27 / 56
第27話 善良王の罪と罰
しおりを挟む
(三人称視点)
歴史的な建築物が建ち並び、旧きと新しきが共存する街並みが美しいヴィシェフラドは大陸でも有数の古都として、知られている。
この地を長きに渡って、治めてきたのがチェフ朝だった。
始祖パヴェル・チェフが遥か遠き地からの来訪者である黒の貴公子と白の聖女の力を借り、何もなかったヴィシェフラドを人々が集う地に変えたのだ。
貴公子と聖女の子が、初代ネドヴェト侯爵となったノルベルトだった。
ヴィシェフラドは概ね、平穏な時を刻んできた。
王朝が揺らいだことはあっても決して、倒れることがなかったからだ。
これはチェフ朝の君主が比較的、能力の高い者に恵まれていたのが大きい。
善良王と呼ばれたコンラート・チェフもまた、そうした動乱の時代を生きた君主の一人である。
彼にはその荒波を乗り切るだけの才覚を有する人物であることが幸いした。
現在、老年期を迎えているコンラートの半生は戦いそのものであったと言われるほど、激動のものだった。
そんなコンラートが歴代の王の中でも特筆するほどの愛妻家だったことはよく知られている。
王妃ナターシャは隣国の王女であり、政略的な結びつきを求めた国と国の結婚といっても過言ではない。
しかし、二人は何も無いところから、着実に愛を育んだ。
互いを慈しみ、愛する夫婦となった若き国王夫妻の姿が、動乱で荒廃した国と民の心をいつしか、導くことになったのは自然なことだったとも言える。
コンラートとナターシャの間には現国王であるドミニクが生まれたが、元々、病弱な体質だったナターシャは体調を崩すようになった。
王妃に二人目の子を望めなくなり、ドミニク以外の子を儲けるべきという声が貴族の間で高まったのは当然の流れでもあった。
幾人かの公妾候補が紹介されたが、コンラートは首を縦に振ることがなかった。
王妃ナターシャは三十三歳の若さで儚くなった。
王妃が崩御した以上、次の妃を迎えるものと多くの者が考える中、コンラートは独身を貫いた。
やがて、王太子となったドミニクがジェプカ侯爵令嬢ディアナを妃に迎えた年、コンラートは退位を発表し、ドミニク新国王が誕生する。
コンラートはヴィシェフラドの郊外にある離宮へと退き、悠々と余生を過ごすはずだった。
ところがここで当の本人ですら、考えもしなかったことがコンラートの身に起きた。
老いらくの恋である。
腹心の部下であり、共に隠居の身となっていた執事セバスチアーンと静かな日々を過ごしていたコンラートが、偶然出会ったのがイヴォナという名のまだ、少女らしさが抜けていない男爵令嬢だった。
夕焼けを思わせるオレンジブラウンの髪と好奇心という色を翡翠色の瞳に浮かべた生命力に溢れたイヴォナは、コンラートがかつて恋をして、愛したナターシャとは正反対の存在のように見えた。
ナターシャは色素が薄く、銀に近い金糸を思わせる髪と薄い碧玉の瞳をした儚げでともすれば、幻のように消えてしまいそうな女性だったからだ。
コンラートがイヴォナに心を惹かれた理由は、強く優しい心が亡きナターシャに似ていると感じたからだと言われているが、それが真実であるかは誰にも分からない。
イヴォナはコンラートとの関係を秘したまま、この世を去ったからである。
コンラートは夜の闇に包まれた部屋の中、一人静かに夢想していた。
愛する我が子が、公妾との間に子を儲け、その子を冷遇した事実を非難する資格が自分にあるのだろうか? と……。
ナターシャを失い、彼女への愛を永遠に守ると誓いながら、別の女性を愛し、その証を生した。
彼女は置き土産だけを遺し、一人静かに逝った。
愛すべき子でありながら、決して公に明かすことは出来ない。
そう考えていた。
全てを分かったうえでその置き土産を引き取ったのが、コンラートにとって、莫逆の友と言うべきダリボル・マソプスト公爵だった。
自らの明かせない子へのせめてもの罪滅ぼしとでもいうのだろうか。
コンラートがロベルトを引き取り、育てるようになったのと事態が静かに動き始めたのはほぼ同じだった。
国王ドミニクと王妃ディアナの間に生まれた王子トマーシュは、王位継承権第一位だがその資質に関して疑問視されていた。
トマーシュは決して、暗愚ではないがかといって優秀でもない。
これといって、秀でた物がないものの血気に逸る性質が、平和な世には向いていないと言われていたのだ。
コンラートは他者を慮るだけではなく、穏やかで心優しいロベルトこそ、次代の王にふさわしいと考えていた。
しかし、ロベルトには王位継承権がないばかりか、当の本人にその意思がまるでなかった。
見目麗しく、性格にも問題がないだけではなく、優秀なロベルトに王位継承権と機会を与えるべきという動きが水面下であったが、ロベルト本人の望みはあくまで母モニカ・パネンカ侯爵夫人の実家ロシツキー子爵家を再興することだったからだ。
ロベルトと過ごすうちにコンラートは彼の意思を尊重しようと決めた。
これも罪滅ぼしの一環だったのかもしれない。
だが、このままではトマーシュにより、国や民が危険に晒される危険性が生じる。
コンラートはここにきて、非情な決断を迫られていると感じていた。
秘匿すべき王弟を公表する。
そんな日が来ないようにと願う彼の中にかつて、戦場に身を置いていた頃の研ぎ澄まされた感覚が戻りつつあったのは決して、偶然ではない。
歴史的な建築物が建ち並び、旧きと新しきが共存する街並みが美しいヴィシェフラドは大陸でも有数の古都として、知られている。
この地を長きに渡って、治めてきたのがチェフ朝だった。
始祖パヴェル・チェフが遥か遠き地からの来訪者である黒の貴公子と白の聖女の力を借り、何もなかったヴィシェフラドを人々が集う地に変えたのだ。
貴公子と聖女の子が、初代ネドヴェト侯爵となったノルベルトだった。
ヴィシェフラドは概ね、平穏な時を刻んできた。
王朝が揺らいだことはあっても決して、倒れることがなかったからだ。
これはチェフ朝の君主が比較的、能力の高い者に恵まれていたのが大きい。
善良王と呼ばれたコンラート・チェフもまた、そうした動乱の時代を生きた君主の一人である。
彼にはその荒波を乗り切るだけの才覚を有する人物であることが幸いした。
現在、老年期を迎えているコンラートの半生は戦いそのものであったと言われるほど、激動のものだった。
そんなコンラートが歴代の王の中でも特筆するほどの愛妻家だったことはよく知られている。
王妃ナターシャは隣国の王女であり、政略的な結びつきを求めた国と国の結婚といっても過言ではない。
しかし、二人は何も無いところから、着実に愛を育んだ。
互いを慈しみ、愛する夫婦となった若き国王夫妻の姿が、動乱で荒廃した国と民の心をいつしか、導くことになったのは自然なことだったとも言える。
コンラートとナターシャの間には現国王であるドミニクが生まれたが、元々、病弱な体質だったナターシャは体調を崩すようになった。
王妃に二人目の子を望めなくなり、ドミニク以外の子を儲けるべきという声が貴族の間で高まったのは当然の流れでもあった。
幾人かの公妾候補が紹介されたが、コンラートは首を縦に振ることがなかった。
王妃ナターシャは三十三歳の若さで儚くなった。
王妃が崩御した以上、次の妃を迎えるものと多くの者が考える中、コンラートは独身を貫いた。
やがて、王太子となったドミニクがジェプカ侯爵令嬢ディアナを妃に迎えた年、コンラートは退位を発表し、ドミニク新国王が誕生する。
コンラートはヴィシェフラドの郊外にある離宮へと退き、悠々と余生を過ごすはずだった。
ところがここで当の本人ですら、考えもしなかったことがコンラートの身に起きた。
老いらくの恋である。
腹心の部下であり、共に隠居の身となっていた執事セバスチアーンと静かな日々を過ごしていたコンラートが、偶然出会ったのがイヴォナという名のまだ、少女らしさが抜けていない男爵令嬢だった。
夕焼けを思わせるオレンジブラウンの髪と好奇心という色を翡翠色の瞳に浮かべた生命力に溢れたイヴォナは、コンラートがかつて恋をして、愛したナターシャとは正反対の存在のように見えた。
ナターシャは色素が薄く、銀に近い金糸を思わせる髪と薄い碧玉の瞳をした儚げでともすれば、幻のように消えてしまいそうな女性だったからだ。
コンラートがイヴォナに心を惹かれた理由は、強く優しい心が亡きナターシャに似ていると感じたからだと言われているが、それが真実であるかは誰にも分からない。
イヴォナはコンラートとの関係を秘したまま、この世を去ったからである。
コンラートは夜の闇に包まれた部屋の中、一人静かに夢想していた。
愛する我が子が、公妾との間に子を儲け、その子を冷遇した事実を非難する資格が自分にあるのだろうか? と……。
ナターシャを失い、彼女への愛を永遠に守ると誓いながら、別の女性を愛し、その証を生した。
彼女は置き土産だけを遺し、一人静かに逝った。
愛すべき子でありながら、決して公に明かすことは出来ない。
そう考えていた。
全てを分かったうえでその置き土産を引き取ったのが、コンラートにとって、莫逆の友と言うべきダリボル・マソプスト公爵だった。
自らの明かせない子へのせめてもの罪滅ぼしとでもいうのだろうか。
コンラートがロベルトを引き取り、育てるようになったのと事態が静かに動き始めたのはほぼ同じだった。
国王ドミニクと王妃ディアナの間に生まれた王子トマーシュは、王位継承権第一位だがその資質に関して疑問視されていた。
トマーシュは決して、暗愚ではないがかといって優秀でもない。
これといって、秀でた物がないものの血気に逸る性質が、平和な世には向いていないと言われていたのだ。
コンラートは他者を慮るだけではなく、穏やかで心優しいロベルトこそ、次代の王にふさわしいと考えていた。
しかし、ロベルトには王位継承権がないばかりか、当の本人にその意思がまるでなかった。
見目麗しく、性格にも問題がないだけではなく、優秀なロベルトに王位継承権と機会を与えるべきという動きが水面下であったが、ロベルト本人の望みはあくまで母モニカ・パネンカ侯爵夫人の実家ロシツキー子爵家を再興することだったからだ。
ロベルトと過ごすうちにコンラートは彼の意思を尊重しようと決めた。
これも罪滅ぼしの一環だったのかもしれない。
だが、このままではトマーシュにより、国や民が危険に晒される危険性が生じる。
コンラートはここにきて、非情な決断を迫られていると感じていた。
秘匿すべき王弟を公表する。
そんな日が来ないようにと願う彼の中にかつて、戦場に身を置いていた頃の研ぎ澄まされた感覚が戻りつつあったのは決して、偶然ではない。
105
あなたにおすすめの小説
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻して料理人になったら、王太子殿下に溺愛されました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
シンクレア伯爵家の令嬢ナウシカは両親を失い、伯爵家の相続人となっていた。伯爵家は莫大な資産となる聖銀鉱山を所有していたが、それを狙ってグレイ男爵父娘が罠を仕掛けた。ナウシカの婚約者ソルトーン侯爵家令息エーミールを籠絡して婚約破棄させ、そのショックで死んだように見せかけて領地と鉱山を奪おうとしたのだ。死にかけたナウシカだが奇跡的に助かったうえに、転生前の記憶まで取り戻したのだった。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。
「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです
しーしび
恋愛
「結婚しよう」
アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。
しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。
それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・
可愛い姉より、地味なわたしを選んでくれた王子様。と思っていたら、単に姉と間違えただけのようです。
ふまさ
恋愛
小さくて、可愛くて、庇護欲をそそられる姉。対し、身長も高くて、地味顔の妹のリネット。
ある日。愛らしい顔立ちで有名な第二王子に婚約を申し込まれ、舞い上がるリネットだったが──。
「あれ? きみ、誰?」
第二王子であるヒューゴーは、リネットを見ながら不思議そうに首を傾げるのだった。
離婚したいけれど、政略結婚だから子供を残して実家に戻らないといけない。子供を手放さないようにするなら、どんな手段があるのでしょうか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
カーゾン侯爵令嬢のアルフィンは、多くのライバル王女公女を押し退けて、大陸一の貴公子コーンウォリス公爵キャスバルの正室となった。だがそれはキャスバルが身分の低い賢女と愛し合うための偽装結婚だった。アルフィンは離婚を決意するが、子供を残して出ていく気にはならなかった。キャスバルと賢女への嫌がらせに、子供を連れって逃げるつもりだった。だが偽装結婚には隠された理由があったのだ。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』
メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる