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第3話 そして、異世界へ

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「もしも~し。あの~。大丈夫ですか?」

 やや間延びして聞こえるのんびりとした喋り方の女性の声にボクの意識が再起動する。
 システムの再起動ではない。
 意識だ。

「もしも~し? こんなところで寝ていると危ないですよ~」

 覚醒していく、確かな意識とともにゆっくりと瞼を開いた。
 眩い光に思わず、目を細め、顔をしかめてしまう。
 反射的に光を遮ろうと無意識に動いたのが手だった。
 何か、柔らかい手触りを感じる。
 ムニュという感触がなぜか、心地良い。

「だ、だ、大丈夫ですか?」
「ダイジョウブダ。モンダイナイ」

 ようやく慣れてきた視界に入ってきたのはしゃがみ込み、ボクの顔を心配そうに覗き込んでいるホモサピエンスの女性の姿だ。
 女性と言っても肉体的な年齢はまだ、十代の前半から半ばといったところか。
 肩のあたりできれいに切り揃えられた若草色の髪はとても、きれいだ。
 この髪色をボクは認識していない。
 ボクのいた世界にこのような変わった色合いの髪色をしたホモサピエンスは存在しなかった。

「あの~。それでですね~。その手……」
「手?」

 ボクの手は彼女の胸部に該当する部分に置かれている。
 少女の胸部は自己主張が強く、触り心地がいいのでつい無意識のうちに揉んでいたようだ。
 ナルホド! ナルホド!
 男性のホモサピエンスが感じるものをボクも認識していたということか。
 なるほど……! なるほど……!
 ボクのメモリーによれば、この行為は強制わいせつ罪もしくは公然わいせつ罪に問われる可能性が高い。
 慌てて、姿勢を正し、ドゲーザの体勢に入る。
 これがホモサピエンス最高の謝罪である。
 メモリーに間違いはない。

「スマナイ。ワザとではナイ」

 咄嗟に出た言葉が片言になってしまうのはなぜだ?
 リリスと名乗った少女はボクに言った。
 人類を救う力を与えようと。
 つまり、人類を救うのにコミュニケーション能力など、不要ということか?

 しかし、罪に問われることはない。
 ボクは知っている。
 予測変換フォーサイトが教えてくれたのだ。
 なぜなら……

「高い魔力反応……発見……発見……雌発見……捕獲する」

 そいつらは茂みから、金属の軋む耳障りな音を立てながら、続々と現れる。
 異形の者どもだ。
 ブリキ缶を連ねて、繋げ合わせたとしか思えない不格好な全身をしている。
 足は四本生えているが人類のそれとは異なり、関節部分が折れ曲がった構造になっているので昆虫種に近い。
 頭には球形のブリキ缶が乗っかっていて、その中心部に備えられた赤色灯が不気味な光を放っていた。

「下がっていてください。彼らの目的はあたしです」

 先程まで柔和な表情を見せていた少女の雰囲気が一変した。
 鋭くなった目つき。
 ボクを庇うように異形の者どもの前に躍り出ていく。
 その手に握られているのは刃渡りが五十センチほどしかない刀身の短い小剣と呼ばれるものだ。
 あの程度の武器で四体のブリキ缶もどきを相手にどうにか、なるのだろうか?

 もしかして、ボクを守ろうとしているのか?
 なぜだ?
 ボクはどうすればいい?
 ボクの使命は……。
 なんだ?
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