【完結】ラグナロクなんて、面倒なので勝手にやってくださいまし~ヘルちゃんの時にアンニュイなスローライフ~

黒幸

文字の大きさ
2 / 58
第1章 最果ての地ニブルヘイム

第2話 死の大地の三兄妹

しおりを挟む
 全知にして、全能たらんとした神が世界を治めていた。
 その名はオーディン。
 未来をる力を持ち、その目で世界の終末ラグナロクる唯一の者である。
 中央のアスガルドを魔槍グングニルを手にしたオーディンが睨みを利かせる。
 る為に隻眼となった黒衣の男は愛され、そして、憎まれる存在である。

 東の地ヴァナヘイムを治めるのはオーディンの貞淑な賢妻フリッグだ。
 フリッグはまたの名をフレイアとも呼ばれ、愛と豊穣を約束する慈愛に満ちた女神として、知られている。
 だが、彼女には別の一面がある。
 全ての魔女の頂点に立つ魔女の王、魔法の大家。
 彼女の気性に含まれる激しさは時に夫ですら、抑えられないと言われている。

 南の地ミドガルドは勇猛なる御子トールが治めている。
 巨人の血を引くトールは美しい容貌と相反する屈強な肉体を持ち、魔法の鎚ミョルニルを手に戦いにおいて、負け知らずの軍神だ。
 良く言えば、豪放磊落。
 悪く言えば、直情型の単純な性格のせいか、トラブルの原因となることも多い。

 西の地アルフヘイムは最も美しき御子バルドルに任せられた。
 バルドルはオーディンとフリッグの長子で神々の美しき宝石と称えられたゲェルセミの兄にあたる光の神である。
 穏やかな気性とその美しさから、多くの神々から愛され、そして、一部から憎まれることとなる。

 北の地ヨトゥンヘイムは奸知に長けた御子ロキが抑えている。
 トールと同じく、忌まわしき存在とされた巨人の血を引くローゲは様々な顔を持つ神だ。
 炎の化身にして、偉大なる賢者。
 狡猾にして、凶悪な本性を秘めた暴君。
 その全てが彼に当てはまり、捉えどころのない性質を表している。

 そのせいだろうか。
 ロキが治める北の大地は冷涼な厳しい気候に支配されており、穀物が育ちにくい。
 豊かな土地とは程遠いもので住まう人々の気質はいつしか、荒々しく猛々しいものへと変貌していった。
 環境による変質は格別、不思議なことではない。
 だが、その変化があまりにも急激で大きければ、伴う痛みも壮絶なものになる。

 ロキは父オーディンと同じく、複数の妻を持つ。
 その中には義母にあたるフリッグの娘である美しき宝石ゲェルセミがいる。
 義理の兄妹にあたるこの二人の婚姻には政略的な意味合いが強い。
 血縁をさらに強固にする儀式的なものに過ぎなかったのだ。
 ところが大方の予想に反して、ロキとゲェルセミは子を成してしまった。

 最初の子フェンリルは母に似て、美しい容姿の男の子だった。
 だが、長じるにつれ、銀糸のようなシルバーブロンドの髪に血の色をした毛が混じるようになっていく。
 次第に狂暴性を帯びるようになっていくフェンリルの犬歯はまるで狼のように鋭かった。

 二番目の子ヨルムンガンドも息子だった。
 濡れ羽色の髪をしており、どこか激しさがある長男とは異なるとても物静かな子だ。
 何を考えているのか、分からないその目に大人達が恐怖を覚えるようになるのにさして、時間を要さなかった。

 最後に生まれた三番目の子ヘルは待望の娘だった。
 祖母と母から、美しい容姿と賢さを受け継いだ一族の愛し子。
 だが、その両足は呪われ、醜くただれていた。
 血の通わない色をした足は彼女の意に反して、全く、動きを見せなかった。
 生まれつき足が不自由な娘を見たロキは三人の子らに無慈悲な宣告を言い渡す。

「呪われし子らよ。貴様らが住む地はここではない」

 かくして、怪物と呼ばれた二人の兄と一人の妹――昏き森の魔狼フェンリル深き海の妖蛇ヨルムンガンド凍てつく氷の女帝ヘルの三兄妹は最果ての地である極北の地ニブルヘイムへと追放されたのである。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

処理中です...