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おまけの章 聖女の称号
(5) 『聖女』と『従者』
初代『聖女』は勇者の妻だったという。癒しの魔法の使い手で、常に勇者の傍らにいて、公私にわたって勇者を支えた才媛だった。
『勇者』は神託によって決まるものなので、神託があった時点で世界教会の一員になる。だから、生まれた国に縛られること無く自由に各国を行き来することが出来た。
けれど、その妻や恋人はどこかの国の国民なので、勝手に国を出ることは許されない。『聖女』という称号は、勇者を心身ともに支える女性が、いつでも勇者と共に各国を回れるようにと便宜上作られたものだった。
『聖女』になった者は世界教会から全面的な後ろ盾を得られる。歴代の勇者はこの称号を自分のパートナーに授けてもらい、二人三脚で『勇者』の役目を全うしてきた。
でも、レオの前の代の勇者はある国のお姫様と結婚し、彼女は国や王家を離れることを望まなかったので『聖女』の称号は使わなかった。
レオの前の前の代の勇者はやたらモテる男の人で、各国にそれぞれ恋人がいたので、やはり『聖女』の称号は必要としなかった。
レオも王都にいた頃は来るもの拒まずと言った感じで特定の相手を作らなかったので、『聖女』の称号を使うつもりは無かったという。
三代にわたって使われていなかった『聖女』の称号に、最初に目を付けたのはエディだった。ハデスガーデンにおいて僕が聖女に間違われたこと、そしてこれからの僕には相応の立場が必要だということを鑑みて、教皇様に進言したらしい。
そして教皇様は、勇者の恋人でもなく女性ですらない僕に『聖女』の称号を授けるため、前例のない派手な舞台を用意してくれたのだった。
神殿を沈めてしまった水は澄み切っていて、上空の虹を映して輝いていた。身を乗り出して下を覗くと、神殿の複雑な柱や彫刻がよく見える。ゆらめく水紋を通して見ることによって、階段神殿はよりいっそう神秘さを増したようだった。
三対六枚の翼を消して、僕は教皇様を振り仰ぐ。
祭壇の一番上で、教皇様は威厳のある微笑みを浮かべていた。
教皇様と『聖女』があいさつを交わせば、この儀式は終了する。
僕はそちらへと少し進んで、すぐに足を止めた。
僕が教皇様のもとへ行くには、直線のルート上にふたつの障害があった。妖精の羽で出来た大きな板と、ずらりと並んで座っている教会のお偉いさん達だ。
僕はそれらの障害を迂回してはならないと教皇様に言われている。
なぜなら、僕は『聖女』だからだ。
うーん……ちょっと遠回りするくらいもダメなのかぁ……。
ほんの数メートル横にずれて歩けばいいだけなのだけど、そうするとせっかくジュリアンが作り上げてくれた厳かな雰囲気が壊れてしまう。聖女だ、奇跡だ、と盛り上がっている空気に水を差してしまうことになる。
僕は困った顔をしないように気を付けながら、そっと周囲を見渡した。
若い聖職者が横に整列しているのが見えた。鎮静の儀式に参加した14人と、儀式の前に四方から階段を降りて消えてしまったはずの4人の総勢18名だ。みんな少し疲れた顔をしているけれど、大きなケガをした人はいないみたいだった。
「良かった……みんな無事で」
小さく呟き、ほっとして微笑みかける。
すると、ビリッと電撃を受けたみたいに彼らが飛び上がった。慌てたようにバタバタと全員が走り出し僕の前まで駆け寄ってくる。
「え」
びっくりしたけれど、それを顔に出さないようにして見ていると、大勢の若者は台に設置してある透明な板に手を伸ばした。いくつもの手が触れたところからまた徐々に白く濁り始めるのが見えた。彼らはそれにかまわず、板を台からはずして持って行こうとする。
「あ……」
「ヨースケ」
濁っていく板につい手を伸ばしたくなった僕に、背後からエディが声をかける。
僕はすっと手を引っ込めて、こっそり息を吐いた。
妖精の羽で出来た大きな板は片付けられ、若い聖職者がまたバタバタと駆けて戻って来る。
僕はありがとうという気持ちを込めて彼らに笑いかけ、それから前を向いた。
ひとつめの障害は取り除かれたので、さも当然といった顔で祭壇へ足を進める。
けれど、教皇様の下の段にずらりと並ぶ14人の枢機卿の前で、僕はまた足を止めた。
教皇様が言うには、僕の方から「どいてください」と頼んではいけないということだった。あくまでも、相手が自発的に『聖女』様に道を開けるということが重要らしい。
うーん、でも、そう簡単によけてくれるかなぁ?
僕を見下ろす気難しそうなおじいちゃんたち。
黙って微笑むキラキラ三割り増しの僕。
我慢比べになるのは、覚悟していた。
儀式が始まった時からずっと不自然に微笑み続けていたから、もう頬のあたりが痙攣しそうなんだけど、それでも必死に微笑みを貼り付けていた。
「セレスティーヌ」
14人いる枢機卿の中で端っこの方に座っているエルフが誰かの名前を呼んだ。
「は、はい!」
大きく返事をして、横に整列していた若い聖職者の中からひとりの女の子が前に出て来た。一瞬、どこを通るか迷ったみたいだけれど、僕がいる真ん中を避けて横の方から遠回りして登って行く。
「椅子を」
女の子を呼んだ枢機卿が立ち上がって指示を出すと、女の子は途惑ったように返事をして椅子を持ち上げた。
周囲のおじいちゃんたちがハッとしたように顔を見合わせて、同じように自分の弟子を呼んだ。次々に若い聖職者達が登って行って、ガタガタと椅子を動かしていく。
おじいちゃんたちが左右にずれて、あっという間に僕の前に道が出来上がった。
若い聖職者達はまた横の方から迂回して下へ降りると、元の通りにずらりと整列した。
持久戦覚悟だった僕はちょっと拍子抜けしながら、それでも貼り付けた笑顔はそのままにおじいちゃんたちの間を通って上に登っていく。
「ヨースケ、こちらへ」
教皇様がにこやかに自分の横を手で示す。
僕はうなずいて、祭壇の一番高いところに上がって教皇様と向き合った。
しん、と会場が静まり返る。
その場の視線がすべて、僕と教皇様に集中するのが分かった。
教皇様は一歩僕の方へ進み出ると、右足を少し後ろに引いて右手を左肩に置き、左手を右肩に置いて、ほんの少し膝を曲げてから伸ばした。
おぉ……とかすかに周囲がざわめく。
聖女になった証としてメダルや冠がもらえるわけではない。けれど、これは一生に一度の栄誉だった。
教皇様は、相手がどこの国の王族でも、まず相手の挨拶を受けてからそれに返すという形を取る。
例外は、自分が神託を下した『勇者』との初体面の時一回だけ。
教皇様が僕に対して先に挨拶をしてみせたのは、『聖女』である僕が『勇者』に準ずる立場であると内外にはっきりと示すためだ。
僕は教皇様に微笑み返し、右足を少し後ろに引くと、右手を左肩に置き、左手を右肩に置き、ほんの少し膝を曲げてから伸ばした。今日のために何度も練習してきたので、我ながら優雅に挨拶できたと思う。
ほぉ……とおじいちゃんのひとりが感心するように息を吐き、一瞬の間を置いて、わぁっと全員から拍手が巻き起こった。
成功? 成功だよね?
僕が教皇様を見ると、優しくうなずいて体を正面に戻したので、僕もそれにならって体を正面に向けた。
そして、さっきまですぐ後ろにいたはずのエディの姿が見えないことに気付いた。
あれ?と思ったけど、大きな声で呼ぶことは出来ない。
え、なんで? どこ?
僕は内心で焦りながら、エディの黒いローブ姿を目で探した。
レオは、ちゃんとすぐそばにいる。教皇様を挟んで反対側に立っていて、僕に向かってウインクをして、大きく拍手をしてくれている。
『ねぇ、エディはどこ?』
レオに目で問いかけると、赤茶の瞳がちらっと下に動いた。
え? 下? 下のどこに?
僕らのすぐ下の段では、教会のお偉いさん達が席を立ってこちらを見上げながら拍手していた。
一番下の段では、そのお弟子さん達が両膝をついた状態で拍手している。
水没した階段神殿の向こう側では、各国の貴人達が天蓋のついた席から出て拍手していた。
立っている場所の高さが、身分の上下を表しているのだと気付く。
一番上に教皇様、その横に『勇者』のレオと『聖女』の僕、その下に14人の枢機卿、枢機卿より少し下に各国の王族、そしてその下に役職の無い聖職者達……。この世界の教会の権威がどれほど高いのかが見て取れる。
エディは……エディはどこ……?
じっと目を凝らして、僕はドキリとした。
――――いた。
エディは、若い聖職者達の後ろで隠れるように身を低くしている。
みんな教皇様の方を向いているのに、エディだけが長い髪をたらして顔を伏せていた。
「エディ……」
僕は途惑って教皇様とレオを見た。
「あの、どうしてエディは……」
「見たままなのよ」
「え」
「この中では、あの子の身分が一番低いの」
「えっと、でも」
エディはシルヴェストルの領主である男爵様の子供なのに?
僕の疑問を分かったように教皇様は小さく笑って、囁くように説明してくれた。
「かの国において爵位を持っているのはエドゥアールの父親でしょう? あの子自身は何の地位も持っていない」
「え、で、でも」
エディは元『大魔導士』だったのに?
また心を読んだみたいに教皇様はクスッと笑った。
「ヨースケ、ここはエルフの国よ。かの国の王がかつてエドゥアールに授けた『大魔導士』という称号は、かの国の中でしか通用しないものだわ。世界教会の認定した『勇者』や『聖女』と違って、それは他の国に認められた称号じゃないの。それに、今はその『大魔導士』ですらないのでしょう?」
『勇者』であるレオがいつも対等に接していたから、対等な称号なのかと思い込んでいた。でも、フィルの『大剣士』やエディの『大魔導士』というのは国際的には通用しない称号だったのか……。
僕は何を言えばいいか分からなくなってしまって、顔を伏せているエディを見下ろした。
なんだか、すごく遠い……。
急に心細くなって、ぎゅっと手を握り込む。
「ヨースケは、エドゥアールにそばにいて欲しい?」
教皇様が、なぜかニコニコしながら僕に聞いてきた。
「は、はい。もちろんです」
「そう? エドゥアールの世話にならなくても、世界教会があなたに豊かな暮らしを保証するわよ。美しい『聖女』様のおかげで、これからますます献金も増えるでしょうし」
僕がどんなにエディを好きなのか分かっているくせに、教皇様はいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべて目を覗き込んでくる。
教皇様のしたいことが分からなくて、僕は途惑いながらも必死で答えた。
「僕は、誰よりも何よりもエディがいいです。エディと一緒にいたいです」
「ふふふ、そう……。ではしょうがないわねぇ」
教皇様が軽く手を上げた。
拍手していた人達がぱっと静かになる。
「エドゥアール、特別に許可します。こちらへ」
教皇様が片手を前へ差し出す。
「はい」
エディは顔を伏せたまま立ち上がり、下を向いたままで階段を登って来る。まるで恥ずかしがっているかのように見えた。
教皇様の前まで来たエディは教会式の挨拶をしたけれど、教皇様は微笑んでうなずいただけで挨拶を返さない。エディはその場ですぐに膝を折って身を低くした。
これが作法通りなんだろうけれど、さっきからずっとエディの顔を見ることが出来なくて、僕は不安だった。
「エドゥアール・シルヴェストル」
「はい」
「『聖女』ヨースケの特別な力を見いだし、これまで大切に養育してきたことは、教会への貢献、ひいては神への貢献といえるでしょう」
「……ありがとうございます」
「まだ幼い『聖女』には、これからも支えとなる者が必要です。『聖女』の健やかなる成長のため、その心と体の安寧を守るために、身を捧げる覚悟はありますか」
エディはさらに深く頭を下げた。
「この命に換えましても、必ずお守り申し上げます」
教皇様はゆっくりとうなずくと、僕にちょっと微笑みかけてからまたエディを見下ろした。
「教皇の名において、エドゥアール・シルヴェストルを正式に『聖女』ヨースケの従者に任じます」
「は、身命を賭して『聖女』様にお仕えいたします」
え、従者?
え、仕える?
え、なに、どうゆうこと?
僕がびっくりしている間に、エディはすっと立ち上がり、僕の真後ろへ歩いて来てまた跪いた。
「エディ、どう……」
「三つの約束」
エディの方を振り返ろうとした僕に、小さく教皇様が言った。
僕はハッとして前を向いた。
ひとつ、大きな声で話さないこと。
ふたつ、声を出して笑わないこと。
みっつ、オドオドした態度をとらないこと。
ここで僕がうろたえた姿をさらすと、やっとの思いで作り上げたイメージが崩れ去ってしまう。
僕はギギギッと音がしそうなほど力を入れて背筋を伸ばし、また品のある微笑みを顔に貼り付けた。
教皇様が凛とした声を風魔法で会場中に響かせる。
「この地はかつて、小さき神を祀った神殿でした。何の力も無い名前だけの神でしたが、長い時間を経て今まさに人々に災厄をもたらす偽神へと変貌しようとするところでした。ですが、今日ここに、大いなる神の祝福を受けた『聖女』の祈りにより、清らかなる水の精霊が現れ出でて、人心を惑わす偽神をその清らかなる水の底へと沈めたのです。すべて、聖女の導きによるものです」
まるでここにいた悪いものを僕が退治したみたいな説明だ。
歓声が上がり、口々に聖女を褒め称える声が聞こえてきて、僕はムズムズとしてしまった。
教皇様は、さらに堂々と声を張り上げる。
「教皇の名において、ここに宣言します。この清らかなる水は、大いなる神の祝福により、千年先まで枯れることはないでしょう!」
わぁっと歓声が沸き上がる。
エルフの国王と王妃が嬉しそうに手を取り合うのが見えた。
千年先とかって、どこから出た数字なんだろ?
というか、拍手と歓声がいつまでも鳴りやまないんだけど……。
魔力も体力も知力も無いのに主役になってしまった僕と、興奮度MAXの観衆の温度差がひどい。僕は人生で一番の精神力を発揮して、『聖女』の微笑みを顔に貼り付け続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おうちに帰るまでが遠足です。
小学生の時に聞いた先生の言葉を、なぜか今思い出す。
宿の部屋に帰りつくまでが鎮静の儀式です……みたいな。
観光地になっている階段神殿の近くには宿泊施設がいくつもあるけれど、その中でも一番の高級宿をレオが貸し切ってくれていた。
各国の王族や教皇様達は、それぞれに豪華な馬車に乗り込むと、まるで大名行列みたいに隊列を組んで近くの城へ向かって行く。エルフの国王の主催する晩餐会に出席するためということだった。
僕らも招待を受けたけれど、さすがに貴人に混じって食事をすれば化けの皮がはがれてしまう。だから丁重に辞退して、逃げるようにまっすぐ宿へと馬車を走らせた。
どこから誰に見られているかも分からないので、宿に着いても気を抜くことは出来なかった。門をくぐって敷地内に入り、魔石を使ったいくつもの噴水とそれらをつなぐ水路を小舟で渡って、コテージのように一棟ずつ独立した客室に案内される。
部屋までの道のりにも階段神殿をイメージしたような彫刻が配されていて、東南アジアのリゾートみたいな雰囲気が素敵だった。いつもの僕なら声を上げて駆け出して、あちこち見て回ったと思う。
でも、僕は世界教会に認められた『聖女』だ。人の目がある前では『聖女』として振る舞うことが求められる。
背筋を伸ばした美しい姿勢と品のある微笑みを必死に維持しながら、緊張している様子の若い案内人の後に続いて、僕はゆったりと歩き続けた。
本当に、限界ぎりぎりだったんだと思う。
両開きの大きな扉が閉められ、案内人の足音がざくざくと遠ざかっていく。エディがガチャリと鍵を閉めるのを見た途端に、僕の体はかくりと力を失った。
「ヨースケ!」
よろける僕を、エディがとっさに抱きとめてくれる。力強い腕に身を預けると、いつもの優しい香りがふわりと僕を包んだ。
「エディ……」
名前を呼んだ途端、いきなりポロリと涙が零れてきた。
「あ、あれ……?」
慌てて指先で拭いても、ポロリポロリと涙が止まってくれない。
「えっと、なんだろ……悲しくも何ともないのに涙が……」
エディは息を呑んだように僕を見た。
「エディ、あの」
「緊張の糸が切れたんです。それだけ気を張りつめていたんでしょう」
温かい手で僕の頬を撫でると、包み込むようにふわりと抱きしめてくれる。そして、気持ちのこもったねぎらいの言葉を僕にかけてくれた。
「ヨースケ、頑張りましたね……本当に良く頑張りました」
優しく言われて嗚咽が漏れそうになってしまい、口を押さえてぐっと我慢する。
「ふ……うっ……」
エディが安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です、ヨースケ。もう泣きたいだけ泣いていいのですよ。誰も見ていませんから」
「ほん、と……?」
「ええ、本当です。私とあなたの二人きりです」
「う、ううっ、うぅー……」
僕はみっともないくらいに顔を歪め、堰を切ったように大泣きしてしまった。
エディの手があやすようにポンポンと背中を叩いてくれる。
「立派でしたよ。あなたは本当に聖女そのものでした」
「う、うぁ……」
悲しくなくても、つらくなくても、ただ安心しただけで大泣きしてしまうこともあるのだと僕は今日、身を持って知った。
エディにしがみついて、子供みたいに泣きじゃくる。抱きしめてくれる体温が全身に沁み込んできて、さらにボロボロと涙が溢れて来る。
「疲れたでしょう? ベッドで少し眠りますか」
僕はふるふると首を振った。
「エディ……」
「はい」
「顔、見せて下さ……」
しゃくりあげながら、両手を伸ばしてエディの頬をつかむ。
いつも通りのきれいな顔立ちに慈しむような表情が浮かんでいて、僕は心底ほっとしてまたポロポロ涙を零した。
「う……うう……エディ、どうしてずっと顔を伏せていたんですか。元奴隷の僕なんかの従者になってしまったから、もしかして嫌だったのですか……?」
エディの黒い瞳がびっくりしたみたいに見開く。
「何を言うのです。嫌なわけがないでしょう」
「だって……だって、儀式の間ずっとエディが恥ずかしそうに顔を伏せていたから」
きれいな指で僕の涙を拭いながら、エディはクスッと小さく笑った。
「なぜ恥ずかしいのですか。従者になるのは私の計画通りだったのに」
「けい、かく……?」
小さくしゃくりあげて、僕はエディをキョトンと見上げた。
「はい。『従者』というのは、『聖女』になるヨースケのそばから片時も離れないための大義名分です。教会から正式に任命されれば、ヨースケがどこへ行くにもついて行けますから」
「じ、じゃぁ、どうして顔を」
「それはまぁ、神殿の上に現れた精霊と私の顔があまりにもそっくりでしたからねぇ……」
「――あ」
そうだった。双子の天使みたいに現れた水の精霊と光の精霊は、僕の好みが思いっきり反映されてしまって、エディの顔になったんだった……。
「衆人環視の中でこの顔をさらすと、さすがに不審に思われないかと危惧しただけです」
「そうだったんですか……」
「はい、ただそれだけのことです」
「でも……本当にいいんでしょうか。エディみたいな立派な人が僕なんかの従者にな……んむっ」
言いかけた僕の口をふさぐようにして、エディが唇を重ねて来た。僕の腰をぐっとつかんで、もう片手で僕の後頭部を押さえ付けて、深く、深く、口付けてくる。
柔らかな唇の感触、からまってくる舌の温度、吸われて痺れる快感。
「ふぁ……あ……」
キスだけで腰がくだけて、僕はエディに寄り掛かってトロンとしてしまった。
「ふふ、後ろ向きなことばかり考えるのは、ヨースケの癖みたいなものですね。私が命懸けで愛している人を『僕なんか』などと言わないで欲しいものですけど」
「あ……ごめ……なさ……んんっ」
エディは力の抜けた僕の体を強く抱き寄せて、また唇を合わせてくる。
僕への想いの強さを伝えるように、そのキスは情熱的で、執拗で、それなのにすごく優しくて、頭の奥がじんじんと痺れていく。
「は……あ……エディ……」
すごく疲れていたはずなのに、僕の体はキスだけで甘く疼き始めてしまった。
「ふふ、物欲しそうな顔をして……」
エディが嬉しそうに囁く。
「ここに鏡があったら、そのはしたなくてかわいい顔を見せてあげるのに」
「あ……はずかし……」
つい顔をそらすと、エディは興奮したように僕の耳や首にちゅ、ちゅ、と何度もキスをしてきた。そのたびに、ぴくんぴくんと体が反応してしまう。
「はっ……あぁ……」
「ああ、たまらないですね……」
色っぽい声が耳元で囁く。
「……え……?」
「ねぇ、ヨースケ。考えてみてください。絶対不可侵な『聖女』様を、私だけが汚すことが出来る。これに興奮しない男がいると思いますか」
「あ……そんな……」
色気のある瞳に射られて、ずくんと腰が熱くなってしまう。エディは目ざとくそれに気付いて、ニッと笑った。
「おや……? 聖女様、神聖なる聖衣の下でかわいいものが元気になっていますね」
「……やだ……そんな、言い方……」
エディは僕の腰から太ももに手を這わせて来る。中心には触れずに、周りを揉むように指を動かしてくるから、もどかしくて勝手に腰が動いてしまう。
「いやらしい腰つきですね」
「だって……」
「ねぇ、聖女様。このきれいな聖衣の裾をまくり上げて下着の中に指を差し入れ、その熱くなっているものを優しくまさぐって欲しくは無いですか……」
「……や、あ……」
想像しただけでゾクゾクと背筋に快感が走る。
エディの手が今度はお尻をグイッとつかんできた。
「んっ」
「とろけるくらいにたっぷりと体全体を愛撫したら、後ろの小さな蕾に私の熱いものを一番奥までねじ込んであげましょうね」
「ん、んん……」
指が後ろの入り口のあたりをなぞっていく。
体がそれを欲しがって、きゅうっと力が入った。
「ゆっくり浅くこするのが好きですか? それとも激しく突いて欲しいですか? 涙と羞恥でグチャグチャになったあなたの顔はどんなに素敵でしょう……」
「……あ……はぁ……」
言葉だけでいやらしく欲情してしまって、ぶるぶるっと僕の体が震えた。
「ふふ、まだ触ってもいないのに」
エディが色っぽい目線を下の方へ流す。つられて下を見ると、僕の聖衣の前の部分が少し濡れてしまっていた。エディに触れてもらえるという期待だけで先走りが溢れ、聖衣を汚してしまったのだ。
「あ、や」
手で隠そうとすると、エディが僕の手首をつかんでぐいと上に向けてしまう。
「ダメ、見ないで……」
「そういえばこのところ儀式の準備に忙しくて、ほとんどしていませんでしたものね。溜まっていたのですか」
「あの……僕、僕は……」
顔も体も全部が熱い。
エディがぺろりと僕の耳を舐めた。
「ひゃ」
「『聖女』様」
その色っぽい声だけでゾクゾクゾクッと快感が走る。
「『聖女』様、この『従者』めに命じてください。何をして欲しいのですか。私はあなたの望む通りに、どんなことでもして差し上げます」
「あ……触って……触ってください……!」
恥ずかしくてたまらないのに、我慢できなくなって僕はエディにねだった。
「触って欲しいのですか」
「はい」
「どこを触って欲しいのですか」
「あ、ここ、を……」
「ここを? どのように?」
「いっぱい、いっぱい触ってください……」
「いっぱい……? このようにでしょうか……?」
エディの手が、服の上から僕のものをやわやわと撫でてくる。気持ちいいけど、それだけだとまったく足りなかった。
「あ、あ……お願いです……もっと、して……!」
「もっと?」
「エディ、エディ、お願い……! 直に触って……」
「直に? それから?」
「つながりたい、です……」
「それから?」
「それから……それから、お願いエディ……僕をグチャグチャにしてください……!」
両手でエディにしがみついて懇願する。
きれいな唇が、二―ッと嬉しそうに微笑んだ。
「かわいいヨースケ。ああ……私ももういい加減限界が来そうです。ここで押し倒してしまいたいところですが、せめてベッドに行きましょうか? そこまで我慢できますか?」
僕はうまく声が出せなくて、こくこくと必死にうなずいた。
エディが僕を抱っこしようとして、ふと手を止める。そして、思いっきり苦い顔をした。
「エディ?」
疼いて火照る体を持て余して、エディを見上げる。
「ああ、まったく! ……あの人は本当に……」
苛立った声を出して、エディがドアを睨んだ。
「え……あの……?」
「勇者殿が近付いてきます」
「え……!」
エディは大きな魔力を感知することが出来るので、レオが近付くと分かると言っていた。
もう完全にその気になっていた僕は、顔も体も熱くなって収まりがつかない。
「全室貸し切りにしているから、無遠慮に入ってきますね。そろそろそのドアの前に来ますよ」
「そんな……ど、どうしよう」
ざくざくと足音が聞こえてくる。
蒼ざめてエディを見上げる。
エディはクスッと笑った。
「まだ何もしていないのに、聖衣に沁みが出来ていますものね」
「うぅっ」
「ヨースケ、こちらへ」
エディは僕を抱き寄せ、自分の胸に顔を押し付けさせるようにそっと後頭部を押さえた。
「そのまま顔を隠していてくださいね」
耳元で囁き声がした途端、ドアがノックされた。
「おーい、入っていいかぁ?」
ギクリとこわばる僕を抱きしめて、エディが冷静な声で答える。
「申し訳ありません。聖女様はお疲れですので、ご遠慮願いますか」
「はぁ? 聖女様だぁ?」
「はい、聖女様です」
「さっそく従者気取りかよ。いいから陽介に会わせろって。今日はかなり大変だっただろ? 俺だって労ってやりたいんだ」
エディはため息を吐きつつ、片手で僕を抱いたまま、もう片手でカチャリと鍵を開けた。
間髪を入れずにドアが開けられる音が聞こえた。
―― レオに見られる。
僕はエディの体に抱きついたままでぎゅっと目を閉じた。
「は……? お前ら何をやってんだ?」
真後ろからレオの声が刺さって来る。
僕は恥ずかしすぎて声も出せないのに、エディは平然と状況を説明した。
「何をと言われても……愛しい人を抱きしめているだけですが」
「客が来ているのに?」
「そうですね。聖女様は、今、ちょっと人には見せられないお顔をしておりますので」
「見せられないって、お前」
「見せられないんです、あまりにもかわいすぎて」
くすくすとエディが笑う。
後ろから、レオの呆れたような溜息が聞こえて来た。
「おいエドゥアール、気付いているか? 陽介は今日、化粧をしていたんだが」
「ええ、もちろん、存じておりますよ」
「お前の唇にしっかり口紅が移っているぞ」
「ああ、そうですね。キスしましたので」
「しれっと言いやがる。到着したのはついさっきだぞ。どんだけサカってるんだ」
僕はギクッとしてしまった。
到着早々に盛ってしまって、恥ずかしい状態になっているのは僕の方だ。
エディの手がそんな僕の頭をぽふぽふと撫でた。
「それはもう仕方がありません。聖女になったヨースケがあまりにもかわいすぎるのです」
ほんの少し、沈黙が降りた。
そしてレオが諦めたように声を出す。
「まぁ……気持ちは分からなくはないが」
「分かるなら気を使ってください」
はぁーっと大きな溜息が聞こえる。
「お前な。……まぁいい。今日頑張ったご褒美に、ラウルからの差し入れを持ってきたんだ。ここに置いておく」
「ありがとうございます」
「陽介に無理させんじゃねぇぞ」
「どうでしょう。それは聖女様次第ですね」
「はぁ?」
「私はあくまでも聖女様の従者ですので、聖女様の望むことは何でもして差し上げるつもりですから」
「ふん、悪い顔しやがって」
「なんとでも」
エディが不敵に笑い、レオがまた大きく三度目の溜息を吐く。
「んじゃ、邪魔者は退散するか。陽介、この宿にはラウルを連れて来ているから、滞在中はいつでも俺達の部屋に来いよ。あいつ、陽介の食べたいもの何でも作ってやるって張り切ってるからさ」
「……は、はい」
エディにしがみついたまま、僕は小さく返事をした。
「いつでも行って良いのですか? 夜でも?」
エディが不思議そうに聞き返した。
「ああ、かまわないぞ」
「でも、あの犯罪奴隷……いえ、専属料理人と過ごす大切な時間なのでは?」
「ラウルだって陽介を気に入ってるんだ。大勢でわいわいした方が楽しいだろ?」
「はぁ……なるほど。あなたはそう思っているわけですね」
「何だよ。含みのある言い方だな」
「いえ、あなたも案外鈍感な男だなと思っただけです」
「はぁ? 意味が分からん」
僕もあんまり意味が分からない。
というか、今はいつにもまして頭が働かない。
甘い行為が中断されてしまったせいで、その事ばかりを考えてしまう。
「意味は専属料理人と一緒に考えてみて下さい。他人がとやかくいうことではありませんので」
「んー? おう、なんかよく分からんけど、分かった」
「では、帰っていただけますか。お見送りは出来ませんが」
「へぇへぇ。さっさと帰らせていただきますよ」
不満そうに言いながらレオが出た途端に、エディがバタンと扉を閉めてガチャリと鍵をかけた。
「あ! 失礼な奴だな。ったく、勇者様が来てやったっていうのに……」
レオが文句を言いながら足音を立てて遠ざかっていく。
「どっちが失礼なんだか……デリカシーの無い男です」
「えでぃぃ……」
やっと二人きりになったことが分かると、僕はずるずると崩れて泣くような声を出してしまった。
「ああ、ヨースケ。かわいそうなくらいに仕上がった顔をしていますね」
「う……う……」
「おいで、ヨースケ。焦らされた分、たっぷりとかわいがってあげます」
「はぅ……」
そんなことを言われてしまったら、それだけで急激に体温が上がってしまう。
目が回りそうなくらいに発情して、もう立ち上がることも出来ない。
くたっと力の入らない僕を軽々と抱き上げると、エディはウキウキした顔でベッドルームへと走り出した。
『勇者』は神託によって決まるものなので、神託があった時点で世界教会の一員になる。だから、生まれた国に縛られること無く自由に各国を行き来することが出来た。
けれど、その妻や恋人はどこかの国の国民なので、勝手に国を出ることは許されない。『聖女』という称号は、勇者を心身ともに支える女性が、いつでも勇者と共に各国を回れるようにと便宜上作られたものだった。
『聖女』になった者は世界教会から全面的な後ろ盾を得られる。歴代の勇者はこの称号を自分のパートナーに授けてもらい、二人三脚で『勇者』の役目を全うしてきた。
でも、レオの前の代の勇者はある国のお姫様と結婚し、彼女は国や王家を離れることを望まなかったので『聖女』の称号は使わなかった。
レオの前の前の代の勇者はやたらモテる男の人で、各国にそれぞれ恋人がいたので、やはり『聖女』の称号は必要としなかった。
レオも王都にいた頃は来るもの拒まずと言った感じで特定の相手を作らなかったので、『聖女』の称号を使うつもりは無かったという。
三代にわたって使われていなかった『聖女』の称号に、最初に目を付けたのはエディだった。ハデスガーデンにおいて僕が聖女に間違われたこと、そしてこれからの僕には相応の立場が必要だということを鑑みて、教皇様に進言したらしい。
そして教皇様は、勇者の恋人でもなく女性ですらない僕に『聖女』の称号を授けるため、前例のない派手な舞台を用意してくれたのだった。
神殿を沈めてしまった水は澄み切っていて、上空の虹を映して輝いていた。身を乗り出して下を覗くと、神殿の複雑な柱や彫刻がよく見える。ゆらめく水紋を通して見ることによって、階段神殿はよりいっそう神秘さを増したようだった。
三対六枚の翼を消して、僕は教皇様を振り仰ぐ。
祭壇の一番上で、教皇様は威厳のある微笑みを浮かべていた。
教皇様と『聖女』があいさつを交わせば、この儀式は終了する。
僕はそちらへと少し進んで、すぐに足を止めた。
僕が教皇様のもとへ行くには、直線のルート上にふたつの障害があった。妖精の羽で出来た大きな板と、ずらりと並んで座っている教会のお偉いさん達だ。
僕はそれらの障害を迂回してはならないと教皇様に言われている。
なぜなら、僕は『聖女』だからだ。
うーん……ちょっと遠回りするくらいもダメなのかぁ……。
ほんの数メートル横にずれて歩けばいいだけなのだけど、そうするとせっかくジュリアンが作り上げてくれた厳かな雰囲気が壊れてしまう。聖女だ、奇跡だ、と盛り上がっている空気に水を差してしまうことになる。
僕は困った顔をしないように気を付けながら、そっと周囲を見渡した。
若い聖職者が横に整列しているのが見えた。鎮静の儀式に参加した14人と、儀式の前に四方から階段を降りて消えてしまったはずの4人の総勢18名だ。みんな少し疲れた顔をしているけれど、大きなケガをした人はいないみたいだった。
「良かった……みんな無事で」
小さく呟き、ほっとして微笑みかける。
すると、ビリッと電撃を受けたみたいに彼らが飛び上がった。慌てたようにバタバタと全員が走り出し僕の前まで駆け寄ってくる。
「え」
びっくりしたけれど、それを顔に出さないようにして見ていると、大勢の若者は台に設置してある透明な板に手を伸ばした。いくつもの手が触れたところからまた徐々に白く濁り始めるのが見えた。彼らはそれにかまわず、板を台からはずして持って行こうとする。
「あ……」
「ヨースケ」
濁っていく板につい手を伸ばしたくなった僕に、背後からエディが声をかける。
僕はすっと手を引っ込めて、こっそり息を吐いた。
妖精の羽で出来た大きな板は片付けられ、若い聖職者がまたバタバタと駆けて戻って来る。
僕はありがとうという気持ちを込めて彼らに笑いかけ、それから前を向いた。
ひとつめの障害は取り除かれたので、さも当然といった顔で祭壇へ足を進める。
けれど、教皇様の下の段にずらりと並ぶ14人の枢機卿の前で、僕はまた足を止めた。
教皇様が言うには、僕の方から「どいてください」と頼んではいけないということだった。あくまでも、相手が自発的に『聖女』様に道を開けるということが重要らしい。
うーん、でも、そう簡単によけてくれるかなぁ?
僕を見下ろす気難しそうなおじいちゃんたち。
黙って微笑むキラキラ三割り増しの僕。
我慢比べになるのは、覚悟していた。
儀式が始まった時からずっと不自然に微笑み続けていたから、もう頬のあたりが痙攣しそうなんだけど、それでも必死に微笑みを貼り付けていた。
「セレスティーヌ」
14人いる枢機卿の中で端っこの方に座っているエルフが誰かの名前を呼んだ。
「は、はい!」
大きく返事をして、横に整列していた若い聖職者の中からひとりの女の子が前に出て来た。一瞬、どこを通るか迷ったみたいだけれど、僕がいる真ん中を避けて横の方から遠回りして登って行く。
「椅子を」
女の子を呼んだ枢機卿が立ち上がって指示を出すと、女の子は途惑ったように返事をして椅子を持ち上げた。
周囲のおじいちゃんたちがハッとしたように顔を見合わせて、同じように自分の弟子を呼んだ。次々に若い聖職者達が登って行って、ガタガタと椅子を動かしていく。
おじいちゃんたちが左右にずれて、あっという間に僕の前に道が出来上がった。
若い聖職者達はまた横の方から迂回して下へ降りると、元の通りにずらりと整列した。
持久戦覚悟だった僕はちょっと拍子抜けしながら、それでも貼り付けた笑顔はそのままにおじいちゃんたちの間を通って上に登っていく。
「ヨースケ、こちらへ」
教皇様がにこやかに自分の横を手で示す。
僕はうなずいて、祭壇の一番高いところに上がって教皇様と向き合った。
しん、と会場が静まり返る。
その場の視線がすべて、僕と教皇様に集中するのが分かった。
教皇様は一歩僕の方へ進み出ると、右足を少し後ろに引いて右手を左肩に置き、左手を右肩に置いて、ほんの少し膝を曲げてから伸ばした。
おぉ……とかすかに周囲がざわめく。
聖女になった証としてメダルや冠がもらえるわけではない。けれど、これは一生に一度の栄誉だった。
教皇様は、相手がどこの国の王族でも、まず相手の挨拶を受けてからそれに返すという形を取る。
例外は、自分が神託を下した『勇者』との初体面の時一回だけ。
教皇様が僕に対して先に挨拶をしてみせたのは、『聖女』である僕が『勇者』に準ずる立場であると内外にはっきりと示すためだ。
僕は教皇様に微笑み返し、右足を少し後ろに引くと、右手を左肩に置き、左手を右肩に置き、ほんの少し膝を曲げてから伸ばした。今日のために何度も練習してきたので、我ながら優雅に挨拶できたと思う。
ほぉ……とおじいちゃんのひとりが感心するように息を吐き、一瞬の間を置いて、わぁっと全員から拍手が巻き起こった。
成功? 成功だよね?
僕が教皇様を見ると、優しくうなずいて体を正面に戻したので、僕もそれにならって体を正面に向けた。
そして、さっきまですぐ後ろにいたはずのエディの姿が見えないことに気付いた。
あれ?と思ったけど、大きな声で呼ぶことは出来ない。
え、なんで? どこ?
僕は内心で焦りながら、エディの黒いローブ姿を目で探した。
レオは、ちゃんとすぐそばにいる。教皇様を挟んで反対側に立っていて、僕に向かってウインクをして、大きく拍手をしてくれている。
『ねぇ、エディはどこ?』
レオに目で問いかけると、赤茶の瞳がちらっと下に動いた。
え? 下? 下のどこに?
僕らのすぐ下の段では、教会のお偉いさん達が席を立ってこちらを見上げながら拍手していた。
一番下の段では、そのお弟子さん達が両膝をついた状態で拍手している。
水没した階段神殿の向こう側では、各国の貴人達が天蓋のついた席から出て拍手していた。
立っている場所の高さが、身分の上下を表しているのだと気付く。
一番上に教皇様、その横に『勇者』のレオと『聖女』の僕、その下に14人の枢機卿、枢機卿より少し下に各国の王族、そしてその下に役職の無い聖職者達……。この世界の教会の権威がどれほど高いのかが見て取れる。
エディは……エディはどこ……?
じっと目を凝らして、僕はドキリとした。
――――いた。
エディは、若い聖職者達の後ろで隠れるように身を低くしている。
みんな教皇様の方を向いているのに、エディだけが長い髪をたらして顔を伏せていた。
「エディ……」
僕は途惑って教皇様とレオを見た。
「あの、どうしてエディは……」
「見たままなのよ」
「え」
「この中では、あの子の身分が一番低いの」
「えっと、でも」
エディはシルヴェストルの領主である男爵様の子供なのに?
僕の疑問を分かったように教皇様は小さく笑って、囁くように説明してくれた。
「かの国において爵位を持っているのはエドゥアールの父親でしょう? あの子自身は何の地位も持っていない」
「え、で、でも」
エディは元『大魔導士』だったのに?
また心を読んだみたいに教皇様はクスッと笑った。
「ヨースケ、ここはエルフの国よ。かの国の王がかつてエドゥアールに授けた『大魔導士』という称号は、かの国の中でしか通用しないものだわ。世界教会の認定した『勇者』や『聖女』と違って、それは他の国に認められた称号じゃないの。それに、今はその『大魔導士』ですらないのでしょう?」
『勇者』であるレオがいつも対等に接していたから、対等な称号なのかと思い込んでいた。でも、フィルの『大剣士』やエディの『大魔導士』というのは国際的には通用しない称号だったのか……。
僕は何を言えばいいか分からなくなってしまって、顔を伏せているエディを見下ろした。
なんだか、すごく遠い……。
急に心細くなって、ぎゅっと手を握り込む。
「ヨースケは、エドゥアールにそばにいて欲しい?」
教皇様が、なぜかニコニコしながら僕に聞いてきた。
「は、はい。もちろんです」
「そう? エドゥアールの世話にならなくても、世界教会があなたに豊かな暮らしを保証するわよ。美しい『聖女』様のおかげで、これからますます献金も増えるでしょうし」
僕がどんなにエディを好きなのか分かっているくせに、教皇様はいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべて目を覗き込んでくる。
教皇様のしたいことが分からなくて、僕は途惑いながらも必死で答えた。
「僕は、誰よりも何よりもエディがいいです。エディと一緒にいたいです」
「ふふふ、そう……。ではしょうがないわねぇ」
教皇様が軽く手を上げた。
拍手していた人達がぱっと静かになる。
「エドゥアール、特別に許可します。こちらへ」
教皇様が片手を前へ差し出す。
「はい」
エディは顔を伏せたまま立ち上がり、下を向いたままで階段を登って来る。まるで恥ずかしがっているかのように見えた。
教皇様の前まで来たエディは教会式の挨拶をしたけれど、教皇様は微笑んでうなずいただけで挨拶を返さない。エディはその場ですぐに膝を折って身を低くした。
これが作法通りなんだろうけれど、さっきからずっとエディの顔を見ることが出来なくて、僕は不安だった。
「エドゥアール・シルヴェストル」
「はい」
「『聖女』ヨースケの特別な力を見いだし、これまで大切に養育してきたことは、教会への貢献、ひいては神への貢献といえるでしょう」
「……ありがとうございます」
「まだ幼い『聖女』には、これからも支えとなる者が必要です。『聖女』の健やかなる成長のため、その心と体の安寧を守るために、身を捧げる覚悟はありますか」
エディはさらに深く頭を下げた。
「この命に換えましても、必ずお守り申し上げます」
教皇様はゆっくりとうなずくと、僕にちょっと微笑みかけてからまたエディを見下ろした。
「教皇の名において、エドゥアール・シルヴェストルを正式に『聖女』ヨースケの従者に任じます」
「は、身命を賭して『聖女』様にお仕えいたします」
え、従者?
え、仕える?
え、なに、どうゆうこと?
僕がびっくりしている間に、エディはすっと立ち上がり、僕の真後ろへ歩いて来てまた跪いた。
「エディ、どう……」
「三つの約束」
エディの方を振り返ろうとした僕に、小さく教皇様が言った。
僕はハッとして前を向いた。
ひとつ、大きな声で話さないこと。
ふたつ、声を出して笑わないこと。
みっつ、オドオドした態度をとらないこと。
ここで僕がうろたえた姿をさらすと、やっとの思いで作り上げたイメージが崩れ去ってしまう。
僕はギギギッと音がしそうなほど力を入れて背筋を伸ばし、また品のある微笑みを顔に貼り付けた。
教皇様が凛とした声を風魔法で会場中に響かせる。
「この地はかつて、小さき神を祀った神殿でした。何の力も無い名前だけの神でしたが、長い時間を経て今まさに人々に災厄をもたらす偽神へと変貌しようとするところでした。ですが、今日ここに、大いなる神の祝福を受けた『聖女』の祈りにより、清らかなる水の精霊が現れ出でて、人心を惑わす偽神をその清らかなる水の底へと沈めたのです。すべて、聖女の導きによるものです」
まるでここにいた悪いものを僕が退治したみたいな説明だ。
歓声が上がり、口々に聖女を褒め称える声が聞こえてきて、僕はムズムズとしてしまった。
教皇様は、さらに堂々と声を張り上げる。
「教皇の名において、ここに宣言します。この清らかなる水は、大いなる神の祝福により、千年先まで枯れることはないでしょう!」
わぁっと歓声が沸き上がる。
エルフの国王と王妃が嬉しそうに手を取り合うのが見えた。
千年先とかって、どこから出た数字なんだろ?
というか、拍手と歓声がいつまでも鳴りやまないんだけど……。
魔力も体力も知力も無いのに主役になってしまった僕と、興奮度MAXの観衆の温度差がひどい。僕は人生で一番の精神力を発揮して、『聖女』の微笑みを顔に貼り付け続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おうちに帰るまでが遠足です。
小学生の時に聞いた先生の言葉を、なぜか今思い出す。
宿の部屋に帰りつくまでが鎮静の儀式です……みたいな。
観光地になっている階段神殿の近くには宿泊施設がいくつもあるけれど、その中でも一番の高級宿をレオが貸し切ってくれていた。
各国の王族や教皇様達は、それぞれに豪華な馬車に乗り込むと、まるで大名行列みたいに隊列を組んで近くの城へ向かって行く。エルフの国王の主催する晩餐会に出席するためということだった。
僕らも招待を受けたけれど、さすがに貴人に混じって食事をすれば化けの皮がはがれてしまう。だから丁重に辞退して、逃げるようにまっすぐ宿へと馬車を走らせた。
どこから誰に見られているかも分からないので、宿に着いても気を抜くことは出来なかった。門をくぐって敷地内に入り、魔石を使ったいくつもの噴水とそれらをつなぐ水路を小舟で渡って、コテージのように一棟ずつ独立した客室に案内される。
部屋までの道のりにも階段神殿をイメージしたような彫刻が配されていて、東南アジアのリゾートみたいな雰囲気が素敵だった。いつもの僕なら声を上げて駆け出して、あちこち見て回ったと思う。
でも、僕は世界教会に認められた『聖女』だ。人の目がある前では『聖女』として振る舞うことが求められる。
背筋を伸ばした美しい姿勢と品のある微笑みを必死に維持しながら、緊張している様子の若い案内人の後に続いて、僕はゆったりと歩き続けた。
本当に、限界ぎりぎりだったんだと思う。
両開きの大きな扉が閉められ、案内人の足音がざくざくと遠ざかっていく。エディがガチャリと鍵を閉めるのを見た途端に、僕の体はかくりと力を失った。
「ヨースケ!」
よろける僕を、エディがとっさに抱きとめてくれる。力強い腕に身を預けると、いつもの優しい香りがふわりと僕を包んだ。
「エディ……」
名前を呼んだ途端、いきなりポロリと涙が零れてきた。
「あ、あれ……?」
慌てて指先で拭いても、ポロリポロリと涙が止まってくれない。
「えっと、なんだろ……悲しくも何ともないのに涙が……」
エディは息を呑んだように僕を見た。
「エディ、あの」
「緊張の糸が切れたんです。それだけ気を張りつめていたんでしょう」
温かい手で僕の頬を撫でると、包み込むようにふわりと抱きしめてくれる。そして、気持ちのこもったねぎらいの言葉を僕にかけてくれた。
「ヨースケ、頑張りましたね……本当に良く頑張りました」
優しく言われて嗚咽が漏れそうになってしまい、口を押さえてぐっと我慢する。
「ふ……うっ……」
エディが安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です、ヨースケ。もう泣きたいだけ泣いていいのですよ。誰も見ていませんから」
「ほん、と……?」
「ええ、本当です。私とあなたの二人きりです」
「う、ううっ、うぅー……」
僕はみっともないくらいに顔を歪め、堰を切ったように大泣きしてしまった。
エディの手があやすようにポンポンと背中を叩いてくれる。
「立派でしたよ。あなたは本当に聖女そのものでした」
「う、うぁ……」
悲しくなくても、つらくなくても、ただ安心しただけで大泣きしてしまうこともあるのだと僕は今日、身を持って知った。
エディにしがみついて、子供みたいに泣きじゃくる。抱きしめてくれる体温が全身に沁み込んできて、さらにボロボロと涙が溢れて来る。
「疲れたでしょう? ベッドで少し眠りますか」
僕はふるふると首を振った。
「エディ……」
「はい」
「顔、見せて下さ……」
しゃくりあげながら、両手を伸ばしてエディの頬をつかむ。
いつも通りのきれいな顔立ちに慈しむような表情が浮かんでいて、僕は心底ほっとしてまたポロポロ涙を零した。
「う……うう……エディ、どうしてずっと顔を伏せていたんですか。元奴隷の僕なんかの従者になってしまったから、もしかして嫌だったのですか……?」
エディの黒い瞳がびっくりしたみたいに見開く。
「何を言うのです。嫌なわけがないでしょう」
「だって……だって、儀式の間ずっとエディが恥ずかしそうに顔を伏せていたから」
きれいな指で僕の涙を拭いながら、エディはクスッと小さく笑った。
「なぜ恥ずかしいのですか。従者になるのは私の計画通りだったのに」
「けい、かく……?」
小さくしゃくりあげて、僕はエディをキョトンと見上げた。
「はい。『従者』というのは、『聖女』になるヨースケのそばから片時も離れないための大義名分です。教会から正式に任命されれば、ヨースケがどこへ行くにもついて行けますから」
「じ、じゃぁ、どうして顔を」
「それはまぁ、神殿の上に現れた精霊と私の顔があまりにもそっくりでしたからねぇ……」
「――あ」
そうだった。双子の天使みたいに現れた水の精霊と光の精霊は、僕の好みが思いっきり反映されてしまって、エディの顔になったんだった……。
「衆人環視の中でこの顔をさらすと、さすがに不審に思われないかと危惧しただけです」
「そうだったんですか……」
「はい、ただそれだけのことです」
「でも……本当にいいんでしょうか。エディみたいな立派な人が僕なんかの従者にな……んむっ」
言いかけた僕の口をふさぐようにして、エディが唇を重ねて来た。僕の腰をぐっとつかんで、もう片手で僕の後頭部を押さえ付けて、深く、深く、口付けてくる。
柔らかな唇の感触、からまってくる舌の温度、吸われて痺れる快感。
「ふぁ……あ……」
キスだけで腰がくだけて、僕はエディに寄り掛かってトロンとしてしまった。
「ふふ、後ろ向きなことばかり考えるのは、ヨースケの癖みたいなものですね。私が命懸けで愛している人を『僕なんか』などと言わないで欲しいものですけど」
「あ……ごめ……なさ……んんっ」
エディは力の抜けた僕の体を強く抱き寄せて、また唇を合わせてくる。
僕への想いの強さを伝えるように、そのキスは情熱的で、執拗で、それなのにすごく優しくて、頭の奥がじんじんと痺れていく。
「は……あ……エディ……」
すごく疲れていたはずなのに、僕の体はキスだけで甘く疼き始めてしまった。
「ふふ、物欲しそうな顔をして……」
エディが嬉しそうに囁く。
「ここに鏡があったら、そのはしたなくてかわいい顔を見せてあげるのに」
「あ……はずかし……」
つい顔をそらすと、エディは興奮したように僕の耳や首にちゅ、ちゅ、と何度もキスをしてきた。そのたびに、ぴくんぴくんと体が反応してしまう。
「はっ……あぁ……」
「ああ、たまらないですね……」
色っぽい声が耳元で囁く。
「……え……?」
「ねぇ、ヨースケ。考えてみてください。絶対不可侵な『聖女』様を、私だけが汚すことが出来る。これに興奮しない男がいると思いますか」
「あ……そんな……」
色気のある瞳に射られて、ずくんと腰が熱くなってしまう。エディは目ざとくそれに気付いて、ニッと笑った。
「おや……? 聖女様、神聖なる聖衣の下でかわいいものが元気になっていますね」
「……やだ……そんな、言い方……」
エディは僕の腰から太ももに手を這わせて来る。中心には触れずに、周りを揉むように指を動かしてくるから、もどかしくて勝手に腰が動いてしまう。
「いやらしい腰つきですね」
「だって……」
「ねぇ、聖女様。このきれいな聖衣の裾をまくり上げて下着の中に指を差し入れ、その熱くなっているものを優しくまさぐって欲しくは無いですか……」
「……や、あ……」
想像しただけでゾクゾクと背筋に快感が走る。
エディの手が今度はお尻をグイッとつかんできた。
「んっ」
「とろけるくらいにたっぷりと体全体を愛撫したら、後ろの小さな蕾に私の熱いものを一番奥までねじ込んであげましょうね」
「ん、んん……」
指が後ろの入り口のあたりをなぞっていく。
体がそれを欲しがって、きゅうっと力が入った。
「ゆっくり浅くこするのが好きですか? それとも激しく突いて欲しいですか? 涙と羞恥でグチャグチャになったあなたの顔はどんなに素敵でしょう……」
「……あ……はぁ……」
言葉だけでいやらしく欲情してしまって、ぶるぶるっと僕の体が震えた。
「ふふ、まだ触ってもいないのに」
エディが色っぽい目線を下の方へ流す。つられて下を見ると、僕の聖衣の前の部分が少し濡れてしまっていた。エディに触れてもらえるという期待だけで先走りが溢れ、聖衣を汚してしまったのだ。
「あ、や」
手で隠そうとすると、エディが僕の手首をつかんでぐいと上に向けてしまう。
「ダメ、見ないで……」
「そういえばこのところ儀式の準備に忙しくて、ほとんどしていませんでしたものね。溜まっていたのですか」
「あの……僕、僕は……」
顔も体も全部が熱い。
エディがぺろりと僕の耳を舐めた。
「ひゃ」
「『聖女』様」
その色っぽい声だけでゾクゾクゾクッと快感が走る。
「『聖女』様、この『従者』めに命じてください。何をして欲しいのですか。私はあなたの望む通りに、どんなことでもして差し上げます」
「あ……触って……触ってください……!」
恥ずかしくてたまらないのに、我慢できなくなって僕はエディにねだった。
「触って欲しいのですか」
「はい」
「どこを触って欲しいのですか」
「あ、ここ、を……」
「ここを? どのように?」
「いっぱい、いっぱい触ってください……」
「いっぱい……? このようにでしょうか……?」
エディの手が、服の上から僕のものをやわやわと撫でてくる。気持ちいいけど、それだけだとまったく足りなかった。
「あ、あ……お願いです……もっと、して……!」
「もっと?」
「エディ、エディ、お願い……! 直に触って……」
「直に? それから?」
「つながりたい、です……」
「それから?」
「それから……それから、お願いエディ……僕をグチャグチャにしてください……!」
両手でエディにしがみついて懇願する。
きれいな唇が、二―ッと嬉しそうに微笑んだ。
「かわいいヨースケ。ああ……私ももういい加減限界が来そうです。ここで押し倒してしまいたいところですが、せめてベッドに行きましょうか? そこまで我慢できますか?」
僕はうまく声が出せなくて、こくこくと必死にうなずいた。
エディが僕を抱っこしようとして、ふと手を止める。そして、思いっきり苦い顔をした。
「エディ?」
疼いて火照る体を持て余して、エディを見上げる。
「ああ、まったく! ……あの人は本当に……」
苛立った声を出して、エディがドアを睨んだ。
「え……あの……?」
「勇者殿が近付いてきます」
「え……!」
エディは大きな魔力を感知することが出来るので、レオが近付くと分かると言っていた。
もう完全にその気になっていた僕は、顔も体も熱くなって収まりがつかない。
「全室貸し切りにしているから、無遠慮に入ってきますね。そろそろそのドアの前に来ますよ」
「そんな……ど、どうしよう」
ざくざくと足音が聞こえてくる。
蒼ざめてエディを見上げる。
エディはクスッと笑った。
「まだ何もしていないのに、聖衣に沁みが出来ていますものね」
「うぅっ」
「ヨースケ、こちらへ」
エディは僕を抱き寄せ、自分の胸に顔を押し付けさせるようにそっと後頭部を押さえた。
「そのまま顔を隠していてくださいね」
耳元で囁き声がした途端、ドアがノックされた。
「おーい、入っていいかぁ?」
ギクリとこわばる僕を抱きしめて、エディが冷静な声で答える。
「申し訳ありません。聖女様はお疲れですので、ご遠慮願いますか」
「はぁ? 聖女様だぁ?」
「はい、聖女様です」
「さっそく従者気取りかよ。いいから陽介に会わせろって。今日はかなり大変だっただろ? 俺だって労ってやりたいんだ」
エディはため息を吐きつつ、片手で僕を抱いたまま、もう片手でカチャリと鍵を開けた。
間髪を入れずにドアが開けられる音が聞こえた。
―― レオに見られる。
僕はエディの体に抱きついたままでぎゅっと目を閉じた。
「は……? お前ら何をやってんだ?」
真後ろからレオの声が刺さって来る。
僕は恥ずかしすぎて声も出せないのに、エディは平然と状況を説明した。
「何をと言われても……愛しい人を抱きしめているだけですが」
「客が来ているのに?」
「そうですね。聖女様は、今、ちょっと人には見せられないお顔をしておりますので」
「見せられないって、お前」
「見せられないんです、あまりにもかわいすぎて」
くすくすとエディが笑う。
後ろから、レオの呆れたような溜息が聞こえて来た。
「おいエドゥアール、気付いているか? 陽介は今日、化粧をしていたんだが」
「ええ、もちろん、存じておりますよ」
「お前の唇にしっかり口紅が移っているぞ」
「ああ、そうですね。キスしましたので」
「しれっと言いやがる。到着したのはついさっきだぞ。どんだけサカってるんだ」
僕はギクッとしてしまった。
到着早々に盛ってしまって、恥ずかしい状態になっているのは僕の方だ。
エディの手がそんな僕の頭をぽふぽふと撫でた。
「それはもう仕方がありません。聖女になったヨースケがあまりにもかわいすぎるのです」
ほんの少し、沈黙が降りた。
そしてレオが諦めたように声を出す。
「まぁ……気持ちは分からなくはないが」
「分かるなら気を使ってください」
はぁーっと大きな溜息が聞こえる。
「お前な。……まぁいい。今日頑張ったご褒美に、ラウルからの差し入れを持ってきたんだ。ここに置いておく」
「ありがとうございます」
「陽介に無理させんじゃねぇぞ」
「どうでしょう。それは聖女様次第ですね」
「はぁ?」
「私はあくまでも聖女様の従者ですので、聖女様の望むことは何でもして差し上げるつもりですから」
「ふん、悪い顔しやがって」
「なんとでも」
エディが不敵に笑い、レオがまた大きく三度目の溜息を吐く。
「んじゃ、邪魔者は退散するか。陽介、この宿にはラウルを連れて来ているから、滞在中はいつでも俺達の部屋に来いよ。あいつ、陽介の食べたいもの何でも作ってやるって張り切ってるからさ」
「……は、はい」
エディにしがみついたまま、僕は小さく返事をした。
「いつでも行って良いのですか? 夜でも?」
エディが不思議そうに聞き返した。
「ああ、かまわないぞ」
「でも、あの犯罪奴隷……いえ、専属料理人と過ごす大切な時間なのでは?」
「ラウルだって陽介を気に入ってるんだ。大勢でわいわいした方が楽しいだろ?」
「はぁ……なるほど。あなたはそう思っているわけですね」
「何だよ。含みのある言い方だな」
「いえ、あなたも案外鈍感な男だなと思っただけです」
「はぁ? 意味が分からん」
僕もあんまり意味が分からない。
というか、今はいつにもまして頭が働かない。
甘い行為が中断されてしまったせいで、その事ばかりを考えてしまう。
「意味は専属料理人と一緒に考えてみて下さい。他人がとやかくいうことではありませんので」
「んー? おう、なんかよく分からんけど、分かった」
「では、帰っていただけますか。お見送りは出来ませんが」
「へぇへぇ。さっさと帰らせていただきますよ」
不満そうに言いながらレオが出た途端に、エディがバタンと扉を閉めてガチャリと鍵をかけた。
「あ! 失礼な奴だな。ったく、勇者様が来てやったっていうのに……」
レオが文句を言いながら足音を立てて遠ざかっていく。
「どっちが失礼なんだか……デリカシーの無い男です」
「えでぃぃ……」
やっと二人きりになったことが分かると、僕はずるずると崩れて泣くような声を出してしまった。
「ああ、ヨースケ。かわいそうなくらいに仕上がった顔をしていますね」
「う……う……」
「おいで、ヨースケ。焦らされた分、たっぷりとかわいがってあげます」
「はぅ……」
そんなことを言われてしまったら、それだけで急激に体温が上がってしまう。
目が回りそうなくらいに発情して、もう立ち上がることも出来ない。
くたっと力の入らない僕を軽々と抱き上げると、エディはウキウキした顔でベッドルームへと走り出した。
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知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
魔王に転生したら、イケメンたちから溺愛されてます
トモモト ヨシユキ
BL
気がつくと、なぜか、魔王になっていた俺。
魔王の手下たちと、俺の本体に入っている魔王を取り戻すべく旅立つが・・
なんで、俺の体に入った魔王様が、俺の幼馴染みの勇者とできちゃってるの⁉️
エブリスタにも、掲載しています。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。