光の大天使……いや、この世界に天使の概念は無いようだから、翼のある魔物か何かと思っているかもしれない。けれど、とにかく翼持つ美青年姿の精霊が対のように寄り添い、僕の前に現れたのだ。

 二人は水の上で跪き、僕に向かってこうべを垂れた。
 といっても、あまりに巨大な姿なので僕が頭を撫でたり、肩に手を置いたりはできない。

 対応に困っていると、レオが小声でこそっとアドバイスしてくれたので、その通りに大きく声を上げる。

「いと賢き光の精霊よ、いと優しき水の精霊よ、神の名のもとに鎮まり、我が元へ来たれ」

 うん、まぁ、ちょっと何言っているか分からないけど、いかにもそれっぽいセリフだ。
 心の中で苦笑しながら、両手を広げて前へ差し出す。

 すると、光の精霊と水の精霊はすーっと姿を消して小さな玉になり、僕の胸元へ吸い込まれていった。光の精霊はいつも違う次元にいるみたいなので、二人とも僕の中へ入ったというより僕と重なったというような感じだと思う。

 僕が片手をあげると、空の魔法陣もスーッと消えた。
 まるで計算されたように、余韻を残す大きな虹が空いっぱいにかかっていた。



「奇跡……」

 誰かがぽそりと言うのが聞こえてきた。
 そちらを向くと、ジュリアンが天蓋付きの席から立ち上がって出てきている。

「奇跡だ……」

 まるで独り言のような呟きなのに、やけにはっきりと耳元で聞こえた。
 さっきまでシメオンの声を響かせていた風魔法の使い手が、ジュリアンの声も全員に届けているのだと分かった。

 ジュリアンは感極まったように瞳を潤ませ、階段神殿の縁で両膝をついた。

「私は奇跡を見た。まさに『聖女』だ。聖女様だ……!」

 その声に反応して、ほかの貴人も席から出て僕に賛辞の声を上げ始める。

「聖女だ」
「聖女様だ……!」
「奇跡をこの目で見届けたぞ!」
「素晴らしいものを見せてもらった……!」

 教会のお偉いさん達も、各国の貴人達も、今までひっそりと彼らに付き従っていた従者達も、ものすごい歓呼の声を上げて僕を見ている。
 誰もが興奮していた。
 これは奇跡だと声を揃え、僕を聖女だと喝采する。


 うわぁジュリアン……お芝居うますぎるよ。

 僕は熱狂的な反応にひきつりそうになりながらも、必死に笑顔を保っていた。


 僕自身は、特にすごいことはしていない。ただ単に未知の大いなる存在に好かれる体質というだけだ。

 なぜ好かれるのかという理由は分からない。僕の魂が清らかだからとか特別だからとか言いたいけれど、多分それは違う。僕は良いところも悪いところもあるどこにでもいるような普通の人間だから。

 ただひとつだけみんなと違うのは、三つ目の神様の力でこっちの世界に来たということだけ……。きっと、愛されたいという僕の願いを叶えたくれた三つ目の神様の力が、今もまだ影響しているんだと思う。



 とにかく、無事にやり遂げた。
 ホッとして体の力が抜けそうになる。
 ああ、早くエディに抱っこしてもらって頭撫でてもらって、めちゃくちゃに甘えたい。

「陽介、まだ気を抜くな」

 レオの声に振り向くと、エディもレオも達成感をにじませて、微笑んでいた。

「最後の仕上げがあるだろ」
「はい」
「ヨースケ、落ち着いて。何があっても、教皇様との三つの約束を忘れないでください」
「はい」

 さぁ、最後の仕上げだ。
 気を引き締めなくちゃ。

 祭壇の一番上にある玉座を見上げる。
 教皇様は満足そうにうなずき、ゆっくりと立ち上がった。

 慌てたように教会のお偉いさん達も各国の貴人も立ち上がって姿勢を正す。


 僕は姿が見えなくなった光の精霊に小さく話しかける。

「光の精霊様、背中の羽は消しちゃってください。でも、僕の体のキラキラは三割り増しくらいでお願いします」

 三対六枚の羽がさらさらと光の粒になって静かに消え、僕の周囲にキラキラの粉が舞う。
 ただ綺麗なだけで、特に何の効果も無い光だけど、この美しさが僕を特別に見せてくれる。


 一歩進むごとに後ろにキラキラの軌跡を残しながら、僕は教皇様の待つ祭壇の一番上へと歩き始めた。






感想 41

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