異世界で美少年奴隷になっちゃった?!

緋川真望

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おまけの章 聖女の称号

(7) 主従の練習

 僕はちょっと首を傾げた。

「しゅじゅう」
「はい、主従です。あなたは聖女様で私は従者ですから、話し方も態度もそれらしく振る舞わなければなりません」
「それらしく」
「ええ、手始めに浴場にいらっしゃる聖女様を跪いてお出迎えして、入浴のお手伝いをさせていただこうかと……まぁそう思っていたのですけど……」

 エディは少し困ったように笑った。

「ヨースケが全速力で走って来て飛びつかれてしまったので、立ち上がって抱きとめるしかなくなってしまって」

 苦笑しながらそう言うと、エディは抱っこしていた僕の体をすとんと床に降ろした。

 その時になってやっと気付いた。エディは魔導士のローブではなくグレーのシャツに黒いベスト、そして黒いズボンを履いている。布地はいつものローブと同じく大蜘蛛の糸を使っているみたいでしっとりとした艶があるんだけど、その形はスチュアートが着ているものとよく似ていた。

「練習してみてもよろしいですか。この先、人の目があるところでは常に主従の立場でいなければなりませんし……」

 言いながらエディは細い紐で手早く髪を縛り、腰のマジックバッグから片眼鏡モノクルを出してひょいと右目にはめ込んだ。

 とくん、と胸が高鳴る。

「モ、モノクル……」
「はい。これで少しは素顔が隠せるかと思いまして」
「うっ、な、なんか……」
「なんか?」
「なんか、アレかも」
「アレとは?」

 すらりとした長身に上質な使用人服、ひとつ結びの長い黒髪、端正な顔に理知的な片眼鏡モノクル……これに燕尾服テイルコートでも着ていたら完全にアレだ。――容姿端麗で何でも完ぺきにこなすのに実は裏の顔を持っている腹黒ドS執事にしか見えない……!

「ヨースケ? どうしましたか?」
「い、いえ……その、あまりに似合いすぎていて、なんというか……」

 何これ何これ、なんでこんなにドキドキするの?
 うう、やばい、鼻血出そう。
 少年姿のエディを見た時、何だかうっかり変な扉を開きそうになったけれど、これはもっと危ない感じがする。

 僕はコクンとつばを飲み込んでエディに質問してみた。

「あの、これからずっとその恰好なんですか?」
「ええ、どこからどう見ても立派な従者でしょう?」
「えっと、そのモノクルも?」
「精霊と同じ顔であることを隠すにはちょうどいいですから」
「そ、そうですけど」
「けど?」
「なんだか……それを付けた顔を見るだけですごく動悸がして」

 ドキドキする心臓を抑えるように、僕は手のひらで胸を押さえる。
 エディはふっと色っぽく微笑んだ。

片眼鏡モノクル、お好きなんですか?」

 あああああ、どうしよう。
 執事コスみたいなエディがかっこよすぎる。

「はい、はい、好きみたいです、めちゃめちゃ好きみたいです、というか、今初めて自分がそれを好きなことを知りました、ああでもそれは付けているのがエディだからです、ほかの人がどんな格好をしようとこんなにドキドキしたりしません、エディだからです……!」

 主従の練習とかそっちのけで、僕は顔を真っ赤にしてウルウルとした目で見上げてしまう。

 僕の過剰な反応に対して、エディがパチパチと瞬きをした。

「もしかして誘っています? 昼間、気絶するまで抱いて差し上げたのに、あれでは足りませんでしたか」
「え! ち、ちちち違います!」

 僕は大慌てで両手を振った。

「練習、練習ですね! します! 主従の練習、さっそくしましょう!」
「そうですか……? 誘われるのも、それはそれで嬉しかったのですが」

 と、小さく笑ってエディは僕の前に跪いた。

「それではヨースケ、いえ、聖女様とお呼びしますね。それでは聖女様」
「は、はい」
「従者が聖女様を見下ろしてお話するのはおかしいので、こうやって身を低くして話しかけることが多くなると思います。聖女様は、私を見下ろすことに慣れてください」
「はい……」

 エディを見下ろす。
 なんとなく、コクッと喉が鳴る。

「これからは絶対に人前で私に抱きついてはいけません。キスも禁止です。話す時は命令口調です」
「……命令口調……難しいです」
「そのための練習です」
「はい」
「それから、私の呼び方ですが『エディ』というのは周囲に対していささか親密な印象を与えてしまいますので、『エドゥアール』と呼び捨てにした方がいいでしょうね」
「僕がエディを呼び捨て」
「はい、そうしてください」
「僕が、エディを、呼び捨て」
「……どうして二回言うのです?」
「あぁ……どうしよう、なんだかクラクラしてきました」
「聖女様」

 よろめく僕をエディが支えてくれる。

「ご気分が優れませんか? 入浴はやめて寝室へ戻られますか?」

 僕はふるふると首を振った。

「いえ、お風呂に入りたいです」
「それはようございました。勇者レアンドル様より疲れの取れる特別な入浴剤もいただいております。専属料理人の手による甘味などもございますが、どういたしましょうか」

 エディの後ろには大きな籠があって衣類や体を拭く布らしいものが入っている。テーブルの上には壺や食器、コップなども見えている。

「え、えと、お腹は空いていないのでまずはそのままお湯に入ってみたいです」
「かしこまりました」

 エディは僕の前に来て寝間着の紐を解き、肩から脱がせて籠に置いた。そして下着の紐もほどいてするりとそれも脱がせてしまう。

 いつものエディなら僕の服を脱がせた後はキスをしたり体を撫でたりしてくれるのに、従者のエディは無表情に僕の手を取り、東屋あずまやの横についている階段に僕を導いて行く。

「滑りますのでお気をつけて」

 そう言って、服を着たまま一緒に階段を降りようとする。

「あ、あの、エディ」
「エドゥアールと」
「あっ、そっか、え、えどあーる」
「はい、何でしょう、聖女様」
「服、脱がないのですか」
「はい、従者ですので」
「あ、そ、そっか……」

 僕は自分の足を見下ろした。ちゃぷちゃぷと水の表面が指先を撫でるけど、お湯の温度はだいぶぬるめだ。
 エディに支えられながら階段を降りると、お湯の深さは太ももくらいまであった。座ればちょうど肩ぐらいまでお湯につかれそうだし、足ものばせる。というか、あまりにも広すぎて、かえってどこに座ればいいのか迷ってしまう。

「この東屋あずまやの周囲はこのように浅くなっています。もう少し先に行くと一段深くなっていて、聖女様は背が届かなくなるのでご注意くださいね」
「なんだか温水プールみたい」
「誰も見ていませんから泳いでみてもよろしいですよ」
「いえ、僕は泳げないので」
「そうでしたか……差し出たことを申しました」

 そういえば僕が泳げないと知った時、フィルはものすごくびっくりしていたなぁ。

 『従者』のエディはぜんぜん表情を崩さないから、驚いていないのか、それとも驚いているのを隠しているのかよく分からない。

「あの、えどあーるは泳ぎたいと思いますか」
「さぁ、どうでしょう。胸に魔法陣を刻んで以降まったく泳いでいませんので、今もちゃんと泳げるのかどうか分かりませんから」
「あ……じゃぁこういうお風呂とか、温泉にもずっと?」
「ええ、もうずっと温泉には入っておりません」
「そうですか……」

 確かに、出会った頃のエディは、エッチする時もずっと服を着たままだった。

「ついでに言うと、酒を嗜む習慣もありません。酒やギャンブルなど、理性を失いかねないものは禁じられていましたから。私は『名前』を胸に封印する時に、あらゆる面で制約があることは覚悟していましたし、寿命が来るまで守り通せる自信があったのです。けれどまぁ、結局は、恋に理性を失ってしまったのですけどね」

 エディは重い話を笑い話に変えるように、おどけてパチンとウィンクをした。

 少年の頃に『名前』を封じられたエディには、きっと色んな不自由があったんだと思う。封印が消えてやっと自由になったのに、今度は聖女様の従者になってまた不自由の中に身を置こうとしている。

「え、えどあーる」
「はい、何でしょう、聖女様」
「温泉でたっぷりのお湯につかるのは、水魔法で洗うのとは全然違う気持ち良さがあるんです」
「はい、聖女様は入浴を好むと勇者殿に教えられました」
「でも、その聖女サマが滑らないようにってズボンを濡らして支えてくれているエディは、まったく気持ちよさそうではないですよね」
「それは……」

 エディは途惑ったように僕を見返してきた。

「あの……エディ、えどあーる」
「はい」
「わがままを言っても?」
「はい、聖女様。私はあなたの従者ですから」

 僕は両手でエディの手をつかんだ。

「エディ、僕と一緒にお風呂に入りましょう」

 エディは軽く目を見張ったけれど、ふっと笑って僕の手をそっと握り返してきた。

「聖女様。今は主従の練習中ですから、命令口調でお願いします」
「え、えどあーる。服を脱いで、僕と一緒にお風呂に入りなさい」
「はい、聖女様の仰せのままに」

 エディは生真面目な顔に戻ってうなずき、東屋あずまやへの階段を登りながらベストを脱いでふと振り返った。

「聖女様お気に入りの片眼鏡モノクルは外してもよろしいでしょうか」
「も、もちろんです! 湯気で曇っちゃいますよね」
「はい、そうですね」

 モノクルを取っても、使用人の服を脱いでも、エディは取り澄ましたような従者の顔を崩さない。ベスト、シャツ、ズボン、下着を無表情に手際よく脱いでいく。

 脱ぎ方は淡々としているし、服の下にあるのは見慣れたはずの体だ。それなのに、僕はエディの生着替えから視線をはずせなかった。従者の顔をしたエディの白い肌の上には、僕が付けた跡がいくつもいくつも残っていたからだ。

 コク、と喉が鳴る。

「えどあーる……」
「はい」
「こちらへ来て、ぼ、僕を抱っこして……抱っこしなさい」
「はい、かしこまりました」

 僕のキスマークを付けたままのきれいな体がお湯の中へ降りてくる。僕が両手を広げると、エディはいつも通りに軽々と抱き上げてくれた。そのまま、深い方へと歩いて行ってすとんと降りる。ポチャンとお湯が揺れて、僕の肌をくすぐって流れていく。

「聖女様、お湯加減いかがですか」

 ぽうっとエディの体に見惚れていた僕は、ハッとして答えた。

「あ、ちょ、ちょっとだけぬるいです」
「では」

 エディは片手を上げて水面にちょいちょいと触れた。すると、体を包むお湯が温かくなりふわんと湯気が立ち始めた。

「わぁ、すごい。あったかくなりましたよ!」
「はい、このくらいでよろしいですか」
「ちょうどいいです。すごく気持ちいい」

 こんなに広い浴場も、顔を洗う桶と同じように一瞬で温められるのかと、エディの魔力の大きさを改めて感じる。エディの持つ巨大な魔力は、数万人の兵士に匹敵すると以前聞いたことがあった。そんなにすごい魔導士を僕が従者として独り占めしているのだ。

 僕はエディの体にすり寄って、その滑らかな肌を指先で撫でた。

「これ、僕が付けた跡ですよね」
「はい」
「これも、これも、そうですよね」
「そうです。これらはすべて、私が聖女様のものだという証です」
「僕の、もの」
「はい、私はあなたのものです」

 嬉しくて、エディの顔をうっとりと見つめる。

「僕もです……僕もエディのものです……」
「いいえ、『聖女』様は大いなる神と世界教会と民衆のものでなくてはなりません」

 僕が思いっきり甘えたような声を出しているのに、エディは澄ました口調でそう答えた。

「……えどあーる、ぎゅってして」
「かしこまりました」

 エディは腕に少し力を込めて、包むように抱きしめてくれる。

「頭、撫でて……撫でなさい」
「はい、かしこまりました」

 澄ました口調の受け答え。
 でも、その手はいつも通りに愛しそうに撫でてくれる。
 僕は切なくなってきて、エディの体にぎゅうとしがみついた。

「エディ、大好き」
「聖女様、エドゥアールとお呼びください」
「……えどあーる……」
「はい、聖女様」

 僕はうつむいた。
 柔らかなお湯の中で、大好きな人と裸で抱き合っているのに、まだ主従でいなくちゃいけないんだろうか。

「あ、あの、やっぱりキスは禁止ですか」
「ふ……」

 我慢していたものがこらえ切れなくなったみたいに噴き出して、エディはパッと口を押さえた。

「んん、コホン、どうでしょう……今は誰も見ていませんね……?」

 エディはそう言っていたずらっ子みたいに微笑んだけど、それでもキスはしてくれなかった。

 まだ命令口調の練習は続いているということらしい。
 僕はちょっとムッとしてエディに向き直った。

「えどあーる」
「はい」
「僕に……僕にキス、しなさい」
「はい、聖女様の仰せのままに」

 唇と唇がチュッと触れて、僕がその先を期待して口を開いた途端、逃げるようにエディの顔が離れた。

「エディ……?」
「エドゥアールと」
「えどあーる」
「はい、何でしょう」
「何でしょうって……だって、僕、キスしてって言ったのに……」
「キス、いたしましたよ」
「えぇ……?」
「あれではご不満ですか? ではどのようなキスをお望みでしょうか。具体的におっしゃっていただきませんと」

 澄ました顔の中に、面白がっている表情が隠れている。

「だ、だから」
「だから?」
「えっと、そのぉ……舌と、舌をからめたり……」
「なるほど、舌をからめる、と」
「上あごの裏のところを舌でなぞったり……」
「ほう、そこが聖女様の気持ちいいところですか」
「うぅ……はい」
「ほかには?」
「あとは、舌を強く吸ったり、下唇を軽く噛んだり……」
「そうされるのも好きなのですね」
「はい……好きです……いつもみたいに、頭がぼうっとしちゃうくらいにしつこいキス……が好きです……」
「そうですか、しつこくされるのも良いと」

 言われるまま具体的に話してしまう僕も僕だけれど、うんうんと出来の悪い生徒を見守るような顔のエディもちょっとどうなんだろうか。

 かぁっと顔が熱くなってきたのは、けしてお湯のせいなんかじゃない。

 うつむく僕の髪を、エディが優しく撫でてくる。
 『いい子ですね』と言われるのを期待したけれど、エディはそうは言わなかった。

「大変具体的で分かりやすい説明ですので、そのようにさせていただきますね」
「は……い……」

 形のいい指が僕の顎を上向かせ、唇が深く合わせられる。舌が入って来て僕の舌をくすぐり、口の中で甘い愛撫を繰り返す。
 舌と舌をからめ、上顎の裏をなぞり、強く吸ったり軽く噛んだりしてくるから、水音と僕が漏らす吐息ばかりが湯気の中に消えていく。

「ん……んん……あ……はぁ……」

 たっぷりと濃厚なキスを与えられて、僕はくたっとエディの肩に寄りかかった。

「満足されましたか」
「……はい……」
「次に何をして欲しいですか」
「つぎ……?」

 体は熱くなっている。
 思考もトロンととろけている。
 もっとキスして欲しいし、もっと触って欲しい気もする。
 でも、僕ばかり気持ち良くしてもらいたいわけじゃない。

「僕は、エディにも、せっかくの贅沢なお風呂を楽しんで欲しいんです……」

 エディの胸にある蜘蛛の巣のような魔法陣の跡を手のひらで撫でる。エディは僕の手を取って指先にチュッとキスをした。

「存分に楽しんでいるのですが……そうですね、勇者殿にいただいた入浴剤を入れてみましょうか」

 体に力の入らない僕を東屋あずまやへ続く階段の途中に座らせて、エディはテーブルから壺とコップをふたつ持ってきた。

「まずはお飲み物をどうぞ。ええと、差し入れに入っていた勇者殿の説明書きではとろぴかるすむーじーというものだそうです」
「トロピカルスムージー?」
「はい、すとろーが無いのでスプーンでどうぞと注意書きがありました」

 コップを受け取り中を覗くと、黄色っぽいシャーベット状のものにスプーンが刺さっている。
 僕は焦るようにスプーンを口へ運んだ。強烈な冷たさが口いっぱいに広がって、甘酸っぱい果物の味と香りがつき抜けていく。

「わぁ、冷たい! ほんとにスムージーだ!」

 色んな果物の果汁とミルクとたぶん砂糖も入っていると思うんだけど、材料はともかく昼間にもらった差し入れが夜になってもまだこんなに冷たいというのが驚きだった。

「あの、これ、このコップってもしかして……!」
「はい、吹雪の石が使われたコップです」
「それってめちゃくちゃ高価なんですよね。だって、ジュリアン様のところでしか見たことが無いし」
「そのジュリアン様からの贈り物だそうです」
「えぇ?」
「立場上、直接渡すことは叶わないので勇者殿を介して贈ると」

 僕はびっくりして手の中のコップを見下ろした。

「ジュリアン様が……」

 ジュリアンは儀式の最中も僕を助けるようにお芝居までしてくれたのに、言葉を交わすことすらできなかった。

「聖女になられたお祝いだそうです」
「会ってお礼を言うことは出来ないんですよね……」
「ええ、もしかしたら公の場で会うことはあるでしょうが、何の接点も無いはずの二人ですから、私的な会話は出来ないでしょうね」

 元愛玩奴隷の僕と王子様のジュリアンの間にあったことは誰にも言ってはいけないことだ。僕の聖女という立場も、ジュリアンの王太子という立場も危うくしてしまう。

「レオに、伝えてもらいます。すっごくすっごく嬉しかったですって。儀式の時も、ジュリアン様がいてくれたから気持ちがすごく楽になりましたって。ありがとうって、いっぱい伝えたいです」
「勇者殿のことですから、きっと大げさなくらいに伝えてくれますよ」
「はい、そうですよね」

 少し寂しい気がするけれど、今生の別れというわけじゃない。これからは聖女と王太子として、もしかしたらずっと未来では聖女と王様として会う機会があるかもしれない。本音の会話はもう夢の中でしか許されないかも知れないけれど、それでも、互いに元気でいる姿を見られるだけで良いと思った。



 あったかいお湯につかりながら、冷たいスムージーをスプーンで口に運ぶ。ラウルが作ってくれたスムージーは甘いのにさっぱりしていてすごく美味しかった。

 エディもすぐに食べ始めるかと思ったら、東屋あずまやの端っこで片膝をついたままコップを持ってちょっと考えるように僕の方を見た。

「エディ? 食べないんですか」
「隣に座ってもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
「一緒に食す無礼をお許し願いますか」
「ぶ、ぶれい? どうしてですか?」
「普通、従者は主人の食事の給仕をするものですから、同じテーブルに着くことはありません。屋敷にいるスチュアートがそうでしょう?」

 僕はハッとした。確かに、いつも食事の時はエディと二人で席について、スチュアートはその手伝いをしてくれている。初めはかしずかれることに慣れなくて途惑ったけれど、最近はそれが自然なことのように受け入れていた。

「じ、じゃぁ、これからは食事を別々に取らないといけないんですか?」
「人の目がある時はそうです。主人と従者は一緒には食べられません」
「そんな……」

 呼び捨てにすること、命令口調で話すこと、そして別々にとる食事。身分が違うというだけで、一緒に出来ることがどんどん減ってしまう。
 以前、エディが僕を自分と同じ貴族にしたがっていた理由が少し分かった気がした。

「『聖女』と『従者』になるって、ちょっぴり寂しいことですね」
「では、何もかも捨ててふたりで秘境にでも駆け落ちしますか?」

 おどけた声に、僕はぶんぶんと首を振った。

「いいえ、僕は僕のやるべきことをちゃんとやります。……だけど、ふたりっきりの時はずっとくっついていたいです……一緒に食べたいし、一緒に寝たい……。あの、これは命令じゃなくてお願いなんですけど、ふたりっきりでいる時は今まで通りに一緒に食事をしてくれますか」
「はい、それが聖女様の、いえ……ヨースケの望みでしたら」
「僕の望みです」
「では、従者としてではなく恋人としてお約束します」
「はい!」

 エディは微笑み、スプーンでスムージーをすくって口に入れた。
 次の瞬間、びっくりしたみたいに目を見開く。

「これは……。このように凍った菓子は初めて食べます。果物の味が濃くて舌触りが滑らかで、口に入れるとすーっと溶けてしまう。勇者殿の説明書きに飲み物と書いてあるのはこういうことだったのですね」
「はい、本当はストローっていう細い管で吸い込んで飲むんです。でもこれホントに美味しい。たぶんパイナップルとマンゴーとバナナが入っている気がするんですけれど」
「すいません、聞いたことのない食べ物です」
「じゃぁ、この世界では違う名前の果物かもしれません」
「名前はともかく、非常に美味しいですね」
「はい、すっごく美味しいです」

 僕らは微笑み合いながら、スプーンを口へ運ぶ。

 ここには、僕とエディのほかには誰もいない。誰にも見られないし、誰にも邪魔されない。僕らにとっては、これこそが何よりも贅沢なんだなと思って、貸し切りにしてくれたレオに感謝した。



 夜がけて来たみたいで空は濃い紺色をしていた。街灯などは無いので星がたくさん見える。お風呂の底でランタンがほのかに光っているのが、まるで空から落ちてきた星みたいだった。

「ふあぁ、すごい解放感だぁ……」

 コップを東屋の床において、隣のエディの肩にこてんと頭を乗せる。
 半分屋外のような場所で、真っ裸のままリラックスしている自分がちょっと面白かったし楽しかった。

「ああ、そうでした……。ひとつご報告があります。あまり伝えたくはないことなのですが、聖女様の従者として一応お伝えしなければなりません」
「え、はい……?」
「本日の儀式に参加した魔族の国の王子より、聖女様へ多額の献金があったそうです」
「魔族の王子様?」

 ドキンとした。魔族の王子の知り合いは、ひとりしかいない。

「アラン……ですか?」
「違います」
「あ、それはそうですよね」

 アランは僕がこんなところにいるなんて知るはずもないし、あの儀式にアランがいたのならどんなに遠くからでも分かったはずだ。フィルよりも大きな体格に人目を引く精悍な顔つき、それに何より圧倒的な存在感を持った人だから。

「来賓として儀式に参加したのはあの男の兄弟のようでした。ですが、献金をさせたのはあの男の意思だと思いますよ」
「え……? えっと……? 待って下さい。そ、それじゃぁアランは『聖女』になった僕が、その……リュカだったってことを知っているってことですか」
「はい」
「まさか」

 僕が愛玩奴隷のリュカだったことは絶対の秘密だ。ジュリアンもレオもフィルも、そしてエディも絶対誰にも言うなと何度も僕に念を押してきたし、彼ら自身も誰にも言っていないはずだ。

 僕は愛玩奴隷だったことを恥じてはいないんだけど、それを世間に知られることで僕や僕のまわりの人々にどれだけ不都合なことが起きるかは理解している。

 アランに知られているというのは、どういうことなんだろう。あの人が、今さら僕に何かするとは思えないけれど。

「あの男の父親はお粗末な情報網しか持っていなかったようですが、次代の魔王は諜報の分野にもかなりの力を入れているようです。国中から能力のあるものを集めて情報収集専門の組織を作ったそうですから」
「どうして……」
「きっと、あなたの行方を知るためです」
「僕の? そんなことのために国で組織を作ったのですか?」
「奴隷一人を奪うために、単身で他国へ乗り込んでくるような男ですからね」

 エディは僕の肩をそっと抱き寄せた。

「あの男が怖いですか」
「いいえ」

 僕はきっぱりと否定した。

「アランはあの時、誠意をもって謝ってくれました」

 別れ際に、無言のまま跪いて両手を僕の方へ差し出した。あれは、その手を鞭で打っても剣で切り落としてもかまわないという意味だった。

「そうですね。あれは最大限の謝罪でした。ですから、あなたに対して敵意は無いと思います。ただ……ただ、どうしても忘れられないのでしょうね……」

 エディの手が僕の髪をかきあげて、じっと顔を見つめてくる。

「無事でいるのを知りたいという切実な思いは私にも分かります。そしてもしも、万が一にでも、今のあなたが窮地に陥っていたのなら、再びさらってでも自分の手元で守るつもりだということも」
「そんな、まさか」
「私があの男の立場なら、そうしますから」

 僕はちょっと首を傾げた。
 僕はアランに何もしてあげられなかったのに、いまだにそれほどの強い想いがあるものだろうか。次の王様になるために色々なことを始めていて、たまたま僕のことを知っただけかもしれない。そしてたまたま気まぐれに献金してくれただけなのかも。

「でも安心してください。もう二度と、あんな野蛮な男にあなたを渡したりはしません」

 エディは本気で僕の身を案じていた。
 この人は世界中の誰よりも、僕を特別だと思ってくれているから……。

「大丈夫ですよ。だって僕は窮地になんて陥っていませんから。それどころか、今の僕は世界教会に認められた『聖女』サマですよ。アランに守ってもらう必要なんて、これっぽっちもありません」

 胸を張ってにっこり笑ってみせると、つられたようにエディも少し笑った。

「ええ……本当にご立派です」
「あの、それはともかく、アランから多額の献金を受け取ってもいいものでしょうか」
「すでに教会で受領してしまったものですから、返金は出来ません」
「そっか。貴族に贈り物を返していけないんですよね」
「その通りです。献金の一部は教会に収められて、残りはすべてあなたのものになります」
「僕? エディじゃなくて?」
「私はもうあなたの後見人ではなく、従者ですから」

 それを聞いて僕は途惑った。

「僕、お金がいっぱいあってもどうしたらいいか分かりません……」

 エディにもらったお小遣いも、ほとんど使わずに残っている。エディの手厚い庇護のもとで満たされた生活をしているので、欲しいものなんてほとんど思いつかない。

「何に使ってもよろしいのですよ。宝飾品や美術品に使ってもいいし、贅沢な暮らしをしてもいい。逆にあの男の金を使いたくないのでしたら、残りもすべて教会に寄付してしまっても良いのです。この先、もっとたくさんの献金を受けることになるでしょうが、聖女様が焦る必要はありません。使い道が決まるまで保留しておいても良いのです。聖女として勉強する内に、慈善活動など何かやりたいことが出てくるかもしれませんしね」

 慈善活動という言葉を聞いて、それはいいかも知れないと思った。けれど、僕はこの世界の中で、どこで誰が何に困っているのかもよく知らない。まずはそれを知ることから始めなければならないと気付いた。

「聖女になると、勉強することがいっぱいですね」
「ええ。でも一人で考えなくても良いのです。私もいますし、勇者殿や教皇様も相談に乗ってくれるでしょう」
「はい、僕、頑張ります。これからたくさん教えてください」

 エディはぽふぽふと僕の頭を撫でた。

「ふふ、すっかりいつもの口調ですね」
「あっ! えっと……教えなさい?」
「はい、微力ながらお手伝いさせていただきます」

 僕らは顔を見合わせてくすっと笑った。




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